詭弁・その3:シャングリラ

 わらし:さあ、いよいよ詭弁のお勉強をはじめるだ。

 ミラ:はあ。

 わらし:まず先ほどの地図をこのように組み立ててみただ。

 

 ミラ:・・・・なによこれ。

 わらし:うん? 地図を復元しただけでねーか

 ミラ:いや、ですからね、なんなのよ、このまん中にあるでっかい丸は?

 わらし:これは失われた楽園都市、シャングリラだ。なんとこれは楽園への道を示した地図だったんだなあ。

 ミラ:おまえ、正気か?

 わらし:うん? シャングリラが気に入らないか? じゃあアルカディアでもザナドゥでもいいし、エル・ドラドでもいいぞ。

 ミラ:いや、そういうことでなく。どこをどうすればこんな復元ができるのよ!!

 わらし:いや、ちゃんとつながっているでねーか。ほれほれ。よく見てみい。すべての道路がちゃーんとつながっているだ。なんの矛盾もないだ。いや、むしろ逆だあ。シャングリラがあると想定したことですべての地図の断片がみごとにつながっただ。シャングリラがあると考えた瞬間、すべてがうまく説明できただ!!

 ミラ:お前の言っていることは絶対おかしいわ!!この復元でも

いいはずよ。ここにはシャングリラなんてないじゃない。シャングリラなんて必要ないのよ。どうよ、どうなのよ!! 

 わらし:お前の言うとおりだ!! 

 ミラ: はっ??・・・・・( ̄□ ̄;)

 わらし:( ‥)まあそういう顔をするな。さて、この2つの地図の復元はどちらも仮説なのよねえ。

 ミラ:そうね。

 わらし:つまりこういうことよね。理路整然と説明できる、すべてがうまく説明できる、そういう見方だけではこの2つの仮説(組み立て方)には差が出ないわけよ。

 ミラ:・・・そう・・かしら??

 わらし:だってそうだろう?、どっちも道がうまーくつながっているじゃないの。どっかの道がつながらないとか、そういう矛盾がある?

 ミラ:・・・どちらにも・・・ないわねえ。

 わらし:つまりこういうことよね。説明できる、矛盾がない、そんな仮説は幾つもあるってことなのよ。

 ミラ:なるほど。そうなりそうね。

 わらし:同じように矛盾がない、だけでは、例えば科学と創造論の区別がつかなくなるのよね。

 ミラ:そう、なの?

 わらし:全知全能の神がほんの数千年前に一週間だけで世界を作ったって、別に矛盾もなければ問題もないだろ。

 ミラ:そうかなあ・・・。何千万年も前の地層とか、何億光年も離れた星はどうなるのよ。

 わらし:それのどこが問題なのかしら。神さまは年代測定で何千万年も時が過ぎたかのように元素の比率をかえたり、地球がさも長い歴史を経たように適切に地層や化石を作ったり、宇宙を渡る光を操作して矛盾がないように調整したりできるでしょうが、なんたって全智全能なんだから。

 ミラ:ああ、なるほど。じゃあさ、科学とそうじゃないものの違いってなによ?。

 わらし:まず、仮説を選ぶ基準が違うんでしょうね。さっきの2つの復元、ミラちゃんならどっちをとるわけ?

 ミラ:そりゃあ、こっちよね。

 わらし:なんで?

 ミラ:だって、うまい具合につながっているじゃない。そうだな、道路は7ケ所はつながっているわよね。でもさっきのシャングリラの地図だとうまくつながっているのはほとんど1ケ所だけよ。

 わらし:そうね。ようするにミラちゃんは整合する部分が多い方の復元を選んでいるわけよ。

 ミラ:そうね。

 わらし:そしてある意味ではピンクの部分が少ない方を選んでいるわけよね。

 ミラ:えっ??・・・ああ、いわれればそうか。たしかにシャングリラの方はピンクがずいぶん多いわねえ。

 わらし:どうしてそうなるんだと思う?

 ミラ:そりゃあ整合する部分が少ないからでしょ? だからむりやりつなげようとするからピンクの部分が多いわけでしょ。

 わらし:そうね、ピンクってのはそもそも足りない部分を”おそらくこうであっただろう”とおぎなった箇所よねえ。仮説をなりたたせるために導入した、これはいってみれば補助的な仮説なわけよ。

 ミラ:うん、そうね。

 わらし:ようするにこういうことよね。 

 :整合する部分が多い=ピンクが少ない=補助的な仮説が少ない

 :整合する部分が少ない=ピンクが多い=補助的な仮説が多い

 ミラ:なるほど、でもって科学はどっちを選ぶわけ?

 わらし:科学が選ぶのは、整合する部分が多い=ピンクが少ない=補助的な仮説が少ない、仮説の方よ。つまりこの場合ではこっちの仮説、つまりこの組み立ての方を選ぶわけね。

 ミラ:まあ当たり前だわね。

 わらし:これは科学でしばしば使われる仮説を選ぶ時の基準よね。余計な仮定や補助仮説が少ないものの方を選べ。いわゆるオッカムの剃刀とか最節約といわれる考え方よ。

 ミラ:整合性はどうなるわけ?

 わらし:整合性が高くなれば補助的な仮説とか仮定は少なくなるから、整合性の高さは最節約とおよそ同じことよね。整合性が高い=補助仮説が少ない、そんな感じじゃないかな。

 ミラ:ああ、なるほど。でもさ、最節約とかオッカムの剃刀の何が有効なのかな?

 わらし:それはなかなか難しい問題だな。ただ、反対にいうと最節約じゃない考え方に大きな問題があるのはよく知られているわ。

 ミラ:ふーん?、どういう問題?

 わらし:まず最節約な基準では補助仮説の数や仮定を最小限にしようとするわ、でも、もしこの基準を無視すると補助仮説を必要以上に投入できるわけよ。そうなると、例えばシャングリラが成立する余地でてくるわ。

 ミラ:ああ、なるほど。いわれればそうね。一致点や整合性が少ないからピンクの部分を増やす。そうなるとシャングリラがここにあってもいい。

 わらし:最節約な基準を無視すればシャングリラが成立する余地が出てくるわけよ。

 ミラ:するとシャングリラを成り立たせるには最節約な基準を無視する必要があるってことね?

 わらし:そうなるわね。言い方をかえればシャングリラを成り立たせるには補助仮説を大量に導入する必要があるってことよ。必要以上にね。そしてこれは大きな問題がここにあることを示しているわ、つまり

補助仮説の数を多くすればいかなる仮説も任意に正当化できる

これが最節約な基準を無視した時に起こる最大の問題ね。

 ミラ:はー・・・、なんでも正当化できるんだ。あれ? ちょっとまってよ。よく系統学や分岐学、系統解析に反対する人ってこういうわよねえ、最節約が正しい仮説を選ぶとは限らない、だからこれにこだわる必要なんてないっていう文句。あれって・・・。

 わらし:それが最節約とは何か?という哲学的な問いならともかく、ようするにそれは自分の仮説が最節約な基準ではチョイスされない不満を述べているってわけだ。

 ミラ:でも、それは・・。

 わらし:そのままでは任意に仮説をチョイスする自由を言っているだけだな。そうなると話は科学とはまったく別の世界へ飛んでいってしまうだ。

 ミラ:シャングリラが正当化されるわけね?

 わらし:そうだあ、シャングリラでも、神様でも、任意に正当化して主張できるだよ。さっきオラいっただなあ、

 ”神さまは年代測定で何千万年も時が過ぎたかのように元素の比率をかえたり、地球がさも長い歴史を経たように適切に地層や化石を作ったり、宇宙を渡る光を操作して矛盾がないように調整したりできるでしょうが、なんたって全智全能なんだから”

 これはまぎれもない補助仮説の大量導入だあ。

 ミラ:なるほど・・・・・。この場合、世界の年令は聖書の通りに数千年であるという仮説を正当化するために、世界が長い歴史を経たかのように神様がさまざまな事柄を調整した、そういう膨大な数の仮定を持ち込んでいるのね?

 わらし:そうだあ。このことから分かるように、補助仮説を必要以上に持ち込むことは、こういう世界への扉を開くことにつながるだ。

 ミラ:そしてこれは科学ではない・・・と。

 わらし:そうだあ、これはもはや科学ではないだ。最節約の放棄。それをするのが創造論者であろうが、アンチ系統学論者であろうがUFO信者であろうが、こうすることで彼らは始めて自分達の仮説を大声で主張できるだ。これが詭弁の極意の6

 :補助仮説を必要以上に大量投入する

の効果と結果だな。そういう意味では彼らが最節約を攻撃するのは当然だあ。そうでないと任意に主張できないからな。

 ミラ:ふーんんん、すると詭弁を語る時には最節約を無視する必要があるのね?

 わらし:そうだあ、そうしねーと、例えばシャングリラの存在を主張できねーだよ。

 ミラ:補助仮説を大量に導入することも必要なのね?

 わらし:そうね、補助仮説を大量導入すればもう無敵なのだわ。科学のステップである検証を無視するためにもね。今度はそれをみていことにしましょう。

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