聖夜スペシャル
第五章 バスに乗ってジョホールバル


 目覚めると、またもシンガポールでした。

 シンガポール。憧れの観光地ではありますが、悲しいかな所詮は
小さな島国です。2週間も滞在すれば、飽きてきます。特にブラン
ド品に興味がない男にとっては、もう熱い中を出歩くよりは、ホテ
ルでBBCの番組をそのまま流しているTVをみてたほうがいいか
なぁ、なんて気持ちになってきちゃいます。
 その頃は『ミスター・ビーン』なんてやってましたし。

 と、ダレだしてきたころ、ちょうど入出国管理の関係で滞在期限
が切れてしまいます。10年前の当時で2週間か3週間でしたでしょ
うか。ごめんなさい、よく覚えていません。

 ……このままだと本当に全部忘れちゃう、と思ったからこうやっ
   て書いてるわけですけどね、サクラコさん。

 (ユキちゃん、すでに小説じゃなくなってるわね)

 さてさて、滞在期限が切れそうになったらどうしたらいいか、と
いえば、延ばせばよいのです。何も日本に帰る必要はありません。
要するに、いったん出国して滞在記録をリセットしてから入国し直
せばよいのです。
 ということで、さっそく出国しましょう…バスに乗って!

 シンガポール島の東北の方へとMRT(地下鉄ですがそのあたり
は地上線)で向かって、そこからバスに乗りましょう。目指すは、
マレーシア。その最南端の都市、JHです。
 ジェイ・エッチ、ジョホールバルです。この頃はサッカーの試合
が行われた都市として有名になったり、戦史が好きな方は第二次大
戦の日本軍の進軍を思い浮かべたりするかもしれませんが、そこで
す。バスで行けます。

 初めての陸路国境越えの体験、ドキドキ。一応、シンガポール側
で降りるみたいです。東京駅の高速バス乗り場のブースのような国
境管理の事務所で、出国のハンコを貰います(手違いでコレを貰い
忘れていたら大変。再入国できません)。そしてマレーシア入国の
手続き(といってもハンコを貰うだけ)をしてブースの反対側から
抜けると、バスが待ってますから乗り込みます。それだけ。
 ま、日本人はどこの国でもけっこうすんなり通してくれますから、
心配する必要はありません。

 とはいっても、ハンコを押してもらえるだけしっかりした検問だ
と思います。それから10年後に言った米国・メキシコ国境では、
自動車に乗ったままパスポートを手で掲げて提示するだけのドライ
ブスルーでしたから。

 さてさて、マレーシアに進入して一番に愕いたことは何でしょう?

 物価の安さでしょうか。まぁ、それもあります。シンガポールの
モノの値段は日本の7割くらい。コカ・コーラが日本で100円の
時代に、日本円にして70円くらいで買えましたから。

 貨幣の重さでしょうか。マレーシアのリンギット貨幣の中でも、
10円相当の銅色のコインは、今の日本の500円硬貨よりも大き
くて分厚くて、こりゃまた財布が重くなる重くなる。

 高床式の家でしょうか。雨季のスコール対策で床が高ぁーい家も
観光で見学しました。

 ……どれも面白い体験だったけど、違うんですよ、サクラコさん。

 (ユキちゃん、やっぱりコレって、小説じゃなくなってるわよ)

 一番に愕いたのは、ハエです。蠅の王の蠅です。ブーンブーン。
国境を越えたら、そこはハエだらけでした。
 …というとマレーシアに失礼ですが、逆に海峡があるだけの人為
的な国境を境界として、ハエを壊滅させることができるシンガポー
ル恐るべしといったところでしょう。ウジが湧きそうなところを徹
底的に消毒して、親鳥じゃなくてハエになる前に根こそぎにしてい
るそうです。

 じゃぁ、国境を越えたし昼飯を食べましょうか。屋外のホーカ・
センターで。ホーカ・センターというのは、野外の屋台村とでも申
しましょうか、シンガポールの名物です。フードコートのような感
じで、安いです。しかも、見たこともない現地の料理を体験するこ
とができます。ま、旨いかどうかはともかくとして。おそらく日本
に来た外人さんも縁日でたこ焼きや焼きそばをみてそんな感想をも
つのだろうなと思います。

 そしてジョホールバル(JHという略語から考えると、ジョホー
ル・バルではなくて、ジョ・ホールバルなのだろうか?)の野外屋
台で適当に頼んだら出てきたものは、鶏がらスープでした。背骨の
ような骨が器に添えられています。中が中空でストローのようです。
これで吸えというのでしょうか、そうでしょうね。ということで、
骨のストローでちゅーちゅー吸います。おや、これは美味しいかも。
…と骨ストを咥えている最中にもハエが寄ってくるので、それを左
手で追い払います。おおっ、なんか現地っぽいぞっ。これぞ東南ア
ジアの熱帯雨林地帯の観光って感じでしょうか。

 そんなこんなで、観光4時間ほど。またバスで戻って(徒歩でも
可です。シンガポール側についてからタクシーでも拾って最寄の駅
に行けばいいですから)、国境でハンコを貰って滞在延長完了っと。
 シンガポール入国はちょっと厳しくて、お犬さまの検閲を受けた
かなー。もちろん麻薬犬です。ワンと咆えられたら、ハイ死刑ね。
ホントに死刑らしいです。

 ……国境越えは鉄道もオススメですよ。

 (ユキちゃんは鉄道にも乗ったの?)

 ……駅を見学して、お犬さまを見たような記憶はあるのですが、
   実は忘れてしまったかも。

 (頭がボケたわね、ユキちゃん)

 ……ぐうっ、サクラコさんのいぢわるー。

 (今回でマレーシア編を終わらせるつもりだったのに、まだ続く
  のでしょ?)

 ……はい、首都クアラルンプールの話がまだです。

 (歳をとると、話が長くなるわね)

 ……ぐうっぐうっ、サクラコさんのいぢわるー!