僕のWebサイトを見た友人からは「文章が多いのもひとつの個性だから気にしないで」と優しいメールを貰ったりしていますが、やはり少し冗長に過ぎる嫌いがあります。尤も、旅の情報を得たい人はもっとそれらしいサイトを検索されるでしょうから、これはこれでひとつの読み物でいいかとも思っています。こんな風に書くから冗長になるんだ!
| 月・日 | 行 動 | 宿泊地 |
| 8月21日 | 関空17:00⇒15:30ダラス16:30⇒23:30リマ | リマ空港 |
| 8月22日 | リマ6:00⇒7:30クスコ 午後:市内見学 | クスコ |
| 8月23日 | 午前:高山病回復を待つ 午後:クスコ近郊ツアー | クスコ |
| 8月24日 | クスコ→アグアス・カリエンティス→マチュピチュ | アグアス・カリエンティス |
| 8月25日 | アグアス・カリエンティス→マチュピチュ→クスコ | クスコ |
| 8月26日 | クスコ→フリアカ→プーノ | プーノ |
| 8月27日 | プーノ8:40⇒9:30ウロス島10:30⇒13:20アマンタニ島 | アマンタニ島 |
| 8月28日 | アマンタニ島8:00⇒9:00タキーレ島12:30⇒15:50プーノ | プーノ |
| 8月29日 | プーノ9:40→10:50フリアカ11:30⇒14:00リマ | 機中泊 |
| 8月30日 | リマ1:20⇒8:00ダラス11:20⇒15:00関空 《31日》 | 機中泊 |
マチュピチュについては、多くが語られ、紹介されているので付け加えることは殆ど無いのですが、それにしても不思議な遺跡です。現地へ行ってみて改めて思うのは、この地形、位置です。カレンダーなどに写っている写真ではイマイチ分からないのは、この遺跡が更に高い山に囲まれていること。そして、ウルバンバ川という川に三方が囲まれていること。去年行ったトレドと同じ地形なのだけど、違いはその切り立ち方。ほんとに急峻な絶壁に囲まれているのです。この都市の頂からは回りの川が両サイドに見える。どうしてこんな場所に都市を造ったのか?僕たちはジグザグの道をバスで登るのだけど、それでも25分はかかる。「空中都市」と呼ばれ、確かに防御体制は完璧だけど、そこまでする必要がどこにあったのか?忽然と消えた人々に何があったのか?彼らは何処へ行ったのか?
![[最初に訪れたウロス島]](images/urosu.jpg)
民宿はウルルン滞在記そのマンマ。僕達は1泊だけですから何もマスターするものはなかったのだけど、狭いながらも一部屋をあてがわれ、そこで食事し寝た次第。ルーベンさんという方で、子供さんが3人居られ、この子達がはにかみながらも結構人懐こく、楽しいひと時でした。食事は、家の前にある小屋の中に釜戸があり、そこで調理され運ばれて来ます。スープともう1品が基本で、そう美味しくはないのですが、まあ心がこもっていますから頂きました。水もポリタンク、火力は薪で、大変です。尤も、先に書いたように僕は高山病にかかってそれほど食べられた訳ではないのですが。
ここから予定にはなかったタキーレ島へ。丁度対岸といった感じの位置。それが理由で避けた500段の階段の登りを覚悟していたら、その裏側から入港。全くラッキー。少し登ると後はほぼ平坦なプロムナードと行った感じの素敵な道。いつもチチカカ湖の青い湖が見える。高山病再発の妻はしんどそうでしたが、何とか歩き切りました。下りはあの急坂でしたが所詮下りは下りです。そう苦しくはありませんでした。



