聖夜スペシャル
第六章 空を飛んでクアラルンプール


 眼下に、輝く太陽に包まれた熱帯雨林と、その間を蛇行して走る
河の流れがみえた。ところどころ、その河が急角度で曲がっている
ところは、その青い曲線の外輪にクロワッサンのような湖が落ちて
いる。
 これが三日月湖か。
 小学校の社会(理科だっただろうか)の科目で習った三日月湖と
いうものを目の当たりにして、ほーっと思わず口からこぼれる感嘆。
ここは小型旅客機の機上、シンガポール発クアラルンプール行き。
バブルが弾けてまだ間もない当時、まわりの乗客は日本人ビジネス
マンが多かった。
 ここは細長い東南アジアの国、マレーシア上空。
 またまたシンガポールでの滞在期間を延ばすためにマレーシアへ
と出国です。

 今回の目的地は首都クアラルンプールです。略称KL。現地で英
語で話すときは「クアラルンプール」よりも「ケーエル」のほうが
通じます。ケーエル…ということは「クアラ・ルンプール」なので
すね。日本人はたいがい「クアラルン・プール」と区切りますね。
間違いらしいです。

 シンガポール駐在の方から、出国スタンプを貰うために行って帰っ
てくるだけなら、クアラルンプールでは「伊勢丹」に行ってみたら
どうかと言われました。
 海外に来てまで日本のデパートに行くのもどうかと思ったのです
が、フライトの関係で滞在時間が数時間なので、とりあえずそうす
ることにしました。

 で、クアラルンプールの空港からタクシーに乗れと言われていま
した。
 …おやおや、パジェロのようなレジャー・ヴィークルが止まって
ますね。これがタクシーでしょうか? タクシーでした。
 乗ります。
 運転手の太った兄ちゃんと、後部座席にそのお友達っぽい兄ちゃ
んが乗ってます。僕は助手席に乗りました。
 「イセタンに行ってくれ」
 「ホワット?」
 「イセタン」
 「??」
 「イーセターン」
 「…! おぉ、アイ・セターン」
 おいおい。

 ということで、目出度く言語交流に成功し、クアラルンプール市
街のアイセターンへと向かいます。
 ところでシンガポールって、今は知りませんが、当時は小さな人
が多かったです。特に女の人。中学生じゃないかってような人が大
人の女性だったり。関係ないですが、当時は現地で白い衣装が流行
していたらしいのです。で熱帯の照りつける光の下で白い衣装を見
につけると、透けます。嬉しいですか? 嬉しいと思うでしょう。
現地駐在の方に言わせると「股のところで下の毛が透けて見えるの
はやめてほしい。なぜ現地人は気にしないのだ不思議だ」というこ
とでした…同感でした。皆さんも気をつけましょう。
 というシンガポールからマレーシアに来て同じような感じだろう
と思ってタクシー(っぽいパジェロ)の窓から外の通りを眺めてい
ると、おおっ、なんかパンツスタイルのセクシーな人が歩いていま
すよ! おおっ。ちーっと目で追って、いやいやうむむと思って
途中で目を逸らしました。
 そのとき、隣の運転手とご友人の会話が耳に入ってきました。
 「ホワイ・ユー・ストップ・シーイング?」
 「ビコーズ・カスタマー・ストップ・シーイング」
 …あんたらも視姦しとったんかい! というか英語が分からんと
思って勝手なことを言っとるなー。僕がほにゃーっと美人のお尻を
眺めていたのを見て笑っていたのかよー。
 とかとか、心の中で僕も笑っているうちにアイセターンに到着し
ました。彼らの会話は今でも心に残っている生きた英語です。

 アイセターンでは、安い緑色のボストンバッグを買って(物価の
安い国でもワゴン品しか買わない心意気)、アメリカ製の恐ろしい
顔をした春麗さん(人気のあった格闘ゲームの女性キャラクターで
す)の子供向けアクションフィギュアをお土産に買いました。実は
今回のマレーシア行きはクリスマスシーズンでした(もちろん寒く
ないです)。おもちゃ売り場では『パワーレンジャー』(日本製の
戦隊モノ特撮番組のなんとかレンジャーシリーズの主人公を米国人
に入れ替えて特撮シーンだけを残した米国バージョン)の人形が、
シンガポールでは大人気だったのですが、ここでも大人気でした。

 さて、お腹が少しすきました。アイセターンの2階のテラス形式
のカフェテリアに入って、フルーツのたっぷりのったトルテを食べ
ました。これがまた美味いの美味いの。マレーシアではトルテを食
うべし、これが僕の戦陣訓です。

 またタクシーで空港へと戻ると、いきなりスコールがだだ降り、
というよりバケツ水が落ちてきているような天候になりました。便
の出発が遅れるよーん、という放送を聴いてレストランで時間をつ
ぶしながら熱帯のスコールを感じます。数時間でも、好い旅ってあ
るものだなーと思いながら。

 そして、シンガポールへと戻ってきました。
 ホテルに着くと、日本から小包が届いていました。ホテルの部屋
番号宛に荷物を受け取った初体験です。大学のときに所属していた
サークルの後輩からでした。マンガが入ってました。
 『覚悟のススメ』
 …2週間の出張のはずが、すでに滞在2ヶ月になろうとしている
頃でした。風呂場での洗濯も慣れました。熱帯だから洗濯物が乾く
のが早い早い。すぐにパリパリです。覚悟完了しているつもりでし
たが、慰問品のマンガを読むと気持ちがグラリと揺れました。

 これはお礼をせずばなるまい。道端でお年寄りが中文版の日本の
マンガを売っています。もちろんパチです。これをお返しに送りま
しょう。3冊ください。いくらですか?
 …店のおじいさん、足し算ができませんでした。英語もできませ
んでした。
 親切なとおりがかりの人が中国語でおじいさんと話して英語に通
訳してくれました。助かりました。

 (これで東南アジアの思い出話は終わりなのね)

 ……いえ、実はあと少しあるのですよ。

 (ユキちゃん…やっぱり歳をとると、話が長くなるわね)

 ……サクラコさんのいぢわるいぢわるー!