2. 大切な時間
3日前、高瀬と絢乃はピクニックへ出かけた。
あんなに晴れていた空が昼を過ぎる頃、見る間に濃灰の雲に覆われた。
絹糸のような小雨は気持ちが良いほどだった。
とは言えそれは健康な人間であれば、だ。
その晩から絢乃は寝付いてしまった。
「ご気分はいかがですか?」
「サイアク」
微熱で目のふちをほんのり赤くして、絢乃は不機嫌そうに呟く。
帰宅した父親に叱責されたのだ。娘であっても厳格で、相当絞られたに違いない。
勿論、高瀬もお咎めを受けた。
絢乃に仕えて10年になるのに、信じられない失態。
季節の変わり目には必ず熱を出す絢乃のこと、体調を気遣わねばならないのに。
選んだ大樹は張り出した枝葉で雨粒を凌いでくれたが、敷き布を被るなり対処はあった筈だ。
気がついた時には絢乃の体はすっかり冷えていた。
「申し訳ありませんでした」
「…なんで謝るの」
「私がいたらぬ為に…」
「お父様にそう叱られた?」
「…いえ。直接は」
「言わなかったんならそんなふうに考えてないよ、お父様は」
絢乃は熱っぽい息を吐いて目を瞑る。
屋敷には戻れる充分な距離だった。
雨宿りを言い出したのは絢乃。
もっと一緒に過ごしていたかった。
高瀬は、違ったのだろうか。
「お休みになりますか? では私は下がっていますね」
一礼して踵を返しかけた高瀬は、ふと振り返る。
左手の袖口を、上掛けの隙間から覗いた手が握っていた。
「…行かないで」
そのか細い声音に、高瀬は幼い頃を思い出す。次に続く言葉も――
「眠るまで手、握ってて」
「はい」
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寂しさ、消えて。
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