第七章 遊びとしての生活へ
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1932年に書かれたB・ラッセルの『怠惰への讃歌』によれば、「仕事そのものは立派なものだという信念が、多くの害悪をこの世にもたらしている……、幸福と繁栄に到る道は、組織的に仕事を減らしていくにある……」とある。実際、たしかにその通りだ、と、それから半世紀近くもたって生まれたわれわれの中には思わず賛同の意を表明するものも、少なからずいるだろう。社会的諸関係における、あらゆる意味での緊張感と抑圧とを味わっている人達は、このラッセルの言明の中に、単なる哲学者が考えている以上の内容を期待しようとしているのである。
しかし常識的現代人の大半にとっては、仕事はやはり立派なものであり、仕事の中に幸福は見いだされるべきだと思われているので、このラッセルの言明は哲学者独特の逆説的な言いまわし方としてしかうけとられないであろうし、仮にこれが認められたとしても、最後にはそれは一種の酒脱として片づけられてしまうかもしれない。そして哲学者ラッセルであったからこそ、この言明が許されたのであって、もし、われわれがこの言明を本気でうけとめ、いざ実践しようものなら、たちまちなまけ者として道徳的非難をうけつつ社会的機構からおっぽりだされるにちがいないと考えるだろう。
ラッセルにしたってこの表現をする場合には、彼自身その本の序で言っている如く、「われわれの非常に複雑な近代社会で必要なのは、いつも独断論を疑う心がけを失わず、非常にかけ離れた見解を公平にとりあつかう自由な心のゆとりをもつ落着いた思索だということである」という趣旨の断り書きをする程の思慮深さを忘れてはいないのである。
ついでながらいえば、ラッセルが近代の生産機構に直接に関わっていない哲人であったからこそ、彼がその後においてもエネルギッシュに仕事をしたということは、この言明を一つの文明批判としてうけとる以上、これに賛同するわれわれはラッセルのすばらしい先見性に敬意を表さねばならないだろう。そしてラッセルのこの言明に全く同意するならば、非常にかけ離れた見解としてうなずいてみせるのみならず、社会的機構からおっぽりだされるもあえて辞さず、との覚悟から、ひとつ、それを実行してみるという態度も必要なのではあるまいか。否むしろ、今こそ、われわれはラッセルのこの言明を、何のてらいもなく、実証してみせる時期かもしれないのである。
勿論その際注意すべきは、この態度が生じるのは人間は仕事をしないでも幸福になりたいという人間一般にある即自的な願いを認めるからでは決してなく、わたしなりの大見栄をきっていわせてもらえば、ひとつの人間解放の必要性を感じるからだということであろう。
今日、仕事をするのだという決意ほど、人間のまじめさをあらわしている態度はない。しかもその態度のために、他の一切が犠牲になったとしても、自他ともにそれを許す雰囲気なるものがすでにできあがっている状態である。
このような状態においては、とどのつまりは仕事の方を優先させるのが正しいという裁決が時代的要請としてくだされているのである。この考え方は、中世的桎梏から解放され、且つ近代人の行動原理にもなった個人主義の良心、及び仕事というものが社会的性格をもちなんらかの社会的貢献をしているという信念から生じたものである。
にもかかわらず、ラッセルのいうような怠惰への讃歌が、皮肉でもなく、謳われる事態になったというのはなぜであろうか。ラッセル流にいえば、仕事は結局われわれに「すり減った神経、疲労、消化不良」しか残さなかったという事実、もっと近代的な考えにのっとった説明をすれば、「近代の生産方法は、私たちに万端にわたって安楽安全である可能性を与えた。だのにわざわざ私たちは、或る人々には過労を、他の人々には飢餓を与える道をとっている」という社会的不平等と不公正に対する怒りと抵抗の姿勢がそうさせたからだともいえるだろう。
それらの解決策として、たとえば社会制度、とくにその経済制度を変革する必要性が叫ばれるということになるのではあるが、しかしわたしはかかる変革だけでは、やはり仕事そのものは立派なものだという亡霊にとりつかれている、と考えたいのである。問題なのは仕事そのものは立派であるとか、そうでないとかという論議のたてかたにあるよりも、なぜ仕事を立派なものだとする考え方でなければならないのかについてメスを入れることではないかと思われる。別のいい方で言えば、おそらくそれはわれわれがなぜに仕事そのものに社会的意味と価値を与える考え方をとっているか、になるだろう。仮にその仕事が立派なものだとしても、それは常に休息とか気ばらしを必要とする事態、いいかえれば、仕事から解放されたいという意識をともなうのであれば、われわれはそれこそ近代の自縄自縛という「おとし穴」にはまっているように思える。
そもそもわれわれの理性は、奇妙な相殺を行うことによって、われわれの不満をおしころすテクニックをそなえているのではなかろうか。一方では、仕事とは立派なものであると、これみよがしに仕事をおしすすめ、他方では、その後で休息とか気ばらしが必要とされる社会的背景のもとにあるにもかかわらず、われわれをして仕事をせざるをえないようにしているのである。
実際われわれがそのような考え方をするというのも、一言でいえば、ヘーゲルの言うところのかの欲望の体系としての市民社会が前提されているからであろう。このような社会の存在は歴史的根拠をもっているのであり、われわれの先祖が人間的解放のために求めてきたひとつの証しであるとされている。それ故、そう簡単にこのような社会を否定できるものではないだろう。
とはいえ、なるほどわれわれは欲望を充足することによって生きていくのであるが、それだからといって、それはすべて論理とか契約によって社会的人間として生きなければならないように強制されているのでないだろう。むしろ、変な大義名分をわれわれの行為に与えることによって、われわれの欲望を無限に拡大させるあり方こそ問われねばならないのであり、今われわれの考えている「仕事」の観念は、まさにその大義名分の収斂として、われわれに、はかない、しかも狂気じみた幻想を提供しているのである。
その意味からも、仕事そのものは立派なものではないという発想は、いわば一つのアンチテーゼとして、近代のおとし穴の存在に注目させる役割をはたすであろうと思われる。われわれは、だからといって怠惰が人間の存在にとってふさわしいと考えるほど、お調子者ではない。しかしながら、人間の本性といわれるものについてはこれまで規定され、了解されていたのとは違ったものが模索され実践されうるのではないかと考える程の心の豊かさをもっているのである。
それ故、これからのわれわれは先のラッセルの言葉から新しい社会形成の原理の確立にむけて、なんらかの決意表明をしなければならないだろう。
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まずわれわれは「文化」とか「遊び」とか言われる人間に固有の現象についての歴史的意味をあきらかにするという、やっかいな問題を片づけておかねばならないだろう。なぜならば、それらは、まさに「仕事」と言われるものが立派なものではないと判断される際に、その対立概念としてあらわれてくるものであると見なされうるし、わたし自身それらが少なくともこれからの人間の行動原理をも提供しうるものの一つであると考えるからである。
われわれが、「文化」や「遊び」が人間に固有の現象であると考えるのは、人間がホモ・サピエンスであると規定することからの必然的帰結であろう。これらの考察、とりわけ文化についてのそれは、元々、ホモ・サピエンスとは何か、言いかえれば、人間とは何か、の問題に帰着されるべきものである。それ故、われわれが「人間学」としてであれ、「人類学」としてであれ(これらは同じ言葉アントロポロジーでもってあらわされている)人間を考察しようとする時に見ているものは、文化という現象についてということになろう。
昔は、文化現象なるものは優雅で単純な性格を有していた。しかし文化なる言葉が定着すると、それは人間のきまじめな学問的対象となってしまった。今日、文化の概念の多義性について、とやかく言われているが(たとえばA・L・クローバーとクラックホーンは『文化─その概念と定義の批判』においてこれまでの文化についての一六○ほどの定義をあげている)そこから文化についての統一した見解のないことをなげいてみても無駄であろう。むしろ多くの定義によって人間の特性が細分化されるのは、それが深まる意味から、学問的には歓迎されるかもしれないが、これからの人間存在にとっては、かえってわずらわしいと感じられるのではないだろうか。なぜならば、われわれのこれからの本性は、そこにみられる差異についてこだわるほど詮索好きにはならない、と思えるからである。
ただひとつ、わたしにとって承知してもらいたいのは、B・マリノフスキーも言うように「文化論はすべて人間が動物の一つの種に属するという事実を基盤にしなければならない」という点である。つまり人間が生物種としてのホモ・サピエンスである限り、人間の生物学的基本的要求が文化的反応といわれて機能するということである。マリノフスキーによれば、新陳代謝は休養に、生殖は親族関係に、身体の保全は身体の庇護に、安全は防護に、運動は行為に、成長は訓練に、健康は衛生に、とってかわられている。言いかえれば、衝動─行為─満足という生命活動系列が、人間の場合には、後者のパターンに従って構成されているのである。
これらの事実は以下の点を伝えている。つまり文化といわれるものは、人間以下とされる生物種と人間とを絶対的に区別する概念ではなく、ある種の洒落れた生命活動を意味するにすぎない言葉であるということである。
危険なのは、われわれがホモ・サピエンスであるという点にあまりこだわると「生物学的決定論」に反発を覚えることとなり、文化現象が人間固有の自由の発露とならないで、逆に「強制」となって、人間の意識をしめつけかねなくなるということである。それ故に、このこだわりを徹底させると、フロイトのいうように「『文化』という言葉は……われわれの生活が、動物であるわれわれの先祖から遠ざかり、二つの目的、すなわち、自然に対する人間の防衛と人間相互の関係の規制とに役だっている成果と制度との総和を意味するのである」として、われわれは文化の存在を逆に生物種としての人間にとって否定的な価値をもつものとしてみなしてしまうのである。
わたしとしては、どちらかといえば、このフロイトの考えに賛成であり、文化の存在を全面的に否定しはしないが、いわば「洒落れた生命活動」にとどめておく方がよいと考えたいのである。
さて、文化が基本的に生命活動の一形態であると了解してもらえれば、われわれが次に問題とせねばならないのは、フロイトの抱く心配をいかにとりのぞいてやるか、である。実際に文化に対する学問的研究が盛んになったのは近代以後であるが、それは人間を自然から独立の存在として考え、むしろ自然に対決していく唯一の存在と積極的に規定する人間的態度に起因しているようである。
われわれはこのような人間的態度から具象化されるすべてを文化という名でもっていいあらわすようになった。と同時に、われわれが過去に文化が存在したと考える場合でも、又未来に文化を形成しようと考える場合でも、すべてこのような態度のもとに考察されなければならないという偏見を持つにいたったように思える。わたしは、究極的には、この偏見をとりのぞかなければ、新しい人間の理念が形成されないだろうと考えたい気もするのである。
そのことは、われわれに対し文化活動といわれるものを(たとえ生命活動であるとしても)生活にとって必然の、しかもまじめな活動として定義するよう強制しているよりも、別の定義でもってあきらかにするよう示唆しているように思える。
そもそも、「まじめ」という概念そのものが近代的思考の産物であって、「誠実」、「勤勉」とともに近代社会を形成する精神的態度を最もよくあらわしている。この概念は、いわば、自然に対し自らをきびしく律するために必要とされたのであって、しかも理性によってしか統制されえなかったのである。
勿論、人間がこのような態度をとらねばならなかったのは、自然があくまでも人間によってうちまかされるべき対象でしかなかったことと、人間関係の調和がそのために最も強調されたことからである。そして、人間生活の在り様はL・A・ホワイト等の指摘するような三つの文化型、即ち技術文化、社会文化、精神文化といわれるものに多様化されていったのであるが、その間、一貫して、いわゆる「まじめな」人間的態度が、われわれの日常生活そのものを形づくっていたのであって、そこにわれわれが「まじめ」ならざる人間の精神的態度を導入しようものなら、問題外として無視されるか、ないしは道徳的非難にも似た反撃をくうことは必至であった。
この点において、人類は文化現象に対する多少誤った考え方をもったと言えるだろう。となれば、われわれがフロイトの心配を除去し、なおかつ「文化」という人間の生命活動に固執するとなれば、文化を成立させる要素が「まじめ」ならざる性質によって色どられなければならないということになろう。そこに遊びとしての文化の概念がでてくると考えられるのである。
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「遊びとしての文化」なるこの言葉は、近代の精神にとっては理解不可能であろう。というのはこの精神には遊びとしての分化が社会を維持し発展させる物質的な力をもっているとは、とうてい考えられないからである。まさにわれわれが自らの力で、自然の状態とは全く異なった社会をつくり、それを維持、発展させていくという信念が、この近代の精神の金科玉条となっていたのである。そのためにこの信念に反すると思われるような考え方には、はじめから、ついていけないので一種のアレルギー反応をもつようになり、そのために理解不可能となってしまうのであろう。
しかし遊びとしての文化は、われわれが自然と対決しそれを征服しようなどとはじめから思わない場合には、われわれの文化に対するイメージの大半をしめるようになるとも考えられるし、又そうでなければならないだろう。なぜならば、この文化は、乏しさが要求する理性的野心のたまものではなく、自然的生の享受の、そして自然的生に対する洞観の意識の産物であるからである。
しかしこのような文化が歴史において全く存在していなかった、と言うのではない。T・B・ヴェブレンのいう有閑階級の人間はこのような文化を理解する素材を提供してくれているとも考えられるだろう。
彼によれば、「有閑階級」は「勤労階級」と対立するような人間のグループのように受けとられ、政治とか戦争とか宗教儀式とかスポーツとかいった「非生産的」な仕事を日常的に行っているとされている。要するに、日常的に閑のある人間が有閑階級なのであり、彼らは「生産的職業から免除され」ており、「時間と労力の衒示的な消費」を行なう中で「名誉ある閑暇」を楽しもうとするのである。
彼らを行動にかりたてるものは何かというと、それは名誉であり、見栄である。名誉とか見栄は形式重視につながりやすくする上に、いやしい労働を自らが行なうことは不名誉であると考えるために、彼らは極端な場合、「よい行儀作法の掟にしばられて、自分の手で自分の口に食物を運ぶよりも、むしろ餓死することをえらぶポリネシアの酋長」とか「主君の座席を変えることを職務としていた役人がいなかったために、火焔の前に黙って座っていて、玉体が治療できないくらいに焼けるまで、じっとしていた」フランスのある帝王のように、ちょっとわれわれの常識では理解できないような行為をすることもあえて辞さない、というような人間である。
もう一つ例をあげてみよう。『国富論』の著書で知られるアダム・スミスのもう一つの主著でもある『道徳情操論』の中では次のように記されている。中流及び下層の生活状態にないところの、いわゆる上流のすぐれた生活条件の下にいる人々の社会では、「人を喜ばす能力の方が、人に奉仕する能力よりも一層高く評価せられる。嵐ははるか遠方に退いて、世の中の平静な平和な時代においては、君主や貴人達はひたすら歓楽を求め、ややもするとかれらは誰からも奉仕を受ける機会をほとんど持っていないかのような錯覚をすら起こしやすく、さもなければかれを楽しませるものだけが彼に奉仕する充分なる資格を持っているかのように想像し勝ちである。いわゆる『ハイカラ男』なるあの生意気な間抜けた人物の外面の端麗さやくだらぬお世辞の方が、普通には戦勝者、政治家、哲学者もしくは立法者の堅実な雄々しい諸徳性よりも一層称賛されやすいのである。」
ヴェブレンのいう「有閑階級」の人々やスミスのいうすぐれた条件の下にいる人々とは、実際、歴史上においては、富者や権力者、言いかえれば世の中の支配者である境遇の人々、ないしはその周囲にたむろする寄生虫である。そして数においては少数派である。彼ら自身のもっている論理はともかくとして、少なくとも、社会科学的には、彼らは多数の人間を抑圧する形で存在すると考えられ、現代においては、その存在の絶対性は、道徳的にも、否定されようとしているのである。
してみるとわれわれの新しい文化は、一度、社会的にのりこえられ、見すてられてしまったものの復権であると見なされうるのであろうか。もし、単なる心情的な反発からそうであるとするならば、これほど危険な考え方はあるまい。それ故、われわれは、仮にさきほどの二つの例を前向きの姿勢でとらえるにしても、よほど慎重な態度でなければならないのである。
というのは、前述の生活にめぐまれた人々が事実として存在しているとしても、彼らの考えや行ないが、その他の人々にとっての模範でありえ、又社会形成の原理を提供しうるのだという考え方が出来なくなってきたのは、歴史の苦渋にみちた葛藤があったからである。彼らのような存在を赦さないとする、言わば近代化された人間への志向が進歩史観にのっとる歴史の必然として働いていたからなのである。
ここで再びスミスの『道徳情操論』から引用させてもらおう。スミスは社会における人間の行為に関する人々の考え方をするどく分析する中で、さきほどのような人々とは別の境遇の人々について、次のようにのべている。「中位の、あるいは下層の生活状態にあっては、美徳への道と、少なくともかような生活環境にある人達が当然到達できると期待していいような幸運への道とは、幸いにも大概の場合にはほとんど一致している。すべての中流あるいは下流の職業にあっては、真摯な堅実な職業的才能は、用意周到な、正しい、しっかりした、節度ある行為とともに、成功するためにきわめて間違いのない要素である。行為が決して正しくない場合でも、本能が勝利をえることすらしばしばある。しかしながら、平素の行為に節度がないとか、あるいは正しくないとか、乱行放埒であるとかすれば、それは常に最もすばらしい職業的才能をくもらせ、また時には全くその能力を抑圧してしまう。その他に、中流もしくは下流社会の人々は、一般に、正義というはるかに重要な規範に対して少なくともある種の畏敬の念を抱かざるをえないようにするところのあの法則を超越するほどえらくなることは絶対にありえない。かような人々の成功は、またほとんど常にかわらぬ隣人ならびに同僚の好意と好評とに支配せられる。しかも我慢強い規則正しい行為を示さないではかような好意や好評を受けることは到底不可能である。それ故に正直は最善の処世術である、という古いしかし適切な格言は、右のような境遇にある人々にとっては、ほとんど常に完全に真理として妥協する。それ故に、かような境遇にある人々に対しては、われわれは一般的に相当の程度の美徳を期待していいわけである。しかもよき社会道徳にとって幸いなことには、大部分の人類が、このような境遇におかれているのである。」
ここに登場した人間は、まさに「まじめ人間」であり、先の二つの例にみられた人間のタイプとはあきらかに異なっている。しかし、社会のしくみが経済的秩序としてのそれへと移行する段階にあっては、まさに社会の要請としてこれらの人々の存在が必要視されたのであり、このような人達も又「まじめ人間」であることの自覚が社会的容認をうけた幸福感をうみだし、物質的欲望を充足しつつ、いろいろな恩恵に浴することを可能にすると考えたのである。
スミスは、この場合、単に、二つの考え方の人々がいて、それぞれの社会的な在り様を、事実として、述べているにすぎない。しかし、社会が経済的秩序であると認識される度合が強まれば強まるほど、社会の大部分を占める後者の人々の抱く社会形成の原理が強く働いているのを、われわれは見てとることができるであろう。いいかえれば、少数者たる前者の存在は事実であるから、社会的に否定できないとしても、もはや、社会形成に関する論議の対象とされなくなってきているのである。
ところが経済的秩序を優先する社会にあっても又、このようなまじめ人間が彼ら自身当然期待してもよいと考える、富の獲得という幸運への道を実際に歩みはじめるや、再び、かの見すてられた人々の考える行動原理を採用しだしたというのも歴史的事実となっている。いいかえれば、大多数のまじめ人間のなかから、少数の、法を超越するようなタイプの人間が輩出し、元の仲間とは異なった行動原理をあらたに設定するようになったのである。
この場合、厳密にいえば、彼らはスミスの言うところの上流のすぐれた生活条件の下にいる人々になったとは言われえないだろう。なぜならばスミスのいう上流の人々とは、少なくとも社会を経済的秩序であると容認しない人々であるのに対し、彼らは社会を経済的秩序であると見なし、且つその上にたって自らを律したおかげで、そのような身分になった人間であるからである。しかしながら、いずれにしても彼らがヴェブレンのいう「有閑階級」になり、スミスのいう上流の人間と同じ生活態度を模倣しようとした点では変りはないだろう。
この事実が一体どこからきているのかを考えるのは社会心理学的次元の問題であろう。又なぜに彼らのようなタイプの人間が少数者でしかなかったと考えるのは経済学と社会哲学の問題であろう。
ただ一言いわせてもらえば、彼らが「有閑階級」になりえたのは、何もしなかっても、神のような存在からの庇護をうけていたからとか、生まれながらのめぐまれた恩恵をうけていたからとかでは決してない。まじめで、努力家で、誠実で、しかも覇気に富んでいるということが、彼らがそれらの特性を打算的に考えようとするとしないとにかかわりなく、経済的秩序としての社会にあっては、いわば法則のように、確実に彼らを有閑階級の人間にしてしまっているのである。そして彼らのもつ特性が才能となって結実し、スミスの言うように、まさに行為が正しくないとされる場合でも、その才能によって、立派に世の中を生きるすべが与えられるようになるのである。
それ故に近代における有閑階級はその本能が勝利をおさめ、もはや、雄々しくて尚且つ節度ある態度を必要とする境遇にいることができなくなるまでになるにいたった堕落した人達のことをさすようになってしまったのである。
さて、閑話休題になるが、数年前にアメリカでベストセラーになったL・J・ピーターとR・ハル共著の『ピーターの法則』はいろんな意味で面白い本であるが、そこでは「ピーターの法則」について、あらゆる階層社会、言いかえれば文明社会の機構全体を理解する鍵として、次のような説明がなされている。
「昇進すべき階級が十分にある階層社会では、その構成員各自はどうしても無能のレベルに昇進し、そこにとどまる結果となる。」言いかえれば「最後の昇進はどうしても有能レベルから無能レベルへの昇進とならざるをえない。」というのである。なぜわたしがここでとってつけたようにこの本について紹介したかというと、それは「有閑階級」の説明の手助けとなると考えたからである。つまり近代的な考え方にてらしあわせれば、有能、無能は通常では社会にとっての有用、無用という言葉におきかえられるので、わたしはピーターの法則をもじって次のようにいいたかったのである。
まじめで、努力家で、しかも覇気に富んでいるということが必要とされ、従って有用とみなされた階層をのぼりつめていった結果、法を超越するような頂点に達し、もはやまじめで、努力家で、誠実で、しかも覇気に富んだ状態が無用の域に達してしまったので、これらの特性の持主は、「有閑階級」となった結果、そんだいで、怠惰で、策を弄しながらも懐古趣味にふけるふりをした生き方をしいられてしまったのである、と。
ところでピーターの法則によれば、「仕事は、まだ無能のレベルに達していない従業員によって遂行される」ように、経済的秩序としての社会の機能は、実際には大多数の、まじめで、努力家で、誠実で、しかも覇気に富んだ人達によって、はたされているのであろうが、現実において、この問題は単に仕事が遂行されるといった抽象的な次元の事実分析ではすまされないであろう。なぜならば、われわれはいろいろな社会の階層とか機構的特徴とかを透明な事実の中で見ることのできない偏見をもっているからである。階層社会に見られるわれわれの偏見は、たとえば、上にあるものが支配的階層であり、下にあるものが服従する階層であるという点に典型的に見られるであろう。
そこでは支配とは力をもつことの、服従とは力をもたないことの結果であると判断されているし、より重要で、しかも今までの歴史における事実としても認められるのであるが、支配的階層は常に服従する被支配の階層の苦渋と犠牲においてこそ存在しえるという考え方があり、さらに前者の方が後者の方よりも存在の価値をより多くもっていると見なすあり方も偏見の例としてあるのである。
これらの観点が近代人の心の中にしみついているものであるから、ある者は功利的打算から有閑階級を自分たちの到達すべき目標とすることによって、まじめで且つ従順でありつづけようとするし、又別のある者は倫理的潔癖さから有閑階級を人間の一種の堕落した状態だときめつけることによって、まじめに反逆的になろうとするだろう。
こうした近代人の二極分化は、しかしながら、その根底において、まじめになされている点ではかわりはない。要するに、これら二つのタイプの人間は同一の人間の二つの姿をあらわしているにすぎないのである。というのは、以下の点、即ち、功利的打算と倫理的潔癖さがわれわれの日常の中に、明確に区分されて考えられているのではなく、ともすれば気のつかないうちにも絡み合っているということを考えてみれば、おのずと、理解されるからである。
われわれはここでむしろ、功利的打算と倫理的潔癖さが、全く相反しているようにみえながら、実はおたがいを規定するものであるし、少なくとも近代的人間像の範疇からは同じであると考えるにためらってはならないだろう。それ故に社会に対しまじめに従順になろうとする人間の態度とまじめに反逆的になろうとする人間の態度を截然として区分したり、いわんやいがみあわせるべきではないかもしれないのである。従順的であろうとする人は、いつのまにか反逆的になろうとしているし、又その逆もある。近代人は従順的であることによって己れの欲望をみたそうとするし、又反逆的であることによっても己れの欲望をみたそうとしているのである。
それ故、われわれが遊びとしての文化及びその生活を有閑階級の考えや行ないの中に求めようとするにしても、その理由を、彼らがわれわれの心の中のなんらかの理念であり、行動の意欲をかりたてる刺激的対象であるという点に求めてはならないだろう。彼らがわれわれの理想像であるのは、「遊び」という形式において彼らがわれわれとは異なった考え方をもっている限りにおいてである。
実際、彼らの「遊び」の時間と手段がわれわれの日常的犠牲によって提供されているという事実を知った場合(それは社会科学の分野からみても間違いのない指摘であろう。)彼らの「遊び」がいかにわれわれとは異なっているからといって、われわれは、心のこだわりをすててまで、彼らにこびる必要はないだろう。とはいえ、ここで注意せねばならないのは、彼らがわれわれを支配する人間であり、搾取階級の人間であるということの必然的な帰結として「遊び」の文化様式が生まれたのだからという理由で、彼らの遊びに対してまで偏見でもってみる心のせまさはなくさねばならないということだろう。
この点、われわれは何も寛容的であれと言うのではない。ただ、このような偏見も又、先程のように、従順的であれ、反逆的であれ、まじめな態度でもって考察されるかたくるしいものになってしまわないように気をくばるべきだと言っているのである。実際には、われわれが遊びとしての生活を「有閑階級」やめぐまれた人々の行為の中に見いだしたとしても、そして彼らが「勤労階級」や、めぐまれない人々という存在との関わりの中で位置づけられた人間であるとしても、われわれは彼らの行為をまねようと考えるよりも、彼らのような力をもつ人間になると考えるか、それとも彼らの属する階級をなくしてしまうようにすると考える方が、より現実的な考え方であるとされるであろう。
このような考え方は、第一部における「私」にとれば最も理知的な考え方であり、今までのわれわれにとれば「まじめな」テーマとしてとりあつかわれてきた。それ故ここでいきなり「遊び」をすすめるのはきわめて非合理的であり、現実からの逃避に満足する態度であるとされるに違いないのである。というのは唯物論的思考が通り相場になっている段階では、この現実的考え方は人間関係の問題を重視する近代的人間の正義感を示すものとして最も歓迎されるだろうからである。
この場合、われわれは現実に対し生産的に行動することが要求されており、われわれの欲望の充足はその中にあってはじめて可能であると考えられているのである。マルクス主義的考えはこの考え方に立脚し、最も公正に、社会的変革を意図するものであった。それ故、社会的不公正さの中にあって、欲望を無限大に拡大させるという馬鹿げた気持をおこさせなかった点で、より人間的であったのであるが、それでも「仕事」はあくまでも生産的でなければならなかったため、言いかえれば、社会的容認の中で仕事はなされなければならなかったため、社会的機構という雇主のために(厳密には資本家、経営者ではないにしても)いろいろな制約をうけなければならなかったようにも思えるのである。
拒否するという自由の行使不可能の状況の中で、理念のために仕事をすることほど、われわれにとっての不幸はないであろう。社会契約論的まやかしは、その出発点はともかくとして、人間に対する様々の強制をうんでいる。しかし、それは人間が自らの欲望を充足するために様々の行動の諸原理をつくった反作用として生じている。とりわけ人間のもつ欲望が人間関係の葛藤の中で、そしてその一時的勝利によって、充足されるのだという大前提が、人間それ自身にとっての不幸の種となっている。その意味からも、われわれは自らの仕事を「遊び」化することによって、非情なる雇主である社会機構そのものへの関わりをやめていくことが必要であるように思われる。
さて、そこでわれわれが遊びとしての生活をかの有閑階級の行為の中に見、それにある種の積極的意味を見いだそうとするのも、シニカルな態度であるとも言える。なぜならば前述したように、その際のわれわれは、有閑階級そのものに対しては無頓着であるからである。われわれの認識においては有閑階級は神話の中の存在にまで風化されてしまっているのである。
つい最近までは、有閑階級は仕事はしないにもかかわらず、「支配者」「権力者」であった。それ故に、彼らのやり口をまねるのは、よいとされる場合でも、悪いとされる場合でも、常に強度の反応でもってうけとめられた。しかし今は仕事を最もよくする者、あるいは、した者が「支配者」「権力者」になる傾向が強くなっている。ガルプレイスの『ゆたかな社会』における経営者や労働者国家の人間はそのタイプであろう。しかしその仕事といっても、いわば何かにとりつかれた仕事であり、その中で現代人が、ふとわれにかえり、自由活動をしているという意識の欠如に思いいたった時に、「支配者」や「権力者」のものになってしまった仕事に反発を覚え、一つの主体性の回復の方法として、とりあえず、遊びに走ろうとするのである。というのは、仕事と遊びは別であるとされていた場合でも、遊びだけは自由な活動のように思えたからである。
たとえば「遊び」に関する古典的な書物でもあるホイジンガの『ホモ・ルーデンス』には次のように記されている。「……われわれは遊びを総括して、それは本気でそうしているのではないもの、日常生活の外にあると感じられているものだが、それにもかかわらず遊んでいる人を心の底まですっかり据えてしまうことも可能な一つの自由な活動である、と呼ぶことができる。この行為はどんな物質的利害関係とも結びつかず、それらからは何の利得も齎されることはない。それは規定された時間と空間のなかで決められた規則に従い、秩序正しく進行する。またそれは秘密に取り囲まれていることを好み、ややもすると日常世界とは異なるものである点を、変装の手段でことさら強調したりする社会集団を生みだすのである。」
またこのホイジンガの見事な分析『ホモ・ルーデンス』とシラーの予言者的直観のあとを受けついだと自ら主張するR・カイヨワは、その著『遊びと人間』において、ホイジンガの遊びの定義を大枠においては認めた後、それの諸相を「競争(アゴン)」、「偶然(アレア)」、「模倣(ミミクリ)」、「眩暈(イリニクス)」の四つの基本的範疇のもとに、これまた見事に区分している。
たしかにわれわれは「仕事」をすることが必らずしも立派なものではないという観点から「遊び」の領域にたちいろうとしたのであるが、ホイジンガやカイヨワのように、かくも綿密に遊びの定義や分類をされてしまうと、もはや、われわれの意図していたような「遊び」が明快な理知のもとに統制された、厳密さをもつようになってくると考えられる。そしてたしかにわれわれは遊びにおいてはホイジンガやカイヨワの主張通りに、実践しているのであろうが、他方、このような定義や分類にがんじがらめにしばられることに対する反発をも感じてくるだろう。つまり、仕事は仕事、遊びは遊びという割りきり方の中でしか遊びが楽しまれなくなってくるのにきづくのである。われわれは「遊び」を楽しむにしても、「遊び」とは何であるかをはっきりと知らないまでも、「楽しむ」ことの在り様については了解できているのではないかと思いたいのである。
以下の点を考えあわせれば、われわれが遊びとしての生活を志向するには、次のような精神的態度を必要とするだろう。
それは、遊びというものの現象がこれまで有閑階級としての支配階級の人間の行為に見られるからといってわれわれは遊びのために支配階級になるような作為を持ってはならないという態度、言いかえれば遊びには余暇時間が必要であり、遊びの手段を持つための物質的、経済的保証がなければならないとするこれまでの偏見を排するという姿勢である。言うまでもなく、ここでは仕事と遊びとを対立する概念としてとらえるこれまでの伝統を超克しようとしているのである。その際、冒頭のラッセルの言葉にみられる「仕事そのものは立派なものである」という信念に対する疑義は、まだ仕事と遊びとの古典的対立を解消しえないとはいえ、遊びの精神の昂揚によって、少くとも、その対立を解消していく契機となると考えられる。そして、究極的には、ラッセルと違って、仕事の量を減らしていくことに幸福を見いだそうとするのではなく、仕事を遊び化することに楽しみを見ていかねばならないのである。
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さて、ホイジンガは遊びが文化になるという考え方ではなく、遊びが文化であるとの考え方から遊びについて分析したのであるが、その際、遊びを、わたし流に、洒落た生命活動とか、学者マリノフスキーのいうような機能主義的立場にたった文化現象として、歴史的視点を一方的に度外視して考えたらそれでよしと、必ずしも、言ってはおれないとも考えられる。というのは、そもそも遊びの学問的考察がなされているというこの流行そのものが、実は時代的要素によるものであるからである。
もっとも、われわれはここで、浅薄にも、遊びが余暇文明時代の産物であるという理由で、遊びにとらわれてはならないであろう。たしかに、すぐれた余暇研究家のJ・デュマズデュエの言うように「余暇は数百万、数千万に及ぶ勤労者の日常生活において中心的要素となり、すでに労働、家族、政治に関するあらゆる大問題と深く微妙な形で結びつくに至った」し「新たな幸福のモラルの成立を促している」ようになってきているのであるが、そうかと言って「自由時間を活用しないもの、あるいはその活用法を知らないものは、人間として不完全であり、時代の流れに遅れた、ある意味で疎外された人間である」ときめつけてよいものだろうか。
現代社会にも余暇ができるようになり、その余暇は自由時間であるから、有効に使うべしという倫理の強制は、わたしの考えるところでは、一見善良そうにみえる小ずるい商人の考え方と同じであるように思える。勿論そうであるからと言って、わたしはわれわれの余暇の要求が生物的存在としての、又社会的政治的存在としての人間にふさわしくないと言っているのではない。このような要求はまさに歴史的産物として存在するが故に否定できないとしても、これからのわれわれにとっては一時的な意味しか持ちえないのだということを自覚すべきだと言っているのである。
問題なのは、時間の中の遊び云々ではなく、遊びは余暇そのものとは関係なく現実社会に存在するということである。仮に遊びがデュマズデュエのような時代の産物として考えられるとするならば、むしろフロムの次のような考え方でとらえられる方がまだ救われているような気がするのである。
「人間のエネルギーのすべてを仕事に注ぎ、そして成功しようとする努力は、現代の資本主義の驚くべき発展のためには不可欠の要件だったのであるが、今や時代は、生産の問題は一応解決し、社会生活の組織化の問題が人類の最大の課題である、という段階に達しているのである。人間は厖大な機械的エネルギーを利用することに成功したので、生きるための物質的諸条件を生産するために、人間のエネルギーのすべてを労働に注ぎ込むという課題からは解放された。従って人間は自分のエネルギーの相当の部分を、生きることそれ自体の問題に使うことができたのである。」
フロムの場合、自由時間が気ばらしとか休息に使われるものとして考えられているのではなく、まさに生き方そのものと関わる生存の前線として重要視されている。というのは、これからの人類の課題が生産の問題ではなく、社会生活の組織化の問題であるという伏線がみられるからである。自由時間も又完全に自分の時間なのではなく、社会生活の組織化の過程の中にくみこまれたものとして考えられていたのである。
これらの問題は、ホモ・ルーデンスを志向するユートピア人間にとっては、実にやっかいな問題となるであろう。いいかえれば、ホモ・ルーデンスたらんとすれば、その土壌をつくるために現存の社会機構そのものと相対しなければならないし、そのためには政治的社会的変革の運動にまで参加しなければならないという矛盾にぶちあたる。しかしながら、この思考態度はユートピア的人間から現実的人間への後戻りを余儀なくさせているようでもある。従って、あくまでもユートピア人間でありつづけるためには、仕事を「遊び」化する中で日常生活を展開していかなければならないだろう。
彼のまわりの者にとっては、彼の態度は、ずっこけているばかりか、時には穏健的であれ、過激的であれ、社会秩序の破壊者の如きふるまいを呈することになるかもしれないが、彼にとっての幸せの気持は、社会の組織化の中でまじめにあくせくしているあわただしい仕事屋よりも、より大きく満ちあふれているのである。彼の態度が抑圧的社会への抵抗とうけとられるか、律儀な社会における怠惰な姿勢とうけとられるかは、後の世がきめることなのである。
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