1. 手を伸ばせば



 彼女を捜して裏庭に来たのは正解のようだ。
 梯子が木の根本に地面に倒れていて、登った本人は枝に座っている。
 高瀬は嘆息する。


「お嬢様、戻りましょう。冷えて参りました」
「…高瀬には関係ないでしょ」
「いいえ。私はお嬢様のお目付役ですから」
 お決まりの答えを返され、絢乃はむくれる。もう少し違う答えをくれたって良いのに。
 軽く揺れた枝に絢乃が下を向くと、高瀬は幹に梯子を立てかけていた。
「こないでよ!」
 構わずに高瀬は段を上がる。
「降りましょう。お手伝い致します」
 絢乃が一人では降りられない事を、この男は知っているのだ。
「ほっといて」
「そんなわけには参りません」
「何よ。黙って行くつもりだったくせに」
 これには高瀬も少し困る。
 高瀬が軍に入るのは、この家に引き取られる時の条件だった。
「旦那様の指揮下の部隊だそうですよ」
「でも戦場に行くんでしょ。そしたら死んじゃうかも」
「我が公国軍は強いですよ」
「そんなの解んないじゃない」
「お嬢様がご卒業なさる年に、私も除隊になります。それまで頑張りますから」

 絢乃もじきに全寮制の学校へ編入する。
 勉強や行事、学友との暮らし、夢中になれるものも見つかって、そうしたら高瀬の事も忘れるだろう。
 今はただ、ちょっと途惑っているだけだ。

「…あたしが帰ってくる時には高瀬も帰ってくる?」
 不安そうに尋ねる絢乃を、傾きかけた陽が淡い金色に照らす。
 素直に綺麗だと高瀬は思う。



 頷く高瀬にやっと絢乃は微笑う。
「…降ろして」

 差し伸べられた手を、高瀬はそっと受け取る。






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午後の木洩れ日の中。





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