展覧会の紹介
大八木茂写真展 「北の憧憬−悠久の季を感じて−」 |
5月9日(木)〜20日(月) コニカプラザサッポロ(中央区北2東4、サッポロファクトリー・レンガ館3階) |
いわゆるネイチャーフォト。風景や動物を撮った写真です。
ただし、何かテーマを定めて集めたものではありません。
また、ものすごくフォトジェニックな場面ばかり、というわけでもありません。
本州の人にはけっこう珍しいけれど、道内、とくに道東・道北に住んでいる人には、わりと日常的、といったかんじの風景が、多くを占めています。
なのに、いや、そのゆえにでしょうか、とても懐かしさをそそるのです。
何年前か、あるいはひょっとして何百年前か分からないけれど、自分が見た風景そのものがここにあるという感じがしてならないのです。
たとえば「風の散歩路」。
まだシラカバが完全に色づいていない、秋半ばのわずかに下り気味の山道を、スローシャッターでとらえたなんの変哲もない1枚です。遠景は緑の山肌で、広い景色が開けているわけでもありません。
でも、なぜかなつかしい。
なにも根拠がないにもかかわらず、この場所に行ったことがあるような気がするのです。
あるいは「一刻(いっとき)の静寂」。
乳白色の霧に覆われた湖畔。緑の木々も霧のなかにとけこんでいきそうです。湖面には、みおつくしがふたつだけ顔を出しています。
この写真を見ると、朝早く湖の畔を散歩しながら、静けさのなかを、湿った大気を感じていた記憶が(それはつくられた記憶なのでしょうが)、たしかによみがえってくるのです。
どの写真にも、場所や時間を示す説明はいっさいなく、撮影地が特定できないようになっています。そのことが、これらの写真に普遍性のような性格をあたえている理由の一つだと思います。
でも、それだけが郷愁をよびおこす原因ではないでしょう。
道産子以外の人を排除するようなことをまた書いてしまうことになってしまうけれど、やっぱりこれは、自分が北海道生まれであることと関係しているんだと思います。
たとえば、竹林とか瓦屋根には、筆者などはむしろ異国情緒をかんじます。
やはり、どこまでも広がる畑、ひと気のない山や湖などが、道産子にとっての原風景なのだとあらためて思います。
ほかにもまだまだ美しい写真はあります。
まず、会場に入ってすぐの「硯の海」で、がつんとやられましたね。
夕暮れの海。流氷のあまり大きくない切れ端がひとつ浮かんでいます。夕映えは、鮮やかな色ではなく、けぶったようなくすんだ色合いで広がり、中空に満月がぼうっと浮かんでいます。くらい海面に、月影がかすかに反射しています。
「凛凛と」。湖の遠景。雲の間から、湖の手前の森へと、一直線に降りるオレンジ色の光の筋をとらえています。神々しいという表現がぴったりです。
「照り映る」。これは撮影地がわりあいはっきりしています。野付半島にあるトドワラです。道外の人に説明しますと、塩分で松の木などが立ち枯れた、奇妙な風景です。また、野付半島は、日本最大の砂洲です。内側の海はなぎ、凍りかかっています。空はハイライトブルー。さびしげに暗い太陽が光っています。
「光の春」。これは、ささやかな作品。地面に溶け残った雪氷の塊です。
このほか、タンチョウや鹿など動物をとらえたもの、川に浮かぶ紅葉などの小さいプリントが、ところどころに織り込まれ、展示にめりはりをつけています。
いちばん大きくプリントされていた「風渡る」。ソバ畑のような大地で、植物が風に揺れ、空にはうすい茜色に染まった雲が広がっています。その雲は、岩橋英遠の名作「彩雲」を思い出させます。
この写真家について、どこに住んでいるのかも筆者は知りませんが、北方のロマン性を最良のかたちで受け継いでいるひとりであることは間違いないでしょう。遠いものへの憧れが、どのショットにも、深くしずかに息づいているのです。
(2002年5月16日)