2025 年の 5月〜6月の日記 
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  6月 30日(月)晴れ

もう真夏になってしまったような日々ですが今日はまだ6月の最終日。なんと6月で過去最高の夏日を記録した年といいます。

生活していてあまり目立たない調味料など無くなる寸前になってやっと思い出して買ってくることが多いです。


涼しいうちに近所のスーパーへどうしても買っておかなければいけないものを頭に描いて買ってきたうちの一つ、ポン酢でした。

昼食を摂りがらバラエティー番組を観ていたら明日からまた値上げを申請している食品など2105品目もあって紹介していました。


なんと先ほど買ってきたポン酢もその中にあって少しばかりササヤカによかった!と思ったりしました。

でもその他にそうと分かっていたら買い溜めしておきたかったものもたくさんありました。

車中泊などでよく使うパック飯も値上げ、これはコメ価格を100%もろに影響を受ける奴だから米が値下がりすることに伴って値下げするのを待つか。

でも、懸念されるのは一度値上げしたものは原材料が下がってもなかなか値下げはしてくれないのが現状です。



  6月 29日(日)晴れ

いよいよ本格的な夏の暑さがやってきた感じです。関西地方に続いて関東地方の梅雨明けもまじかです。

ただありがたいことに今年の気圧配置は梅雨全線が今のところ南下して来ての晴れ間、意外と日陰は涼しい。


市内のスポーツセンターを渡り歩いている私たち卓球クラブ、今日は新郷スポーツセンターにやってきました。

ここは私たちが以前、べ巣にしていた北スポーツセンターと同じ設計図で作られています。まだ新しいので比較的使いやすい。


そして今日はもう開始早々の時間のころから強烈な暑さが体育館の中を襲いました。

それでも1時間半は練習に頑張ったでしょうか、危険を感じて無理はしないように辞めました。







  6月 28日(土)晴れ

暑い日になる予報でしたが午前中は心地よい風もあって懸案でした轆轤の改良のための工作をしました。

しかし工作も完成して昼食をとっているころから気温はどんどん上がってきてリビングでエアコンを稼働して動けなくなってしまいました。


昨年には木工制作の社長のアイデアで陶芸の大皿を制作するための基台方式がなかなかうまい具合に働いてくれてあとはこれをもとに技術を磨くのみ。

そこに至るまで社長は幾つもの試作品を作ってくれてその残骸が可成り沢山残っていました。それを利用して小物を安定した位置で轆轤作業しようと工夫しました。


今日はその残骸を加工して今度は小物を制作するための基台を作ろうと計画していました。

今まで小物のぐい呑み、お茶碗、〜コーヒーカップなど比較的小物を作る時、轆轤台に乗る粘土の高さがその都度変わるためなかなか安定した成形品が作りにくかった。

そもそも私は陶芸職人ではありません。小物でも連続して作る必要もありません。大皿を作る時同様に小物でも一点一点同じ目線の高さで成型できる基台を作りました。







  6月 27日(金)晴れ

夜間はいつも通り窓を開けて快適な睡眠をしました。夜明け前に少し寒すぎてトイレのついでに窓を閉めました。

天気も晴れて来て日中かなり気温も上がりました。案の定、夕方にはものすごい夕立があって少し戸締りなど慌てました。


今日は何となく気持ちがいい・・・。暑い日にはなりそうですが何時もより湿度が低いのかな。

先日陶芸の本焼きをしたときに高温を維持する間灯油バーナーで安定的な温度を3時間にわたって維持しました。


薪でこの高温(1225℃)を維持しようとするとおよそ5分に2度のペースで薪を投入しないといけません。

つまりおおよそ35回ほどは温度を見ながら薪を投入しに出たり入ったりしなくてはならないのです。

そこでコックの調整だけで長い時間楽をして温度を保つ一環で灯油バーナーに点火してその間ゆっくり昼食を摂ったりできるようにしました。

燃料としては一回にポリタン1,5・・、27リッターほど使いますが先日使い果たしました。


今度いつになるかはわかりませんがこの朝の快適な時間に購入してこようとガソリンスタンドに行ってきました。

ポリタン6本、そして庭先の貯蔵棚に収納・・。もうこれだけで今日の仕事は体力的に終了ですね。12,240円・・18リッターで2040円。


  6月 26日(木)曇時々強い雨そして晴れ間も

最後の本焼きが終わって作品を取り出した後残っていた乾燥の終わった成形作品をすでに窯の中に収めておきました。

今週初めのまだ雨の降る前に素焼きのための火入れをしたところがしばらく雨つづきでそのままになっていました。


今日は朝から陽ざしも出て時折強烈なお日様の出番ともなりました。

窯周辺の雨ビタシからも水がはけて窯の扉を開けられる状況になってきました。


今回の素焼きでの失敗は2点。手作りの張り合わせ品はまだこれから技術的にも習得しなくてはならないこともあっての失敗は致し方なし。

大きなお皿を4点入れておきました。こちらもいつも5割の生存率でしたが一点、恐らくこれは間違っても大丈夫でしょうと言うのがひび割れて昇天しました。

いよいよこの天気も盛夏に向けてボチボチ猛暑日になってきそうです。

恐らくこれらの本焼きは暑さも収まった秋口あたりになるでしょうか。


そして暑い中、私としては次の作品の構想も確定させて「成形・・、素焼き・・、本焼き・・、」のサイクルは保ちながら少しづつ成長していきます。




  6月 25日(水)時々強い雨

昨日発生して関東地方直撃の様相の台風2号、どうやら熱帯低気圧になったものの降雨予想はまったく台風並みで変わりません。

今日も時々強烈な雨降りがあって出かけるのに予断を許さない状況です。


気温は低めなのでプールに喜んで出かけるような気持にはなれません。しかもまたしても出かけるころになって強い雨降りになりました。

車を運転していてもワイパーを最強にしなくてはならない状況もあって雨量も半端ではなさそうです。


我が家を出てしばらくすると丘陵地帯も終わって市街地に坂を下りていかなければなりません。

時々こんな雨の時には坂の下で排水が間に合わず浸水していることも良くあるのです。ですから引き返すんだったら今のうち‥と思っていました。

まあ、長い時間の強烈な雨ではないこともあって事なきを得て無事プールに到着、そして泳いで帰ってくることができました。

暫くはこんな天気が続くのでしょう。







  6月 24日(火)雨と曇り

朝の天気はどんよりとしていて昨日まで吹いていた風もピタリと止んで何となく不愉快な日を想像させる。

そして朝食も終わって数年ぶりに兄宅を訪問する出発時間頃雨脚が強まってナンナンダ!・・と思ってしまいました。


私の兄は都下、稲城市に住んでいますが我が家からその気になればいつでも交互訪問も可能な距離になります。

前回の時には私が泊りがけで訪問したのですがその後のコロナ、そして私の心臓手術、食道がんの手当てなどでメールでしかお会いすることは叶いませんでした。


その後兄は車の免許証返納・・など私も含め確実に老後生活にも制約が出てきていました。

まあ、私の方はまだ何とかこれくらいの移動は気にせずすることができますので今日も武蔵野線、南武線・・と乗り継いで訪問しました。

先ずは兄も義姉ともにお変わりなくお元気で安心。お互いお酒はすっかり弱くなりましたが再会を祝って乾杯しました。

おっと!、なんと懐かしい・・。わたしが恐らく30年以上前に作ったと思われる茶碗があって私はそれでお酒をいただきました。


久しぶりに尽きない話題もありましたが私は通勤時間の混雑を避けるため4時ころお暇してきました。




  6月 23日(月)晴れ

風があって夜間の寝心地も快適でした。そして日中もその風は収まることもなく気温の上昇の不快さも解消でした。

こんな日を好機‥ととらえて今まで作りためていた陶芸作品の素焼きをしようと準備していた窯に火を入れました。


陶芸の窯に火を入れる作業ははっきり言って天候に左右されます。そしてあらかじめ準備しておいてその日が来たら躊躇なく火を入れられる準備をしておく‥ということは鉄則です。

しかも今日の準備してある窯の中は素焼きですから多少時間的に遅れて朝食の後でも800℃までの作業は十分に夕方までに終えることができます。


今日の窯の中の主役はなんといっても大皿二枚、盆栽の植木鉢二点。そしてその他もろもろで本焼きするには3回ほどの分が入っています。

実は前回もでしたが特段に異音がなかったのに皿の一枚が昇天していましたので今回も異常は感じられなかったとはいえ安心できません。

夕方には火を止めて窯を密閉しました。









  6月 22日(日)晴れ

朝は7時ころまでオヤ!?今日は随分涼しいね‥と思っていました。

お日様が高くなって8時ころになると強烈な暑さになりました。今日は卓球の試合、相当だろうな‥と思った。


第50回キューポラ杯、伝統のある川口市卓球連盟主催のオープン戦が今回からマスターズ大会として80歳代の部も新設しました。

選手は8名なので4人ずつのブロックリーグ戦で1位から4位を決めてその後順位別トーナメントで優勝を決める方式。


リーグ戦の初戦は3−1で私が勝ち。二戦目は同じ我が遊友会のメンバー、いつも相手の手の内は知り尽くしていたのです。

結局フルセットの闘いとなり最終セットももつれました。どちらが勝っても不思議ではなかったですが私が負けました。

その相手が最後のトーナメントも勝ち上がって初代80歳代チャンピオンになりました。

私としても嬉しかったですね。俺だったかもしれないと思うと‥(笑)







  6月 21日(土)晴れ

日中は厳しい気温が続いていますが我が家はまだ夕方から朝にかけての夜間も含めエアコンの必要のない日が続いています。

まあ、勿論窓は開けたままですが夜風が気持ちよく吹く‥というよりゆっくりと移動して心地よい眠りにつきます。


一方、リビングに降りるともう6時過ぎには室温もグングン・・と・・・今日は上がりません。

このまま快適な気温のままになるのかと思ってしまいました。昨日の本焼きの窯出しをしました、悲喜こもごもです。


作品の吟味の後追ってそれはホームページの「陶芸のこと」で私の想いと共にオイオイご報告させていただくとします。

その中で特筆させていただきたいのは今回新しい色材の発色を試験したことです。発売元に「食品衛生法に触れるカドミウムや鉛化合物は入っていないのか?」

業者は頑なにそんなものは入っていないので安心して使ってください・・。しかし私としては「made in china」がある限り信用しません。

当面は花器や壺などへの限定使用は考えてもいいけれど食器への彩色は控えようと思っています。







  6月 20日(金)晴れ

かねてから用意していた陶芸の本焼きは予定通りの今日実施しました。

朝の6時、気温は曇っていたこともあってタイミングの良い涼しい日の本焼きかなと思っていましたが。


既に火を入れてから一時間、それ迄曇りがちだった天気もすっかり陽射しが勝って気温も上昇してきました。

今日で64回目の本焼きが始まりました。しかし暑い、燃料を投入すると直ぐ戻ってきてリビングの窓越しに監視します。


陶芸窯の温度上昇状況は熱電対温度計で表示されますのでその数値を手元のグラフ用紙にプロットしこの先の推定温度も予測します。

ですから作業プログラムとしては現在使用する材料であれば概ね12時間で焼成は終ることが確立されています。

まだ明るいうちの5時には目標とする1225℃の状態を3時間維持すれば終わりとなります。

もう慣れてきているとはいえ扱う温度が1200℃と高温です。いつものことながら気を引き締めて安全第一。


今日も無事火を止めて窯を密封して明日迄冷却をします。




  6月 19日(木)晴れ

今年も高齢者健康診断・ドックの受診シーズンになりました。

オプションをのぞいてそのほかの一般的なものは無料ということで数点のオプションと共に受診してきました。


何時もは胃カメラ・・内視鏡があるんですが今年はがんセンターでたっぷりと診ていただいているのでその他について実施しました。

暫く見てもらっていなかった眼の検査、眼底や白内障、緑内障・・など医師との問診が必要かなと思いました。


そしていつもの血液検査採取。私の腕にはもう蚊が喜びそうなほど青々とした血管が浮き出ているのです。

どうしたの?、針を血管に差し込んでも血が出てこない。

もうがんの科学治療中にはイヤ・・!!、というほど採血や注射をしました。

恐らくいつもの駐車部位の血管が固くなってしまったのでしょうか。今日は寝た状態で3回目にやっと採血できました。


年取るといろんなことがありますね。




  6月 18日(水)晴れ

朝の気温の上がり方は昨日以上だぞ。

朝食の時点でリビングの3方の窓全開ですでに気温は28℃。


食事の終わる8時前には29℃。今日はプールに行く日なので出発するまでエアコンは付けずに過ごしました。

これからの時期はエアコンの利いた部屋から出たり入ったりは体によくないのでプールから帰ったらエアコンをかけましょう。

身体も程よく熱を持っているのでまだ水温の上がらないプールは快適な別世界でした。

まあ、できればこの暑い日には毎日来たいところですがそうもいきません。

今日は市内中学生の卓球大会があるんでしょう、大勢の選手が木陰で昼食をとっていました。


みんな頑張れよ。




  6月 17日(火)晴れ

私的にはたぶん今日の日差しと暑さは今年最高ではないかと思いました。

川口市の郊外で比較的夏は涼しい我が家ですがさすがに今日の日差しの強さは思い返してみても納得の暑さでした。


それでも比較的湿度は最悪ではなかったのでアトリエで陶芸の作業をしていました。

陶芸の製品の生まれるまでの間にいくつもの峠があってそれを越えないと作品が生まれないことは幾度も申し上げてきました。

その中で今挑戦している大皿、・・まあお皿全般について共通することですが普通の茶碗同様に高台・・とは言いませんが底の加工も重要です。

幾度も失敗をしていて思いついたのがクッション材の活用です。

底にもかなりの重量があってその加工の段階で皿が押しつぶされて割れてしまいます。


夕方日課のウォーキングは今まで3時ころに行っていました。しかし今日から4時半に繰り延べてみましたがこの陽射しはまだ強烈です。

明日からは日傘を持って行った方が体力の消耗は断然低いと思うので心がけようと思います。


  6月 16日(月)晴れ

昨夜は今年初めて寝室の窓全開で寝ましたがかなり快適な安眠でした。でも幾時かはわかりませんが寒くなって締めました。

そして今日の日中は相当の暑さかと思いましたがまだ雲が多めで陽ざしが不十分な分暑さも今一つでした。


先週がんセンターで治療後のホローがあって今日はその結果を聞きに病院を訪れました。

先生が説明する前に「ご自身で何か体調の変化・・は?」。「いえ、まったく全てにおいて快調、そして体力もかなり戻った感じです」

「なるほど・・」カメラ、CT検査でも異常はありません。そして血液検査の総合点は抗ガン治療する前と同等に回復しています。

今まで尿一般の機能低下に対応する薬は前回で辞めましたし今回の血糖値などの薬もこれ以降やめましょう。つまり驚異的に化学療法以前の体調に戻ったと告げられました。

帰りに大宮盆栽村を訪れました。樹齢2〜3百年の樹はまだまだ500年なんて言うのもあって力付けられました。

私もモミジの寄せ植えを購入し私の作った鉢に配置しました。さあ責めて200年後の姿も見たいものです。


  6月 15日(日)曇

朝の早い時間に雨は上がったようでした。予報では家を出るころに激しい雨になる模様・・。

どうやら回復の時間が早まってくれたようで助かりました。


市内の町会対抗の各種スポーツ関係もいよいよブロックごとの決勝戦などの日程が詰まってきていつものスポーツセンターが使えません。

私たちのホームは4年間の工事中、そのほか2か所のスポーツセンターを控えておいたのですがこれも使えない状況でした。

残るは卓球専用の部屋を設置してある施設を使うしかありません。

芝スポーツセンターは大会でよく使っていますがその傍らに卓球台が8台ほど常設していました。今日はそこを予約して有志で使用。

2台確保できましたが5人でしたので適度に休憩時間も取れてよい練習になりました。特に来週はキューポラ杯の大会なので重要でした。




  6月 14日(土)曇

雨は降りません、そして気温は低めで湿度が高い状態の日です。

ひたすら大皿の制作技術を磨いていく中である成功への分岐点を見つけた気がしました。


なるほど・・・。幾度か挑戦するうちに失敗するか成功するかの重要な分岐点のあることが分かってきた気がしました。

しかしこの大皿を作るためには3kgの粘土を扱うため相当な体力を要するのでそうは続けて挑戦することが難しいです。

ここの所その3kgの粘土を菊練りして轆轤の上に乗せる作業を幾度してきたことか。体の筋肉があちこち休みたがっています。

ある程度のコツをつかんだところでお休みして周囲を一度整理整頓。

気持ちを切り替えて次の本焼きのための釉薬をかけて準備しておきます。




  6月 13日(金)曇

朝からどんより。晴れるでもなく・・雨になるのでもなく・・一日スッキリしません。

でもありがたいことに多少湿度は高めではありましたが気温が上昇しない分心地よい日でした。


朝一番でネットで注文しておいた粘土が宅配便で届きました。これ幸い!。

さっそく朝からこの間出来た大皿に再度挑戦してみました。あの時は3kgの粘土をよく練り上げて轆轤に乗せました。

今度も秤で測っておなじ3kgの粘土で挑戦しました。

ご存じのように大皿・・というのは限りなく広く翼を横に広げないといけません。しかしそこから悲劇が生まれるのです。

大きいがゆえに広がった翼は重力に耐えてなおかつその形を維持しなくてはいけません。途中で重力が勝って垂れてしまいました。

こんな失敗は当たり前しかも粘土はまた回収して次に回せます。


  6月 12日(木)晴れ

雨も朝には止んでスッキリと晴れ渡りました。

今日はこのままスッキリと行くのかと思いましたが・・気温もまだ低めで曇りがちでした。


この所ぐずついた日が続いていました。そんな合間を縫って時々陶芸の成形をしてきました。

轆轤成型もありましたが手び練りの品物もあります。

本来なら昨年末で無くなっていた粘土でしたががん治療などで暫く成形がなかったこともあって遅くなりましたが今日で最後。

さっそく新たな粘土はネットで注文したところでした。






  6月 11日(水)雨

今日も雨、時々強く降りましたがプールに行く時間のころは小やみになってくれました。

気温は低く恐らく20度を少し上回ったくらいでしょうか。


気温が低いので体もそれなりに冷えた状態です。

ふしぎなものでこれくらい気温が上がらない時はプールに入る時も何の抵抗もなく温水プール・・と言う感覚になれます。

もっとも先週のようにプールの水温は変わらないのに体が暖かい時には冷たく感じたのに不思議ですね。

今日は体育館で地域のバスケット試合があった関係で車の駐車は離れたところになり小走りしながら雨を気にしました。






  6月 10日(火)雨

朝から雨が降っています。天気予報通りなので文句なく自宅で過ごす気持ちでいました。

気象庁もちょっと重い腰を上げて関東甲信越地方の梅雨入りを宣言したところでした。


梅雨寒・・と言う言葉があるくらいですから今日のこの気温はまさにそのような日なのでしょう。

まあ、ストーブを焚くほどではありませんですが一枚は織れば快適な気温だと思いました。

このところ天気の悪い日は陶芸をして過ごしていましたが今日もぐい呑みでも作ろうかという気になって作りました。

こんなものを作っているとアットいう間に時間は過ぎていきます。






  6月  9日(月)晴れ

谷川岳の麓に行ったときそこを流れる湯檜曽川の河原でできるだけ平べったい石を拾ってきました。

朝からなんとなく曇るでもなくすっきりと晴れるでもないですがまあ晴れ間の出る天気になりました。


前から気になっていた花壇の土留めに使っていた石が大きすぎてしかも段々に沈下してきて石の隙間から散水した水がこぼれだすのです。


花の場所も少し狭く感じる大きすぎる石を何とかしようと思っていました。

そして平べったい石と交換してみるとずいぶんとすっきりした感じになりました。

花もこれから咲き誇るころユリの花も咲き始めました。






  6月  8日(日)晴れ

谷川岳麓の旅館では話がはずんで夜更かしをしてしまい久しぶりの寝不足でした。

ですから昨夜は7時過ぎに寝た甲斐もあって今朝はスッキリと起きることができました。


クラブの卓球練習場はこの4年間はあちこちと渡り歩きで練習をしてきましたが今日はあまり来なかった新郷スポーツセンターです。

ここは以前使っていた北スポーツセンターと同じ設計図で作ったところなので比較的新しいのですが間取りは同じなので懐かしく思います。


そしてなんといっても今回も2時間のフルタイムの練習ができたことは喜ばしい。

とはいってもまだ酷暑の体育館にはならないのですが体力もついてきたことは確かです。






  6月  7日(土)晴れ

朝からすっきり晴れ渡った天気は素晴らしい。若者たちは元気そしてみんな早起きでした。

恐らく私が一番の朝寝坊だったのかな。6時半にやっと起き出して食堂のテーブルに着くと皆さん朝食中。


私も多少の寝不足ではありましたが一緒に食事することができました。

そして若者たちはスキーをしに雪渓に出かけました。私と同様この時期のスキーは卒業と決めたものはゆっくりと過ごしました。


私は朝ぶろなども改めて楽しんだりしました。

それでも9時ころにはお暇をし昨日と同じ場所で写生をしようと決めていた場所に来ました。

吹き渡る風は実に爽やかでしたが陽ざしの強烈さは半端ではなかったですね。




  6月  6日(金)晴れ

がんセンターの定期検診は昨日の内視鏡、そして今日のCT画像撮影で終わりです。

そして今日は夕方に湯檜曽にある温泉旅館永楽荘で一献傾けよう・・で谷川岳まで来ました。


この時期の谷川岳マチガでのスキー仲間たち久しぶりに痛飲。













  6月  5日(木)晴れ

いつも通りの時間での起床でした。きょうはがんセンターでの定期検診のためバス電車で通院しました。

検診の中に内視鏡カメラがあって鼻から挿入ではなく喉からあの太い奴を挿入するのです。


まあシッカリ麻酔で麻痺させてもらうので苦痛ではないのですがその分自家用車での来院は避けてください。

食事ぬきで朝一番のバスに乗っていくと時間的にはちょうど予約時間の9時前に到着するのです。


検査が終わって安静時間も終わってもまだ10時前。とりあえず病院内の食道で遅い朝飯でうどんを注文。

外は真夏の日差しでしたがそれほどきつくありません。何となく吹く風がカラリとしているのです。

がんセンター病院前の馬場では人も馬も軽やかに走っていました。




  6月  4日(水)晴れ

朝から良い天気です。その陽ざしに伴って気温もグングン上がって今年に何度も経験した暑い日になりました。

今日も体は熱くなっているのに水温はまだいつもの通りなのでその温度差は半端ない。


冷たく感じる水に飛び込むときはやはり勇気が必要でしたね。

もう2〜3年も使用してきた水中ゴーグル、油膜がついて掃除してもきれいにならず視界が不十分でした。


僅か1000円ちょっとくらいなのだから早く交換すればよかった。今日は水中での見通しが良いので泳いでいて気持ちがいい。

夕方には雷こそなりませんでしたがあれほど晴れ渡っていた空から突如の雨、あわてて二階三階に飛び上がって窓を閉めてきました。

寝室は危なかった。




  6月  3日(火)雨

朝から冷たい雨が降っています。可燃ごみの収集日なので傘をさしてバス通りの収集場所まで出してきました。

でも気温はまだ20度そこそこ‥これが今日の最高気温とか。次第に気温はさらに下がってくるといいます。


朝一番で二か月に一度老人病の薬をもらいに地元のクリニックに行きました。

雨にもかかわらず沢山の患者さん、その中でこの時期風邪気味で診察に訪れた方が意外と多かったですね。


帰宅してからラジオをつけてアトリエで過ごしました。時間的にニュースの終わりの方で誰かが亡くなったようなニュースだったようでした。

粘土細工を始めました。これはこれで轆轤成型するのと違った楽しさもあります。あっという間にお昼、中断してテレビで長嶋茂雄さんの訃報を知りました。

昼食後、つづきの粘土細工をしましたが時間のたつのが早い。何とか夕飯の前には完成しました。楽しかったです。




  6月  2日(月)曇

6月にHPの更新をして発表した陶芸作品ですが初めてできた大皿で成型、乾燥、素焼き・・と無事に経過して本番で大失態をしてくれました。

この一連の中で皿の制作では3個のうち素焼きの段階で一つがひび割れて離脱、そして本焼きで中皿は成功したものの本命の大皿はひどいことになりました。


その大きな原因は窯の中でガラス質蒸気があちこちで結晶化してそれが焼成するたびに大きく成長してついにそれが剥落して作品に落ちたのでした。

先ずは窯の扉を開けると目に飛び込んできたガラス質結晶です。

窯の中にセットされる3段のカーボランダム板は丁寧に鋼の刃でガラス質など削り取りました。


本焼きで失敗したとしても高価なカーボランダム版を守るため水酸化アルミニウムを塗布しました。

綺麗に内装が整って次の焼成を待つばかりとなりました。

ついでに周囲も綺麗に掃除、自然と次の作品への意欲もわいてきます。そんな一日も早々と終ってしまいました。


  6月  1日(日)晴れ

気温が低いのでしっかりと布団にもぐって寝ていますといつまでもこのママ寝ていたい‥と思ってしまいます。

でも今日はクラブの卓球練習日です。心を鬼にしてベットから起き上がりました。


先週は川口市卓球連盟の卓球団体戦がありました。成績は私たち遊友会卓球クラブAチームは3部リーグで優勝し次回は2部リーグに昇格が決まっています。

比較的若いBチームは5部リーグで頑張りましたが昇格は出来ません、そして私たち80歳のCチームは4部リーグで残留となって次もガンバリマス。

戦いが終わってはじめての練習日ですが女子リーグも頑張ったようで皆さん安堵の気持ちで新たな練習に取り組みました。


私の体力、とくに持久力も備わってきて団体戦の前には1時間そこそこの練習がやっとでした。

大会で6試合もこなしたりしたことから自信もついてきて今日は2時間フルで練習もできました。




  5月 31日(土)雨

今日は5月最後の日なのにこんなに寒い日になってしまうとは思いませんでした。

思えば今月の初めには夏日になる気温の日もありましたが中盤は天候の不順もあって日差しのなかった分低温の日が続きました。


そして迎えた5月の末、昨日に引き続き今日も雨で気温は北東風で15℃・・?、我が家では3月下旬位の寒い日でした。

折角ストーブは掃除も終わっていたんですがまた今日は火を入れてしまいました。暖かい・・


川口駅前のそごうデパートが閉店して4年が経ちましたが新たに事業者が引き継いでくれたようで今日のNHKニュースでも報道していました。

その名は「ららテラス」だそうです。

我が家に来るためのバス乗り場至近なのでここで買い物をして我が家で一献・・とお考えの方には便利です。

まあ、私の生活上では事実上何の恩恵も見当たりませんが街が栄してくれるなら喜ばしい。




  5月 30日(金)雨

もう夜半過ぎから雨は降っていたんでしょう。目覚めも雨音を聞きながらでしたので覚悟は決まっていました。

今日は一日家のなかで過ごすんだ。それにしても気温は15℃を少し上回った程度ではなかったでしょうか、暖房します。


朝食後片付けの後暫くパソコンで昨日読み終えた本の読後感想を書いていました。しだいに寒さが応えてきたのでついに暖房のエアコンを入れてしまいました。

この気温と天気は明日も続くと言っていました。あすはアトリエで過ごす予定にしていましたのでストーブに火を入れなくてはと思っています。

いやはや、今週は火を使う陶芸をするのに最適な期間かなと喜んでいましたが陶芸窯を扱わない時には気温も上がって欲しいものです。


何時もの散歩する時間の3時ころになりました。おや?、どうやら雨は止んでいるようです。

おもむろにでもシッカリと雨傘をもって散歩に出かけました。見沼用水沿いではあちこちで雨水をたっぷり貯めた竹がしだれ掛かっていました。

用水沿いから坂道を登って散歩道の3分の2ほど来たころには雨降りとは言いませんが結構しっかりとした冷たい霧雨が注いでいます。

ダウンを着てきてよかった。こんな寒さに文句を言ってはいけません、猛暑の季節はそこまで来ています。




  5月 29日(木)曇

天気予報では西から雨が‥、しかし関東地方は降るとしても夜からでしょう。

今日は雨はない。3日前にNHKの首都圏で紹介された東急池上線の旗の台駅を尋ねました。


ホームに降り立つと木の香が程よく香っていて何となく幸せな気持ちになりました。

ホームの脇にどんぐりの苗が育てられていて育ったらこの木は多摩の森に返してやると。

待合室も木のベンチが気持ちよく配置されていて木を愛している気持ちが伝わってきます。

それほど広くないホームの壁際にはチョイ架けできる長椅子もあってこんなアイデアも木があってのことだと思います。


こんな東急池上線なんて私の生活には何の関係もありませんが何となく私と同じ波長の人がいることに親しみを感じエールを送りたくなります。

実はこの駅に来る前のふた駅前の戸越銀座駅も木をふんだんに使ったつくりになっていました。

帰りに一度途中下車してそこのホームもしばらく探索したところでした。




  5月 28日(水)晴れ

気持ちの良いカラッとした天気になりました。でも気温は平年より低めでしょうか・・。

このところ日照時間の少なかった関東地方に久しぶりの日差しが長い時間届きました。


朝食を終え後片付けの後さっそく昨日の作品を・・と陶芸窯の扉を開けました。

点数としては7点と少な目ではありました。

まあ、目玉商品としては過去最大径を持つ大皿の出来栄えに関心が集まりました。

あらら・・、若干窯の中の壁面からの脱落釉でしょうか、皿の翼の上に汚点を残していました。改めて窯の総点検掃除をしなくてはいけません。


プールの予定日、先週も気温は高かったのですがまだ水温は適正温度・・と言っても冷たく感じました。

今日も陽ざしが出て身体は暖かいままプールに向かいましたがやはり水温は当初冷たすぎるくらいに感じました。こんな贅沢も今のうちでしょうか。




  5月 27日(火)曇

昨日もお知らせしましたが今回の作業中突如・・窯の扉が故障して慌てましたがとりあえずは応急熔接で今日の本焼きが可能になりました。

すでに焚きつけ用の小割りなどセットしておきましたので今朝は6時から火入れを開始。


朝食中も出勤途上の無線仲間と交信しながらですが今日は途中で二回ほど途中で抜け出して薪の投入もして切り抜けました。

食事や片付けも終わってひと段落の時点でまだ温度は400℃。まだこれからが本番なのです。


今日の本焼きをはじめ一連の陶芸の窯焚きにお天気も全面協力してくれているようでこの寒い陽気は梅雨寒ですが嬉しい事でした。

何とかお昼ころまでに1000℃に行けばその後は灯油のバーナーに任せると温度管理はコックの明け具合に任せられます。

薪の乾き具合やその薪の大きさも燃焼に関係あります。今日は全て適正でよく燃えます。

窯の上部にある排煙口から順調に燃えている証拠に勢いよく火勢が上がっています。

約12時間の焼成、夕方6時には火を止めて窯のそれぞれの口を密閉しました。


  5月 26日(月)曇

朝からすっきりしない天気、しかも気温は低めで昨日の名残のような雲が上空から去りません。

結局一日煮え切らない天気のまま・・というより、しばらくこんな天気が続くようです。


3日前に素焼きをした作品のうち皿一枚はひび割れて落伍してしまいましたが残りについては本焼きしようと準備しました。

期待している大皿・・は素焼きもクリヤーしたので何とか完成させたいと思っていました。


釉薬を施して窯詰しようと陶芸窯の扉を開けると「ガッタン!」と大きな音がして扉が傾きました。

なんと、扉の支柱の溶接部が溶着不十分で外れてしまったのです。

急遽、倉庫から溶接機材を引っ張り出して久しぶりに熔接作業をしました。余りにも久しぶり過ぎて技も経験も薄れ切ってしまっています。

まあ、当座に支障なくくっ付きはしましたがテンコ盛りの熔接部はいつまた外れてもおかしくない状況。

天国から友人の鉄工所社長からの声が聞こえてきます「これはクッツイタとは言えんな!」


  5月 25日(日)曇

あいにくの雨模様ですが朝にはお目も終わって回復の様子です。

川口卓球連盟の男子団体戦の日になりました。私も不十分ながらチームの末席に参加。


川口市の卓球団体戦は1部から5部迄にランク付けされていますが私たちクラブの中でも長老で組織するCチームは何とか4部リーグで戦っています。

ブロック4チームでリーグ戦をして全勝すれば上位リーグに昇格、全敗すれば降格。今日はすでに2チームと対戦して既に1−3,1−3で崖っぷちでした。

残りの試合で負ければ降格が決まってしまいます。初戦のメンバーがガンバッテ勝ち、2戦目のメンバーが文句なしの勝ち、3戦目のメンバーが苦戦中です。

4戦目のわたしも3戦目の対戦を気にしながら対戦しました。結局私を含めて4戦全勝でリーグ維持決定でした。

疲れましたが楽しく終わらせることができました。






  5月 24日(土)曇

この所無線設備の件で秋葉原に出かけることがよくあって2回ほど雨などのことがあったので車で行っていました。

今日はどうしようかまた雨かな・・。いえ、今日は夕方まで雨は降らない模様なので電車で行こうと思いました。


もちろん電車で行くということの裏には魂胆があってのこと。きょうは83歳の誕生日からちょうど一か月目の誕生日、お祝いだ。

まあ、それはともかく恐らく一年以上は呑屋さんに行っていなかったと思います。秋葉原の帰りには「ありゃ、また途中下車しちゃった・・」とか言い訳して。

そう言えばこの赤羽一番街・・、私が来なかったときに火事騒ぎがあったのですが何事もなく平穏です。

お店の佇まいもカウンターも全く以前のままです。カウンターの中の賄いさんたちの挙動も注文を聞いて・・・あれ?タブレットに入力・・?

以前ですと「ハーイ!、5番さんドジョウとじ一丁!」と威勢の良い大きな声で帳場に告げていましたが何となく注文を受けてくれたのか心配です。

でも、以前と姿も形も・・そして味も全く変わらないドジョウとじが届いて安心しました。

お勘定・・もおかみさんがそろばんに似た球を数えて「ハイ、2千600円です」と言ってたのが賄いさんの手元からすんなりお勘定・・。少し変わりましたね。


  5月 23日(金)曇

ひんやりとした朝の気温予想はしていましたが思いのほか気温は上がらないようです。

何時もの支度より一枚は織らないと寒くて過ごせません。こんな日に陶芸の予定を入れて正解でした。


素焼きなので温度は800℃目標です。本焼きの日は早朝からあわただしく火入れして温度を上げていきますが今日はのんびりです。

素焼きの大切な温度管理は100℃付近で発生した水蒸気で破損しないようにそこのところをじっくりと進行させること。

そして400℃近くなったら粘土の中に多く含まれている有機物の残骸がガス化し始めます。ここもジックリ進行させないと爆発破損します。

600℃くらいあたりまではストーブの燃料にする薪のように大きなものをくべてひたすら時間をかけていましたがよく乾燥した細割の薪を増やしていきます。

温度は見る見るうちに上がってきて午後2時過ぎには目標の800℃に達しました。

今回の窯の中には先日最大径の大皿・・が入っています。無事でいてくれればこの後も楽しみです。




  5月 22日(木)曇

昨夜も蒸し暑かったのですがそのまま朝になっても引き続きの様相でした。

でも夕方3時過ぎるころから何となく風が向きを変えて涼しくなってきた感じがしました。


がんの治療中・・健康であることの素晴らしさを実感をもって認識しその健康を取り戻すためにこの治療はなんとしても乗り越えなければ・・と思っていました。

そしてリハビリはスキーのノルディクでやろうとしたときまず気持ちを高ぶらせるためにウェアーを前向きな気持ちにさせるものにしようとしました。

そして出会ったウェアーはフランス製のDUARIGでした。気持ちというものは大きいものでこのウェアーの新調によって高地での苦しいリハビリに耐えて体力も増進しました。

いま、日常では従来のクラブ卓球練習で体力の増進を図っていますがまだ半ば。そうこうしている間にもう今週末には団体戦が始まります。

何れにしても過去のいわゆるトレーニングウェアーとは決別しようとしていたので今日夏用のスポーツウェアーを買いに行ってきました。

目移り・・・。どれも機能的にできているしデザインも気分を上げてくれるものが多かった。・・で、冬のわたしのリハビリに貢献してくれたデュアリグでした。

これからは戦うスポーツではなく楽しむスポーツにしていこうと心も新たにしました。


  5月 21日(水)晴れ

暑さは昨日なみですが今日は更に湿度が高くなるので格段に熱中症への注意が必要です・・と。

たしかに昨日の風はカラッとしていましたが今日は風もなくそしてまとわりつく湿度が感じられます。


この冬の期間もちろんスキーの間はプールに行く予定が立たずお休みをしていることが多かったのですが今年は格別。

もう昨年の夏を過ぎたころから食道がんの疑いをもたれて県立がんセンターに通って検査など多くの時間を取られました。

そしてもちろん入院手術・・、そして年が明けてからの科学的抗ガン治療としての日程が組まれ3月初めにやっと解放されました。

しかしこれに伴う補助的な検査や主治医からの指示などすべてがこちらを優先していたのでなかなかプールの日に泳ぐ日程が取れませんでした。

主治医の先生からこれからの検査日程などは今までのようにこちらで決めてもいいですか?・・と問われたのを機会にできれば水曜日はプールに行く日と決めていましたので。

今日初めてプールに行く予定を実行できました。こんな暑い日だからさぞかし気分爽快だろうと思いました。

身体は暑くなっていてもプールの水温はまだ上がらないので温度差で冷たさに驚きました。でもこれからは徐々に水温も大気の高温度の影響で上がっていくのでしょう。


  5月 20日(火)晴れ

一級品の夏日になるという予報です。

埼玉で30℃超え、しかも秩父方面は35℃を超えるとも言います。


先日は都内まで車で行きました。祭日の休日、朝から雨・・・で何の問題もなく行ってくることができました。

今日もおなじ秋葉原、しかも平日、天気は晴れで暑い。今日は幸いなことに万世橋から入った道路わきの駐車パーキングに止めることができました。

そうです。この場所でしたらガード下にある無線機器販売店には20分もあれば用を足して来ることが可能です。300円で済みました。

その足で靖国通りからスキープロショップのカンダハーで今まで欲しかったスキー用のザックを買ってきました。

こちらの路上駐車パーキングも運よく開いていたので利用できました。今日は運がよかった。

それにしても都内で赤信号になったので停車した。すぐ後ろに留まった赤帽の車から運転手さんが降りてきて私の車をノックした。

「お久しぶりです」「ありゃ!、こんにちは、こんなところでお逢いするなんて・・」卓球クラブの練習仲間でした。


  5月 19日(月)曇

昨日に比べて気温も上がらずむしろ寒くない対策をする今日の気候です。

陽ざしでも出れば少しは気温も上がって過ごしやすくなるのかな‥とさえ思わせる日でした。


昨日の読売新聞には日曜版というのが別刷りで同送されてきますが昨日は忙しかったので目を通したのが今日だった。

そのなかに各種パズルがあってそのうちのクロスワードパズルだけはなぜかスルーすることができず必ず正解して終わらせていました。

ヨコのかぎで問いを詰めていき、分からないところはそのままにしてタテのかぎに。そこで大体はヨコのかぎで分からなかった問いも埋まります。

ところが今日はどうした。タテ、ヨコクロスして判らない・・、しかもそれらしい付近を辞書で検索、PCで検索してもわからない!。

まあ、時間をかけて昼飯の後に再度考えてみたけれどわからない。くっそ!!、人生初のクロスワードパズルで負けた。




  5月 18日(日)曇

天気予報では大変暑くなると言っていました。そんな日の卓球クラブの練習日に出かけました。

朝はそれほど暑くない、ですから一応上着を着て出かけましたが9時前にスポーツセンターに到着するころから脱ぎました。


体育館は比較的涼しい環境でした。

ただ私の体調はまだそう持続的に頑張れるわけでもないのですがそれでも1時間半は対戦することができました。

もう来週は団体戦の大会が行われます。私はあまり無理せずに大会には参加する予定です。

80歳代4人のメンバーチームですが今回は一人入院手術で離脱。わがチームも前回は私の離脱もありましたし正念場ですね。






  5月 17日(土)雨

今日の新聞に文化審議会が50年前に建設され万博会場に設置された太陽の塔を重文に指定と。

わたし自身気にはなっていましたが友人の太陽の塔、訪問を知って俄かにオレもと訪問したばかりでした。


そしてその時のスケッチをもとに絵にし、私のホームページで紹介したのはなんと今年の1月のことでした。

芸術作品というのは面白い魅力があってはじめは拒否反応を示したとしてもそのうちに気になって仕方が無くなる。

私もそんなわけでぜひ逢いにいかなくては・・、と思っていましたがそれを絵にしなくてはならない衝動にかられたところでした。

恐らく以前の万博は50年以上前でその時からあったわけでそれが今になって重要文化財に‥と言う反応の鈍さは私そっくりです。

今回の指定はその建築技術についてという。確かに傍で見ると25mも横に伸びた巨大な腕を当時の技術でかくも安定して設置できた。

これを機会に視点を変えて今度は美術工芸品としての重要文化財指定への余地にはまだ時間がかかりそうです。


  5月 16日(金)晴れ

晴れはしましたが少しどんよりとした朝、天気は下り坂に向かっているのかと思われます。

湿度も少し高いようでこのまま気温が上がるとかなり不愉快な日になりそうです。


先日は群馬県の片品村に居ました。こんな時いろんなアプリを所持していると施設の利用費用の割引があってよく利用しています。

スキーシーズン中であればそこの温泉を利用するにしてもそのアプリの提示により50円〜100円の割引があってかなりのお得感を感じます。

所がもうスキーシーズンは終わっていますので・・・そうだ自動車連盟JAFメンバーの表示でも割引になる。いざそこでスマホを開こうとすると「システムの更新を」の表示。

現地では無理なので落ち着いた今日、更新しようとした。うまくいかない・・。

スマホのシステムのアップデートを30分もかけてやってみたが旨く行かない。

一方の情報でJAFホームページでは「一部の方には大変ご迷惑をおかけしていますが・・」ウンヌン。全くストレスがたまるぜ。


  5月 15日(木)晴れ

昨日山から持ち帰った薪割り機や積み残された薪などトレーラーに積んだままでしたが少しずつかたずけました。

薪割りの仕事では相撲のシコを踏んだような格好で長時間過ごしていたのでその筋肉痛がひどい。


タワーに積み切れなかった薪はトレーラーに積んできましたが主にそのほとんどは節で綺麗に割れなかったものなど。

ストーブで燃やすにしては投入口に入らなかったりするため陶芸窯の燃料に使うため薪の乾燥棚ではなく庭のベランダ下に積み込みました。

こんな際は一輪車が大活躍で一度に30s程も積めるので5回ほど運び込むだけで完了しました。

それとあと丸太の原木から玉切り(ストーブに合わせて長さを切りそろえる)をしたとき端材ができるのです。

その多くは焚きつけ用の材料として細割の薪に加工するのですが綺麗な木目や手ごろな大きさのものは暫く私の手元に置いて利用しようと思います。

よくブラシをかけて水洗いし乾燥しました。


  5月 14日(水)晴れ

あ"〜体中の筋肉が痛くてガバっと跳ね起きることができない尾瀬かたしなの道の駅の朝です。

薪割りの仕事も全て終わってトレーラーには道具も積み残しの薪も積んであります。あとは連結して帰るのみ。


ゆっくりと起きてもう車泊生活も今回は3日目の朝。夜間の気温も就寝するのにはかなり快適な気温です。

ぐっすりと眠ることもできもうこの道の駅は目覚めた時には「あれ!?、ここはどこ?家じゃないよね・・」というくらいに慣れ親しんでいます。

朝食も摂り朝の用も足して出発の準備も整いました。8時にはトレーラーの置き場所に着いて連結して点検!。

まだこんな時間だから炭焼き屋さんスタッフや藁ぶき屋根の染色家の京子さんにはご挨拶は昨日のうちに済ませておきました。

さて、出発しようとバックミラーに人物が動きました。京子さんこんなに早く起きて居たのですね、改めて今度お逢いするのは秋ですね「お互いお元気で・・」




  5月 13日(火)晴れ

昨日の薪造り・・玉切り・・と言う作業でしたが丸太をストーブに合わせて薪の長さをそろえる作業は雨でした。

朝から今日は快晴。気温もキリリと気持ちを引き締めてくれます。こんな日もあるのでなかなかこの仕事辞められません。


昨日の午後には天気の回復もあって薪割の作業まで進んでいました。

今日は快晴の気持ちよさも手伝って8時にはもう作業場で作業を開始できる状態でした。

隣りで炭焼きの作業をしている賢一さん、けー君も今日は昨日火入れした炭焼き窯の火の具合を見るだけ・・と言うことで合間の話題も豊富です。

けー君が6月にヨーロッパ各国を巡る旅行が決まったということで盛り上がりました。各国で炭焼き事情も調査してきたいと帰国したらその辺の事情を聴きたいなと。

今年も片品村の風物詩風景を持続させることができました。




  5月 12日(月)小雨

夜分帯には雨も降っていました。なるほど予報通りに天気は推移しているなと思いました。

いつもの時間に目覚めると雨は上がっていてあたりの風景はまさしく雨上がり、これから回復して快晴かな。


炭焼き屋さんには今日からの作業は伝えてありましたので材木は既に私の作業場に必要量をそろえておいていただきました。

早速始めましたが晴れてくる予報の空模様、たまに小雨まで降ったりしてイライラさせます。

それでも雨宿りするほどではないので雨合羽を着て構わず作業をしました。雨も小雨の域を超えずなんとか作業は続けられました。

小雨になったのもひとしきり・・、概ね曇り空での作業ですが気温は低めで何よりだったかなと思いました。

4時には終了、空も明日は晴れに向かっているようでオイ!、天気よ期待しているぜ!。




  5月 11日(日)晴れ

今年の夏もかなり暑くなりそうな予報です。そしてかなり早い段階から暑い日が到来しそうだと言います。

昨年は6月に入ってから薪割に出動していた群馬での活動ですが今年は早いうちに終わらせようと今日の出動です。


昨日の埼玉の天気の回復が遅かったので今朝になってからトレーラーに薪割機など山での道具の積み込みをしての出発でした。

今日はトレーラーを引いての運転なのでことのほか慎重な運転、そしてスピードも控えめにしての運転でした。

国道50号に入ると空はすっきりとして迎えられた気持ちになりました。

3時前に片品村に到着、一旦トレーラーは明日の作業場において早速寄居山温泉にいって久しぶりにのんびりしました。

さすがにここでは夕方になるとまだ冷たい風が吹いていてダウンの上着もまだ離せません。




  5月 10日(土)雨のち曇

天気予報通り起床すると雨が降っていました。もう予想はしていましたし覚悟もできていましたので気落ちしません。

気持ちを引き締めて今日は陶芸をしようと昨日から決めていました。


久しぶりの轆轤での成型をしようと予定していました。その前に先ず粘土がどうなっているのか心配していました。

もう何年も前から成形に使う粘土はプラスティックのケースの中に入れて濡れたタオルで保湿しておけばかなり持つことが実証されていました。

確かに粘土は性質上ジーっとしていると一見固化しているように見えますが荷重したりすると流動性を帯びるのです。これは地震の時の住宅地盤が液状化する現象と同じです。

よく練り込むと土の塊の表面が菊の花びらのように見えることから菊練り・・などとも呼ばれます。

いきなり大皿に挑戦しました。まずはいつもうまくいっている類の大きさで25cm位で味を染めたので極限に挑みました

どうしたことでしょう、今まで叶わなかった極限の大皿ができてしまいました。尺度に使っているトンボで計測すると窯に入れることのできる最大値でした。


  5月  9日(金)曇

申し合わせたように日替わりの天気ですね。朝からすっきりしない曇り空のスタートです。

ついでに今日は一般家庭ごみの収集日なのでごみステーションになっているバス通りまで。


毎年5月は自動車税の納入が定められていて律儀に我が家にも納税通知が届きました。

金額は4万5千4百円。もう私の車は21年目の車ですから確かに排ガス規制を対象とする減税処置はとっくにないと思いますが思っていたよりも少ないかな。

それにしても社会の納税の仕組みはキッチリとしているんですね。

インターネットバンキングで私の銀行口座にアクセスして収納機関番号、納付番号、確認番号、納付区分を打刻すると正確に私の納付金額が表示されて綺麗に持ち去られました。お見事!(笑)

ともかく私の車も老いぼれてきましたがもう暫くは私の道具として頑張らせていただきます。




  5月  8日(木)晴れ

朝のうち少し曇りがちの日かな‥と思いましたが8時過ぎるとみるみる晴れ渡ってきて気温も上がりました。

情報開示制度に従ってお世話になっていたがんセンターで自分の医療関係の資料を受け取ってきました。


この冬は一連の食道がん関連の治療に明け暮れてきました。しかし今になってもその治療経緯に至って何故・・?ということが随分残っているのです。

もう済んでしまったことだからいいじゃないの?‥と思うかもしれませんがこの病気は私はもう10年前から予測し待ち構えていたわけです。

その割には病状を説明する医師はもちろん看護婦さんもあまりにも忙しすぎてじっくり説明を受ける余裕もないのです。特に私のように生死にかかわる事態に無い者には少し冷たすぎる態度の医療機関でありました。

担当医師と当事者の間でも画像のモニターで説明を受けるにしてもその画像すら私に撮影させてくれない不都合が幾度かあるのです。男性の医師はあまり気にせず写真を撮らせてくれますが女性医師(たまたまかもしれませんが)規則でそれは困ります!。

そんなわけで私はがんセンターの医療コンプライアンスに訴えて情報開示制度を確認して開示を申し入れました。

費用は3千円ほどかかりましたがすべてを開示してくれました。カルテの資料は361枚、画像フィルムはCD-ROMの中に500画像以上、そして担当医師の引継ぎに関する連絡事項や当初健康診断の医師からがんセンターに依頼した医師同士の遣り取りまで・・興味深い内容です。


  5月  7日(水)晴れ

目の覚めるような素晴らしい天気になりました。

二週間前に一週間連続で心電図モニターを装着したその解析が終わった今日説明を伺いに。


風は少し強く吹きましたが気持ちの良い五月晴れです。ちょうど一年前に心臓の不整脈が問題視されカテーテルによる心臓手術を終えています。

スキークラブの先輩は2度目の手術を実施したと聞きますしあの冒険家の三浦雄一郎さんは3度目の手術をしてエベレストに赴いたといいます。

私の場合、術後1か月、3か月、6か月の途中経過観察でも問題は出ませんでした。そして今回の1年目での最終検査でしたが合格で卒業が決まりました。

先生曰く83万3千回の脈拍(1週間)は綺麗で問題はありませんでした。

「測定期間中に過激な心拍の日が2日ありあしたね」「はい、標高2千mでのスキー高所トレーニングをしました」

この後は毎年の成人病定期検査の心電図管理に移管させます・・。晴れ晴れと卒業しましたのでご報告いたします。


  5月  6日(火)雨

またまた日替わりの天気変化・・今日は朝から完璧な雨模様。

週に二回ある一般家庭ごみの収集日ですがまだ小降りのうちに収集場所に出してこれました。


私はアマチュア無線をしていて自宅にいるときは固定局として毎朝仲間と会話を楽しんでいます。

そして車で移動している時でも移動先で「CQローカル・・」と呼び掛けて会話をしていました。

最近、変だ・・。よくよく見るとアンテナが異常をきたしていて欠けているのです。よくやってしまう事故ですが同じ様です。

買い替える必要がありますが‥、今日はまだ祭日。よし、車で秋葉原迄行こう!。

車で来たのは15年以上ぶり。むかしの町はどこに行ったんじゃ!?

無線機器を売る店は昔の建物の中にありました。


  5月  5日(月)晴れ

朝から気持ちよく晴れました。私は昨日久しぶりの卓球練習で朝寝坊を決め込んでいました。

まあ幸いにも昨日は控えめに練習をしていましたのでそれほどのダメージもなく少し遅めの起床でした。


言って見れば久しぶりに家で落ち着いて過ごす日になりました。朝食の後掃除をしようと決めていました。

先ずは掃除機。リビングから一階のすべての部屋、二階への階段と三階への階段はアタッチメントを変えて掃除。

二階のアトリエと洋間、三階のわたしの寝室はそれぞれ備え付けの掃除機を稼働して気持ちよくなりました。

ついでにトイレ掃除。今までブラシでなかなか落ちなかった個所には化学洗剤まで使用しました。

午前中いっぱいは掃除に専念しました。まあたまにはこんな日もあってもいいでしょう。鯉のぼりも気持ちよさそうです。




  5月  4日(日)晴れ

気温はそれほど高くはありません。今日から卓球人、春季団体戦に向けて始動です。

未だ連休中ですが何時もの通り多くのクラブ員が来るはずです。


卓球練習のあるスポーツセンターへは外環道の側道・・R298を使いますが今朝はお巡りさんがなぜか多い。

いわゆるネズミ捕りをしているようで多くの行楽客の途中の車が取っ捕まっているようです。


スポーツセンターに到着して皆の状況を聞くと問題はなかったようでした。

久しぶりの卓球練習でしたがあまり無理せず先ずはほどほどに始動しました。






  5月  3日(土)晴れ

今年のスキーは断念していました、食道がんの化学療法を終えそれでも3月の3日4日における最終検査を終えると翌日にスキー場に出かけた。

そして愕然とした。スキーにならない・・。踏ん張る力がない。ターンしてもその加圧に耐えられない・・・。


がっかりしながら花咲の湯の露天風呂にいた時全日本マスターズ大会を終えた選手たちがお風呂に入ってきた。

そこで私はクロスカントリーに出場した選手と偶然にも会話をする機会があってその体力回復にクロスカントリースキーを勧められた。


今シーズンはそれでも24日間のスキーをした。そのほとんどはクロスカントリースキーで体力の回復を目指すものに当てた。

辛い日々ではありましたが目標を全日本マスターズ大会クロスカントリーで入賞を狙う・・に定めた。

大会は2種目、クラシカルスキーとフリー(スケーティング)の両方での入賞を目指そうとしてその都度標高2千メートルの特設ゲレンデでした。

今日の快晴の天気のなか、まあまあの満足度で道具を仕舞いました。


  5月  2日(金)雨

連休もいよいよ後半戦になります。私の日程ではこの二日までできればスキーの予定ではいました。

まあ、それも天気次第です。昨日の好天のスキーの後天気は急速に下り坂を告げていたので帰途につきました。


案の定の天気は未明の朝から雨が降りました。ちょうど今日は家庭ごみの収集日だったので山で発生したゴミも全て出すことができました。

何か気の抜けたような安心感。つまりスキーシーズンの終わりを実感した瞬間でした。


そう言えばしばらく読書とも無縁の生活が続いていました。

コーヒーを沸かし読書・・・、こんな落ち着いた日を過ごせたのは幾日ぶりだったんでしょうか。






  5月  1日(木)晴れ

道の駅尾瀬かたしなの朝は少し冷え込みました。いつものようにお茶を飲んでから出発準備をしてスキー場へ向かいました。

連休中なので混み具合が予測つきませんので少し早めに7時少し前に到着。


あらら・・、一番乗りになってしまいましたがそこからまだ2時間もありますので朝食の準備をして食事。

スキー場が0−分するまでの間にすっかり準備は完了しました。


クラブ員の田中さんは相変わらずわずかな時間を惜しんでのアルペンバーンへ、秋山さんはもう山登りのアルピニスト。

私と秋山さんはゴンドラに乗って山頂まで行きそこでお別れしました。

私は暫くクラシックスキーをしていましたので二か月ぶりにスケーティングの板で復習をしました。

最初あんなに簡単にひっくり返っていたのに今日は一度も転びませんし危うい目にもあいません。慣れ・・でしょうか。



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