展覧会の紹介

聖母子と子供たち 2002年7月13日−9月1日 釧路市立美術館
9月10日−10月27日 道立函館美術館
11月22日−12月15日 そごう美術館
2003年4月3日−15日 大丸ミュージアム・心斎橋
4月20日−5月18日 天童市美術館
 ポーランドの科学者、カロル=ポロチェンスキ夫妻のコレクションによって設立されたワルシャワのヨハネ=パウロ2世美術館の所蔵品展。
 16世紀から19世紀末にかけての絵画57点を展示しています。
 欧州の美術館から所蔵品をごっそり持ってくる式の展覧会は、日本では昔からずいぶんたくさん開かれており、よくネタ切れにならないものだと、あらためて向こうの文化的な伝統の厚みに感心してしまいます。
 また、コレクションの最後のほうは、印象派以降のあたらしい美術がつけくわえられていることが多いが、今回はすべてアカデミズムの描法によるもので、印象派以降の絵は1点もありません。したがって
「うーむ、これはなにがかいてあるのだろう」
というようなストレスはたまりません(笑い)。
 しかも、日本人には理解のむつかしい、聖書の決まりごととか、寓意とかも少ない。とりあえず「聖母マリアが赤と青の服を着ている」ということだけ知っていれば大丈夫そうなので、親子で気軽にたのしめる展覧会ではないでしょうか。

 それでは、いくつかの作品について。

 いちばん時代がふるいのは、アルブレヒト・デューラー「聖アンナと聖母子」。
 よく知られたイブの像などのようなエロティシズムはまったくない、穏やかな作品。聖アンナは、マリアの母親です。図録によると、モデルは、画家の妻アグネスだそうです。

 つぎの「聖母」を描いたマビューズは、16世紀前期にネーデルランドで活躍した画家ですが、ネーデルランドからイタリアに赴いた最初の画家だそうです。

 なんといっても、今回一番の優品は、アニバーレ・カラッチ「聖母子」だとおもいます。
「聖母子」 カラッチは、1560年、イタリアのボローニャ生まれ。1609年、ローマにて歿。ボローニャにアカデミーを設立したことでも知られます。
 ルネサンス盛期からは半世紀以上おくれて活躍した画家ですが、この絵のじつにやさしい感じは、ラファエロやミケランジェロといったあの輝かしい時代を想起させないでしょうか。
 聖母の柔和な表情には、画家の理想を求める精神が感じられ、マニエリスムを終焉させた画家という評価もうなずけるものがあります。

 このボローニャのアカデミーでまなんだのが、グィード・レーニ(1575−1642)の「聖家族−エジプトへの逃避途上の休息」です。
 この画題、西洋絵画にはすごく多いですよね。
 母子が田園でやすらっている場面をかきたいときの、一種の言い訳のような気もします。
 これは、ご存知でしょうが、ヨセフ(イエスの父親。大工)の夢に天使があらわれ、エジプトに妻子を連れて逃げよというお告げがあったのです。そのころ、ユダヤのヘロデ王は、
「未来のユダヤ王が誕生した」
という知らせを受けて気が気でなく、ベツレヘム地方の2歳以下の男児をすべて虐殺するという暴挙に出ていたのでした(「聖書」というのは、かなりむちゃくちゃな書物です)。
 もっとも、この絵は、バックが真っ暗で田園風景はでてこないし、天使たちがリュートを手に歌っていて、かなりのん気な感じがします。右下で、羊を抱いている裸の子はだれなんでしょうか。

 おなじ画題の絵として、アンソニー・ヴァン・ダイク(1599−1641)のエジプトへの逃避途上の休息」があります。後述のルーベンスの弟子です。
 こちらは、さらに天使たちのパーティーとでも称すべき構図で、地上では8人が踊り、天上でも4人の天使たちが本のようなものを見ています。父親はどこへ行ったんだろう?

 ルーベンス「授乳の聖母と子」ピーテル・パウル・ルーベンス(1577−1640)は、言わずと知れた人気画家にして外交官であります。ルーブルには、見ただけで満腹になってゲップが出そうな「マリー・ド・メディシスの一代記」連作がありますが、筆者はむしろ、こういう小品が好ましいです。
 この多忙の人でも、妻子への愛情をきちんと描いているんだな−と感心してしまいます。
 筆使いもスムーズで、陰の部分の緑も効果的です。
 ただ、こんなに離れた口にオッパイを入れるのは、無理じゃないか?

 ベルトーロメ・エステバン・ムリーリョ(1618−82)は、今春のプラド美術館展で堪能しましたが、この展覧会にも、かなり大きな「聖母子」が出品されています。
 独特の、白っぽい色調はこの画家ならでは。
 清楚なんだけど、やはりどこかに情熱的なものを秘めているように見えるのは、スペインの画家だからなんでしょうか。
 スペインでは、ゴヤの小品「水を運ぶ女性」も出ています。

 18世紀以降はフランスの画家も散見されます。
 ド・トロワ(1679−1752)「コーズル公爵夫人とキューピッドに扮する息子」は、ホタテ貝の形をした巨大な椅子に母子が坐っているというもので、もともとあまり裕福でない筆者には、なんだか白々しい絵です。いかにも、ロココの、貴族に人気があった画家、という印象です。
 「少女の肖像」が出品されているジャン=バティスト・グルーズ(1725−1805)は、彼の半世紀後に活躍したフランスの画家ですが、晩年は大革命の真っ只中。絵画の世界でも、新古典主義が擡頭(たいとう)し、不遇だったようです。

 18世紀末から19世紀にかけては、聖母子の絵はほとんどなく、実在の少女たちの絵ばかりになります。しかも、聞いたことのない画家ばかり。オルセー美術館に行くと、なまめかしいヴィーナスが展示してあるブーグローの絵も2点ありますが。
 シャルメラなる画家の「若い人魚」は、今の世では許されそうもない幼女ヌード。ルイス・キャロルといい、ロリコンが英国で流行った時期なのかもしれません。

 最後に、図録は白い部分が多すぎる。それをつくろうために、右ページの絵の一部だけを左ページの解説文のあいたスペースに再掲しているのも情けない。
 テキストと図版をおなじページに収録して、もっと薄くしてほしかったです。

(9月29日)

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