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本の感想
2009年


「最上階の殺人」
「汝の名」
「六つの手掛かり」
「乱反射」
「赤い月、廃駅の上に」
A・バークリー
明野照葉
乾くるみ
貫井徳郎
有栖川有栖
「ウォリス家の殺人」
「暗色コメディ」
「造花の蜜」
「七人のおば」
「悪いことはしていない」
D・M・ディヴァイン
連城三紀彦
連城三紀彦
パット・マガー
永井するみ

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(注)【 】内はネタバレ。すでに読んだ方は反転させて読んでくださいね。


◆ 「最上階の殺人」 アントニイ・バークリー

おお〜これは爽快。見事な騙しの技に拍手

マンションの最上階に住む老婦人が殺され、現金が入っていた小箱が盗まれる。
室内は荒らされ、窓からはロープが下ろされていて、
マンションの塀を越えて逃げる怪しい男が目撃されていた。
警察は単純な強盗殺人事件として強盗常習犯をリストアップする。

一方、事件現場の捜査を見学していたロジャー・シェリンガムは、
残された証拠の矛盾から独自の推理を展開する。

1つ1つの事実と証言をもとに、仮定と可能性を追求し、それによってある仮説に至る。
そこから矛盾する事実を排除して、新たな仮説を作る。
それの繰り返しで事件を吟味、ついに至った1つの結論。

それは読者が事件直後から密かに抱いていた疑いと一致する。
さすがの名推理・・・

ということですが、これは賛否がある小説のようですね。

推理小説というのはなにか?
言うまでもなく警察の捜査とは別のもの。
警察は事件の真相を究明し、犯人を捕まえることが目的。

推理小説は推理の過程を楽しむもの。
騙される快感を味わうものと定義すれば、これほど見事な騙しはなかなかない。
そういう意味では、この小説はまさにロジックの遊び。

まじめな刑事が深刻な事件を解決するような小説を好む方には、
あまりお薦めできない小説。
推理パズル的なものが好きな方には楽しめると思います。

以下はネタバレ注意。


これだけ見事に組み立てた論理なのに、結論が間違いって面白い!
犯行時間の錯誤だけが正解で、犯人は警察がマークしてた常習犯でしたって、
そんな結末ありですか(笑)

ほとんどの読者は、まずステラを疑うんじゃないでしょうか。
遺産相続人でありながら相続を拒否するところもわざとらしいし、
亡くなった叔母とは関わりたくないと言いながら、
フラットの掃除を早々に、しかも自ら始める。
捜査に関係しているらしい作家の秘書に就職。など、疑う要素はたくさんある。

ただ難点は、本人の性格がどう考えても犯人らしくない。
およそ犯罪など行いそうもないタイプ。
これは引っかけなのか?、それともヒントなのか?ずっと悩んでました。

そして第十八章・・・
やっぱり、と思う反面、それじゃ中学生が考える構成だよという疑念も浮かぶ。

結果は、あの解決。
論理と騙しの面白さ全開でした。






 「汝の名」  明野照葉

なんともうっとうしい女たちの話です。
主人公は同居している30代半ばの女二人のなのですが、
二人が二人とも、女として勝ち組か負け組かという判断基準しか持っていない。

二人のうち一人は都心のマンションに住み会社を経営する、
自分は勝ち組と思ってる女性、
もう一人は彼女に生活を依存する引きこもりの負け組女性。
立場は違いますが、考えていることは同じ。

・女として勝ち組になること
・人生は勝つか負けるかの勝負
・負け組のままでは終わらない

では彼女らの考える勝ちとはなにか。
金、仕事、社会的な地位、恵まれた暮らし、恋、情事、見た目の美しさ、
そして、それらすべてに対する他人の羨望。

条件に結婚が入っていないところは現代的なのかな。
社会的な地位や恵まれた暮らしも夫に依存してものであっては、
女として勝ったことにはならない。自分の力で勝ち取ってこそ価値がある。

そういうところは潔くて同感できますが、最初から最後まで勝つか負けるかということしか
書いてないので、読んでるほうが疲れます。

もうひとつ彼女らがこだわるのが本物と偽物。
ブランド品から男まで偽物には価値がないということ。
では彼女たちが持っているものがすべて本物かというと、そうでもないんですよね。

ここまで勝ち負けだけを考えて生きていれば、どこかで破綻が来るのは当然だけど、
その崩壊が中途半端なところがもの足りなかったです。
もっと突き抜けた破滅を描いた小説もありますしね。
復讐もチマチマしてる(笑)

そしてラストですが、そんなところで終わっていいのか?と不満が残りました。
要するに二人とも凡人です。

ネタバレと言うわけではないけど、結末について書いているので隠しますね。


あれだけ自分の力で勝ち組になると言いながら、結局は玉の輿。

小説の中でも書かれているけど、彼女たちの勝ち組女性像というのは、
いつも誰かの真似でしかない。
理想像も女性雑誌かトレンディドラマに登場するキャリア女性そのまま。
自分で考えた生き方じゃないのよね。

そして次は恋人に提示された生き方に乗ってしまう。
本当に、何がしたいんだろうという人生ですね。





◆ 「六つの手掛り」 乾 くるみ


数にまつわる謎解き連作短編集です。これは面白かった。
最後まで読むと拍手したくなります。お見事(^-^)//""

6編の謎解きをするのは林茶父という(はやし さぶ)という叔父さん。
表紙のイラストでわかるように、小太りのチャップリンという容姿。
手品とパントマイムが特技ということで、推理はパズル的な謎解きです。

メインの謎解きも面白いですが、登場人物の名前やキャラなど、遊びの部分も面白いですよ。

「六つの玉」
雪に閉ざされた山荘で起こった殺人事件。

道路工事を迂回して山に入り込んだ車が2台。
道に迷い、偶然たどり着いた山荘で一夜を明かすことに。
山荘に泊まったのは1台目の車の営業マンと、その車にヒッチハイクで乗り込んだ学生、
2台目はタクシーで、その運転手と客、そして山荘の主人の5人。
偶然出会ったと思われる5人に、どんな殺人の動機があったのか。

謎解きのきっかけとなる「六つの玉」が面白かった。

「五つのプレゼント」
サークルのアイドル的女子学生と、彼女に思いを寄せる5人の男子学生。
彼女の心を射止めるために5人がプレゼントを贈って競うことに。
しかしそのプレゼントの1つのが爆発。
彼女は炎に巻き込まれて死亡。

貰ったプレゼントで交際相手を決めるなんて、
なんか嫌味な女性だと思ったけど、裏があったんですね。

「4枚のカード」
伏せられたカードのマークを当てる、超能力のように見せかける手品。
その手品を見せられた犯人は、手品を披露した人物が本当に超能力を持っていると
勘違いしてしまい自らの秘密を暴かれると危惧。その人物を殺してしまう。

ちょっとややこしい謎解きでした。

「三通の手紙」
アリバイトリックです。
親友でもありライバルでもある男3人組。
そのうちの一人が殺されたが、残された二人にはアリバイがあった。
「3つの○○」でもありますね。
でもあんなに雑な人って、いるのかな〜

「二枚舌の掛軸」
掛け軸の薀蓄はなかなか理解しにくいところもあったけど、
武田くんが面白いわ〜

「一巻の終わり」
このタイトル、秀逸です。
読み終わってニヤリとすること請け合い。
本好きならではの推理ですね。




 「乱反射」  貫井徳郎

ありそうでなかった小説。
あまりに日常的で、誰も書こうと思わなかったのかもしれないですね。

2歳の幼児が事故で亡くなる。
不可抗力かと思われた事故は、実はごくふつうの人々の身勝手な行動が
引き起こしたものだった。

高速道路のSAのゴミ箱に家庭ごみを捨てる人がいて、
掃除する人が困っているというニュースがありましたけど、
この主人公も夏の旅行で家の中にゴミを置いておきたくないので、
SAに家から持ってきた生ゴミを捨ててしまう。

でもそれがめぐりめぐって我が子の命を奪うことになる。
ちょっとしたルール違反が大きな不幸になるという話です。

この主人公、他人の無責任行為に怒っているけど、
本人もかなり勝手な行動をしています。
父親の介護も母親と嫁任せで他人事のように考えてるしね。
介護のことももっと真剣に考えていたら、事故も防げたかも。

こういう人間にもとに子供は置いておけないと天の神は考えたのかもしれません。



◆ 「赤い月、廃駅の上に」 有栖川有栖

鉄道をテーマにした幻想小説集。全10話。

表紙とタイトルにひかれて読んでみたけど、
なんとなく全体的には消化不良で終わってる作品が多いような気がしました。
オチがないというか・・・、
希望としては、もうひとつ深いところまで描いてほしかったですね。

そういう点では「最果ての鉄橋」が面白かったです。
まさにオチがついたという結末なので。

怖かったのは「黒い車掌」
これは本当にありそうな話なので、身に迫ってくる怖さがありました。
実際にあったいろいろな【事故】を思い出すし、ラストはショッキング。

タイトルになっている「赤い月、廃駅の上に」は、よくあるホラーという感じ。
もう少し違う怖さを期待してました。

「密林の奧へ」もけっこう好きです。
植物の生命力の凄まじさは、時に脅威ですからね。



◆ ウォリス家の殺人 D・M・ディヴァイン

本格もの。
タイトルから"お屋敷もの"かと思いましたけど、
ある家族の秘められた謎をめぐる殺人事件です。

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作家として成功して社会的名士になっているジョフリー・ウォリス。
彼の元に、長い間音信を絶っていた兄が訪ねてきた。
その兄が現れてからジョフリーの態度が一変。
なにか重大な問題に心を奪われているようだった。
そしてある日、決着をつけると言って兄の家を訪問し、
ジョフリーはそのまま姿を消した。大量の血痕を残して。
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緊迫の法的劇、嵐の夜の殺人、夜道のカーチェイスと、趣向も盛りだくさん。

ただトリックは驚くほど単純だし、犯人を見破るヒントもよくあるパターン。
まあ、そこは事件の謎を追うのが名探偵でも名警部でもなく歴史学者ということで
詰めが甘いのはしかたないところかもしれないけど、
警察も捜査してるわけだから、ちょっと裏づけ不足ですよね。

犯人が明かされた時に、肩透かしのように感じてしまうのは、
その捜査の杜撰さに納得できないところがあるからだと思います。

それではこの作品の特徴はなにかというと、それは犯人像の描き方。
これは意外性があります。

あとは全体の構成。
最初の4分の一くらいのところで、ほとんど事件は終わったような展開。
これから先は何が起こるのかと、充分期待させます。
ただ「それでいいのか警察として?」とも思ってしまいますが・・・

全体の感想としては、面白いけどインパクトがない、というところでしょうか。
ヒントはフェア。

以下はネタバレです。


犯人のアリバイを作っていたのは時計を進めただけとは、
ちょっと驚きのトリック。

その矛盾に気付かせたのはクリケットのラストオーダーの時間ということだけど、これはわからない。
日本ならプロ野球の開始時間とかサザエさんが始まる時間とかでしょうか。





暗色コメディ 連城三紀彦

「造花の蜜」を読んだので、なんとなく連城ミステリーを読みたくなって再読。
これは、その中でもかなり特異な1冊だと思いますが。

序章に登場するのは精神を病んでしまったと思われる人々。
夫がもう一人の自分と浮気していると思い込む妻。
生きてる夫が死んだと思い込んで供養する妻。
妻が別人に入れ替わったと信じている医師。

これはどういう物語が始まるのか、ちょっと不安になったりもしますが、
でもすべては1つの事件に集約され、合理的に説明される。
超常現象と理性の合成された美のような世界です。

あるべき死体が見えなくても、ちゃんと解説があるからいいんです(笑)



 「造花の蜜」 連城三紀彦

意味深なタイトルですが、誘拐ものです。
単純な誘拐事件と思われたものが二転三転。
誰が犯人で誰が被害者なのか、最後まで驚かされます。

5歳の子供が幼稚園から連れ去られ、犯人からの電話が入る。
しかしこの事件は最初からおかしなことが多かった。
幼稚園の先生は子供を迎えに来たのが母親自身だと主張し、
誘拐犯は自分は子供の父親だと言う。
肝心の母親は何かをひたすら隠している・・・

「人間動物園」が緊迫した舞台劇のようで面白かったので期待して読みました。
あそこまでの緊迫感はないけど、先の読めないストーリーは同じ。

ただ、全体に長いのではないかな。
前半の身代金受け取りまでは一気に読んだけど、
後半は間延びしてしまったので2日がかり。
基本のストーリーは面白いので、その冗漫なところがちょっと残念。

身代金受け取り方法は誘拐ミステリーのポイントですが、
これはかなり謎めいていて大胆。
緊張を煽る色の使い方が上手いですね。

連城作品は、ミステリーの要素と濃密な小説の要素が
程よく混じってるところがいいんですよね。

続きはネタバレです。反転させて読んでください。


最後の事件は必要なのかな?
これでは前半の長いストーリーが伏線のよう。
警察が偽者だったというトリックは前にも読んだ気がするので、
その仕掛けに気付かせないために長い前半があるのかな?
それならそれで斬新だけど・・・

犯人との最初の電話の会話を読み返すと、
たしかに母親の言葉は自分が誘拐されている意味にも取れるんですね。

赤いビニールバックに近づかないで身代金を取る方法は、
事前に被害者の家で詰められた段階で抜いておくということでいいの?
それは前例のあるトリックだけど。






◆ 「七人のおば」 パット・マガー

中学生の頃から読んでみようと思いつつ、何回か挫折。
やっと最後まで読みました。
評価の高い作品だけど、正直な感想はそこまでの名作とは思えないかな。

結婚してイギリスに住むサリーはアメリカの友人から手紙を受け取った。
そこにはサリーのおばの一人が夫を殺して自殺したと書いてあったのだが、
肝心のおばの名前が書いてない。なにしろサリーには7人ものおばがいるのである。
サリーと夫は過去の出来事からどのおばが夫を殺したのかを推理する。

漢字だと伯母と叔母の書き分けがあるから、ひらがなでしか書けない意味がわかりました。

犯人も被害者もわからない中で、過去の記憶だけをたどって事件を推理する。
着想は面白いけど、想像してた内容とは違ってました。
私の想像では、おばの一人ひとりを採り上げて、犯人である可能性を推理していくのかと
思っていたんですが、大家族の物語が中心。

7人のおばは父方と母方に分かれているのではなくて全員が姉妹。
姉妹の親は亡くなっているので、すでに結婚し裕福な暮らしをしていた長姉の家で育つ。
若い姉妹が7人もいれば修羅場になるのは想像できるけど、
その想像の上を行くすさまじい姉妹でした。これってドロドロドラマになりますね。

犯行を犯した「おば」は、だいたいわかります。



◆ 「悪いことはしていない」 永井するみ

特別に悪いことはしていないのにトラブルに巻き込まれ、さらには身の危険にまでさらされてしまう。そんな日常の延長にあるような事件。

これを読むと、つい貫井徳郎の「乱反射」と比べてしまいました。
「乱反射」はふつうの人が犯した小さなルール違反が大きな不幸を引き起こすという事件。
登場する人々がやったことは重大な犯罪ではないけれど、
あきらかに他人の権利を侵害していることだから、
その報いを受けることも大人なら考えて行動しなければならないこと。

それに対して、こちらは本当に誰でもやってしまう日常のささいな作為。
お世辞、社交辞令、勘違い、自慢話、どれも社会ではふつうにありえること。
でもその言葉を受け取る側の人間が未熟なら、そこから悲劇が生まれてしまう。

こう書くと、なにか深刻な小説に思われるかもしれませんが、全体にはそんなに重い話ではありません。主人公は若いOLで、連続ドラマのような軽いノリです。



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