更新日 2018年12月1日
 
更新内容
◎「今、思うこと」は11月号より変更
◎「昔、思ったこと」は「男の独り言」(世相編L)より引用

The Private Digital Library of HATIGOROYA
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還暦過ぎてこんなことまで出来る時代になったかと驚いている男の書庫です。
日本の文化で育った一世代前の人間ということで言っていることに偏りは見られるかもしれませんが
そこは斟酌されてお受け止めいただければ幸いです。


★★今、思うこと★★


X−14(2018/12/1)
喜寿を超え傘寿を迎えようとする今を思うに
よくぞここまで生きてこられたものだと己を愛でる一方
生きてきただけのことをしてきたのかと囁く声にも悩まされる。
所詮は歴史の奴隷にすぎない人間が
それでもこれまで人生は己の力で切り抜いてきたのだと
嘯くのも人間なればこその悲しい申し開きなのだろう。
所謂戦後民主主義なる革袋の中で純粋培養された私は
朝日・岩波・NHKを戦後日本のバイブルとしてきたので
なんとか勝ち組の側に立ちそこそこのおこぼれを頂戴してきた。
だが平成30年も終わろうとする今、その革袋にも綻びが生じ
この不謬のバイブルさえも偏向の権化と騒がれているのに遭遇し
古きに拘り老醜を晒すか
新しい革袋に余生を託し晩節汚すかを巡って
不治の病持つ私個人の歴史もまた翻弄され始めたのである。

(前回)
最近リベラルと称する人たちに共通するところの
興味深い特徴がよく見られる。
「平和」を唱いながら実際は好戦的で暴力的であったり
「人権」を強調しながら他者には人権無視を平然と行ったり
「多様性」を主張しながら敵対する考えの人を排除したり
「報道の自由」を建前としながら自らは報道しない自由を行使する。
どうやら彼らリベラリスト達にはリベラルという言葉同様
自分たちにだけ通用する概念規定があって
普通の人たちが考える概念規定とは違うものらしい。
普通の人たちはいくら自分の理想を持っていても
常に現実やファクト、あるいは客観的証拠との兼ね合いで
理想実現を図ろうとするものだ。
ところが自称リベラルは己の理想像だけしか見えないため
あらゆる手段も可とする自己撞着に陥ってしまっているのである。


 ★★ 昔、思ったこと★★

腹が減ってへたり込んだこともあった。
追い込まれて打ちひしがれたこともあった。
自然の怒りに仰天したこともあった。
その度にもう生きられないのではないのかと
仰々しくも覚悟したものだったが
考えてみれば
今が五十路の人間は実に平和な時代に生きたものだ。
それなりに苦労したからこそここまで来れたのだと
今ある姿を賛えるつもりはないけれど
生きるための証しを求めるために
これまで神にすがり付こうともしなかった。
ひたすら性に狂奔させられもしなかった。
川の流れのように五十の年を迎えられた今が
何故か知らぬ後ろめたさとなるようだ。


(八五郎屋の書庫:目次) 

……………伊勢志摩の国「御座」あれこれ
 ☆ポエムコーナー… ………………20世紀の挽歌   男の独り言
                 …………
…………悪の詩     黄昏のソネット
                  ………………………去りゆく者の宴 愚痴の唄
       ……………………和魂の調べ
  ☆エッセイコーナー
……………打ち砕かれたホモ・サピエンス
                      ……………ホモ・サピエンスと平和
                      ………………ホモ・サピエンスのたそがれ
☆レビューズコーナー
……………………………………寸評集
                        …………………REVIEWS(in English)
   ウィリアム・ジェイムズの書架ジェイムズ経験論の諸問題
                                ………ジェイムズ経験論の周辺
                           …ウィリアム・ジェイムズに関する小論集
☆その他コーナー ………………………今、思うこと(バック)
                      

★@ABCG‥番目の入室者の方へ★DEFMK
人って皆、自分の言葉を持っていますよね。あなたにとっての言葉って何ですか。まさか・・・・‥ってことはないでしょうよね。『八五郎屋の書庫』にある作品はすべて立ち読み自由です。一応下記人物によって管理されておりますが、21世紀の海原に献じた以上、扱いはサーファーの手にゆだねられたものと思っています。

製作者 三橋浩(Hiroshi Mitsuhashi)