アートな本棚’02夏・秋    

 '02春  '02冬  ’02−’03冬

術書の感想を気ままにつづるページのPART3です。みなさんの参加、乱入も歓迎いたします。
 

「パトロン物語」 海野弘「パトロン物語」(角川書店 Oneテーマ21 667円)

 副題は「アートとマネーの不可思議な関係」。
 おもに、近代以降の画家とパトロン(出資者です)の関係について、簡明に、読みやすくつづった本。
 といっても、日本語の類書はほとんど存在しないだけに貴重な一冊です。
 ロシア革命前に、近代ヨーロッパの絵画を買いあつめたシチューキン家とモロゾフ家の話なども、断片的には知られているけれども、まとめて書いてある本というのは、ありそうでない。
 ほかにも、あたらしいイズムを批評分野からみちびいたアポリネールとか、美術出版によって画家をサポートしたテリアードとか、ワシントンのナショナルギャラリーの基礎をつくったメロン家とか、ご存知スタインきょうだいとか、いろいろな人物が登場する。
 なかでもおもしろいのが、ルネサンス美術の世界的権威ベレンソンと、画商デヴューィンの愛憎こもごもの関係。これによると、ちくま文庫の「画商デヴューィンの優雅な商売」は、事実関係ではウソだらけということになっている。


明治日本美術紀行の表紙 フリーダ・フィッシャー 安藤勉訳「明治日本美術紀行」(講談社学芸文庫 980円)

 いやはや、すごいドイツ女性がいたものだ、というのが第一の感想。
 そして、第二の感想は「これが日本!? いまとぜんぜんべつの国じゃないか」という驚きであった。
 この本を書いたフリーダ・フィッシャーは、1892年(明治25年)から1912年(同45年)にかけて計5回、のべ10年に亘り、夫とともに来日し、日本美術の収集、鑑賞に努めた。コレクションは、夫妻自らで建てたケルン東洋美術館におさめられることになる。
 「美術」という枠組みができつつあるとはいえ、まだまだ多くの仏像などが寺社の奥深くにしまわれていたり、コレクターが秘蔵していたりしていた時代、よくぞこれほどまでに熱心にあちこち見て歩いたものだ。交通機関も未発達だったことを思うと、その情熱にはまったく頭が下がる。
 同時にすごいのは、写真が多いこと。一眼レフなどができるはるか以前に、屋外で写真を撮ることがどんなに困難だったかを思えば、これだけでもこの本の価値はあるといってよい。当時の日本人の暮らしぶりを垣間見せてくれる貴重な資料である。

 いっぽうで、極めて礼儀ただしく年始にまわる人々の姿を記した部分や、障子の光の美しさなどの記述を読むと、これがじぶんの生きている国のわずか1世紀前の姿であるとはどうしてもしんじられない。凡庸な感慨になるけれど、どれほど多くのものをわたしたちがうしなってきたかを考えると、気が遠くなりそうだ。もっとも、贋作つくりに精を出す日本人のことも書いてあるから、むかしの日本がすべてよかったとはとてもいえないのだが。
 興味深かったのは、望月玉泉にデューラーやレンブラントの版画をお土産として持参したが、あまり関心をしめさず
「顔の部分にある黒い染みは何のためでしょう」
と著者に質問したというくだりだ。
 著者は
「染みではありません、陰翳です」
と説明したが、伝統を墨守する日本の画家は
「それは実体のないものです、現実にはありえないものです」
とにべもなかったという。
 これほどまでに、西洋と日本の、絵のちがいを如実にしめした描写は、ないのではあるまいか。
 考えさせられるのは、玉泉は、まちがったことを言っているのではないことだ。

 訳文はこなれていて読みやすい。訳注、解説は懇切丁寧すぎるほどで、さまざまな知見が盛り込まれている。

(10月15日記す)


森山大道写真集「新宿」 森山大道写真集「新宿」(月曜社 7200円)

 ダイドー・モリヤマが帰ってきた。
 懐かしい新宿に。
 一昨年の冬だったか、インタビューしたときに
「こんどは新宿を撮りますよ。なんかあったとき、逃げる元気のあるうちにね」
みたいなことを言って笑っていたのを思い出す。
 こんどの写真集は580ページほどの大冊(断ち切りで、ノンブルがないので正確なページ数はわかりません)。ブレ、ボケ、粗い粒子のモノクロ写真は、まさにあの熱い時代、彼がデビューした70年前後の新宿を髣髴とさせる。
 都庁が入ったショットはすくないし、近年オープンした新宿駅南口のデパート群なんぞ、ぜんぜん登場しない。それより、歌舞伎町のあやしい店とか屋台とか路地裏が、彼の写真にはよく似合う。新宿武蔵野館(日本で唯一、やくざ映画ばっかりやっている映画館)なんて3回も出てくる。このマチの猥雑で、混沌とした表情は、30年前から変わっていないのか。
 ただ、携帯電話を持った女子高生や若者の風貌はうつろで、かつての熱さから時代がとおく隔たってしまったように思うのは、筆者だけだろうか。

(10月6日記す)

(追記。新宿武蔵野館はことし閉館してしまったそうです)


泡沫人列伝 秋山祐徳太子「泡沫桀人列伝 知られざる超前衛」(ニ玄社 1500円)

 秋山さんは、ポップアーティストである。
 ブリキを使った立体などに取り組んでいるが、「政治のポップアート化」をめざし、2回都知事選に出馬したことが、知られている。
 完全な泡沫候補ではないが、それに毛の生えたような扱いで、もちろん落選した。
 その秋山さんが、身の回りにいる、へんてこな人たちを50人取り上げた。
 なるほど、前衛なのに、ぜんぜん有名じゃない人には、相当ヘンな人がいる。自分の結婚式で自分のウンコを載せて神社を走り回ったり、全員が全裸で登場する映画をつくったり、「家族アート」と称して自分の家族がみな全裸でギャラリーに立っているという作品を出したり、「帝国ホテル」と題した個展で木屑だの綿だのが散乱する中に小便を放ってみずから汚物まみれになるパフォーマンスを繰り広げたり、とにかくはちゃめちゃである。
 いわゆる奇人変人と異なるのは、彼らが狙ってやっているところがあるのに対し、泡沫はナチュラルに減速していき、まわりとズレていってしまう人なのだそうである。
 わらって読んでいたら、なんと、筆者の知っている人が登場しているではないか。
 全道展会員の池本良三さんである。苫小牧に住んでおられる。
 武蔵野美術学校で、秋山さんとともに自治会活動に励んでいたらしい。50年代後半は、砂川だ、警職法だ、安保だと、学生運動が華やかなころであった。
 しかし、池本さんが学校の先生だったとは知らなかった。
 筆者が彼にもらった名刺には、肩書きのところに
「自由人」
と書いてあったのだ。そして、自分が描いているジャズバンドの人々の姿勢が、いかにリアルかを、力説していた。
 とかくこむつかしい美術書の多い昨今、「笑える美術書」ということでは、この本の右に出るものはないであろう。一読を勧めます。


木嶋良治画集 北辺の啓示―木嶋良治画集 (道都書房 3800円)

 まずおわび。
 本のサイズの関係で、スキャナーを使うことができず、デジカメで表紙を撮影したら、いくらかゆがんでしまいました。どうもすいません。
 題の通り、札幌在住の画家、木嶋さんの画集です。
 奥岡茂雄・前道立近代美術館副館長と、吉田豪介・市立小樽美術館長が巻頭の解説を書いています。
 木嶋さんは、出身地の小樽の風景を多く描いてきました。
 しかし、ただの写生ではなく、余計な要素を省いた簡素な構図に、透明感と深さの同居する色彩を配した、独特の画面をつくりだしています。
 画集には「冬の日」「雪曇り」などの代表作38点が収録されていますが、その写真と印刷の水準は申し分のない高さで、独特のマチエールがはっきりと表現されています。すくなくとも木嶋さんの実作を見たことのある人なら
「ああ、この感じだ」
とナットクする、微妙な凹凸や塗りの感じまでが、はっきりとわかります。色彩も、現物に忠実だと思われます。
 道都書房は、札幌の川上さんが、道内の美術出版をサポートしようと始めた出版社で、これが初の画集になります。なかなか採算に乗りにくい分野でしょうが、がんばってほしいものだと思います。一般の出版社が画集を出すのはほんの一握りの売れっ子画家や大家であり、その一方で、カネを出せばだれでも出せる画集出版が存在します。どちらでもない、ある一定程度の水準を保った美術書というのは、これまであまり手がけられてはいないようです。ご健闘を祈ります。
 あえて注文をつけるとするならば、帯がおとなしいということでしょう。短くてよいから、思わず手に取ってしまいたくなるコピーがつけられていれば、なお良かったのではないでしょうか。
 札幌市内のなにわ書房グランドホテル前店とリーブルなにわで取り扱っています。

 (2002年6月1日。7月1日記す)


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