ここでは、一転話題を変えて、中心母等式を再考します。
これまで、ゼータ関数(種々のディリクレのL関数)を考察してきましたが、特殊値が明示的に得られない場合の中心は
いつも次の二つの等式でした。
cosx/sinx=2(sin2x + sin4x + sin6x + ・・・) -----@
1/sinx=2(sinx + sin3x + sin5x + ・・・) -----A
この@とAに、重回積分と重回微分を作用させることで、次々とゼータの特殊値が得られていったのでした。
現代数学でよくわからないとされる特殊値に関しては、@とAが中心的役割を演じていることがわかってきたという
ことです。
さて、@とAは、まったくシンプルな形をしており、これ以上変形しようなどとは普通は思いませんし、私もそう思って
いました。
ところが、偶然にさらに美しい形に変形できることに気付いたのです。
結論から書くと、次のように変形できます。
cos(x/2)/sin(x/2)=2(sinx + sin2x + sin3x + sin4x + ・・・) -----B
(0 < x < 2π)
sin(x/2)/cos(x/2)=2(sinx - sin2x + sin3x - sin4x + ・・・) -----C
(-π < x < π)
どうですか。究極的に美しい形でしょう?
この美しさには驚いてしまいますが、@とAの背後にこんな式がひそんでいたのです。
B、Cの左辺はそれぞれcot(x/2)、tan(x/2)ですが、上のままにします。
また、Bの x/2 を x とおくと@になるので、@とBはそのまま同値であることも指摘しておきます。
「@、A」から「B、C」が得られ、逆に「B、C」から「@、A」が出ますので、「@、A」と「B、C」は同値となって
いる。よって、@とAを中心母等式に据える代わりに、BとCを中心に据えてもよいのです。
同値ですから、BとCを中心に据えたとしても、これまでのゼータ関数の考察は本質的なところでは同じになると
考えられます。ただゼータ関数は調和を好みます。これまで、私が感覚的に美しいと思う式に(個人差が大きい
とは思いますが)もっていけば、ゼータはそれに答えるがごとく「本質的に素晴らしいもの」をプレゼントしてくれました。
よって、これまでの考察をB、Cの形で書き換えていけば見えていなかったなにかが見えてくる可能性があるのかも
しれません。ただし結果が膨大ですので、思い当たる点をB、Cを機軸にしてぼちぼち再考できればと思います。
それにしても、BとCは眺めているだけでいいですね。
次に、B、Cの導出方法を示します。
ここでは、B、Cの導出過程を示します。
cosx/sinx=2(sin2x + sin4x + sin6x + ・・・) -----@
1/sinx=2(sinx + sin3x + sin5x + ・・・) -----A
cos(x/2)/sin(x/2)=2(sinx + sin2x + sin3x + sin4x + ・・・) -----B
sin(x/2)/cos(x/2)=2(sinx - sin2x + sin3x - sin4x + ・・・) -----C
[導出方法]
@とAを辺々足して、
1/sinx + cosx/sinx=2(sinx + sin2x + sin3x + sin4x + ・・・) ----D
ここで、Dの左辺は次のように変形できる。
1/sinx + cosx/sinx=(1+ cosx)/sinx
={1+ cos(2・x/2)}/sin(2・x/2)
=2{cos(x/2)}^2/{2sin(x/2)cos(x/2)}
=cos(x/2)/sin(x/2)
よって、Dは
cos(x/2)/sin(x/2)=2(sinx + sin2x + sin3x + sin4x + ・・・)
となり、Bがまず証明された。
次に、Aから@を辺々引いて、
1/sinx - cosx/sinx=2(sinx - sin2x + sin3x - sin4x + ・・・) ----E
ここで、Eの左辺は次のように変形できる。
1/sinx - cosx/sinx=(1 - cosx)/sinx
={1- cos(2・x/2)}/sin(2・x/2)
=2{sin(x/2)}^2/{2sin(x/2)cos(x/2)}
=sin(x/2)/cos(x/2)
よって、Eは
sin(x/2)/cos(x/2)=2(sinx - sin2x + sin3x - sin4x + ・・・)
となり、Cが証明された。
終わり。
このように、まったく簡単に導出されてしまいます。
上記方法の他に「ゼータ関数のいくつかの点について その13」の<高校生でもできる初等的証明>で示した、
@とAを導いたのと同類の方法でB、Cを導くこともできます。簡単ですので、念のため、その方法でも導いておき
ます。
[別の導出方法]
まずCから証明します。
三角関数の加法定理より、
sin(x+y)=sinx・cosy + cosx・siny ------F
sin(x-y)=sinx・cosy - cosx・siny ------G
F-Gより、
cosx・siny =1/2・{sin(x+y) - sin(x-y)} -----H
Hを用いると、
cos(x/2)・sinx=1/2・{sin(3x/2) + sin(x/2)}
-cos(x/2)・sin2x=-1/2・{sin(5x/2) + sin(3x/2)}
cos(x/2)・sin3x=1/2・{sin(7x/2) + sin(5x/2)}
-cos(x/2)・sin4x=-1/2・{sin(9x/2) + sin(7x/2)}
・
・
上を全部辺々足していくと、
cos(x/2)・(sinx - sin2x + sin3x - sin4x + ・・・)
=1/2・[{sin(3x/2) + sin(x/2)} - {sin(5x/2) + sin(3x/2)}+{sin(7x/2) + sin(5x/2)}- {sin(9x/2) + sin(7x/2)}+ ・・・]
=1/2・sin(x/2)
よって、
sin(x/2)/cos(x/2)=2(sinx - sin2x + sin3x - sin4x + ・・・)
となり、まずCが証明された。
次に、Bを証明します。
三角関数の加法定理より、
cos(x+y)=cosx・cosy - sinx・siny ------I
cos(x-y)=cosx・cosy + sinx・siny ------J
J-Iより、
sinx・siny =1/2・{cos(x-y) - cos(x+y)} -----K
Kを用いると、
sin(x/2)・sinx=1/2・{cos(x/2) - cos(3x/2)}
sin(x/2)・sin2x=1/2・{cos(3x/2) - cos(5x/2)}
sin(x/2)・sin3x=1/2・{cos(5x/2) - cos(7x/2)}
sin(x/2)・sin4x=1/2・{cos(7x/2) - cos(9x/2)}
・
・
上を全部辺々足していくと、
sin(x/2)・(sinx + sin2x + sin3x + sin4x + ・・・)
=1/2・[{cos(x/2) - cos(3x/2)}+{cos(3x/2) - cos(5x/2)}+{cos(5x/2) - cos(7x/2)}+{cos(7x/2) - cos(9x/2)}+・・・]
=1/2・cos(x/2)
よって、
cos(x/2)/sin(x/2)=2(sinx + sin2x + sin3x + sin4x + ・・・)
となり、Bも証明された。
終わり。
新しく導いたB、Cは、いろいろと面白い性質を備えているように思います。
cos(x/2)/sin(x/2)=2(sinx + sin2x + sin3x + sin4x + ・・・) -----B
sin(x/2)/cos(x/2)=2(sinx - sin2x + sin3x - sin4x + ・・・) -----C
思いつくままに述べていきます。
まず、すぐ気付くのは、左辺の逆数をとっても右辺の形がほとんど変わらないという保型性です。
この”三角関数の逆数型関数”がもつ保型性は、「いくつかの点」シリーズで右辺がテイラー展開の形のときにもよく
感じてきたことで、これまでも指摘してきましたが、<πx/tanπx とπx・tanπxの際立った対称性>で考察したことは
まさにこのBやCの場合に対応しています。そこではテイラー展開の場合を見ましたが、今回のフーリエ展開のような
形になっているような場合でも保型性があることに驚きを覚えます。
さらに、左辺に注目して面白いことに気づきました。まず、従来より知られている次式を書きます。
sinx=x{1 - x^2/π^2}{1 - x^2/(4π^2)}{1 - x^2/(9π^2)}・・・
cosx={1 - 4x^2/π^2}{1 - 4x^2/(9π^2)}{1 - 4x^2/(25π^2)}・・・
「マグロウヒル数学公式・数表ハンドブック」(Murray R. Spiegel著、氏家勝巳訳、オーム社)から引きましたが、
これらはたしか大数学者オイラー(1707-1783)が導いたもので、広く知られているものです。
さてD、Eの x を x/2 に置き換えると容易に次式が出ます。
sin(x/2)=(x/2){1 - (x/2)^2/π^2}{1 - (x/2)^2/(4π^2)}{1 - (x/2)^2/(9π^2)}・・・ ----D
cos(x/2)={1 - x^2/π^2}{1 - x^2/(9π^2)}{1 - x^2/(25π^2)}・・・ -----E
Dより、sin(x/2)が0となるx(零点)は、
x=0、±2π、±4π、±6π、±8π、・・・・・ -----F
です。(左辺からもこうなりますが)
一方、Eより、cos(x/2)が0となるxは、
x=±π、±3π、±5π、±7π、・・・・・ -----G
となります。
B、Cをもう一度ここに書きましょう。
cos(x/2)/sin(x/2)=2(sinx + sin2x + sin3x + sin4x + ・・・) -----B
sin(x/2)/cos(x/2)=2(sinx - sin2x + sin3x - sin4x + ・・・) -----C
D、EとB、C左辺を比べてみてください。面白いことに気付きませんか。
左辺に注目すると、Bの特異点(分母で0になる点)がCの零点になっており、逆にCの特異点がBの零点
になっているのです。
左辺では零点と特異点が逆の関係になっているのに、右辺に目を向ければほとんど形が違っていないのは
なんとも不思議です。
以上より、B、Cは、sin(x/2)とcos(x/2)の零点によってすべて規定されていると言うこともできると思い
ます。
ここで、冒頭での議論を復習しますと、
cosx/sinx=2(sin2x + sin4x + sin6x + ・・・) -----@
1/sinx=2(sinx + sin3x + sin5x + ・・・) -----A
この「@、A」と「B、C」は同値でした。
@、Aからリーマン・ゼータを含む種々のディリクレのL関数の特殊値(明示的に求まらない場合)が次々に出てきた
わけですから、結局、B、Cにおいても、それらの特殊値が出てくるといえるでしょう。
ここで見た「B、Cの性質は、sin(x/2)とcos(x/2)の零点によってすべて決められている」という事実は、なにかを
暗示しているのかもしれません。
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