おかのきょうかいへ 丘の教会へ |
峠近くまで送ってくれた山賊一行に別れを告げ、彼らは一路、パミーシュ村を目指す。 途中、飛焔が思い出して叫んだ。 「あっ! 忘れとった! あの魔物は何処行ったんや? 坊は仲間やゆ〜とったけど、アイツ急に消えよったさかいなぁ」 彼の隣で透は上目になる。 「ワイ、爺さんらに問い詰められて、まさか坊が出したとも言えんさかい、忍術やーゆ〜て適当に誤魔化しといたけどな。あの連中には言えんでも、ワイにはホンマの事、教えてくれるやろ?」 そんな顔で覗き込まれると、隠し続けるのが心苦しいではないか。こんな事態になることは避けられないと思っていたが、切羽詰った状態だったとはいえ、勝手な判断でクリスを呼び出してしまったことを少しばかり後悔していた。 教えてしまってもいいのだろうか。と、上目のまま、前を行くプシケの背中を眺めた。 少なくとも透には、飛焔が彼らと深い関わりがあるらしい事は薄々わかってきた。目的は未だわからない。けれど何かの役割があって、彼らと共に旅をする運命にあったのではないか。 突然プシケが振り返る。青ざめた顔は変わらない。それでも、山賊のアジトを出発する前よりは、動揺は治まっていた。 「飛焔は生死を共にした私たちの仲間だわ。隠し事をする必要はないわね」 彼女は透の様子を見て判断した。彼の《心眼》の力を信じたのだ。 「クリス。出ていらっしゃい」 飛焔の指輪から霧が立ち上る。淡いピンクを帯びた気体は徐々に一つの形を取り始めた。透の腕の中で結集し、小さな動物の形に纏まっていく。それは透に言わせてみれば、パピヨンという小犬の形に似ている。透の世界には、そんな名の犬の種類があった。色こそ淡いピンクの半透明だが、形的に、耳に当たる部分が羽のように広がり垂れている。しかしクリスには背中にも羽が生えていた。そこが、小犬とは違うわよ、というクリスの主張なのだ。 透の胸にすっぽり収まるくらいの小さな姿。それはクリスタルの如く、キラキラと眩い光を放っていた。 『きゃはっ♪ 久し振りに透の側にいれるわ! 透ぅ! やっと直接お話できるわねっ♪』 言いながら腕にじゃれ回る。見るからに小犬だった。 「こっ、このちっこい犬っころが、あのでっかい魔物やったんか?」 「クリスは犬じゃないよ、石の精だ。精には元々形なんかないからね、変幻自在なんだよ。本来なら見る人によって見える形が違うんだけど、今は僕が見ていた形に固定されてるんだ。クリスがそれを望んでくれたから。それにクリスは精だからビジョンを扱える。人に幻を見せるコトができるんだ」 飛焔は驚いてはいるものの、怖れてはいない。クリスの変化を最初に目にした時よりは、遥かに落ち着いていた。 「へえぇ〜、この犬っころがなぁ、あんなでっかい魔物に化けるんやぁ。ほんで火ぃまで吹いたんか。大したもんやなぁ。で? 石の精ってなんや?」 思わず、すっ転びそうになる。 「あのねー。石の精は石の精だよ。石に宿る精霊だ。さっきまでクリスはその指輪に宿っていたんだよ」 と、飛焔の指輪を指し示した。 「そないゆ〜たら、何やこっから出とったなぁ。へえぇ〜……それがこの犬っころやったんかぁ、なるほどなぁ〜」 飛焔は三度《犬っころ》と言った。それは全くもって、クリスの怒りに火を点けるには充分過ぎた。 『ちょっとぉ! 犬っころって何さっ! 私は犬じゃないわ、石の精よっ。しかもクリスって名前があるんだからねっ!』 その叫びは飛焔の精神に直接響く。彼に或る記憶を呼び起こさせた。 「こ……この声〜……この感触ぅ〜……おまえ〜、もしかして、あン時、邪魔しよったヤツかぁ?」 クリスはぎくりと身構えた。耳が跳ね上がっている。透の腕に抱かれたままで、怒涛の口ゲンカが始まった。 「あン時ええトコやったんや! もうちょいでええ気持ちになれるトコやったのに! おまえか? おまえが何や変な術でワイをぐらんぐらんにしよったんか? ええっ? 何とか言うてみぃ!」 『なっ、なっ、何よ! 変態男っ! だいたいねー、朝っぱらから女の子をどうこうしようなんて、アッタマおっかしいんじゃないのぉ? 自分の仕事も忘れちゃってさっ。プシケを守るのがあんたの仕事でしょっっ!』 「あほんだらっ! 男に時間は関係ないんや! お嬢ちゃんが独りで出かけるゆ〜たさかい、ワイは女、抱きに行ったんや。空きの時間まで文句言われる筋合いないっ! 金目当てのくせに途中で気ぃ変わるヘンな女やったけど、中途半端で止めさせられるんは男にとってはメチャ辛い事やねんぞ、わからんのかいっ!」 『ばっ、バカっ、わかる訳ないわよ! 私は人間でも男でもないんだからねっ! おまけにそんなヘンな女を選んだのはあんたでしょ! 指輪一つで引っかけたくせに! 全く、あの女にも理解に苦しむわよ。何だって指輪見せられたくらいで、こんな変態にくっついて行くかなぁ?』 「ちょー待て。何でそんなトコから知ってんねんやぁ?」 『えっ? ……』 飛焔の目が据わっている。その目で見つめられ、彼に押さえつけられた事を思い出してクリスは縮み上がった。 「あ、そーか。おまえこの指輪に宿っとるゆ〜とったなぁ。さよかぁ。つまりは、おまえ最初っから全部見てたっちゅー事やなぁ。……ちょ〜待てよぉ……あの女、玄人やのに、何で途中で気ぃ変わったなんて抜かしよってんやろなぁ? ……もしかしたら……」 考えながらでっかい独り言を洩らす飛焔が一つの結論に達した。とたん、大声で叫ぶ。 「あれも、おまえか! おまえやってんな! 精っちゅーんは、石だけやのーて人間にも取り憑けるんかっ! っちゅ〜コトはっ、ワイを引っぱたいたんもおまえやな!」 『何よ! このスケベ野郎!』 「やっぱりそうかい! このあほんだら! ワイはやられたらやり返す主義や。大人しゅうこっち来んかいっ!」 『きゃあぁ〜! やめてっ! 助けてえ、透ぅ!』 目を白黒させる透の腕で猛然と震え上がるクリス。どうしていいかわからず、固まったまま、ただ抱きしめていた。透には、彼らの間で何が起こっているのか、さっぱり見えてこない。 「何、女みたいな悲鳴上げとんのんや! ん? 女? ……女か、おまえ女の子やねんな? しゃ〜から女の身体に取り憑けるんやな? 何や、女の子なんやぁ。そーか……女の子やってんやぁ」 急に飛焔が態度を変えてくる。クリスをニヤニヤと見つめている。《女の子》を連呼するその瞳には、今、確かにクリスが少女に見えていた。クリスの形は透の視覚に固定されているはずなのに。 「なるほど、女の子やなぁ。しかもなかなかワイの好みの女や。可愛い顔してええ身体してて、お嬢ちゃんの次くらいにイケてるわ。けど、その色はいかんなぁ。全身桃色やさかいな、抱く気にはなれん。……そやっ! おまえもう一回、人間の女に取り憑け。ほならワイかって抱きやすい、ちゅーもんや」 『なっ、なっ、なっ、何の話よ!』 「何や、忘れたんか? ゆ〜たやろ? ワイは一回目ぇつけた女は、何が何でもモノにしな気が済まんのや。あン時抱こうとしとった女の中におったんがおまえやってんから、ワイが欲しいんはおまえや。しゃ〜から、とっとと何処ぞの女に取り憑いて、早よワイの女にならんかい!」 『キーーーーー! やっぱり変態ぃ〜っ!』 この男、女絡みになると異様に執念深い。しかも無謀で見境なしと来た。相手は人間でなく精神攻撃を仕掛けてくる石の精だぞ。おまけに性別もないはすだ。それでもモノにしようと言うのか。 「取り憑くんやったらワイの好みの女にせえよ。たっぷりと可愛がったるさかいな。ワイの虜にしたるさかい、もうワイと離れたなくなんでぇ」 『……!!!!!』 クリスは絶句した。飛び出さんばかりの目で口をパクパクさせている。飛焔の妖しい視線が、その小さな身体に絡みついた。 「いったい何の話よ!」 「いったい何の話だ!」 「いったい何の話だよっ!」 堪りかねた三人が同時に叫んだ。 「何の話て……有体にゆ〜たら、ワイがやり損なった女がここにおる、っちゅーだけの事や」 余りにも簡潔な答えだ。下手に受け取られると誤解を生む。クリスは慌てて叫んだ。 『ちょっと! いい加減にしてっ! 透に誤解されるじゃないの!』 「じゃかましい! 坊の事は横に置いとけ。今はワイと交渉中や。ワイの女になるんかならんのんか、ハッキリせえ!」 『キーーーーー! なる訳ないでしょ、大馬鹿モノーーーーー!』 クリスの怒りが頂点に達した。そうなると、歯止めが効かない無差別精神攻撃。クリスは飛焔を狙ったつもりが、とばっちりは透にも、紫音にも、プシケにも及んだ。 「いい加減にして!」 「いい加減にしろ!」 「いい加減にしてくれよっ!」 またもや、堪りかねた三人が同時に叫んだ。 突如訪れた絶対的な沈黙。全員が息を殺して固まっている。次の瞬間、緊張が解かれ、これまた全員が肩で息をし始めた。 「おまえたちの間でどんな行き違いがあったかなど興味はねえ! 痴話喧嘩なら後でゆっくりやりやがれ!」 紫音はけっ、とそっぽを向いた。 「前々から言おうと思ってたんだけど。飛焔、あなたは少し節操がなさ過ぎよ」 冷たい視線を向け、プシケが言う。飛焔は心外といった顔で反論する。 「せやろか? 男やったら、世の中の女、全部欲しい〜思うの当たり前とちゃうんか?」 プシケも透も、紫音までもがガクッと肩を落とした。それでも冷静さを失わないプシケ。 「クリスは石の精よ。人間でもないし女でもないわ。それにクリスは透を慕っているの。あなたには永遠に靡かないわよ。潔く諦めなさい」 「そう言われてもやな〜、ワイにもプライドっちゅーもんがあるしぃ……」 ぐじぐじと往生際が悪い。一体どんなプライドなのだ。 「あなたは私が欲しかったのでしょ? どうなの? 答えて」 「そら、ワイの本命はあんたやさかい、あんたがワイのもんになってくれるんやったら、こら至上の幸福やなぁ。あんた、ワイのもんになってくれるのんか?」 プシケはにやりと笑って言った。 「私が欲しければ、私以外の女には目を移さないことね。場合によっては考えてもいいわよ」 それが飛焔を釣り上げる騙し文句だとは、透にも紫音にも有り有りとわかっていた。だが、飛焔はあっさりと、 「へい」 と言って笑う。不可思議なくらいあっさりし過ぎているではないか。さては先ほどまでのやり取りはいつもの悪乗りか。それにしても度が過ぎている。 プシケは感じていた。 砂門のことを思うと、胸が掻き乱されて仕方がなかった。懸命に冷静さを取り戻そうとしても、彼のことが案じられて心が沈んでしまう。それがどうだ。飛焔とクリスの痴話喧嘩を目の当たりにしているうちに、いつの間にか、心に張り詰めた黒いものが無くなってしまっていた。 まさかとは思う。まさかとは思うが、彼がそこまで計算してクリスと口喧嘩をしていたのだとしたら、やはり只者ではない。何の為に、飛焔は彼らについて来たのだろうか。 透も感じていた。 飛焔が起こした大騒ぎで、透の心からも暗いものが吹き飛ばされた。生死もわからぬ如・砂門。何の為に彼を探しているのかプシケはまだ話してくれないが、彼を失えばプシケにとって大きな痛手となることは、ひしひしと感じられた。自然、心が暗い妄想に向かってしまう。その妄想を飛焔が打ち砕いてくれた。 諦めてはいけない。信じなければいけない。希望を失くしてしまえば、旅を続けることなど到底できなくなる。それではいけない。何も解決にはならないのだ。 ふと見ると、クリスは透の腕の中で震えながら、ブツブツと何か呟いていた。 『冗談じゃないわ! 冗談じゃないわよぉ。やーよ、もうアイツの指輪に戻るなんてぇ。あんなヤツ嫌い〜。あんなヤツ、大っ嫌いよぉ〜!』 そう言って、キラキラ光る涙を零す。精一杯の力で透にしがみついていた。 「クリス、大丈夫だって。飛焔は、ホントはそんなに酷い人じゃないんだよ」 『イヤ、イヤっ! もうやーよ! アイツの指輪になんか戻らないぃ〜!』 透は溜息を吐く。これは相当、根の深い事になってしまった。 そんな訳で、クリスは透の腕の中で旅を続けることになった。 高原に位置するパミーシュ村。背景にはなだらかな山の稜線が見えていた。群生する薬草や高原植物。自然が作り上げた畑と言ってもいいだろう。それは、或る時は薬になり、或る時は食物になる。 村人の誰もが、薬草や病気の知識に秀でているという村。ピリアと砂門はこの村に辿り着けたのだろうか。そして砂門は救われたのだろうか。 村の奥へ歩を進めるも、建物の数の割に村人の姿は皆無だった。嫌な予感がする。婪嬌村に着いた時の印象と似通い過ぎていた。 「誰もいねえのか? 胡散臭い村だ」 尚も村の奥へと進む。しかし一向に人の気配はしない。 透は探してみる。この村全体に人の意識の流れが余り感じられなかった。だが一人もいないわけではない。少数だが、何処かに意識の動きがある。 「あの建物は何かしらね?」 プシケの指差す方向に、丘の上に立つ白い建物が見えた。屋根の上に何かのシンボルが飾られていたが、良くは見えない。かなり遠方にある。 「行ってみよう」 透が歩き出すと、彼らも無言で後に付く。確かにその辺りで意識の動きを感じたのだ。 徐々に丘に近づいていく。民家の陰が途切れ、林が続き、やがて開けた場所に出ると、そこは、一面に淡い紫の花が咲く草原だった。ただの草原ではない。整然と立ち並ぶ何かのシンボル。やはり整然と並べられた正方形の石の群れ。それが墓地だと気づいたのは、草原の半ばまで来た頃だ。 扇形に広げられた三本の杖を、丸い輪で中央に纏めたような形のシンボル。それが墓標だった。彼らに馴染みのある十字の形ではない。それでも墓標だと理解できたのは、正方形の岩に刻まれた人の名前らしき文字。夥しい数の墓標。どれを見てもつい最近に立てられた新しい物に見えた。 「村人の墓か……」 低い声で紫音が言う。誰も答えられなかった。 不意に意識の中で動くものを捉え、透は顔を上げた。視界の端で翻る白いもの。透は咄嗟に駆け出した。 「あっちだ!」 彼らも後に続く。透が追いかけるものは丘の上の建物に向かって行く。しかしそれは透の様子に気づき、足を止めた。 怪訝な顔で、透やその後に続く連中を見つめているのは、白い衣装を着た一人の少女。まるで草原の花のような淡紫の髪をして、深いスミレ色の瞳に彼らの姿を映している。歳の頃は十二・三といったところだ。色の白い、あどけない表情の可愛い少女だった。 少女の視線は透の腕に釘付けになった。クリスだ。少女はクリスに目を奪われているのだ。そしてか細い声で言った。 「天使様……」 クリスの姿が天使にでも見えているのだろうか。固定されたはずの形は、思い込みの強さによっては効果を成さないとみえる。 続いて、クリスを抱く透に視線を移す。涙ぐんだ瞳で少女は絶え絶えに声を出す。 「ああ……あの天使様と同じ……世界を見透かす瞳をお持ちの、神の御使い様! ……天使様の仰る通りに致しました……村の者は、天使様のお役に立てたのでしょうか? ……救いの道に、辿り着けたのでしょうか……?」 少女は手を組み跪く。透を見上げ、涙した。 「どうか、天使様、お導きください。村の者たちは誰一人、天使様に身を捧げることを厭いはしませんでした。彼らに救いの手を……彼らに救いの道を……!」 言っている意味がわからない。神だの天使だのと言うことを思えば、彼女が信仰心の厚い少女だというのはわかったが。 透は同じ高さに跪き、少女に声をかけた。 「君はどうして僕を天使だなんて言うの? 僕はこの通り、普通の人間だよ」 畏れ多いと言わんばかりに少女は姿勢を低くした。透の瞳を見つめ、懇願する眼差しで声を絞り出す。 「天使様、戯れは仰らないで。あなたのその瞳は、神さまの御加護の顕れ。世界を見透かす力をお持ちの方。私たちをお導きになるために、ここへお出でになったのでしょう?」 少女は透の力を見抜いている? それとも《世界を見透かす力》とは、何か別の意味があるのか。 「あなたはこの村の人ね? この村には、他に人はいないの?」 ぎくりと身を震わせ、少女は一瞬、透の陰に隠れた。徐に覗かせる瞳がプシケを捉えると、少女は驚きの声を上げた。 「こんなことって……あなた方も、両極の天使様なのですか……?」 「両極の天使?」 少女は透に視線を送るが、すぐにプシケを見つめ直した。その瞳は、困惑に揺らぎ、怯えている。 「まさか。そんなはずは……世界を救う、両極の天使様にはもうお会いしたはずですもの……でも、あなた方も経典にある両極の天使様そのもの……いったいどちらが世界を救ってくださる天使様なのでしょう? ……私にはわからない……私には、わかりません……」 少女は目を伏せ、顔を覆う。細い肩が小刻みに震えていた。 「……質問に答えてもらっても、いいかしら?」 プシケは躊躇いがちに、けれど有無を言わせぬ響きを篭めて、少女に語りかける。柔らかい口調と柔らかい笑顔。極めつけの天使の笑顔は、少女の瞳にはどんな風に映ったのだろうか。 少女はそっと顔を上げ、静かな声で答える。 「この村にはもう、神父様と私以外にはいません。村の者は皆、両極の天使様をお救いするため、救いの道を目指しました」 「救いの道?」 思わず声を上げる透に困惑した眼差しを向けてくる。深い紫の瞳の奥で、失望が見え隠れした。 「……昼の天使様が仰ったのです。救いの道を通り、天使様たちに従えば、夜の天使様の命は救われるって……両極の天使様はこの世界を救いに来てくださった方々。どちらか一方でも失うことになれば、世界は瞬く間に崩壊してしまうでしょう。……この村に来てくださった時、夜の天使様は魔の気に中てられていらっしゃいました。昼の天使様が、夜の天使様をお救いするためには人の命の炎が必要だと仰ったのですよ」 「命の炎だって!」 「私たちはこの世界を救いたかったのです。どうしても、経典にある両極の天使様を失う訳にはいかなかったのです。だから皆は救いの道を目指しました。でもその後、天使様たちは再びこの村に現れてはくださいませんでした。……ようやく……ようやく天使様が現れてくださった。あの天使様ではないけれど、私たちをお導きになるために、いらしてくださったのでしょう?」 透に困惑が感染した。 「僕は……」 口篭もる。状況が見えていないのに下手な事は言えない。 「神父様にお会いしたいのだけど」 プシケが短く言うと、少女は弾んだ声で答えた。 「ええ、ええ! すぐに神父様にお会いください。丘の教会で祈りを捧げていらっしゃいます。さあ、早く! ご案内します、丘の教会へ!」 言い終わると同時に立ち上がり、少女は踵を返して走り出した。 【ファティムール寺院へ】へ続く
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