*** 酒を止めたわけ ***
(エッセイ民話)
○ 職場に入った30年代は、とにかく飲む機会が多かった。
田植えや稲刈り・仕事が一段落すると、「しろみて」 言うて飲んだ。
日照りが続いたら、「あま(雨)ごい(乞い)」 、
雨が数日も降れば、「日和もうし」 言うて飲んだ。
このじぶん(当時)よう先輩に言われた、
「酒が飲めにゃあ、この仕事ぁ勤まらん」 と。
この頃ぁポリが酔っ払い運転を見つけても「気ぅ付けて帰ぇれぇ」
言う時代じゃった。
問題もある、1つぁ飲める者も多かったが、あんまり飲めん者もいた(私も)、
もう1つぁ飲んだら気が大きょうなる、口は軽ぅなる、態度はでこぅなる、
私だけじゃあねぇ、大概の人が大なり小なりそうなる。
「無礼講」と言う声がかかる。「今ぁ何ぅ言ぅても良ぇ」これは嘘で、
偉い人のことで、
新参者や、日頃おとなしい者ぁ、そうはいかん、「あいつが飲んでこう言うた」
と、 後々までたたる。
新人等にむりやり飲ませる、今で言う「一気飲み」 か、たいてい
1人や2人は「へべれけ」 になりょうた。これを「できあがる」 と丁寧
に表現した。 酒の勢いで「殴った」 「蹴った」 も何回か見た。
○ あるバス旅行のこと、年配のEがナイフでリンゴを剥きょうた。
酒も入って赤ぇ顔をしとった、そこへ来たのがF、相当酔うて、
相手も解らず、「宜しゅう頼む」 とか 「仲良ぅやろう」 とか大声で
話しかけながら、Eのひざを バンバン叩きはじめた、
EとてFとて 私が言うて止めるお方ではない、しかも飲んどる酔うとる、
Eの顔色が変わった。
ナイフが気になって横に陣取った、決死の覚悟でとめるべく、
Eは黙々とリンゴを剥き、Fは叩き続けた。
やっとナイフを置いたので、急いで隠した。ヤレヤレ。
○ 酒を止める気になったなぁ、飲むと誰でも多かれ少なかれ 人格が緩むことに
気がついたこと、飲酒運転に社会の目が だんだん厳しくなってきたこと。
接待して物が売れるような仕事で ないこと。
量を減らすことにした、酒は1合まで、ビールは大1本まで、こんけぇなら、
これが甘かった。
「お前が飲めんはずがねぇ」 とか 「早ぅ 飲んで返杯せぇ」とか、
そして「支所長のぉ 受けて、わしのぉ 断った、馬鹿にして」と、
泣いて怒るのも出た、 そして止めた。
○ いつも飲まないので、へべれけ を家まで届けたのも大勢いる、
中でも、どえらい目に負ぅたのはEさん、
日頃、温厚で面倒みの良い先輩だったので、 介抱と宅配を買うて出た、
BUT・BUT・じゃがしかし、日頃を知っていただけに迂闊(うかつ)だった、
飲んだら、酔うたら、変わるんじゃのぅ。
だんだん物言いがひどくなって、「お前ぇの世話にゃならん」 とか、
「うるせぇ」 とか、口を荒らしたのはまだ良ぇ、
殴るは蹴るは、 なんぼやられたか解らん。
それでも、なだめて・だまして、タクシー乗せてやっと家へ届けた。
明くる日、ケロッとしていわく、
「どうやって帰ったか、さっぱり 解らん、家で寝とった」
開いた口がふさがらなんだ、なんであの とき、奥さんに会って、
「私は職場の○○」 と言わなんだか、 悔やんだ・くやんだ。
教訓 自分より大けぇ「へべれけ」 は手におえん。
○ 後年泊りがけのある忘年会のこと、宴会がすんで寝ていると、
カラカミ(ふすま)の向こうで、大声で話し込む4人組がいた、
一貫して他人の悪口「○○が悪りぃ、諸悪の根源じゃ」 、
そして 自分のてがら話が少々、
大声は深夜に及び、眠れないままに 聞いとった。 その中に友人Eがいた。
後日、彼に言うた。「おめぇ悪口言よぅたのう」「わしゃあ、言ゃぁせん」、
そこで彼に話した。
「大勢ぇで飲むとき、いろんな のがおるでぇ」
「一升飲んでも、びくともせん者」
「適当に飲んで、騒いで、歌う者・近頃ぁけぇが多ゆぅなった、
一番良ぇ酒じゃあ」 「ほどほどにする女性」
「身体ぁめぇで飲めんようになった者や、考える所があって止めた者・
わしもじゃ」 「テープレコーダー置ぇとるようなもんじゃ」
「誰が何ぅ言ぅたか、全部聞ぃとる、覚ぇとる、言わんだけじゃ」
「悪い酒ゃあ、飲むほどにぶりが付ぃて、人格が変わる」
「手柄話や説教はまだ良ぇ」「人の悪口ぅ言う」 「これがこの間の君や」
「どえれぇ悪口ぅ言うたで」
「もう少しめげると(こわれると) 泣く、わめく、殴る、蹴る、
八百屋(腹の中のものを広げる)、 酔いつぶれる」 彼の顔色が悪ぅなった。
○ 酒を止めて心に残ることが一つある、ある支所長の退職の席 じゃった。
その頃の支所長はボスじゃった、しかし彼はボスじゃけぇど、
職員全体もよく見て、公平にものを言った、
職員でも関係業者でも遠慮なく叱った、その頃でも珍しい傑物じゃった、
他にワンマンな支所長は大勢いたが。
このボス、大勢の古参の発言を押え、「○○(若手のわたし)の
意見が出た以上無視できん」 と受け入れたことがある。(内容はひかえる)
退職の席で、このボス酒豪でもあり、全員と杯をかわした、
当然私の所へも来て、「君が飲まんなぁ知っとるが、最後の杯じゃ」 ときた。
私も「支所長のを受けて、他をお断りする訳にも参りません」と
丁重にお断りした。
「そりゃあ、すまん事を言うた」 と謝ったのは 偉いところ。
「代りに注ぎます」 言うたら、「おう、気持ち良ぅ飲ましてもらおぅ」 と
受けてくれた。
今も頂いている年賀状は、手書きで季節の絵が入っている。
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