二つの月夜 −銀の月− |
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頭の中で何かがぷっちんと切れた音を確認すると、勢いよく立ち上がり、きびすを返して部屋を後にした。 何て忌々しい。なぜこの私がこれ程までに侮辱されなければならないのー! 廊下ですれ違った殿方が驚いたようにこちらを振り返ったけれども、そんなもの、気にもとめなかった。 自室に戻ると乱暴に襖を閉め、その場にうずくまる。 襖の隙間からほんの僅かな外光が忍び込んで来たけれど、室内は暗くそして静まり返っていた。 夕刻になっても自室に閉じこもる私を案じて、祖母があらわれた。 「かぐや、どうしたね?皆お前の事を心配しておるよ。」 初めて私と逢った時と同じ、優しく変わりのない声音に安堵して、私は面を上げた。 「おばあさま!だって、だってあの方ったら酷いのです!!この私にあんな無礼なっ!」 祖母の膝にすがって泣くと、とても心が安らぐ。 それと同時にあの忌々しい男の面影も言葉も薄らいでいくように感じられた。 「もう、泣くのはおよし。せっかくの綺麗な顔が台無しだ。」 ゆっくりと暖かな手が、私の髪を撫でる。 「例え、誰が何と言おうとお前は私達の可愛い孫に変わりはないのだからね。」 きっと祖母は私があの男に言われた言葉を人伝に聞いたのだろう。そう思うとまた胸の片隅が痛むような気持ちになった。 けれどもう、良いのだ。私にはこの人達が居る。男なんて必要ないわっ! この人達なら、どんな事があっても私に辛い思いなどさせたりはしないでしょう。 まだ、私が幼かった頃、自分達も食べるものがないはずなのに、粥を作ってくれた。 寒い夜には私が風邪をひかないように、温めてくれた。 現に今だって、辛いことがあればこうやって慰めてくれるから――― 「おばあさま、ありがとう。」 すがりつく祖母の着物からは淡い香の香りがする。 「私、お嫁になんか行かないわ。ずっとおじいさまとおばあさまの側にいます。」 「かぐや…。」 そう言って祖母は優しく私を抱きしめた。 それからと言うもの、この屋敷に訪れる殿方は、ことごとく門前払いを強いられた。 私にとっての幸せ。それは、この屋敷でただ静かに祖父母と暮らすこと。 それ以外には何もないのだから。けれど、別れの時は刻々と近づいていたのだった。 ―――別れの日。 「今宵は一段と月が美しいこと…。」 私達は天空に輝く銀色の月をただ静かに眺めていた。 その光はまるで別れを悲しんでいるかのように、そっと庭を照らし出している。私を…こんなに可愛がってくれた人たちとももう、お別れなんだわ。 遙か高くから、ゆっくりと銀色の月光を渡って、牛車が降りてくる。 しゃらり、しゃらりと鈴の音を響かせながら。 「おじいさま、おばあさまほんとうにお世話になりました。私は決してあなた方の事を忘れたりは致しません。」 牛車に乗りかけた私を引き戻して、二人は強く、強く私を抱きしめてくれた。 ―――さようなら。私のもう一つの家族…。 「で?結局今回も駄目だったというのね。」 いらだちを含んだ大声に私は頭を抱える。 「んもー!かぐや!あなたと言う娘は!」 ばきっと乾いた音を立てて、いつもの如く扇子が折られる音がする。いいの。気になどしないから。 「一体、これで何度目だと思っているのです?不細工は嫌だ、小汚い男は嫌だ、貢いでくれない男は嫌だ、優しいだけの男も嫌だ!挙げ句の果てには権力者じゃないと嫌だですって!?月ではあちらの権力など、関係ないでしょうに!!」 あまりのきんきん声に耳が痛むけれど、仕方がないわ。今回も…。 「高望みなど、千年早いのですっ。」 「申し訳ございません。母上。」 「まあ、まあ。」 母上のあまりの剣幕になす術を無くしていると、父上が助け船を出してくれる。 「して、あちらはどうじゃった?いい男は今回もおらんかったのか。」 「はい…。いまいちでございました。」 やれやれと、肩をすくめる私に、母上は頭に血を上らせているようだ。でも、仕方がないじゃない?私の好みのいい殿方が居なかったんですもの! 「ふ、ふふふ……さぁて、今度はどこの竹藪に送り込んであげようかしら?」 不気味な笑みを浮かべながら母上は握り拳を固めている。咎めるようなきつい視線が、じりじりと私の背に突き刺さってくる。 「えっ、お待ち下さい!母上、私はやっと月に帰ってきたばかりなのですよ?それなのにまたあの狭い竹の中に押し込むと仰せですか!?」 「何を言っているのです。あなたに選択権などありはしないのですよ。その高飛車な性格をなおして、素敵な殿方を見つけて来るまでは、何ぁんどでも、竹の中に押し込みますからねっ!!」 「ひぇえ。そ、そんなぁぁ…。」 逃げても無駄なのは解っているけれど、広い部屋の中を着物の裾をたくし上げて逃げまわる。けれど、結局は襟首を母上にがしっと捕まれ、そのままずるずると竹の間へと引きずられて行く。 「父上〜!お助けください〜。」 「おいおい、少しくらい休ませて…。」 「あなたは黙っていて下さいまし!いい歳をして、まだ嫁にも行かない娘を放っておけるはずが無いでしょう!!」 肩越しに振り返ると、しゅんとした父上が申し訳なさそうに私を見ている。 あああ、竹の中って暗くて狭くてほんとうに嫌なのよねっ、いつ誰が見つけてくれるか解らないのだし。その間中眠って、記憶も途切れがちになるし!必ずいい人に拾ってもらえるとも限らないのだから! 「だ、誰かっ。誰か助けて〜!」 私の助けを求める声に屋敷の中はしんと静まり返って誰の反応も無いのは、かなり悲しい。 「四の五の言っていないで、もう一度行ってらっしゃい!」 母上の大声だけがやたらと広い廊下に響きわたった。 −Fin−
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作者=【月夜の訪問者】主:じゅう。様..........【月夜の訪問者】紹介頁へ
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