初夢スペシャル
第九章 モエモエ大王の館


 モエモエ大王の館……。
 そこは、一年のお勤めを終えたツォンナの十二の少女神、妹妹(メ
イメイ)さまが、聖水路を流されて辿りつく、終焉の地。

     @
「ああぁっ、俺のネコ耳さまっ! いま、いま助けにいくよーーっ!」
 冬の嵐の中のカツラギの叫び。暗い森の中、右肩には明橙色の髪
のサル耳さま、尻尾がひょこひょこと揺れている。
 走るカツラギ、そしてその後に続くは眼鏡の男。影のように、た
だひたすらに、走る、そして描く、サル耳さまの可憐なお尻を。
     @

 一年のお勤め、それはすなわちカツラギなど聖家によって萌え祀
られること。聖家の萌えこそが、すなわちツォンナの平和を維持す
る力なのである。そのためには一年交代の少女神、小さなメイメイ
様たちは可憐かつ可愛くあることが宿命づけられており、またそれ
はメイメイ様たちにとってとても容易なことであった。
 なぜなら、そうであるからこその妹女神様なのだから。

     @
 一年まえの記憶が、伝声線をとおしてのナナシ司令との会話が、
雨風に逆らってひた走るカツラギの脳裏に蘇ってくる……

  『……モエモエ大王の御許(みもと)だ』
  「モエモエ?」
  『大王だ』
  「……そこでどうなる」
  『……可愛がられるのだ』
  「可愛がられるのか……?」
  『そうだ、可愛がられるのだ……』

 可愛がられてしまったのかっ! モエモエ大王とやらにっ!
 一年も、一年も、一年も経ってしまったっ!
 いったい、何度、どれだけ、どのようにお尻を愛でられてしまっ
ただろうか、俺のネコ耳さまがっ、モエモエ大王とやらにっ!
 あああっ、ネコ耳さまっ、うぐっ!
「げ、げほげほ、げーっ」
 突然の眩暈と嘔吐感に、足がまろび、木の根に引っかかって泥土
の中にずずずっと倒れこむカツラギ。その目に脱出ポットのように
ぴょ〜ん、と空中に飛び上がった茶色く小さな物体が映った。
(うき、うき、うききっ。お兄ぃちゃ〜〜ん!)
 仰向けに倒れたカツラギの腹に、ちょこん、とその小さな物体、
サル耳さまが着地した。サル耳さま、ナイス脱出。
 そのおめめが、くりくりっとして、泣きそうな目をしたカツラギ
を、不思議そうにぴょろんと見つめている。
「……ああっ、サル耳さま」
     @

 ひとりの少女に対する萌えは、永遠に持続するのだろうか?
むろん、その少女(あるいは娘)が年齢(よわい)を重ねるという
事象を排除したうえでの前提である。妹女神(メイメイ)様は年を
とらない。それでもなお、永遠に萌えを持続させることは、可能な
のだろうか?
 その命題については、たとえ東方の賢人ヒイ・ラギであったとし
ても、沈黙をもって答えざるを得ないであろう。
 ゆえにこそ、太古の神はこう考えたのかもしれない。妹女神様は
一年交代と。一年が経ち、萌え、尽きられた彼女たちは、光臨され
たときと同じように、聖水路を揺られて、モエモエ大王の御許へと
引き取られてゆくのだ。
 ……丸太を抱いて眠りながら。

    @
「こ…ここかっ、モエモエ大王の館っ!」
「そのようですな」
 その終焉の地に、ついに聖なる二人の男と、
「うきゅ〜、このおやしきってなんか怖いよ〜、うきゅ」
 一人のサル耳さまが、到達した、入った、立った、そう、モエモ
エ大王の館に、不可侵なる最果ての地に、ついに一年をかけて辿り
ついたのだ。
 泥だらけ、満身創痍のカツラギが、力を振り絞って叫ぶ!
「モエモエ大王、出て来いっ!」
 ……
「居ないようですな」
 眼鏡の男が、大きな鉢に植えられて吹き抜けの天井に突き伸びて
いるバナナの木から大きめの枝をポキリと折って、サル耳さまに手
渡しながら、呟いた。
「な、ならば、」
 カツラギは大きく深呼吸したのち、今度はおそるおそるといった
声音で、優しく呼びかけるように叫んだ。
「ネコ耳さま、ネコ耳さま、ネコ耳さま、ネコ耳さまぁぁぁ?!」
 ……
「居ないようですな」
 もらったバナナの木の枝にしがみついているサル耳さまを萌え描
き始めながら、眼鏡の男が呟いた。
 サル耳さまは、お疲れになったのか、おねむのよう。バナナの枝
をきゅっとその可愛い腕と尻尾で抱きしめて、うとうとうきゅきゅ
と寝息をたてておられます。
 そのバナナの枝が、ころころころっと転がって、ポトンと水の中
に落ちましたとさ。館の中を流れている飾り川の淀み水の中に。で
もご安心。バナナの枝とサル耳さまの組み合わせって、水に浮くの
です、ツォンナでは。
 水面に浮かびながら眠っておられるサル耳さまを萌え描きしなが
ら、眼鏡の男が呟きます。
「まるで一年前のようですな」
 ハッ、とした。カツラギの心に一年前の光景が蘇ってきた。目の
まえでは、眠りながら微笑んでいるサル耳さまの口元からつーっと、
幸せそうな涎が流れ落ちている。
(俺は一年まえにも)
 カツラギはその口元におのれの唇を静かに寄せて
(このようにして愛を舐めとった)
 そっと口と頬の脇を流れる涎に口付けをした。
(ああっ、でもその相手は……)

  「モエモエ大王も、ネコ耳さまの頬に口づけするのか?」
  『なにっ、バカなことは考えるな! 貴公は……』
  「……そうだ、カツラギだ。ネコ耳さま萌えのカツラギだよ!」

「ぐああああっ、ネコ耳さまぁぁぁあああああ!!!」

(……みゃーん、カツラギお兄ちゃん)

 飾り川の淀みが、揺れた。
 ……いま、何か聞こえた。懐かしい、心が揺さぶられるような甘
い声が。俺さまが命に代えても護りたい、取り戻したいと想ったあ
の、あの、あの……
「この川は飾りではないようですな」
「ということはっ!」
「聖水路ですな」

             (カツラギお兄ちゃん)

 彼女の声が。

           (カツラギお兄ちゃん)

 水路をとおって。

        (カツラギお兄ちゃん)

 迫ってくる。

     (カツラギお兄ちゃん) 

 そして、すーーーぃっと、カツラギと眼鏡の男の前に、その丸太
が姿を現して、ピタリととまった。

  (カツラギお兄ちゃんっ)

 ネコ耳さまは、片方の頬を押し付けるようにして丸太を抱きなが
ら、潤んだ眼でカツラギをみつめていた。

 ……俺は、心が震えてどうしたらいいのかわからず、ただ、淡髪
が乱れてあらわになった彼女のうなじに、そっと唇を近づけた……

「そこまでにしてもらおうか、カツラギ君!」
 そのとき、ネコ耳さまを追うようにして聖水路上から、なにやら
覚えのある声が聞こえてきた。

 ……だが、俺の心はもう乱されることはない……
 カツラギは目を瞑った。その唇は静かにゆっくりとネコ耳さまの
うなじに近づき、いましもその華奢な首筋に一年の想いが込められ
た接吻がなされようと…。
 だが、そのとき!
 ネコ耳さまの丸太は、その後方から流れ着いた物体によって後尾
がカツンと押されて、すぃっ、とネコ耳さまの丸太ひとつ分だけ、
前方にずれてしまった。そしてネコ耳さまがいらっしゃった場所に
はその物体が……
 眼を閉じていたカツラギの唇は、その柔らかな物体に吸い込まれ
た。
「これは…トーマスのお尻ですな」

 凍りつく三人の男。カツラギ、トーマス、そして眼鏡の男。
この決闘の接吻をもって、今年最後の戦いの幕が切って落とされた!

「うげっ、トーマス……っ!」
「久しいな、カツラギ……」
「うぉぉぉおおおおお、とどめだぁぁぁあああああっ!」 
 いきなりですか。
 しかしそのカツラギの渾身の聖家パンチを、成長したトーマスは
楽々と受け止める。そしてカツラギの腕をとり、引き寄せ、ぎゅっ
と抱きしめた。
 さらに、固い抱擁!
 そして、抵抗するカツラギの頬を押さえつけながら、トーマスは
カツラギの耳元にそっとささやいた。

「ようこそ、我が館へ」

(最終章へ続く)



「……ところで、サル耳さまが先ほどの流れに押されて、聖水路を
流されていってしまいましたな」
 眼鏡の男が、ふむふむといった調子でぽつりと呟いた。

 ……

「なにいぃぃぃぃぃいいいいいいいっっっっっ!」

(カツラギの絶叫を除夜の鐘のように響かせつつ、
 やはり最終章へ続く)