ダーウィン

種の起源』を読む

2009年2月12日発売

化学同人

2100円

本文執筆・イラスト:北村雄一

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 まずは誤植の訂正を:

1:86ページのイラスト:Holly つまりセイヨウヒイラギ [Ilex aquifolium ] のはずなのに、ヒイラギ [Osmanthus ilicifolius ]のように葉っぱを対生させて描いてしまいました。本当は葉っぱが互い違いに出ます。うかつ。とはいえ、追跡調査の予定。

2:246ページの「ネイチャー」:これはNature. A weekly illustrated journal of science, vol.18,30 May 1878 pp120~121 のことで・・・。これ、Natureとは違いますよねえ。うかつ。ともあれ、これも追跡調査中

3:281ページの1行目:複数の種の群つまり科になり→複数のの群つまり科になり

 

 概要:

 無謀にもダーウィンによる1859年の著作、[On the origin of the species by means of natural selection or the preservation of favoured races in the struggle for life]、つまり「種の起源」を読んで解説しようと試みた本。ダーウィンがあまりに詳細に物事に立ち入って説明を試みているので、読んでいるだけで、途中、何度か頭が痛くなってきました。読むだけでこれだから、書いたダーウィンの具合が悪かったというのも当然か。

*ビーグル号の航海から帰還したダーウィンがずっと体調がすぐれなかったのは、進化理論といういわば”最大級の思想犯罪”を犯していた事に対する心身の不調だと言われています。

 今回のこの本はhilihiliで展開していたコンテンツ、種の起源を読む、から派生したものです。種の起源は全部で14章(第6版ではさらに1章を追加)から成立する本であり、「ダーウィン『種の起源』を読む」でも、hilihiliのコンテンツのどちらでも各章を順番に紹介しています。

 本は当然ながら14章まで解説、論じましたが、コンテンツの方は2009年2月現在において実質、第3章までしか進行していません。つまりコンテンツの完成よりも本の方が先に出来ちゃったわけです。もともとネットのコンテンツを作り終えたら企画としてどっかに持ち込むか〜〜〜と考えていたので、そう言う意味では順序がひっくり返ったというべきでしょうか。とはいえ、本を書いて思ったのは、いやはや、種の起源は解説本を書いたぐらいでは理解しきれない本なので、これはこれでよかったかと。

 そういう意味で「ダーウィン『種の起源』を読む」は補完が必要な本ですし、そして補完はhilihiliのコンテンツ、種の起源を読む、で継続して行います。つまりコンテンツから本へ、本からコンテンツへ、というわけ。完成まで何年かかるのかは2009年の時点で不明。

 ちなみにこの本、進化理論を紹介する本でもある一方で、染色体という単語すら出てきません。わあ、我ながらすごい本だよなあ〜〜〜と思ってみたり。

 

 備考:

:参考文献追加

 この本では系統解析の具体的な手順や考え方、哲学的な背景などについてほとんど述べていません。詳しい事を知りたい方は参考書籍として

「生物系統学」 三中信宏 東京大学出版会 1997

「系統樹思考の世界」 三中信宏 講談社現代新書 2006

「分子系統学」長谷川政美・岸野洋久 岩波書店 1996

などがあります。ちなみに本文第6章で紹介した鳥の進化に関しては

真鍋真 2003, 「パリティ」, vol.18 No.11 pp52~56

マクガワン 1998 「恐竜解剖」工作舎

を参考にしてください。ごく簡単に分岐学と鳥の進化の概要を示した本としては北村個人の以下の本があります。

  

「ありえない!? 生物進化論」は「ダーウィン『種の起源』を読む」とほぼ同時並行して作った本で、ある意味、姉妹本とも言うべき内容になっています。また。節足動物の進化とバージェス頁岩の話も取り上げているのでご参考に。

 研究者によるバージェス頁岩とグールドの特異な見解、発見者ウォルコットに対する評価に関しては Briggs ,Erwin & Collier 2003 による「バージェス頁岩化石図譜」朝倉書店 (例えば7ページ)が参考になります。

 

:ダーウィンが考えていた淘汰の単位に関して

 この本の151ページで北村は「つまりこの場合は血縁集団の利益のためのものだと説明したのである。」と書いています。これをまま解釈すると

血縁集団の利益を上げることができるために、働きアリや働き蜂の特異な姿や、あるいは分化したカーストが進化した。そうダーウィンは説明している

という、”群淘汰”的な意味合いをかなり強く持つ事になるでしょう。ようするにダーウィンは”ひとつのハチの巣/あるいはアリの巣全体”を選択/淘汰の単位として見ていたという意味に受け取られうるわけです。実際、そう受け取ってそのように和訳した人もいたようですが、それはあまり良い記述や解釈とは思えません。ここでダーウィンがいっていることは

 分化した(不妊の)カーストが出現した結果、不妊のカーストと血縁関係にある繁殖個体が利益を受け取り、その繁殖個体を通じてより適応した不妊カーストの特徴が子孫に伝わる・・・

ということです。ただし、ダーウィンが選択や淘汰の単位をどう考えていたのかについては議論があります。ダーウィンの著作を見ていると、彼は選択/淘汰の単位を”個体”あるいは個体を通じることで変異そのものであると考えていたことは明らかなのに、種の利益のために、とかそういう表現がしばしば出てきます。ここで問題にしているcommunity 、この単語を彼は社会性昆虫に関して使っているので意訳すれば血縁集団ということになるのでしょうが、community :血縁集団の・・・という使い方をダーウィンは時としてします。

 こうした表現は現在で言う血縁淘汰に極めて近い意味合いで使われたり、あるいは”祖先から共通の特徴を受け継いでいるひとつの系統(例えば種)が、その共有している特徴ゆえに他の系統を滅ぼす/あるいは逆に滅ぼされる”そういう意味合いで使われています。ようするに結局のところダーウィンが歴史上最初のネオダーウィニストであることは確かでしょ? なんですが、彼の表現を読んでいるこちらがまごつかされることもまた事実です。ダーウィンは淘汰/あるいは選択の単位をどう考えていたのでしょうか?

 しかし、こうしてうるさく小言のように言っている私たち自身が、たとえ個人的には淘汰は遺伝子や個体にかかると考えていたとしても、〜〜のためにという目的論的な表現を使ったり、あるいは、種が種を滅ぼすとか、そういう表現をざっくり使っている場合がままあります。北村自身、「ダーウィン『種の起源』を読む」の表紙カバー折り返し、解説の部分で「種は他の種を滅ぼし」と書いていたりします。自分としては第10章で、さらに上の文章で解説しているように”ある有利な特徴を共有する系統の枝が結果的に他の枝を駆逐している”という意味で使っているのですが、さて、この表現もどう受け止められることやら。

 以上のことを考えると、ダーウィンが淘汰の単位をどう考えていたのだろう?と考察するのは当然のことである一方で、突っ込んだ議論をしすぎるのは問題なのではないかとも言えます。あるいは無駄に解像度を上げ過ぎだと言うべきでしょうか? さらに言えばイギリスの科学哲学者クローニンさんが指摘しているように、もしかしたらここにおけるダーウィンの問題提起、すなわち社会性昆虫の不妊カーストがいかにして進化したのか、については淘汰の単位を論ずること自体がややミスリードであるかもしれません。詳しく知りたい方は「性選択と利他行動 クジャクとアリの進化論」ヘレナ・クローニン 1994 長谷川眞理子 訳 工作舎 を参考にしてください。

 なお、ダーウィンが使う「種の増殖に・・」とかそういう表現に関しては「植物の受精」チャールズ・ダーウィン 2000 矢原徹一 訳 文一総合出版 14〜15ページにおける矢原さんの説明も参考にしてください。

 

 :不妊カーストの進化と血縁淘汰に関して

 社会性昆虫における不妊カーストの進化そのものと、血縁淘汰に関する北村の説明は非常に単純化させたざっくりしたものなので、

「生物の社会進化」ロバート・トリヴァース 中嶋康裕/福井康雄/原田泰志/訳 産業図書 1991

「親子関係の進化生態学」北海道大学図書刊行会 1996 第1章・アリの性比をめぐる親子の対立 長谷川英祐

「シリーズ進化学 6 行動・生態の進化」岩波書店2006 第2章 血縁淘汰・包括適応度と社会性の進化 辻和希

などを参考にしてください。

 

:プロテオレパス属とシャミセンガイ、そして花の性について

110〜111ページに出てくるプロテオレパス属についてですが、これは現在ではIsopoda: 等脚類であるとされています。とはいえ、論文はまだちゃんと読んでいないのでこれから。そしてプロテオレパスがフジツボの仲間であろうが、等脚類であろうがこの部分での説明/解説には影響を与えないので、特にこの事には触れていません。

 こういう例は他にもあって、例えば第10章のシャミセンガイに関しても、あいつらって実際には変化しているのだから生きた化石と言えないのではないか? という論文があります。まあこれも本文の解説/説明にはあまり影響を与えなさそうなので省略しました。詳しくはいずれ補完します。

 また、第8章のコラムで述べた花の性に関してはより適切な参考文献、「花の性 その進化を探る」 矢原徹一 東京大学出版会 1995 などにあたることをお勧めします。

 

:ガラパゴス島の成立に関して

 248〜249ページにおけるガラパゴス島の成立に関する考察。これはダーウィンの考えに基づいていますが、finely-stratified, sandstone-like tuff で出来た噴火口の南側の斜面が壊れていることに関しては、南風で噴出した火山灰が流された、という解釈もありうるようです。むしろそれが正しいという意見も聞いているのですが、今回の本ではダーウィンの解釈にそって説明しています。いずれさらに調べないといけませんね。

 

 :獲得形質について

 この本では獲得形質は原理的にありえないと書いています。いわゆるセントラルドグマというやつですが、世の中にはトランスポゾンやDNAのメチル化が獲得形質の遺伝にあたるのではないかと解釈する人もいるようです(確かに現象としてそう見える場合がある)。とはいえ、あれ、いわゆる古典的な獲得形質の遺伝なのかというと、さてはて。そう認識するべきでしょうか?

 

 :魚の浮き袋の起源に関して

 130〜132ページでは、陸上脊椎動物の肺はもともと魚の浮き袋だったという前提でダーウィンの論証を説明しています。しかし古生物学に詳しい人なら知っているかもしれませんが、これは現在では逆に考えられています。つまり、硬骨魚類の祖先が持っていた補助的な呼吸器官が後に浮き袋へ転用された、というわけです。人間の肺は器官の役割としては派生的というよりはむしろ原始的だということもできるでしょう。とはいえ、今回の本ではダーウィンの考えに沿った説明をしています。最初は一応、こういう補助的な付記も入れていたのですが、文章を切り詰めていく過程で省略しました。なお、浮き袋→肺であろうが、肺→浮き袋であろうが、いずれにしてもダーウィンの論証(同じ役割を果たす複数の器官があれば器官の役割や機能の転用は可能である)に影響は及びません。ちょうどプロテオレパスがフジツボであろうが等脚類であろうが論証には影響を与えないというのと同じですね。

 

 :アガシとフォーブスに関して

 本文193ページに出てくるアガシとフォーブスのエピソードは「氷河期の「発見」 地球の歴史を解明した詩人・教師・政治家」エドマンド・ブレア・ボウルズ 中村正明/訳 扶桑社 2006 の pp193~195で読むことができます。また、本文234ページで出てくるフォーブスの仮説については「動物地理学」W.ジョージ 吉田敏治 訳  古今書院  1968 pp160 で見ることができます。フォーブスの出典(1846年だそうな)までは行き着けませんでした。なお、「動物地理学」の原題は[Animal Geography] Wilma George, M.A. Heinemann Educational Bookes Ltd,London,Englar 1962。大陸移動説普及以前のゴンドワナ大陸の概念や、生物分布の説明を知る参考にもなります。

 

 :その他の補足

 第4章、90〜91ページの”自家受精植物がどうして花をつけているのか?”については追ってhilihiliのコンテンツ「種の起源を読む」で補完の予定。

 第5章、112〜113ページの”変異性の増大”についても同様。これ、量的な形質を支配する遺伝子が集積する過程か何かなのでしょうか? どうなんでしょうね。

 

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