ノート4


今、思うこと(バック) PART XL[

     
       去りゆく者の宴(ノートW)

[−1(2021/8/1)

どういうわけか左翼が反対するオリンピックが始まり
メダルラッシュにわく日本では
相変わらず大変だ大変だと煽るメディアのコロナ報道。
昨今の日本人は心落ち着いてはいられぬ日々が続いている。
白黒がはっきりするアスリート達の戦いに比べ
メディアの伝えるコロナ情報はもやもや感でいっぱいだ。
明らかにそれは国にせよ、メディアにせよ、
事実を事実として伝えていくという姿勢が感じられないからだ。
彼らがまだ事実を解明しきれないのならまだしも許される。
かなりの部分が解明されているのに
何かへの忖度あるいは彼ら自身の利己的な思惑があって
それを隠蔽しているのなら許されるべきことではないだろう。
今や国民は彼らが国民のためではなく自らの打算で動いていると
はっきり見抜いてしまっているのである。


[−2(2021/9/1)

中国武漢で発生してから一年半、もう終息してよさそうなのに
変異してしぶとく生き続けるコロナウイルス。
ウイルスは半生物で生き物の細胞内に寄生してこそ生きられ
感染力を高めようと毒性弱めてまでして変異していくのが特徴だ。
だから人間にはウイズコロナ作戦がベターなのに
今回分科会は傲岸にもゼロコロナに拘ったために
社会に混乱と不安を与え続ける羽目となったのである。
この混乱と不安をもたらす要因の内の三つを挙げてみると
何れも自然現象に対する人間中心主義が過度に働いている。
まず厚労省がこのウイルスをサーズ相当扱いした拙速に起因した。
次にマスコミが事実を煽り事の本質を外した報道をしたこと。
後は医師会の思惑が病人を治療しない医師の存在を許したことだ。
日本ではこれら上級国民の思い上がった人為的介在によって
純粋なコロナ死以外に多くの関連死を生むこととなったのである。


[−3(2021/10/1)

昨今のコロナ騒動で思うこと11件。
@マスコミが視聴率稼ぎのために煽りに煽ったこと。
Aテレビには不安煽る解説者や専門家しか出演しなかったこと。
Bもしくは台本に忠実な解説者や専門家しか登場しなかったこと。
Cマスコミは何故治療薬よりPCR検査重視の報道をしたのか。
Dマスコミは何故PCR検査陽性者を感染者と報道したのか。
E厚労省はコロナウイルスを2類相当扱いにしたままにしたこと。
F厚労省はPCR検査陽性者の死をすべてコロナ死としたこと。
G逆にワクチン接種後の死をワクチンが原因とはしなかったこと。
H厚労省はコロナ問題を事実通りに発表していなかったとの疑問。
Iマスコミはこの問題を事実通りに報道していなかったとの疑問。
J医師会はコロナ患者をみるに非協力であったこと。
総じて今回のコロナ騒動は日本人の多くの心をかき乱したが
各業界ごとに利権蠢く人間の本姓を浮きぼらせることにもなった。


[−4(2021/11/1)

コロナ蔓延の間に思ったこと歴史・政治編あれこれ
@韓国人は「日本は歴史から学べ」とよくいうが、彼らほど自国の
歴史から学んでいない気がする。
A日本は敗戦国だが中国には負けてはいない。また韓国と戦う必
要はなく戦ってもいないので、韓国が戦勝国と言うのはおかしい。
B中東地域のイスラムの人が新彊ウイグル地区のイスラムの
人には関心がないのは何か歴史的背景があるからなのか。
C「南京大虐殺」、「従軍慰安婦」は朝日新聞が仕掛けた問題
である。戦勝国のGHQに洗脳された結果生まれたものだった。
D今のメディアはその殆どが偏向・捏造報道をしている。
E与党批判していても自らの党支持率下げているのが無責任野党。
Fリベラルと言われる人ほど「差別」という言葉を使いたがる。
Gコロナウイルスの日本上陸も安倍のせいにする自称リベラル。
Hコロナの最中でも「桜を見る会」で首相を追及している党がある。


[−5(2021/12/1)

戦前は現人神と言われた天皇。
戦後は人間宣言された象徴としての天皇。
何れも日本人にはだだただ尊崇の対象として認め
二千年にも亘って受け容れられてきた。
それは天皇は常に民に寄り添い民の安寧を祈る
絶対無私の存在としてあったからである。
その関係性は共産党の言う「天皇制」なる支配被支配ではなく
いわば天皇と民との黙契的一体感の具現化なのであった。
今回の眞子内親王の結婚問題は
天皇及び天皇をお守りする皇室と民との関係性に疑義抱かせる
ことになるほどの重大事となりそうだ。
天皇及び皇室は民を分断する俗物性を持ってはならず
民は民でそんな俗物性を期待してはならない。
それは日本が日本であることを失わせることになるからである。


[−6(2022/2/1)

去年はコロナ禍の緊急事態宣言で
出歩くこともままならない一年であったが
一級の身体障害者の認定受けたまま傘寿まで生きた身にとれば
家での生活はそんなに強いられた異常な一年ではなかった。
そんな私にとって初体験の異常な出来事となったのは
死者まで出す大火事でのもらい火で家屋敷が全焼し
先祖の残した遺物や記録と私のこれまでの生活の痕跡一切が
一瞬にして焼失してしまったことである。
先祖や身内には申し訳ないと思ったものの
私の分に関しては未練の気持ちは不思議と残らなかった。
人は己の死に当たって何かを残して死にたいと思う一方で
生きた痕跡さえも消し去りたいという気持ちにもなるという。
だが今の私はその葛藤をよそに社会を眺めるだけの生き方も
一つの立派な生き方と認めざるをえなくなってしまったのである。


[−7(2022/3/1)

私が生まれ育ってきた時代環境では
テレビ視るならNHK、新聞読むなら朝日新聞と言われ
それを実行している家庭は所謂上流の文化人と見なされていた。
私のようなへそ曲がりにはその考えは同調できなかったが
それでもその報道の客観性と公正性は認めていた。
というのも朝日は自他共にクォリティぺーパーと言われていたし
NHKはみんなのNHKとして何かあると視聴されたからである。
そして私が現役生活を終えようとした頃だっただろうか
朝日の所謂「慰安婦問題」での誤報記事の訂正をきっかけに
朝日やNHKがジャーナリズム機関といえるものではなく
恣意的に利益を追求する情報操作機関と認識するようになった。
そしてそんな認識のまま年かさね老いていく中で
私の思いは朝日やNHKが日本のための報道機関でないという
怒りとも悲しみともつかぬ確信へと変わしまっていた。


[−8(2022/4/1)

幸いにも認知機能の衰えもなく八十路を歩む私である。
過去の身の不摂生で手足不自由となり
専ら家の中での生活余儀なくされている。
結果、他人との飲食、会話の機会もなく
はやりのコロナ禍に巻き込まれる危険性も少なく助かっている。
ここ数年、新聞を読まなくなった関係上外からの情報源として
主にインターネットとたまにはテレビを利用しており
社会と全く隔絶しているわけではないので
今社会に何が起こっていることぐらいは知っている。
昔と違ってそれだけのことでも人間として十分だと思っている。
なぜならそこに自分の存在の証を見ることができるからだ。
どうやら今の私は人間の本性を「行動し創造すること」よりも
「只見て観照すること」に見ようと変わったのかもしれない。
ならばその生き方も一つの人生と今後を楽しみたいと思うのだ。


[−9(2022/5/1)

今年2月に起こったロシアによるウクライナ侵攻は
改めて戦争というものの悲惨さ恐ろしさについて考えさせられた。
昭和15年生まれの日本人の中で私ほど
戦争に直接関わらずにすんだ人生おくった幸運の者はないだろう
わずかに幼い頃に母親の防空壕作りを手伝ったことや
夜上空のB29の音聞きながら電球に黒い布をかぶせたことは
現在でもかすかな記憶として残っている。
幼かった私はそれが大東亜戦争末期の空襲に備える所作とは
つゆ知らずまるで家族同士で遊びをしてるように見えたが
戦後の学校でそれは日本が戦争したことの結果と教えられた。
更にその後の学校教育では「平和と民主主義」をスローガンに
国歌・国旗まで非難する授業がなされるようになった。
その先兵を務めたのはGHQとその申し子の日教組の先生だった。
彼らに洗脳された日本人の自虐思想は令和の今でも残っている。


\[−10(2022/6/1)

ここ数年はコロナコロナと暴れ尽くしたコロナ禍旋風も
やっと収まった観のある六月、これを機に
「今、思うこと」で私の感想を述べてみたい。
まず私たちはこの病気が二類相当の未知のウイルスによるもので
その怖さはサーズやエボラ熱並みだと知らされて驚かされた。
後にこのウイルスが風邪程度の感染症だと判明しても
国は相変わらずサーズ並みの扱いを崩さなかった。
メディアはメディアで煽れば視聴率が上がることを期待して
連日の如く「過去最多」の歌をかき鳴らし
商売人のように「PCR検査」の売り子役を務める。
最後は有名人動員の「ワクチンは3回打とう」のコマーシャル。
兎にも角にも今回のコロナ禍騒動。
亡くなられた方には誠にお気の毒で申し訳ない気持ちで一杯だが
何となく胡散臭く思ったのは私だけではなかっただろう。

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