暑中スペシャル
最終章 君の采、僕の夢
「じゃぁ、そろそろ謎解きの時間だよ、お兄ちゃん」
ネコ耳の女の子推定身長17cmがニャァと鳴いて、ハルオの顔
をワクワクするような丸い瞳でじっと見つめた。
その鳴き声に釣られるように、白衣のドクター先生、短刀を持っ
た銀髪の少女、そしてハルオがふらふらとネコ耳の小さな女の子が
鎮座する机の周りに集まってきた。
そしてそれをさらに少し離れて取り囲んでいる群集、その熱帯の
バザールの売り子と買い物客の輪の中からすっと現れてくる影が…
「…アズンバ?!」
制服を着た高校生の姿を認めて、ハルオが驚きの声を上げる。そ
れはまさしく彼の悪友のアズンバであった。
「…うむむ、あなたは!」
次に千鳥足の酒臭い男が現れた。それはドクター先生によって魂
抜きの制裁を受け、腑抜けとなったはずの酔っ払いであった。
「ぁあっ…」
少女が小さな声を上げる。その瞳は幽霊のような微かな影を捉え
ていた。その淡く、かつ顔の大きな影は、少女が隠れ蓑としたはず
の西院由紀子(サイ・ユキコ)の姿であった。
みな立ちつくして、ネコ耳の女の子の挙動を不安な表情で眺めて
いる。これから始まる推理劇を待ち構えるように、じぃっと、じぃっ
と。
「コホンにゃン」
ネコ耳の女の子が、よく通る鳴き声で咳払いひとつ。
「犯人は……」
「ちょっと、ちょっと待った!」
ネコ耳の女の子の得意げな声を、ハルオの声が慌てて止めた。
「犯人だって? そのまえに、いったい何が事件なんだよ」
ざわめく群集。
「ふむ、そうですね。犯人というなら事件があるはず。犯罪がある
はずです」
ドクター先生もハルオに加担して同意の声をあげる。
「コホンにゃン」
ネコ耳の女の子が、よく通る鳴き声でふたつめの咳払い。
「じゃぁ、黒板を見てみるにゃン」
ぎゅるん! 世界がくにゃっと曲がった。バザールの群集の悲鳴
を背後に残して、そして…、
ネコ耳の女の子の背後にいつの間にか黒板が現れていた。彼女が
いまちょこんと座っているのは生徒用の机ではなく教壇の先生用の
台であった。
舞台は、ハルオとアズンバ、そしてサイさんがドクター先生の夢
授業を受けていたあの真夏の教室に戻っていた。
「にゃン、にゃン」
推定身長17cmのリカちゃんサイズのネコ耳の女の子が、指示
棒を振ってコツコツと黒板を指し示している。
そこにはチョークでこんな文字が書かれていた;
<じけん>と<かんけいしゃ>
ハル ドク 銀娘 アズ サイ 酔漢
1.草原の少女いぢめ事件 : △ ○ 被害 △ ? ×
2.高校の夢授業の事件 : ○ ○ 被害 ○ ? ×
3.バザールでお嬢様食べた事件: △ △ 被害 × ○ ×
○=加害者 △=関与者(夢の中を含む) ×=無関係
「…けっきょくアタシが被害者なのね」
淡い銀髪が美しい少女が、寂しそうなそれでいて少し勝ち誇った
ような声で静かにささやいた。
「裸っぽい格好だしな」
アズンバが熱を帯びた視線で少女の肢体を食い入るように眺めて
いる。少女はまだ、サイ・ユキコから脱皮したときに服が溶けたま
まの状態であった。
「…い、いやーん」
慌てて教室から出て行く銀髪の少女。その姿を目で追いながら、
探偵気取りのネコ耳の女の子が呟いた。
「彼女はただの『いぢめられキャラ』だにゃン。放っておくにゃン」
その言葉を聞いて、アズンバがおずおずと手を上げた。
「いや、あれ、でもあの子は主役だったんじゃねぇの? お嬢様っ
て呼ばれてたし……ぎゃっ、あああああぁぁぁぁぁっ」
アズンバのセリフの途中で、アズンバと酔漢の座っていた席の下
の羽目板がパカッと開いた。彼のセリフの最後は、奈落へと落ちて
いく悲鳴であった。
ストン……ぶしゅ。
こんな感じで2人が教室から消えた。
「アズンバさんと酔っ払いさんは、×が付いてるから消えてもらま
したにゃン。無罪放免だにゃン」
ネコ耳少女が得意気に残った人々――ハルオ、ドクター先生、サ
イさんの幽霊姿――に語りかけた。
(じょ、冗談じゃない。無罪放免というより死刑じゃないかよ)
(な、なんなのですかコレは! 小娘にこの私が裁かれるなんて)
ドクター先生とハルオは、目と目でうなずき合った。そして教室
の窓から手に手をとって飛び出した! 逃げ出した!
あの日のように、教室を抜けてバザールへと旅立った日のように。
「あ……ああっ、ここは!」
「な、なんということです。戻って来てしまった…」
高校の教室の窓から飛び出したはずのハルオとドクター先生、ふ
たりが着地したのは校庭ではなかった。
……草原であった。風ふき遥か彼方まで草がたなびく、草原であっ
た。
「戻って来てしまった…私の診療所に」
教室に、ネコ耳の女の子と、顔の大きなサイさんの霊体が残った。
「アタシは、無罪放免なの?」
「はいにゃン。無罪というよりも、アナタは『使いこなせなかった
意味ありげな脇役キャラ』だったにゃン」
ふーっ、とため息をついて、サイ・ユキコは頬杖をついた。
「よかった、奈落に落ちなくて。明日、映画に行く予定が入ってた
の」
「ミーハーだにゃン。天晴れ女子高生だにゃン。で、何の映画にゃ
の?」
「ただのアニメよ。『Zガンダム』っていうの」
ネコ耳の女の子はパタパタと尻尾を振って、窓からみえる夏空に
呟いた。
「ふーん、最後まで『意味ありげでなさげなキャラ』っぽいセリフ
だにゃン。偉いにゃン。じゃぁ、そろそろ決着を付けにいくにゃン」
サイ・ユキコは気のなさそうな声で手を振った。
「頑張ってね、ネコちゃん。でも、アタシ新約にはちょっと期待し
てるのよ……アタシたちのこの話はこれで終わり、焼き直しの機会
はなさそうだけどね」
サイ・ユキコは略してサイコなのかなー、なんて思いながら。
※
白き綿雲が浮かぶ青き空、風が吹くそこは草原。
「どうしてアタシを縛ったの?」
少女は尋ねた。
「なぜ君は縛られたのですか?」
白衣の男は尋ねた。
「それはアタシがアナタを拒否したから」
少女は答えた。
「そんな単純な理由で、私が君を縛って、無理やり心を奪ったとで
も言うのですか? 国境をひとり越えて、異国から草原まで来たっ
た銀髪の美少女である君を、この私が?」
白衣の男はさらに尋ねた。
「なぜアタシは銀髪の美少女なの?」
少女は尋ねた。
「それは彼の望みだから」
白衣の男は答えた。
「なぜアタシは東洋風の異国の少女なの?」
少女は尋ねた。
「それは彼の好みだから」
白衣の男は答えた。
「なぜアタシは縛られて、アナタにいきなり胸を触られたの?」
少女は尋ねた。怒った瞳を輝かせて。
「それは彼の試みだったから」
白衣の男は答えた。諦観したように空を見上げて。
「彼って誰?」
少女は尋ねた。
「それは……ぎゃっ、あああああぁぁぁぁぁっ」
白衣の男は奈落へと落ちていった。
「はいそこまでだにゃン。謎解きはこのネコ耳ちゃんの仕事だにゃ
ン」
ふんわりと現れたネコ耳の女の子は、無罪放免の裁きを下した。
「彼って誰?」
少女はまた尋ねた。
「彼って彼だにゃン」
ネコ耳の女の子が小さな手で指し示す先には、ハルオがいた。
「……え?! 俺っ?」
ハルオは驚いた。なぜか魔法使いのようなローブを着ていた。
「違うにゃン」
ネコ耳の女の子はパタパタと尻尾を振った。
「……え?! じゃあ、無罪放免で落とされるの?!」
ハルオは地面がパックリ開くのではないかと、ジタバタした。
「それはもう飽きたにゃン。君たちは好きに冒険にでも旅立つがよ
いにゃン」
ネコ耳の女の子は、小さな欠伸をした。
「仕方ないわね」
少女は言った。
「準備は……できてるのか」
ハルオは魔法使いとなった自らの姿をみて、とつぜん手元に現れ
たマジック・ワンドを驚いたように眺めていた。
「そうね」
少女は気のなさそうな声で、手に握る東洋風の短剣を眺めていた。
「アタシが戦士で、アナタが魔法使いなのね」
少女は諦めたように、ハルオに握手を求めた。
「うん。これからよろしく」
ハルオは、ちょっと照れたように微笑んだ。少女と握手をした。
「じゃぁ、征こうか?」
ハルオは、草原の彼方を魔法の杖で指し示した。
……そして二人は、草原の彼方へと消えていった。
「大団円だね」
ハルオは嬉しそうに青空に呟いた。
「大団円だにゃン」
ネコ耳の女の子は草原の彼方へと去る二人を見送りながら呟いた。
「たとえその先に、いきなりレベル20の巨大グラスホッパーが現
れるとしても」
ネコ耳の女の子は、情け容赦がございません。
……ね?
「彼って誰?」
草原にひとり取り残されたネコ耳の女の子は、ひとり語った。
「彼って彼だにゃン」
ネコ耳の女の子の小さな手が、青空の彼方を指差した。
青空の彼方、空を抜けて、宇宙を抜けて、輝く発光体の銀河を抜
けて、発光体の四角い……四角いディスプレイを抜けて……
「アナタだにゃン」
ネコ耳の女の子に指し示されたアナタは、自分が座っている椅子
あるいはカーペットの下の床がストンと抜けて、奈落に落とされる
のではないかと思って、そわそわした。
……でも大丈夫。奈落に落ちるのは無罪放免のときですから。
「アナタは有罪にゃン。だから、その反対だにゃン……」
ネコ耳の女の子は、にゃっと笑った。
アナタの座っている床は抜けなかった。助かった…と思ったその
とき、アナタの真上の天井がスポッと抜けて暗い穴があいて……、
ほら、貴方の頭の上に、トリ頭さまが落ちてきた。触れると全て
の物事を3秒で忘れてしまうという、あのトリ頭さまが落ちてきた。
(コケッコ)
……ネコ耳の女の子は、情け容赦がございません。
白き綿雲が浮かぶ青き空、風が吹くそこは草原。
ネコ耳の女の子の可愛い尻尾が、風にのってゆらりゆらり。
(みゃーん)
<七夕だからって、願い事と妄想を取り違えると、
スポッと落ちちゃうよ、1年も続く夢の彼方に、
虚しくて、楽しくて、消えちゃって、にゃン>
<幕>