初夢スペシャル
最終章 トリ年おめでとうございます
「ようこそ、我が館へ」
トーマスの囁き。耳元で囁かれたその声は、トーマスに抱きしめ
られている男、聖家カツラギの耳朶をくすぐり中耳を抜け、そして
聖なる脳内へと伝わった直後に『叫び』へと変換された。
「なにいぃぃぃぃぃいいいいいいいっっっっっ!」
『そのとおりなのだよ、カツラギ君』
その時、館の天井を這っている伝声線からナナシ司令の声が響い
てきた。
「ということは……奴が、トーマスがモエモエ大王の正体なのかっ!」
カツラギの怒りの瞳が、はっしとトーマスの貌(かお)を捉える。
「……否とよ」
トーマスの静かな応え。その顔は、いくぶん当惑を含んでいる。
「モエモエ大王はお主であろう、聖家カツラギよ」
「何だとっ、このモエモエ大王めが」
カツラギはとりあわない。トーマスを突き放し、そして睨みつけ
る。
『いや、というより君たちがお互いモエモエ…げほげほ』
伝声線のナナシ司令の声を遮るように、可愛い悲鳴が聖水路から
聞こえてきた。
(うきっ、カツラギお兄ちゃん、バイバーイ……)
※
「サル耳さまが先ほどの流れに押されて、聖水路を流されていって
しまいましたな」
眼鏡の男の呟き。その小さく呟かれた声は、ネコ耳さまとの再会
に萌えていた男、聖家カツラギの耳朶をくすぐり中耳を抜け、そし
て聖なる脳内へと伝わった直後に『驚愕』へと変換された。
『そのとおりなのだよ、カツラギ君』
その時、館の天井を這っている伝声線からナナシ司令の声が響い
てきた。
「ということは……次はサル耳さまを探してまた三千里を旅しなけ
ればっ!」
カツラギの決意の瞳が、はっしとサル耳さまが流されていった聖
水路の彼方をみつめる。
『……否とよ』
ナナシ司令の静かな応え。その声は、かなりの当惑を含んでいる。
しかしその声を、カツラギは聞いていない。
「ということはということは、さらに1年間初夢は続くのだ……」
『否とよっ!』ナナシ司令の叫び。
「違いますなっ!」眼鏡の男の叫び。
「その必要はないでござるっ!」トーマスの叫び。
……(訳:これ以上つづけられません。勘弁してください。)
※
『干支妹妹(メイメイ)さま、交代の儀がもう始まっているのだよ、
カツラギ君』
「だから何だと言うのだ、ナナシ司令っ!」
『サル耳さまのお役目は終わったのだ。彼女に対する萌えのお勤め
ご苦労であった、カツラギ君』
「ま、まだだっ。まだ萌えたりないぞっ、ナナシ司令っ!」
『年が明ける。次の干支妹妹さまが光臨される頃だ』
昨年がネコ耳さま……今年がサル耳さま……
「……こ、今年は何なのだ、ナナシ司令?」
ここで眼鏡の男がポツリと呟いた。
「流れからいけば、トリですな。しかもニワトリっぽい」
トリだとっ? ニワトリだと?!
「うぉぉぉおお! チキン相手に、どうやって萌えろというのだっ!」
『来るぞっ、カツラギ君!』
聖水路が1年前のあのときと同じように激しく波立ち……波立ち……
波立たない?
その時、天からポトリと、何か白くて小さな物体がカツラギの頭
の上に落ちてきた。
(コケッコ)
その物体は、パタパタとカツラギの頭をホップして、トーマスの
頭にとまり、
(コケッコ)
トーマスの頭をステップして眼鏡の男の頭に移って、
(コケッコ)
そしてさらにジャンプして、カツラギの腕にパタパタと着地した。
カツラギは自分の腕にとまっているその白い物体を、驚いたまま
の瞳でまじまじとみつめた。
「トリ耳さま……? いや、耳が無いぞっ!」
そう、白い物体はまんまるい目を見開いて、カツラギたちをじっ
と眺めている。その顔には……耳が無く、
「赤い鶏冠(とさか)がありますな」
「確かにトサカ、げにもトサカ」
眼鏡の男が萌え描きすべきか、トーマスが崇めるべきか戸惑いの
混じった声で話しあっている。
『そのとおり。トリ耳さまは存在しないのだよ、諸君』
「で、ではこれは何なのだっ!」
『トリ頭さまであらせられる』
※
トリ頭さまに見詰められた者は、3歩あるけばこれまでに萌えた
想いは全て頭の中からさっぱりと消えて忘れてしまうのだ。
これ、ツォンナの常識、ウラッ!
※
「そ、そんな…」
崩れ落ちるように地面に跪いたカツラギ。
「諦めるのは早いぞ、カツラギっ!」
トーマスがカツラギに長い棒のようなものを放って寄越した。
それを、パシッと受け止めるカツラギ。
「こ、これは……コクイン機」
「そうだ。今度こそ想いを遂げるんだな、カツラギ。オマエの萌え
魂、この1年でしかと見届けたぜ」
そう言って右手で敬礼すると、トーマスは満面の笑顔でカツラギ
に握手を求めるかのように歩み寄った。
トコトコトコ。
……そして3歩あるいて全てを忘れた。
※
カツラギは手の中のコクイン機を、じっと見つめた。
そして、聖水路に目を転じる。
そこには丸太を抱くように浮かんでいるネコ耳さまのお姿が。
(……みゃーん、カツラギお兄ちゃん)
カツラギの立ち位置からネコ耳さまの御許までの距離は、その距
離は……嗚呼っ……
「ネコ耳さまっ……!」
(みゃ? カツラギお兄ちゃん!)
カツラギの呼びかけ。そしてネコ耳さまの嬉しそうな反応。しか
し、いくらカツラギが手招きしてもネコ耳さまは動いてくれない。
カツラギの真似をして、右手でおいでおいでのポーズをして喜んで
おられる。
これぞネコ耳さま招きっ、萌えっ。
……と萌えている場合ではない。ネコ耳さまは丸太を抱いている
ために聖水路から動けないのだ。
「あああっ! ネコ耳さまっ!」
カツラギは天を仰いだ。
※
君への想いは、はるかに遠く。
俺の足では届きはしないかもしれない。
でも、君が好きだ。
ずっと見つめていたい。
ずっと抱きしめていたい。
だって、萌えてしまったのだから。
ああっ、天よ、ご照覧あれ!
俺は萌えているのです。苦しいくらい、切ないくらい。
力を、力をください、彼女を取り戻すための、
彼女を失わないための力を。
※
そして、カツラギは、その聖なる1歩を踏み出した。
…2歩目。涙をふりはらいながら。
……3歩目はすべての想いを込めて、聖水路へとジャンプした!
※
その後、カツラギはネコ耳さまとの想い出を抱き続けることがで
きたのだろうか。それともそのきらめく記憶を失ってしまったのだ
ろうか。
それは語るまい。なぜならかくいう伝承者である私も、3歩ある
いてすべてを忘れてしまったのだから。
ただ、可能性だけは語っておいてもバチは当たるまい。だって、
初夢なのだから。
○エンディング1
もし、カツラギが今度こそネコ耳さまのお尻に聖なるコクインを
押すことに成功していたならば、今年は「ネコ年」です。
(カツラギ……お兄ちゃん……にゃん)
ネコ耳さまも、嬉しそうだよ。
○エンディング2
もし、カツラギの最後のジャンプが成功し、ネコ耳さまに触れる
ことができずとも聖水路へと落ちていたならば、彼は聖水路を流さ
れます。トリ頭さまの力で記憶が急速に薄れ、遠ざかるネコ耳さま
をネコ耳さまと認識できなくなりつつ、哀しみの涙を流しながら。
でもご安心あれ。彼は最終的にはカツラギの聖家に流れ着きます。
そしてそこで出会うでしょう。
(うきっ、カツラギお兄ちゃ〜ん!)
ぴょーん、と飛びついてくれる明橙色の髪の妹妹(メイメイ)さ
まに。だから今年は「サル年」です。二年連続もよきかな。
○エンディング3
もし、カツラギが全てに失敗していたとしてもご安心あれ。
<覚えていますか、あの愛を。>
カツラギが誰かのお尻にコクインしていたことを!
そう、3歩あるいても、カツラギの心の中に唯一、トーマスとの
想い出は残っているのです。
<覚えていますよ、あの愛を。>
ま、カツラギとトーマスは、館が運命の聖水路で繋がっている仲
でありますし。1年交代で妹妹さまを愛で合っている仲ですし。
良いではないですか。いわば兄弟。美しきかな美しきかな。
この場合、今年は「トーマス年」です。
※
『新年からこれかね?』
「頭が痛いですな」
『そういうときは、コレなり』
「ですな」
ほら、貴方の頭の上に、トリ頭さまが落ちてきた。
(コケッコ)
<幕>