續篇


第三十一回

爲朝水行より京に赴く
(ためともふなぢよりきやうにおもむく)
白縫瀾を披て海に没む
(しらぬひなみをひらいてうみにしづむ)
 安元二(1176)年八月十五日、鎮西八郎為朝は、京に渡って清盛を狙い撃って、君父の仇を討とうと、水俣の浦を船出したが、翌日霧が立ち込めて、昼頃に飛魚や海月が現れだした。これを見た為朝は、南にかなり流され、さらに台風の近いことを知り、碇を下ろそうとするが、海底が深くて止められない。為朝は天命であるとあきらめる。
 ほどなく風雨が激しくなり、舜天丸と紀平治の乗った船は遠くに流されていった。為朝の船も今覆る瞬間をむかえる。そのとき為朝の妻・白縫は、日本武尊(やまとたけのみこと)と弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)の故事にならって、止める為朝を振り切って荒れ狂う海に入水してしまう。
 ところがそれでも嵐が止まらない。同乗の二十余人の郎党たちは、或いは差し違え、或いは腹を掻き切り、すべて入水していった。ついに命運尽きたと切腹の準備をする為朝だったが、そのとき天より讃岐院の使者と称する天狗どもが現われ、船を立て直し、為朝の必死を救うのだった。


第三十二回

忠魂鰐に憑て幼主を救ふ
(ちうこんわににのりうつりてようしゆをすくふ)
神仙気を吹て殃折を甦す
(しんせいきをふいてようせつをいかす)
 そのころ、舜天丸の船も危機を迎えていた。紀平治は舜天丸を守り、高間太郎と磯萩は十余人の郎党を励まして必死で船を立て直そうとするが、船は巌に当たり、砕け散った。荒れ狂う波の上に打ち上げられた主従たちの中で、高間太郎と磯萩は、魂になり主の守護をしようと心中して果てる。
 泳ぎの名人であった紀平治は、舜天丸を抱いたまま、命の限り泳ぎつづける。しかし島も巌も見つからないまま、溺れ死にそうになったとき、大きな沙魚(わにざめ)が現われ、主従を食おうとした。そのとき高間夫婦の魂が大魚の口の中に入り、紀平治と舜天丸を担ぎ上げ、翌朝とある島に送り届けた。
 上陸した紀平治は、舜天丸を起こそうとするが、いつのまにか舜天丸はこときれていた。悲しむ紀平治だったが、磯山から読経の声が聞こえ、その声に向かって歩き出す。峠まで上ったとき、紅帽を戴き、鶴裳(つるのけごろも)を着た老翁が端座しているのを見る。その神仙なところを知った紀平治は、舜天丸を蘇生してもらうように嘆願する。老翁は舜天丸の口に息を吹き入れ、蘇生させる。
 老翁は紀平治に、この島が琉球国中山の西にある姑巴島(こはしま)であることを知らせる。そして琉球の概略を述べ、時が来るまで舜天丸を養育するように紀平治に命じる。また老翁は紀平治に義家伝授の兵書や、伊勢神宮、男山正八幡、阿蘇明神の三本の征矢を与え、桃林の在処を教え、舜天丸に島を与えると告げて消えていった。老翁の残していった札から、紀平治は老翁が義家の放った鶴であることを知った。そののち紀平治は、舜天丸に武芸と兵書を教えながら、姑巴島で月日を送る。


第三十三回

毛國鼎が忠利勇を説破す
(もうこくていがちうりゆうをせつはす)
君眞物の神王宮に出現す
(きんまんもんのかみおほうちにしゆつげんす)
 琉球国は龍宮とも呼ばれ、代々天孫氏が国王として君臨していた。しかし天孫氏二十五世の国王、尚寧王(せいねいわう)の代に至って、君徳が衰え、社稷も傾き出した。はじめ尚寧王は、国頭の按司・司馬順徳(くにかみのあんす[知事]・しばじゆんとく)の娘・廉婦人(れんふじん)を妃としていたが、訳あって国相・利射(こくさう・りしや)の娘・中婦君(ちうふきみ)を妃とした。尚寧王はその中婦君に惑溺し、彼女の従兄弟の紫巾官・利勇(しきんくわん[大臣]・りゆう)が、専横を極めているのであった。
 さて尚寧王には世継ぎが無かったが、年齢が四十歳に近くなった頃、廉夫人との間に寧王女(ねいわんによ)が生まれた。中婦君はこれを妬んでいたが、自らには子供ができないまま、寧王女は十四歳となった。日本の暦では仁平三(1153)年頃のことである。
 この年、尚寧王は諸司百官を首里の龍宮城に集め、王位を寧王女に伝える意志を表明した。おどろいた中婦君は利勇と示し合わせ、王子の誕生まで待つように進言させる。利勇の勢いに恐れる王と百官だったが、そのなかではっきりと利勇の言に反発したのは、司馬順徳の甥、中城(なかくすく)の按司・毛國鼎(もうこくてい)であった。毛國鼎は女王は先例があることや、また寧王女が女性の頭に刺青する習慣を取り止めたという徳を施したことをあげ、利勇を論破する。尚寧王は琉と球という天孫氏相伝の玉を王女に与え、毛國鼎を側近として中城(皇太子の屋敷)に移す。
 ところが翌年の春、海山が一度に荒れて、大きな被害が出た。民は君眞物(きんまんもん[国の守護神])の怒りだとして、各地の霊場で祭りを行ったが、効果が無かった。これを好機とみた中婦君は、利勇と示し合わせて、寧王女を世子に立てたために神の怒りが下ったのだと流言を流す。そして毛國鼎をも讒言し、尚寧王への信頼を失わせる。尚寧王は利勇と相談し、巫女の長・阿公(くまきみ)を召し出す。実は阿公こそ、利勇の企みに荷担し、君眞物の祟りと偽って海山を荒らしていたのだった。阿公は、辰の年月日時に生まれた女子を生け贄として参らせるように指示した。そしてその条件を満たすものこそ、寧王女だった。


第三十四回

寧王女躬を棄て犠にならんと議す
(ねいわんによみをすててにゑにならんとぎす)
廉夫人妹に逢て更に母を悼む
(れんふじんいもとにあふてさらにははをいたむ)
 中城でこの風聞を聞いた寧王女は、君眞物の怒りを静めるため、自ら犠牲になることを望む。母・廉夫人は、王の為に尽くしながら、讒奏されて殺された父親・司馬順徳と、生き別れた妹・眞鶴(まなづる)のことを思いつつ、寧王女に思いとどまるように説得するが、王女の決意は固かった。そのとき毛國鼎が現われ、これが利勇と中婦君の企みであることを知らせる。そして身代わりとして、王女と同じ年で辰の日辰の時に生まれた女性を連れてきた。彼女こそ、廉夫人の妹・眞鶴であった。司馬順徳の死後、貧しい暮らしをしていたが、母親の決意の自殺によって犠牲になることを決意したのだった。寧王女はなおも身代わりを拒むが、実は毛國鼎には犠牲を出さず難を逃れる計があったのだった。


第三十五回

眞鶴孝烈北谷へ赴く
(まなづるこうれつきただにへおもむく)
國鼎勇敢阿公を拉ぐ
(こくていゆうかんくまぎみをとりひしぐ)
 毛國鼎は首里の王宮に参り、眞鶴が生け贄になることを言上した。尚寧王は喜び、司馬順徳の名誉を回復させる。そして祭礼の日がやってきた。計画が頓挫した利勇は、阿公に眞鶴を殺させようとする。そしていざ眞鶴が崖から落とされんとしたとき、毛國鼎が進み出て、阿公に水神を出現させよと命じる。もともと君眞物の仕業ではなかったために、できない阿公は謝罪する。尚寧王は阿公を追放し、阿公が一年の吉兆を得たという、舊[虫L]山(きうきうさん)の塚を暴いて後顧の憂いをなくすことにした。毛國鼎は反対するが、尚寧王は聞き入れない。


第三十六回

尚寧王腰輿高嶺に登る
(せいねいわうようよたかみねにのぼる)
舊[虫L]山の古墳矇雲を現ず
(きうきうさんのこふんもううんをげんず)
 尚寧王は毛國鼎の諌めも聞かず、翌日利勇ら近臣を従え、天孫氏が蛟を鎮めたとされる舊[虫L]山(高嶺)に登る。利勇は人夫に命じて、塚を掘り起こす。そしてついに石の唐櫃を掘り当てたとき、忽然と土の中から鈴の音がした。毛國鼎は止めようとするが、利勇に阻まれる。利勇は逃げる人夫を脅して、石櫃を引き上げさせるが、そのとき石櫃はくだけ散り、多数の死傷者が出る。そしてそこから現れたのは、怪しげな形相の異人が出てきた。異人は蛟塚の中には蛟ではなく神仙がいたといい、尚寧王に政の助けをしようともちかける。死傷者がたちまち蘇生するのを見た尚寧王は、異人を尊信することに決める。異人は矇雲國師(もううんこくし)と名乗る。
 尚寧王は共に王宮に暮らすように依頼するが、矇雲は呼べばいつでも現れる能力があるというため、再会を約束して山を下りる。山に残った毛國鼎は矇雲の正体に気づき、矢で狙い撃ちするが、反撃を受け、谷に突き落とされる。妻・新垣(にひがき)の捜索によって毛國鼎は発見され、命拾いをする。


第三十七回

毛國鼎命を禀て。小琉球へ赴く
(もうこくていおふせをうけてせうりうきうへおもむく)
寧王女珠を捧げて龍宮城へ歸る
(ねいわんによたまをささげてりうぐうぜうへかへる)
 傷の癒えた毛國鼎は、王宮に参上し尚寧王と謁見する。そのとき尚寧王は毛國鼎に、小琉球にある赤瀬の碑に起きている怪奇現象の調査を命じる。毛國鼎は眞鶴に、中婦君の陰謀から王女を守るように言いつけて、小琉球に赴く。
 毛國鼎を派遣したあとも赤瀬の碑のことが気になる尚寧王は、龍宮城に現れた矇雲に相談する。矇雲は、寧王女に相伝した琉球の二つの珠をもちいて禊をするように進言する。さっそく尚寧王は、利勇を使者として中城に珠を取りに行かせる。
 寧王女は珠の入った箱を差し出すが、利勇がそれを検めると珠が一つしかない。それを聞いた尚寧王は大いに怒り、直ちに寧王女と廉夫人を捕らえ、舊[虫L]山の麓に配流する。その間留守であった毛國鼎は、大いに怒るもののなすすべも無かった。
 利勇はたびたび王女と廉夫人の命をねらうが失敗し、そのうちに二年が過ぎる。そして久寿二(1155)年を迎える。そこで寧王女は、鶴を探しにやってきた為朝に出会い、大蛇から得た珠を得る。
(第六回参照)
 運良く珠を得ることができた寧王女と廉夫人は、王宮に戻って珠を差し出す。しかし矇雲はこの珠を贋者と暴く。利勇は二人を捕らえようとするが、毛國鼎がとどめ、死罪にしないように王に懇願する。尚寧王は矇雲の意見に従って、王子の誕生まで二人の身柄を毛國鼎に預け、蟄居させることを命じる。
 利勇と中婦君は、矇雲が寧王女を救ったことをなじるが、矇雲は国民の反乱を防ぐためだという。そして中婦君は子供を産むため、利勇や美少年と密通する。尚寧王はそのことに気がつかないままで、利勇の専横は続き、追放されていた阿公をも復活させる。


第三十八回

一夜の夫婦永訖を守る
(いちやのふうふえいきつをまもる)
鏡中の幻術骨肉を割
(きやうちうのげんじゆつこつにくをさく)
 寧王女と廉夫人は、中城に幽閉されたまま七年の春秋を過ごす(推定1161年)。中婦君や利勇の警戒も緩みはじめたある夜、嫌疑を恐れて久しく訪問しなかった毛國鼎がやってくる。毛國鼎の武芸の弟子で、寧王女派の同士である陶松壽(とうせうじゆ)を眞鶴に娶わせるという相談だった。そしてある日に婚姻が執り行われるが、二人は一夜の契りを結んだだけで、その後は再び逢うことはなかった。
 そしてさらに十年あまりが経過した。中婦君は利勇や美少年と姦通を続けていたが、ついに子供が産れること無く、五十近くなってしまった。年老いた尚寧王は、寧王女を許し、位を譲ることにする。ところが中婦君は矇雲と示し合わせ、妊娠したと言いくるめ、さらに寧王女は毛國鼎と廉夫人の密通の子であると讒言する。矇雲の幻術によって二人の姦通の場面を見せられた尚寧王は、利勇に毛國鼎の討伐を命じ、陶松壽と掟牌金(ていはいきん・官名)・査國吉(さこくきつ)を寧王女らの討伐に差し向ける。しかし二人とも、毛國鼎が送り込んだ間諜であった。


第三十九回

浦添山に國鼎使者に逢ふ
(うらそひやまにこくていししやにあふ)
中山府に利勇忠臣を殺す
(ちうざんふにりゆうちうしんをころす)
 陶松壽と査國吉は、浦添山で、利勇の目論見を知らないまま首里へと向かっている毛國鼎に出会う。二人は双方の従者のいないところに毛國鼎を呼び出し、矇雲の幻術や利勇の計画について話し、反乱を勧める。しかし毛國鼎は、忠臣として死ぬことを選び、二人に王女や子息のことを託して首里へ向う。龍宮城に入った毛國鼎は、待ち伏せしていた筑登之(ちくとし・官名)隊によって、殺害される。
 毛國鼎の首が王の前にさし示され、群臣たちは恐怖に陥る。尚寧王は、中婦君の出産が間近に迫っているということを矇雲から聞き、大いに喜ぶ。そして討手の援軍として、利勇を中城に差し向ける。


第四十回

涙を沃て松壽廉夫人を撃
(なみだをそそぎてせうじゆれんふじんをうつ)
~を顕て白縫寧王女を祐
(しんをあらはしてしらぬひねいわんによをたすく)
 毛國鼎から後事を託された陶松壽と査國吉は、寧王女と毛國鼎の家族を落とすため、従者を措いて中城に急ぐ。世子殿に入った陶松壽は、王女と廉夫人に危機を告げる。この日ちょうど、姑場嶽(くばがたけ)の山神の祭が行われていたため、寧王女と眞鶴は、獅子舞をかぶり、祭のねり物に偽装して脱出する。
 また廉夫人は、陶松壽に助けられて山中を逃走していたが、討手の援軍と野武士らに囲まれてしまう。このとき廉夫人は、松壽に自分の首を利勇に差し出して、王女の危機を救うように命じる。松壽は涙をぬぐって廉夫人の首を取る。夫人の首を見た利勇は、松壽にさらに王女の追撃を命じる。
 寧王女と眞鶴は、獅子舞に扮装して越來(こえぐ)まで逃走していたが、そこで利勇に唆された中城の悪少年達に囲まれる。眞鶴は王女を助けて奮戦するが、ついに少年らに撲殺されてしまう。寧王女も必死を極めるが、そのとき一団の燐火が王女の懐に入り、王女の眼光が一変し、自らを白縫と名乗る。渡海中に遭難して入水した、白縫の魂が乗り移ったのだった。王女は悪少年らの囲みを切り開き、恩納嶽(おんながたけ)に入る。このとき、安元二(1176)年九月二日であった。


第四十一回

松壽月前に妻の屍を躱す
(せうじゆげつぜんにつまのしかばねをかくす)
眞鶴身後に主の首に代る
(まなつるしんごにしゆうのかうべにかはる)
 利勇から寧王女の探索を命じられた陶松壽は、里で手負いの若者が運ばれてくるのを見る。里の翁から事情を聞いた松壽は、越來の石橋に向かい、眞鶴の死体と対面し、縁薄い妻との別れを悲しむ。松壽は眞鶴の首を寧王女の身代わりとして、利勇の前に差し出す。利勇は贋首を疑うこと無く、松壽を賞賛し、腹心として厚遇する。
 尚寧王は論考行賞を行い、利勇を国相とし、松壽を東風平(こちびら)の按司に命じる。矇雲は中婦君の出産が十日以内にあることを告げ、尚寧王を喜ばせる。これは矇雲と利勇の企みで、もちろん中婦君は妊娠しておらず、利勇の食客となっていた阿公が、すでに計画を進めていたのだった。


第四十二回

査國吉義に仗て中城に戰ふ
(さこくきつぎによつてなかくすくにたたかふ)
兩孝子轎を擡て越來に走る
(りやうこうしのりものをもたげてこえぐにはしる)
 陶松壽が寧王女に危難を告げに走った頃、もう一人の討手、査國吉は、毛國鼎の家に行き、國鼎の妻・新垣(にひかき)、息子の鶴・亀に事情を告げる。そのとき妊娠していた新垣は、すでに臨月を迎えており、母の乗った籠を十四歳と十二歳の息子が担ぎ、母子は落ちていった。残った査國吉は、仲間割れを装って利勇の軍に襲いかかり、屋敷を焼いて脱出する。罪科を恐れる討手の兵士は、討たれた味方の首を焼き、それを新垣・鶴・亀・査國吉の首として実検に差し出す。
 鶴・亀は母を籠に乗せて三四日逃走を続け、羽地(はねち)の山里に至る。新垣は、身篭った子が国王として仰がれるという占いを受けたこと、そして捨て子であったという過去などを話す。そして山北省第一の大河・富蔵河(ふざうかわ)に差し掛かったところで、新垣はついに産気付く。鶴と亀は介抱の仕方も知らず、慌てる。
 そのとき、矇雲から謀を受けた阿公が、母子の前に現れる。風貌が老女であることに安心した鶴と亀は、阿公に介抱を懇願する。


第四十三回

腹を撈て阿公赤子を奪ふ
(はらをさぐりてくまきみあかごをうばふ)
棺を流て鶴龜亡父を見る
(ひつぎをながしてつるかめなきちちをみる)
 鶴と亀の懇願を受けた阿公は空涙を流し、新垣を診察し、薬の材料を買いに行くように鶴に命じる。鶴が走り去ったところで、阿公は薬種に間違いがあったと偽り、亀をも走らせ、新垣のもとから遠ざける。鶴と亀が去ったところで、阿公は新垣の腹を割き、男児を取り出し、懐剣も奪って逃走する。
 阿公に騙されたことを知った鶴と亀は、松明を持って急いで戻るが、そこに残されていたのは腹を切り裂かれた母の死体であった。二人は母の亡骸を籠に乗せ、富蔵河に水葬する。
 そのとき、背後で物音がし、鶴亀が見ると、そこには刀を抜いた男の死体があった。この男は欲の為に逐電した國鼎の老僕・握翁報(あくおうほう)であり、二人は君眞物の救いに感謝する。そのとき、柳の下に毛國鼎の姿が現れ、鶴亀はその霊を追いかけて、高志保の浦にたどり着く。


第四十四回

尚寧王戯言して禍を喚ぶ
(せいねいわうげげんしてわざはいをよぶ)
中婦君の悪報[會+リ]にせらる
(ちうふきみのあくほうやつさきにせらる)
 尚寧王の三十八年(安元二(1176)年)九月七日丑三。中婦君が産気付き、ほどなく王子誕生の知らせが尚寧王のもとにもたらされた。利勇は腹心の者だけを乳母に選び、秘密を守らせた。四五十日を経て、母子はようやく肥立ったため、尚寧王は阿公ら罪人の恩赦をし、王子誕生の酒宴が行われ、仮病を使った陶松壽以外の諸氏百官が勢揃いした。
 その席で尚寧王は、矇雲に向かい、禍と福には形があるかと戯れに尋ねる。福は招きづらく、禍は招きやすいと答えた矇雲に、尚寧王は禍を呼ばせることにする。矇雲が呪文を唱えると、形が牛、頭が虎に似た禍獣(わざはひ)が現れ、玉座の前に引き出される。
 国を滅ぼし身を滅ぼすという禍獣の能力を聞いた尚寧王は、矇雲に退けさせようとする。しかし矇雲は、中婦君の荒淫、利勇の専横、王子誕生の嘘など、尚寧王の政治が招いた禍はすでに退けられないと答える。その言葉の終わらないうちに、禍獣は鎖をひきちぎり、尚寧王に飛び掛かる。王はそのショックで死亡し、つづいて中婦君が襲われ、爪によって引き裂かれる。利勇は王子を抱え、伝国の珠を投げつけて禍獣から逃れ、領地の南風原(はへばる)を目指して逃走する。
 惨劇は終わった。手足がしびれて逃げられない諸氏百官の前で、矇雲は玉座に登り、中山法君と名乗る。ここで禍獣は寧王女が失ったはずの珠を吐き、琉球の二つの伝国の珠が揃う。群臣は幻術に惑わされ、万歳を唱える。矇雲は禍獣に筑登之五十人をつけて、寧王女の追跡に向かわせる。
 偽王子を抱いて南風平に逃走した利勇は、陶松壽ら按司に檄文を送り、篭城の準備を固め、ようやく十一間切の軍兵をそろえる。利勇は陶松壽を軍師に、阿公を偽王子の傅きとし、矇雲を滅ぼす勇士を求める。


第四十三回

偽王子を挟て利勇軍兵を聚む
(にせわんずをさしはさみてりゆうぐんぴやうをあつむ)
赤瀬碑に苦て王女爲朝に逢ふ
(あかせのひにくるしみてわんによためともにあふ)
 一方、恩納嶽に逃げた寧王女は、そこで査國吉と出会う。そのとき猟師のような夫婦が忽然と現れ、二人を家に潜伏させる。十月の中旬、夫婦は寧王女に、首里で起こった変事と、矇雲の手の者が禍獣を引連れてやってくることを告げ、海辺に逃げるように勧める。王女は破傷風の癒えた査國吉とともに、山を降りようとする。
 そのとき矇雲の討手がやってくる。査國吉は王女を落とすため、禍獣と戦うが、あえなく殺害される。その間に、寧王女は海辺に到達し、そこで二人の少年が操る獨木船に乗り、虎口を逃れる。少年は毛國鼎の霊に導かれた、鶴と亀であった。
 船は一日にして、小琉球の島北、赤瀬の碑のある入江に到着する。主従はそこに潜伏するが、三日目に矇雲の賊兵が現れる。鶴亀は奮戦するが、あえなく捕らえられ、王女に危機が訪れたとき、再び白縫の霊が王女にとりつき、賊兵を追い散らす。賊兵は禍獣に王女を襲わせ、その刃を折る。王女は赤瀬の碑の後ろに隠れる。禍獣が碑に描かれた美人の彫刻を王女と間違えて噛み付くと、その碑はたちまち崩れ、禍獣はその下敷きにされてしまう。天孫氏の残した威徳が、禍獣を滅ぼしたのだった。
 賊兵は禍獣を失ったものの、なおも王女を襲う。そのとき水際の葦原から鏑矢が放たれ、賊兵は次々と射殺される。恐れた賊兵は、鶴亀を連れて逃げ去った。そのとき葦原から現れたのは、身の丈七尺、年齢は三十七八の威風堂々の勇士、鎮西八郎為朝であった。これを見た王女は、為朝に走り寄る。為朝は、王女の声が白縫そのままであることを訝るのであった。


續篇のトップへ

弓張月のトップへ