ようせんさんみゃくへ
妖仙山脈へ
西へ…東へ…ロゴ
 飛焔が首を捻りながら言う。
「じょ、じょ……さ、さ〜、何やったかいなぁ?」
「さ・も・ん、だよ。如・砂門。さっき聞いたばっかりじゃないか」
「ああ、スマンスマン。そんな目くじら立てんでもええやないか、坊」
 《坊》と言われる度に少々ずっこける。飛焔の喋り口調と相俟って、調子が狂うことこの上ない。
「で〜、その如・砂門って何もんや?」
 今度はプシケに訊いた。
「どう言えばいいのかしらね。私にとっては大切な人よ」
「ひょっとして、これかいな?」
 飛焔は小指を立てた。
 それを見ても無表情で返すプシケ。
「そんな俗な意味ではないわ」
「俗……かいな? これ……」
 彼は自分の小指を見つめる。その指にはしっかりと水晶の指輪が嵌っていた。
(クリス……)
 心の中で思う。だが、呼びかけてはいけないし、クリスが答えてもいけない。飛焔の正体が明らかにならないうちは、彼がどんな思いがけない力を持っているか、わかったものではないのだ。
「その如・砂門とやらはおまえの知り合いなのか?」
「そう。敵だったこともあるわ」
「敵?」
 紫音は隣に歩く彼女を横目で見た。前を並んで歩いていた透と飛焔も振り返る。
「彼はエルメラインの人間よ。私の森に来て、探っていた。何を探っていたかについては、今はまだお話できないわ」
 紫音は眉を顰めた。
 エルメライン。彼には決して無関係な場所ではない。彼こそが、エルメラインという世界から心現界に来たのだから。
 悪名高い皇帝が治めていた惑星エルメライン。沢山の小惑星を支配した傲慢な政府。紫音は、皇帝と政府に叛旗を翻した革命組織《カオス》の、実に有能な参謀だった。
 ついに政府を攻撃しようという前夜に、無念にも多元空間に引き寄せられた。彼を失った同士たちは、彼の想いに報いようと士気を高め、政府に勝利した。それは過去の話。何故なら、彼が多元空間から開放された世界では革命が伝説として語り継がれていたからだ。紫音は自分の世界に戻れはしたが時代が違っていた。そこは、彼にとっては遥かなる未来の世界。
 そこでプシケと出逢った。彼女もまた、エルメラインにいた。地球に生まれ、心現界へ行き、門番となって、それからどういう経緯でその世界に来たのかは定かではない。けれど、彼女はそこに森の主として確かに存在した。プシケが問題の男と出遭ったのはもう少し前だという話だが。
 問題の男、如・砂門はそれよりも、更に遥かな未来の人間だと言う。どういう方法でかはわからないが、彼は時を遡り、過去の世界の何かを探っていた。それにより彼らの時代を変えようと目論んでいた。訪れた時代にプシケがいたことが何よりも障害となり、彼は姿を消した。彼女の前から。
 紫音と同じ世界の人間、如・砂門。彼が何者で、彼女とどう関わりがある為に追わなければならないのか、まだプシケは多くを語ろうとはしない。
「わかったでしょ? 飛焔。私たちはみんな、あなたと同じ。別の世界からアグスティにやって来たのよ」
 彼女は「あなたと同じ」を殊更に強調した。飛焔に、私たちは同じ境遇の仲間なのだ、と念を押したのだ。
 気づいているのか、いないのか、彼は不思議な面持ちで言う。
「ワイはここに来た時、あんまり違和感せぇへんかったんや。何でやろ? 町によっては懐かし〜気持ちにさせられるトコも結構あったしなぁ。ワイがおった世界とアグスティは、どっか通じてるトコがあんのんかいなぁ?」
 透にも思い当たる。遊天の町もそうだったが、紫音とエルメラインを彷徨っていた時も妙な感触があった。物語に読んで容易に想像できるものが目の前に広がっている、そんなご都合主義的感触。何処かで互いの世界が繋がっていなければ有り得ないだろう、と言いたくなるほど、違和感の無いものを多々目撃した。
「答えは簡単よ。全く無縁に思える世界も微妙な繋がりを持っているからよ。多元空間を通じてね」
「あんた、前もゆ〜たな。多元空間ていったい何やねんな?」
 意外な質問だ。プシケからこそっと聞いたところによると、彼もその多元空間を通ってきたはずだ。追われて《神隠しの山》とやらに追い詰められ、そこに空いていた多元空間に呑まれたのではないか、というのがプシケの見解。まあ、闇雲に呑み込まれ、偶然この世界に放り出されたのなら、言葉を知らなくても無理はないのかも知れない。
 そこで彼らもその見解に便乗した。飛焔と同じように多元空間に迷い込み、散々彷徨い歩いた挙句、ここに辿り着いたという境遇を決め込むことにしたのだ。どのみち、あらゆる世界の至るところに多元空間は空いている。こんな人間が右往左往していても、決しておかしくはないそうだ。
「多元空間は世界と世界を繋ぐ通路みたいなものよ。どんな世界にも必ずあって、同じ次元に存在するはずのない世界を繋ぎ合っているわ。普段は知覚することなどできないのに、何かの拍子で巻き込まれる人間は思いの外いるのかも知れないわね。そんな人たちが放り出された世界で自分の記憶を表現すれば、それが形となって残ったりするのよ。お互いの世界がそうやって影響し合うので、全く無関係なはずの世界に共通点ができたりするのね、きっと」
 ただの次元の迷子にしては、随分と物知りな言葉じゃないか。しかし飛焔は気づかない。あまつさえ感心の声を上げたりしている。
「へえぇ〜、なるほどやなぁ。ワイかてここに来てから、ワイの郷の話、しこたましたさかいな。それに影響受けとるヤツもおるしなぁ。何や、謎が解けてスッキリしたわ」
 妙に単純な男だ。疑問の方が残ると思うのだが。
「話をしてみれば、私と透も、同じ地球という世界から来たのに少し時代がずれているようだわ。私の方が透よりも未来。飛焔は私たちよりも、もっとずっと昔の人なんですってね?」
 彼は袂に左手を入れ、右手を顎に当てた。
「そやなぁ。ワイは、生まれは上方で育ちは伊賀で、江戸で活躍しとったんやけど、坊の国ではそうゆ〜んちゃうねんてなぁ。江戸は東京ゆ〜て、上方は大阪、伊賀は三重ってゆ〜ねんてなぁ。ワイと坊とはホンマの歳やったら、どんだけ離れとんのんやろな?」
 本来なら、透にとって飛焔は過去の人間だ。歳の差は何百年もあるだろう。
「飛焔の時代の将軍は誰だったの? 飛焔は忍者だったんだから殿様のために働いてたんだろ?」
 彼は首を捻る。
「何ちゅーたかいなぁ。何にしろ、とんでもない上様やったんちゃうか? お犬様を守れっちゅーて、訳のわからん御ふれを出すような将軍様やったさかいな」
「お犬様? 《生類憐れみの令》のコトかな? ってコトは徳川綱吉、だっけ?」
 綱吉は五代将軍だ。と言う事は江戸時代の初期。繁栄から太平へ移り変わる途中だ。
「そんな名前やったかいなぁ? まあええわ。もうワイには関係ないヤツやさかいな。ワイはあんな国は好かん。町人が元気ええのは許せるけどやぁ、上では武士が狐と狸の化かし合いや。あほらし〜てやっとられんかったんや。しゃーから忍は止めた。盗人やっとる方が何ぼも身入り良かったさかいな」
 忍者というものに対するイメージが少し崩れた。透が抱いていたイメージは、命を懸けて殿のために働く姿。影の世界に生き、影に消えていく過酷な運命。飛焔からは微塵も感じられないもの。だが、現実とは得てしてそんなものかも知れない。
「ワイには、あんなちゃっちぃ世界は性に合わん」
 風に吹かれる飛焔の横顔を見た。確かに。日本などというちっぽけな国に収まり切らない何かを、彼の中に感じ取った。飛焔には封鎖された世界は似合わない。何処までも鷹揚で、何処までも自由な生き方が彼には似合う。彼の中の大きさが、透には快く感じられた。
「何処の世界にもいるもんなんだな、王の器でもねえくせに民を牛耳ろうという身の程知らずが。民の苦しみを見向きもせず、己のエゴを押し通す。どんな世界でも人間ってなぁ同じなのか……」
 飛焔がぴたりと立ち止まる。
「しゃーない、兄ぃ、人間っちゅーのはそんなもんや。誰かって自分が一番可愛いもんやろ? そやから味気のある人間になるんや。エゴのない人間なんか、味気もしゃしゃりもないんとちゃうやろか?」
 紫音は飛焔の背中を見つめた。この男、あながち馬鹿でもお気楽野郎でもない。
「まあな」
 飛焔は満足げに再び歩を進めた。
「これから行くバザールは、そんなエゴの塊な連中ばっかりや。しゃーけどワイは嫌いやない。ごみごみして騒がしいトコやけど、みんな生き生きしとるさかいな。生きてるっちゅー実感をものすご〜感じさせてくれるんや。人間らしい人間見てたら思うでぇ。取り澄ました人間の方がよっぽど怖い、っちゅーてな」
 
 
 飛焔の言葉通り、そこはごみごみとして騒がしかった。そして人は生き生きと輝き、活気に満ち溢れていた。
「飛焔、久し振り〜!」
「よぉ、こそ泥野郎、まだ生きてやがったか」
「飛焔〜、最近どうしちゃったのよぉ〜? もうっ、ずっと待ってたんだから〜」
 あちらこちらから飛焔に声がかかる。女、男、子供、オヤジ、ジジイ、年下過ぎる女や少し萎びた女。あらゆる年齢層の人間たちが、親しげに彼に声をかけてきた。改めて彼の顔の広さに溜息が出る。この男を連れて来て正解かも知れない。
「飛焔ったら、もう! 最近ご無沙汰なんだからぁ。久し振りに私を慰めてよぉ」
 突然、首根っこに抱きつかれたりもする。が、その女は紫音に目を遣ると、
「あ〜ら、こちらのお兄さんもステキぃ! タイプだわぁ。ねえ、遊んでかない?」
 と、さっさと乗り換えてきた。こんなところでまで売りをしている。小うるさいバザールの何処でやろうと言うのだ。
 紫音は女が絡ませてくる手を払うと、
「おい。おまえの女なら、とっとと連れて行ってやって来い。俺たちはその間に情報を集めることにする」
 冷たくあしらわれた女は、
「何だい、何だいっ! カッコつけてんじゃないよっ、ホントは好きなくせしてさっ! おととい来やがれってんだっ!」
 勝手に絡んでおきながら、威勢良く怒鳴り散らし、ぷんすかと行ってしまった。
「おまえの女を怒らせちまったか」
「心配せんでもええ。あの女はなぁ、尻も軽いけど頭も軽い。次、来た時にはもう忘れてるやろ」
 彼はまた、騒がしい人込みを歩き出す。
「行くでぇ。情報集めんねんやったら、ワイがおらんかったらアカンやろ?」
 慌てて飛焔の後を追った。
 バザールの中は人と物が溢れている。いろんな言葉も溢れ返っているが透たちに言葉の不自由はない。誰もが皆、活気に溢れ、命に満ち、その日暮らしの喜びを噛みしめていた。飛焔の言う人間らしい人間たち。生きるために術を選ばず、何があっても生きることを諦めたりしない。雄々しくも前向きで野太い生き様。生きるのに飾る必要はないのだと改めて思い知らされる。
「ふふふ」
 プシケが笑い出した。目で問うと、
「何だかここにいると力を貰っているようだわ。誰もが皆、自分のことを考え自分を大切にしている。生きる活力は人の精神を健康にするわ。だからかしら? 力がプラスの方向へ流れていく気がするのよ」
 透も実感した。ここにいる人間たちの願望や欲望、夢や気力、全てが心現界に与えられ、還元される。人々の精神は枯渇することなく、或いは増幅され、また更に生きる活力となるのだ。透たちは精神の力を使う。だから少なからず影響を受けるのだろう。
 飛焔はそこら中で問題の男の聞き込みをする。その度に、脈ある答えが返ってこなくても愛想笑いは一切崩さない。これが飛焔の人気の秘訣か。言葉面は非常に乱暴にも思えるが、誰もが皆、好意的に受け取っていた。
 ここかと思えばまたあちら、なので追いかける方も忙しい。次々に店を移り、新たに声をかけたのは萎びたジジイの宝石商だ。
「ヤコブ・ヤン、まだ生きとったんか。ジジイのくせに長生きやなぁ。まあ、その長生きのお陰でええ情報も仕入れられるんやけどなぁ」
「けっ、若造。近頃来ねえから、てっきりおっ死んじまったと思ったぜ。よくもまあ、しぶとく生きてやがるもんだ。まぁ、こちとらもおめえの掘り出しもんでメシ食ってる時もあるがな」
 どちらも口が荒い。喧嘩を売っているのかと思うほどだ。
「また掘り出しもん、ちょろまかして来たるさかい、今日のトコはワイに情報くれへんか? 人、探しとるんやけど、如・砂門て聞いたことあらへんか?」
「はぁ? 知らねえなぁ。何もんだ、そいつぁ。男か? 女か?」
 飛焔はプシケに説明をさせる。色の浅黒い、萎びてはいるが矍鑠とした爺さんに、彼女は懸命に説明をする。耳が遠いわけでもないらしいが、この騒々しさだ。自然と声高にもなる。ヤコブ・ヤンはその間、プシケの宝石に目を奪われていた。
 探す男は如・砂門。年齢は二十歳。背は紫音より少し低め。髪の色は透と同じ。瞳は飛焔の色に近いが緑がかってはいない。服装は黒ずくめ。肌の色は白く、端正な顔立ちだという。
 仲間を総動員して説明したが、答えは同じ。
「さぁて、知らねえなあ」
 飛焔が眉を上げて言う。
「何や、役に立たんジジイやな。そろそろモウロクしてきたんかいな。誰ぞ、知ってそうなもんに心当たりはないんか?」
「いい加減にしな、青二才。こちとらそこまで暇じゃねえんだよ。……そうさな、この辺りのジジイで一番物を知ってそうなのは、妖仙のジジイじゃねえか? それに、妖仙山脈は追われる者には恰好の逃げ道だぜ」
 またジジイか。とも思うが、確かに年寄りは良く物を知っている。
「妖仙山脈かい、あんまり気ぃは進まんけどなぁ。溺れるものは藁をも掴むさかい、この際、行ってみるとしょうかいなぁ?」
 そこも飛焔の縄張なのか。馴染みの口調がいかにもそれらしい。
「おおきに、助かったわ。ほな、ヤコブ・ヤン、あんじょう商売しいや」
 と、立ち去ろうとした首根っこを捕まえて、
「おらおら、待ちな、若造! 久し振りに来たんじゃねえか、何か置いてけよ!」
「ああ?」
 飛焔は考え込む。ぽんと思い当たると小指を勿体振って見せた。
「こりゃすげえ! すげえじゃねえか、飛焔。おめえさんも遂にこそ泥から足を洗ったって訳か。こそ泥返上で大泥棒さまだな。早速見させて貰うぜ」
 爺さんは片目に鑑定レンズと思しき物を装着した。彼の小指に近づけようとする。手を引っ込めると飛焔は言った。
「アカン。やっぱりこれはアカンわ。悪いけど今回は何もなしやな」
 ヤコブ・ヤンは明らかに不機嫌な顔で、
「おい、どうしちまったんだよ、飛焔。ちらっと見ただけだが大したもんじゃねえか。高く買ってやるからよぉ、見せなって!」
 子供を宥める言葉面で言ってくるが、飛焔は全く取り合わない。
「アカンって。これはお嬢ちゃんとワイを繋ぐ唯一のシロモンやさかいな。誰にも渡さへん!」
 そう言うと、プシケに人懐っこく笑いかける。多少デレッとしたところが無きにしも非ずか。飛焔の視線を見て爺さんは目ざとく察したようだ。
「けっ、ヤキが回りやがったな、飛焔。一人の女に執着するなんざ、おめえらしくもねえ。ま、そう言うことなら仕方ねえけどよぉ、精々気をつけるこった。女を連れてるとこの世界じゃ事件に巻き込まれることも多々あるからな。特に西に行く時は気をつけな。それと、今度来やがった時に手ぶらだと只じゃおかねえからな、覚えとけ」
「そんな拗ねんでもええがな、ちゃんと埋め合わせはするって。今度来る時は何ぞどえらいもん持って来たるさかいカンベンしてんか。ゆ〜てぇ、今度来た時に爺さんが骨になっとったら、それも無理かいなぁ」
「馬鹿野郎。ぶっ殺すぞてめえ。おめえこそ女に刺されねえよう気をつけな」
 と二人が別れを惜しんでいる間、ふと気配を感じて透は振り返る。こちらを見つめる突き刺さる視線。何だろう。だが人込み過ぎて確認は取れない。
「はぁ〜、全く口の減らんジジイやなぁ」
 と、捨てゼリフを残すと、飛焔はサクサクとその場を離れた。ジジイの長話に付き合うのは懲り懲りだとでも言わんばかりに。いや、どうしてどうして。端から見ると、果てしない突っ込み合いで会話が成立しているところが、なかなかに楽しそうに見受けられたが。
「取り敢えず山越えの準備やな。ここやったら何ぼでも物揃うさかい不自由はせえへんやろけど、問題は、妖仙のジジイが山の何処におるかがわからんことかいなぁ」
 紫音が呆れて呟いた。
「そんなところに女連れで行こうってのか。無謀なヤツだな」
 飛焔はにまっと笑う。
「心配せんでもええって。世の中何とかなるもんや。それに、向こうから来てくれるかも知れんしなぁ」
 彼は謎の言葉を残し、次々と店を巡り始めた。指輪を見せびらかし口車でブツを手に入れる。顔の広さは半端ではない。ツケで物が購入できるのだ。
 その間、透たちは彼の後をついて歩き、物を持たされる。持たされないのはプシケだけだ。
 一抹の不安を隠し切れない紫音は、彼が店でくだらない洒落を武器に物を購入している際、プシケに訊いてみた。
「あの男と旅をしてみてどうだった? 無謀で見境の無い男か?」
 ある意味、無謀で見境はないが、彼女はこう答えた。
「度胸のある人よ。それにこの世界を良く知っているわ。多分、妖仙の山というのも良く知っているでしょうね。それと、彼、あなたに少し似ているわ。勝算のない賭けは最初からしないけど、守る者がいれば俄然燃えるタイプね」
「よせ、あんなのと一緒にするな」
 俄かに不機嫌な顔になる。
 透は心の中で吹きだした。自分が感じていたことを、プシケが指摘したのが可笑しかったのだ。
 紫音と飛焔は外見も性格も全く違う。けれど根底に流れる何かが同じだという気がしてならないのだ。それがどうとは言葉では言えないが、紫音から受けるのと同じ感情を、飛焔からも受けているという実感がある。相変わらず心現界に関わるものは見えてこないが、彼は敵ではないという確信が、透の中で生まれつつあった。彼の前で心現界の話をしても、問題はないのではないかとすら思い始めていた。
 飛焔が一抱えの荷物を持って戻ってきた。また持たされるのか、と思いきや、
「こんなもんでええやろ。これだけあれば多少の長丁場は何とかなると思うでぇ。後は腹ごしらえでもして行こか?」
 気軽に言い、店の物色を始めた。
「おい。で? これの料金は誰が払うんだ?」
 紫音の問いに不敵な笑いを浮かべると、
「お嬢ちゃんがワイのもんになってくれたら、この指輪売って金に替えるさかい」
「なら永遠に払えねえな。これで払って来い。借りはゴメンだ」
 飛焔の手に金貨を握らせる。金貨一つでツケを全部払っても釣が来るだろう。
「ひゃぁ〜、兄ぃ金持ちやなぁ。こら助かるわ。正直ゆ〜て、最近ツケもうるさなってきたさかいなぁ。ほな行ってツケ帳消しにして来まっさ」
 いそいそと飛焔は走り去る。もしかして今までのツケまで払ってくる気ではあるまいか。尤も、紫音はそれも見越していたに違いない。単に後腐れなくこのバザールを出発したかったのだ。
 さっぱりとした表情で戻ってきた飛焔。
「後腐れのないよう、あんじょうしてきたさかいな。ついでに店も探して来たで。腹ごしらえしたら、ちゃっちゃと妖仙山脈へ向かうとしょうか」
 彼らの思惑は当たっていたのだろう。調子良く先行く飛焔の後を、密かに笑いながら三人はついて行った。
【アジトへ】へ続く
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