<狂い桜>



気候は春。寒さを置いてきぼりにしたような、フワリと温かい風とどこか緩やかな日の光。
そんな島に上陸したのは、乏しい食料(特に切実だった)や、雑貨類を買い足したいとナミが言い出したからだった。
「だって、これから先進むためには、絶対に食料が必要でしょ?」
ジロリと睨みつける視線の先には、この船の若きキャプテンであるルフィが麦藁帽を深く被って鎮座している。
「だってよぉ〜、サンジの料理がうまいのがいけねぇんだぞ。」
「ふざけんな、クソゴム野郎。俺はちゃんと、配分してやってんだろうが!!!」
サンジの言い分はもっともだ。ルフィの為に並べられる食料は、他のメンバーの倍以上は確実にあるのだから。
だが、ルフィはそれでも足りないとばかりに、キッチンに忍び込んでは作り置きの料理を奪っていくのである。
ナミやサンジが怒るのは無理もないことだろう。
「いいじゃねぇか。そろそろ酒も残りすくねぇんだし。」
ゾロがしょげ返るルフィの助け舟のつもりで言った言葉に、ナミ達が過剰に反応してきた。
「えぇ、そうでしょうとも。誰かさんがガバガバ飲んでくれますからねぇ。」
「そうだ!クソ剣士。隠しておいた秘蔵の酒まで飲み尽くしやがって。てめぇ、責任取ってくれるんだろうな。」
ホコ先が、自分の方へ向いてしまい、ヤブヘビだったか?とゾロは思う。
だが、事の成り行きを横で聞いていたウソップがおずおずと口を開いた。
「まぁまぁ。足りないものはしょうがねぇんだし、久しぶりに上陸するんだから楽しくいこうぜ。」
「そうだよなぁ〜。久しぶりの上陸だし、楽しくしなきゃ損しちまうよな。」
ルフィがウソップと顔を見合わせ、なぁ〜、と暢気に笑いあう。
ナミとサンジが呆れたように二人を見ながら、ため息をついて肩を竦めた。
「まぁ、いいわ。でも今からだと一泊することになっちゃうけど、ルフィ、かまわないわね。」
「おうっ、いいぞっ。」
「って、事だからサンジくん。明日一番で買出しにいきましょう。」
「御意、ナミさん。」
なんだかんだ言いながらも、キャプテンに甘い海賊団はこの島に上陸し、一泊することになってしまったのだった。

上陸して、町へと歩を進めて行くと、ナミが感嘆の声を上げる。
「なに、これ。すごぉーい。」
海からは見えなかったのだが、町へと続く小道には桜の木が延々と続いている。
ここを盛りと咲き乱れる桜の花びらが、ハラハラと散っては薄紅の絨毯を広げてゆく。
しばし、魅入られたように立ち尽くしていたメンバーだったが、ルフィが行くぞっ、と声をかけた。
薄紅の絨毯の上を進むルフィ。
その斜め横にゾロが付き、ナミ、ウソップ、サンジと続いた。
どこか象徴的な構図に、誰もが言葉の存在を忘れて暫しの行進は進んでゆく。
ふと、ルフィが足を止めた。
立ち止まったままジィッと何かを見つめている。
ゾロは訝しげに視線の先に目をやった。
それは、少し小高い丘の上に見下ろすように咲いている一本の桜の巨木。
この島の主であるような、威風堂々としたその巨木はまるでルフィ達を待っていたというように、咲き誇っていた。
不意にゾロは不安に駆られ、ルフィの肩を捕まえた。
「ルフィ、どうしたんだ?」
肩を掴まれビクンとしたルフィだが、ゾロの視線に気づくと「なんでもねぇ。」と首を振った。
「綺麗だなと思っただけだ。・・・まるでゾロみたいだなって・・・さ。」
真面目な声音の中にしっかりと恥ずかしい台詞を入れてくれるルフィをゾロはポカリと一つ殴り、ため息をつくナミ達へと声をかけた。
「さっさと行くぞ。宿屋見つけなきゃいけねぇんだからな。」
首筋を少し赤くして先頭をズカズカと歩くゾロに、ルフィ以外のメンバーは続く。
だが、ルフィはもう一度その桜へと目をやると、声にならない声で何かを呟いた。
「おら、クソゴム野郎。先行っちまうぞ。」
サンジの声に「おうっ!」と答え、ルフィはその場を後にする。
桜の花びらが風に舞いながら、ルフィの身体を追いかけてくるようだった。

町までついた一行は、宿屋を決め、明日の朝、買い足す物の品定めをしてから、また宿屋へと戻った。
その頃にはすっかり日も落ち、少し遅めの夕食を宿屋の一階にある酒場で取った。
サンジが作る料理とはまた違った味付けを持つ品々を、和やかな会話と共に食していく。

「あっ、てめぇ、それは俺んだっていってんだろうが。」
「こんなもなぁー、食ったモンがちだ。」
「ルフィー、それ俺まだ一口も手ェつけてなかったんだぜ。」
「ん?そうか?悪い、美味かったからさ。」
「んー、このワイン。味がいまいちかしら?」
「ワインの味がわかるなんて、やっぱり素敵だぁー。」
「んなもの、腹に入ればどれでも一緒じゃねぇか。」
「ししししっ、それもそうだなぁ〜。」

・・・・・・こうして、和やかな???食事は続いていった。

食事が終わり、それぞれの部屋へのキーをナミから渡される。
ナミが一部屋。サンジとウソップで一部屋。そして、当然の如くルフィとゾロが一部屋。
「ナミさぁ〜ん。寂しかったらいつでも俺が参上いたしますよ。」
部屋の前でサンジが目をハートにしながら、手を振った。
「いーの、気にしないで。一人の方が安心だから。」
一声投げつけるとナミは部屋に入りドアの鍵を掛けた。
サンジはがっくりと肩を落として、ウソップと共に部屋のドアをくぐった。
いつもの光景を目にしながら、ゾロとルフィも部屋へと入っていった。

窓際を頭にしてくっつけるように置かれたツインのベッドの片方に、ゾロはポンと刀を置いた。
「おい、ルフィ。俺シャワー浴びてくるからな。」
「おうっ、わかった。」
ルフィは、部屋の中をきょろきょろと見渡していたが、ゾロが刀を置いたのとは反対のベッドへと歩み寄ると、ポスンとベッドの中に埋る。
枕に顔を伏せたまま、器用に麦藁帽だけを外しそのまま眠り込もうとするルフィにやれやれとゾロは苦笑する。
無駄とは知りつつ、ルフィの背にそっと毛布を掛けてやり、ゾロは浴室へと姿を消した。
さりげなく優しいゾロの気遣いに、ルフィはクスリと笑う。
別にそんなに眠いわけではないのだが、こうして目を瞑っているとトロトロと眠ってしまいそうだ。
(一緒にシャワー浴びてぇって、言えば良かったかなぁ?)
顔を真っ赤にして怒るんだろうけど・・・、などと考えながらルフィはまどろみに引き込まれていった。

浴室から出たゾロは「やっぱりなぁ。」と呟いた。
せっかく掛けてやった毛布を蹴飛ばすようにしてルフィは大の字になっている。
その、あどけない寝顔に17歳の顔を垣間見てゾロはフッと笑顔が零れた。
少し考えすぎていたのかもしれない。
あの桜に目を止めたルフィがどこかいつもと違うようで、ゾロはずっと心が重かったのだ。
でもその後、町に入ってからのルフィも、食事をしている時も、いつもとまったく変わらなかったし、 何よりこうして眠るルフィはゾロの良く知っているルフィでしかないから。
変わらないルフィに安堵しつつ、ゾロはもう一度毛布を掛けなおしてやった。
明かりを消し、ベッドの上に腰掛ける。
窓からの月光がルフィの顔に落ちていて、暫しゾロは見惚れていた。
そして、少し硬い黒髪をクシャリと撫でると、ゆっくりと横たわり目を瞑る。
「おやすみ、ルフィ。」
答えるはずの無い囁きを落とし、ゾロもまた眠りへと落ちていった。

キィィー、パタン。
(何だ?)
ふと違和感を感じゾロは目を開ける。
片手を刀へと伸ばしながら、ゾロはルフィの居るベッドへと目をやった。
だが、隣で眠っていたはずのルフィの姿がなく、人が居た痕跡だけを残したベッドがゾロの目に飛び込んできた。
「ルッ、ルフィ?」
慌ててベッドへと手をやると、そこにはまだ微かな温もりを感じさせ、 ルフィが居なくなってからそう時間が経っていないことを教えてくれる。
(なら、今の気配は・・・)
ルフィが部屋を抜け出した所為だと気づき、ゾロは顔を顰めた。
(たくっ、こんな夜中に何処行きやがったんだ。)
どうせ、ルフィのことだからトイレか何かだろうとたかをくくっていたのだが、背中に感じる光に不意にゾロは窓の外を見た。
夜空に淡く光る月。
その下に天に手を伸ばすように光を集めている桜の巨木。
その光景に引かれ思わず窓辺に寄ったゾロの視界の片隅に映る、赤いシャツと麦藁帽。
「ルフィ?」
ふらふらとどこか頼りなげなルフィの足取りに、ゾロはベッドを飛び降り刀を掴むと、一目散に後を追う。
ゾロの瞳には何故か不安の色が滲んでいた。

ハァ、ハァと荒い息を吐きながら、ゾロはルフィの背中を見つけた。
月明かりの下、ハラハラと散る花びらを体中で受けながら、ルフィは桜を見上げていた。
その光景にどこか人外のものを感じ取り、ゾロは声を掛ける間を逃す。
「なぁ、知ってるか?」
桜を見上げたままルフィが口を開いた。
その問いを、いったい誰に問い掛けているのかわからないままルフィは言葉を続けてゆく。
「人を狂わす物、なんだか知ってるか?」
「・・・・・・。」
無言でいるゾロに詠うようにルフィは言う。
「月の光。桜の花。そんで・・・・・・ゾロ、お前だよ。」
クルリと振り返り、ルフィはゾロの肩を掴んで押し倒す。
不意の衝撃に受身も取れず、ゾロはルフィを見上げていた。
その目に映るものは、淡い月と桜の巨木。そして、狂気に彩られたルフィの笑顔だけだった。

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戯言:やってしまった。壊れるルフィです。
なんでかなぁー、作者が壊れているものでルフィに乗り移っちゃったかなー?
とりあえず、後編をどうぞ!!!