詭弁・その4:検証を無力化して仮説を無敵に

 

 わらし:補助仮説を必要最小限以上に大量投入すると任意の仮説を正当化できるわ。

 ミラ:シャングリラのようにね?

 わらし:そういうことね。そしてこういう詭弁の極意を使うと検証を無視することができるのよ。

 ミラ:ふーん、そんなものかしらね?

 わらし:例えばさっきのシャングリラの地図だけど、新しい地図の破片が見つかったとしましょう。

 これ、どうする?

 ミラ:はっ??!!、私がやるんかい??。なんで私が・・・そうねえ。こんな感じかしら??

 でも・・・なんかどうにもならない感じよ?。

 わらし:いや、こうすればいいのよ。ほーら、あっというまにぴったり^^)

 ミラ:お前、いいかげんにしろよ。

 わらし:うん? なにがいけないだ?

 ミラ:新しく見つけたピースに合わせて架空の道路を増やしただけだろうが。

 わらし:そうだあ、でもこれの何がいけないだ?

 ミラ:ええっと・・・、そもそも最節約じゃないわ。そうね、そうよ、これじゃあ地図の組み合わせが正しいかどうかを見たんじゃなくて、新しいピースをこれまでの組み合わせに無理矢理合わせただけじゃない。おまけに整合性なんかほとんど1つもないわ。

 わらし:ふーん。でっ、それのなにがいけないだ?

 ミラ:ううーーーんんんん、補助仮説の導入は任意の正当化なんだから・・・・。これは任意に正当化しているだけなわけで・・・・・。

 わらし:ほれほれ、どうした。

 ミラ:・・・・そうよ、これはこの地図がシャングリラの地図だってことを正当化するためだけの作業なのよ。せっかくピースが増えたのに新しい一致点も整合性もなければ架空の道路を増やしただけ。これじゃあ検証もなにもないわ。

 わらし:そのとおりよね。これは検証になっていないわ。しかもその気になればどんなピースがでてきてもこれまでの仮説に合わせられるんですからね。

 ミラ:つまりどんな証拠にも合わせられるってこと?

 わらし:そうだあ、どんな証拠にも合わせられるのよ。つまりこれは全能の仮説よね。なんでも説明できる魔法の仮説。

 ミラ:でもそれって補助仮説を導入して無理矢理合わせただけでしょ? 仮説には魔法の力もなにもないんじゃないの?

 わらし:そうね。しかもこの作業で新しいことがなにか分かったかしら。

 ミラ:いやぜんぜん。

 わらし:前にやった作業ではある意味で新しい予測がたったわよねえ。

 新しいピースが見つかった。それを整合性が高い場所にはめこんだら、架空の道路の一部は新しいピースの道路とよく一致した。しかし一致しない箇所もあった。その箇所を補正した。それは新しい予想のわけよ。

 ミラ:新しい証拠から新しい予想をたてたのね?

 わらし:そうね。そして新しいピースを見つけたら・・・・

 ミラ:その新しい架空道路はなかなかよく一致したと。

 わらし:ここでやっているのはコアとなる仮説が正しいかを確かめるだけじゃないってことね。仮説がなりたつ条件や仮定を変更はしたが、今度はその変更をも確かめているわけよ。

 ミラ:変更はあったけど、それはその場しのぎだってわけではなくて、むしろ新しい予想であったわけね? 

 わらし:そして新しく見つかったピースのはまり具合自体は、それぞれ一致点があることから妥当であると思われるわ。だから架空道路の変更部分は、新しいピースに無理に合わせたのではなくて、新しい証拠を手に入れたことによってより具体的になった新しい予想なわけよ。

 ミラ:そしてそれは検証すべき事柄なわけだ。変更もまた検証すべき事柄であると。

 わらし:そしてそうなるのも架空道路の数を最小限にしたからなのよね。

 ミラ:???・・・、ああ。たしかに言われてみればそうか。架空道路の数を増やせばピースをいかようにでもつなぎあわせられる。反対にいうと数を減らせば厳密な、限定されたつなぎあわせしかできない。

 わらし:そうなってはじめて検証ができる状態になるわけよ。これが科学者が最節約に物事を考えようとする理由のひとつでもあるわね。検証するためにも予想するためにも補助仮説とか仮定、ここでは架空道路のことだけど、それはなるべく少ない方がいいってわけね。はんたいにひるがえってシャングリラの方はどうかしら?

 ミラ:これは新しい予想ではないわね。さっきいったようにピースに合わせただけ。

 わらし:こんな作業をしていたんでは新しい知識も予想もたてられない。

 ミラ:そうね。

 わらし:でも世の中にはこういう仮説を目の当たりにすると勘違いをする人たちがいるわ。この仮説はなんでも説明できるから正しいに違いないってね。

 ミラ:でも、それってむしろ検証を否定しているだけでしょ?

 わらし:そうね、でも彼らにとって検証なんてどうでもいいのよ。

 ミラ:なんで?

 わらし:例えばの話、シャングリラの方がロマンがあるじゃない。すくなくともそう思ったらその人にとってはそれを否定されたら困るわけよね。だから全力で守る方を選ぶでしょ?

 ミラ:ふーーんんんっ、だから検証を否定するの? ようするにロマンとか信じるものを壊されたくないから。

 わらし:そうだあ、だから詭弁の極意の1が必要になるだな。すなわち

 1:ともかくなにがなんでも自分のコアを守るのが目的

例えば宗教なんかがそうだな。もちろん普通に信仰している分にはこういう問題は表面にはでてこないだ。素朴に信仰すればいいだよ。だども信仰を理屈で正当化しようとしたり、自然科学が明らかにした事実や現象とすりあわせようとするとこういう部分が目立ってきてしまうだなあ。

 ミラ:放射線の年代測定が明らかにした地球の年令や、天文学が明らかにした宇宙の広がりにあわせるためには補助的な仮説がどうしても必要になるわけね?

 わらし:そうだあ。そしてその目的と効果は信仰というコアを守るためにあるだよ。

 ミラ:そしてそのためには補助仮説を大量に使わなくてはいけないと。

 わらし:そうだあ。検証の効果を無力化させるためには補助仮説を大量投入する必要があるだ。つまり、

 2:実験、検証の無視

 6:補助仮説を必要以上に大量投入する

ということだなあ。こうして検証は無力化して、代わりに仮説は無敵化するだよ。 

 ミラ:こういうことは創造論に限ったことではないわけよねえ?

 わらし:ああ、科学の世界でも、あるいは科学に興味のある人の間でもしばしばこういうことは起こるだ。今度はそういうことからさらに詭弁を極めていくだよ。

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