おちるゆめ
第三回エントリー作品  落ちる夢
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 飛ぶ夢を見た。
 星も何もない暗黒の空。それどころか町の灯りすら全くない闇。今の私の心みたいに、お先真っ暗。
 ふと気配がして見上げると、遠い遠い遥か上空が薄ぼんやりと青く染まっている。鈍い光だけど暗闇よりはまし。闇に酔って息苦しくて、一も二もなく地を蹴った。
 風もないのに急激に持ち上げられる。あっという間に鈍い光のすぐ側まで運ばれた。ここは闇の出口かも知れない。通り過ぎると見慣れた風景に出会えるのかも。
 とにかく突っ込んだ。視界に広がる青い色。けれどその向こうは無情にも暗黒の空。慌てて振り返ったところで鈍い光は消えてなくなってた。再び、闇。
 諦め切れずに見上げた。当たり前の顔をして、そこにある鈍い光。青い色が手招きをしていた。ここまでおいで、って。
 行ってやろうじゃないの!
 地を蹴ると、ぐんぐん近づいてくる青い色。勢いで飛び込んだ。通り過ぎた先はまた果てしない闇。失望の溜息を吐く。まさかと思って見上げると、鈍い光が青く揺らめいていた。からかうように誘っていた。来れるものなら来てみろって。
 何よ! バカにして!
 意地になってた。何が何でもこの闇から脱出してやる。そう思ってた。何度も同じことを繰り返し、何度ムダだと叩きつけられても、悔しさの余りやめられなかった。何処までも逃げ続ける青い色を追いかける。どうしてもこの暗闇から逃れたかった。本当に心の中まで真っ黒に染まり切る前に。
 だけど。
 もう限界。これ以上飛べない。体中の何処にも力が入らない。ついに力尽きて真っ逆さま。わかりきっていたけど、悪足掻きする力なんて少しも残ってないよ。無抵抗に落ちていく私。
 もう、いいや。投げやりな気分で、何もかもがどうでも良くなってしまった。全部忘れたい。全部なかった事にしてしまいたい。この先どうなるのかとか、これは夢なんだから目を覚ませば助かるのにとか、それすら考えられなくなっていた。風も音もない世界で、落ちていく感覚だけが存在していた。
 そして訪れた最後の瞬間。
 恐怖。衝撃。熱。
 何故だろう? ただひたすらに熱かった。ゆっくりと視界に広がる、赤い色――
 
 何度目かの試験の後、彼は希望職種に合格して内定をもらった。その勢いでプロポーズしたとか。
 関係ない。もう、何も。
 笑わなくなった私を友達が心配していた。合コンだ何だかんだと誘ってくれるけど、興味ないし、煩わしいだけ。
 関係ないのよ。もう、ほっといて。
 現実なのにひどく薄っぺらで実感がない。ここにいる私が本当の私なのか自分でもわからない。足が地についていない不安定な感覚。ふわふわと宙に浮いているみたい。実際はきちんと地面に立っているはず。でも、目に見えているものが幻に思えて仕方がないの。まるで、夢の世界が弾けて現実に溢れ出てきてしまったような……
 
 あれから落ちる夢どころか、どんな夢も見ない。
 夢の中の私は、もう死んでしまったから――
−Fin−
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