<油断>




油断があったのかもしれない。
グランドラインに入って、あまりにも多くのやっかい事が立て続けに起きていたから、 たまたま立ちよったこの村で、こんな悪夢のような出来事に巻き込まれるなんて思いもしなかった。
それほど、この村が警戒心を起こさせない場所であったのかもしれない。
本当に見た目は唯の素朴な村であったのだ。
だから皆で食事を取り、少なくなった食料や雑貨の類を補充できればいいがな、と思っただけだった。


その村で、唯一の料理屋へ真ッ先に駆け込んだのはルフィだった。
少し遅れて俺とナミとウソップ。その後ろからサンジとビビが続いた。
ちょっとかわいそうだったがチョッパーとカルーには船番に残ってもらった。
「おっさーん。肉・肉・肉、と飯大盛りなー。」
「おっ前なー。酒がねぇじゃねえか。」
あいかわらずの、ルフィとゾロの台詞を他人の振りでやりすごすとナミ達は、 至極当然の注文をする。
「へーい、まいどー。」
威勢のいい返事を返しながら、厨房の奥の男の目がルフィを見ていた事に、 俺達は誰も気付かなかった。

「ふひゃー、食った、食った。」
全員が、満腹感に浸りながら船へと戻る道すがら、いきなりルフィが顔を顰めた。
「どうしたんだ?ルフィ。」
変なものでも食ったのか?などと軽口を掛けようとして、ルフィの顔を見た途端 ザァーッと血の気が引いた。
ルフィの顔には、油汗が滲み出し、顔色は土気色になっていた。
腹を押さえてくず折れてゆくルフィの肩をとっさに抱きとめた。
「どうしたんだよ。ルフィ。」
揺さぶろうとする俺の手をナミが掴んで止めた。
そして、苦しげなままのルフィをざっと診察すると真っ青な顔で呟いた。
「毒を飲まされたんだわ。」
「毒?」
「毒だと?」
「そんな馬鹿な。」
「いったい、どこで?」
喚き散らす俺達を手で押さえ、ナミが静かに宣告する。
「私にはこれが毒の症状だっていうのがわかるだけだし、 どこで飲まされたのかなんてわからないわ。」
「決まってる、あの料理屋しか考えられねぇ。」
俺が、唸るように言った言葉に皆一様に肯いた。
「でも、私たちはなんともないのよ?何故、ルフィさんだけこんなことに・・・・・・。」
「そんな事は、どうでもいい。早く船に戻ってチョッパーに診てもらうんだ。」
俺はそういうなりルフィを抱えて立ち上がる。
だが、そんな俺達の背後からザワザワと人の気配がやってきた。
何故だか嫌な予感がして、俺達はルフィを抱えたまま茂みの影へと隠れた。

「いたかー。」
「いや、いないぞー。」
「おかしい、今頃は倒れてのたうちまわってるはずなのに・・・・・・。」
その声を聞いた途端、俺はカッとなった。
こいつらが、ルフィを・・・。
飛び出そうとした俺をナミとサンジが捕まえる。
「馬鹿か、てめぇ。ルフィを抱えて戦うつもりか?」
サンジに耳元で小さく怒鳴られ、やっと我に返った。
そうだ、今俺の腕の中にはルフィがいる。
「おおかた、一緒にいた奴等が連れて行ったんだろうよ。」
「はっ、馬っ鹿だねぇ。あの毒はこの村にしか解毒薬はないってのになぁ。」
「それも、村長の家にあるだけだろう?」
「まぁなー、死ぬまでに時間はあるが、それまでの苦しみは地獄らしいしな。」
「生きてるうちに気付いて戻ってくるも良し。」
「まぁ、死体だって3000万べりーの賞金首だからかまわねぇんだけどよ。」
「ははっ、ちげぇねぇや。」
ゲラゲラと笑いながら、村人達は元きた道を戻り出した。

声が完全に遠ざかった後、茂みから出てきた俺達は呆然と立ち尽くす。
「賞金首・・・・。」
ウソップが小さく呟いた。
その言葉に項垂れながら、ナミも顔を手で覆った。
「そうよ、DEAD OR ALIVE 。ルフィは死体になっても狙われるんだわ。」
グランドラインという場所が特殊すぎて、俺達は忘れていたのだ。
ルフィの首に高額の賞金がかかっていたことを。
きっと、こんな村では喉から手が出るほど欲しい額だろう。
「ちきしょう、この村から逃げ出す事もできねぇのか。」
サンジが、茂みをガサッと蹴りとばす。
今の男達の言葉が正しければ、ルフィを助けるためには村長の家へと行かなければいけないのだ。
だが、こんな状態のルフィを連れて行けばすぐに海軍に引き渡されてしまう。
どうすればいいか途方にくれるナミ達を見回し、俺は一つの決意を固める。
「俺が行く。なぁーに、すぐに薬を持って船に戻るさ。」
ニッと笑ってルフィをサンジに手渡す。
苦しそうに息を吐くルフィの髪を軽く梳くと、村へと戻る道に踏み出す。
その足を、ナミが止めた。
「待って、ゾロ。あんた、どうするつもり?」
「どうにかする、必ずな。」
「ただですむと思ってんのか、クソ野郎。」
わかってる、3000万べりーもの賞金首を見逃してくれと言うからにはそれ相応の リスクを負わなくちゃならねぇって事は。
だが、俺の選択がこの後、ルフィとの別れになることになったとしても、今の俺にはルフィを 助ける事しか頭に無かった。
「待ちなさいよ、ゾロ。あんた、それでいいと思ってるの。」
ナミの言葉に、俺は目を伏せる。だが、
「ルフィがこのままムザムザ死ぬのを、俺が黙って見ていられると思うのか?」
そう言って、村へと戻る。
俺の背中を見送りながら、ナミ達は深いため息をついた。


村へと戻りながら、俺はどう話しを切り出そうかと思案していた。
3000万べりーは並大抵の額ではない。
俺が、また海賊狩りに戻ってその賞金額と同じかそれ以上を狩る事でちゃらにしてくれはし ないかと、その間の質として、
「ごめんな、和道。」
俺の命より大事な和道を、預けてもいいと思っていた。
それもこれも、すべてはルフィの為。
さっき追いかけてきていた男達を見つけ、俺はニヤリと笑った。
「おい、お前ら。さっき賞金首を追いかけてきてたな。」
いきなり、背後から話しかけられ男達はギョッとして振り向く。
俺の姿を見て、ルフィの仲間だったのを思い出したらしい。
途端にニヤニヤ笑いをしだす。
「何だ?居所でも教えるって言うのか?それとも、死体をなんとかしてほしいのか。」
ギロリと一睨みで、軽口を封じると、さっき散々考えて出した案を口にする。
「違うな。取り引きしようって言ってんだよ。」
「あーん。取り引きだと。」
「そうだ、取り引きだ。だから、とりあえず村長のところへ案内しろよ。」
俺の顔をジロジロと見ながら、男達は相談しはじめた。
だが、しばらくしてまとまったらしく、俺を村長の所へ連れて行く気になったらしい。
男達の一人に手首を鷲掴まれ、その手の熱さを不快に感じながら、村長の所まで連れられていった。

村長の家は、村の一番奥にあるけっこう立派な造りの洋館だった。
俺は村長と名乗る人物を見て露骨に顔を顰めた。
40半ばくらいか、吊り上った目つきと言い、舌なめずりをしそうな口元といい、 一番気に障ったのは、醜く太った体型か。
ブタのようだと言ったらブタが気を悪くするかもしれない。
だから、一目見た時から、嫌な予感はしていたのだ。
だが、それを押さえて俺はさっき考えた案を口にする。

「そうすりゃ、あんたたちには3000万べりー以上の金を提供してやるよ。」
「だがね、君。その金がいつまでに払い終わるかわからないじゃないかね。」
「あぁ、だから俺が一生をかけても払ってやる。」
真剣な提案を、男達は一笑に伏した。
「そんな、いつ出来るかわからない約束なんかじゃなく、今君に出来る事があるんじゃないかね。」
「今の俺に出来る事?」
そう俺が言った後の、男達の目つきは下卑たものに染められていた。
俺は思わず後退りしそうになる。
「そうさ、その体で払ってくれてもいいんだよ。」
「なっ。」
村長の言葉を聞いた途端、周りにいた男達が俺を羽交い締めにした。
「何をする。」
振り払おうとした俺に、悪魔の囁きが降りてくる。
「おや、薬が欲しいんじゃなかったのかな? 君がおとなしく私達に体を提供するなら薬はあげてもいいんだよ。」
くっと唇を噛み締めると俺は腕の力を抜いた。そして
「好きにしろ。」
呟くと、男達に押し倒されていった。
脳裏に浮かぶのはただ、ルフィのことだけ。
剥ぎ取られていく服も、全身を撫でまわされる嫌悪感も、ルフィの顔を思い見ない振りをした。


ゴーイングメリー号に戻ったナミ達は、ルフィをチョッパーに診てもらうことを何より優先した。
「だめだ。これは解毒薬がなければ、治しようがない。」
ゴメンヨ、という顔をするチョッパーを、ウソップとビビが慰める。
「大丈夫だ。ゾロがなんとかしてくれるさ。」
「そうです。Mr,ブシドーなら、大丈夫ですよ。」
ウソップとビビの脳天気な台詞にナミとサンジは複雑な顔をする。
ゾロも考えていたとうり、3000万べりーというのは大金なのだ。
それをどうやって無かった事にしてもらうのか。二人には到底考えつかない。
暗い顔つきでルフィに付き添っていた時。ルフィの目がわずかに開かれる。
その口から呼ばれる名前は、
「ゾ・・・ロ?」
「ルフィ・・・・・・。」
「あぁ・・・ナミ。ゾロは・・・どこに・・」
ルフィがすべてを言い終わらないうちにナミは顔を伏せた。
ゾロが自ら行くと言ったとしても、止められなかったことは自分達の責任でもあるのだから。
そのナミの視線でルフィは解ってしまった。
「どこへ・・・行った。」
苦しげな息の下で、ルフィの目だけが変わってゆく。
返事をしないナミに焦れたようにルフィが口を開く。
「どこへ・・・行ったと聞いている。」
「・・・・・・。」
「ナミー。俺はどこへ行ったと聞いているんだー。」

死にかけていると思えない声でルフィが怒鳴った。
その瞳に、夜の顔が色濃く浮かび上がる。
ひっと脅えるナミを庇ってサンジがルフィの前に出た。
「ルフィ、ルフィ、落ち着け。あいつはお前の薬の為に、自分から行くと言ったんだ。」
そんなサンジを見つめ、ルフィは口の端で笑うとサンジの頭を掴まえる。
「そんなこたぁ、俺は聞いてない。ゾロはどこへ行ったと聞いたんだ。」
至近距離で見るルフィの夜の顔に、震えるほどの激情を覚えながらサンジはとうとう口を開く。
「村長って、野郎の家に・・・・・・。」
「場所は、わかってるな。」
「あぁ、多分。」
よし、というように肯くとルフィはベッドの上から起き出した。
事の成り行きを呆然と見ていたウソップがあわててルフィを押し止めようとする。
「ルフィー、無理すんなって。お前死にかけ・・・。」
止めようとするウソップの腕を掴み、ルフィはジッとウソップを見つめる。
その瞳の力に気圧されたように、ヘナヘナとウソップは座り込む。
もう止められないと悟ったのか、ナミとサンジがルフィを両脇から支える。
部屋を出て行きかけルフィは何かを思い出したようにウソップの方を見て、フッと笑う。そして、
「ごめんな。ウソップ。」
と、謝った。
ウソップは、ルフィの目ともう一度しっかり視線をあわせると何故か安心して、 出て行くルフィを見送った。
そんなウソップをナミとサンジは複雑な目で見ていた。

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戯言:痛いお話になっているでしょうか?
続きがあるので、それの後でコメントを入れたいと思います。