3. 青空と檸檬水



 滑走路を出るので精一杯だった。
 芝生に足を取られて、高瀬は膝を崩した。
 目が回って、全身に力が入らない。



「重症ねぇ」
 座り込んでいると、背後から声がした。
「お父様のお口添えがあるのにヘタレだったらシャレんなんないよね。高瀬、軍隊で苛められちゃうかも」
「……楽しんでませんか?」
「心配してるんだよ。解んない?」
「……失礼致しました」
 高瀬は立ち上がろうとしたが、眩暈を堪えきれない。

 小型の自家用とは言え飛行機に乗るのは初めてだった。
 高瀬は士官学校を出ていない。入隊後は最下兵で、戦闘機に乗る事は無いかもしれなかった。
 だが屋敷の主に試しに乗ってみるかと言われば断る術はない。
 緊張する高瀬に悪戯心を起こしたか、公国空軍中将は後方宙返りを披露した。
 描かれる美しい軌跡。
 教本のように見事だった。


 絢乃が一緒になって隣に坐る。
 汚れますと高瀬は言いたかったが、込み上げる吐き気に黙り込む。
「でも安心したぁ」
 高瀬が怪訝そうにすると、絢乃はにっと笑う。
「高瀬にも苦手なの、あるんだなって」
「……ありますよ」
「何でもこなすじゃない。勉強とか」
「……それは、」
 頼れる人はいない、失敗は許されない、と戒めてきたからだ。
「お父様に昔から、高瀬を見習えって何度も叱られて、あたし、ちょっと妬いてたんだよ」
 高瀬は思わず瞠目する。
「だからこんな滅多に見られない高瀬見られてホッとしたの。――うん、褒美を遣わそうぞ」
 傍らのバスケットには、檸檬水入りの硝子瓶。グラスに注ぎ、貴婦人のように優雅に差し出す。
 姿勢を正し、恭しく受け取る高瀬だ。






>> NEXT    >> BACK
■□■  □■□  ■□■  □■□  ■□■

小さな幸福。





>> HOME    >> 紙屑TOP    >> INDEXTOP