初夢スペシャル
第七章 許すまじ、ウサ耳さまっ!
聖家カツラギが、サル耳さまとの交歓に萌え堕ちていたその頃、
(うききっ。お兄ぃちゃ〜〜ん!)
眼鏡の男が、タツ耳さまの炎のお仕置きに覚醒しようとしてい
たその頃、
(エッチッチはだめよ、ね?)
ナナシ司令が、トリ耳さまを探してツォンナ世界を駆け巡っ
ていたその頃……
(トリ耳さまは何処にーーーっ?!)
彼女のことをお忘れではないか、諸君?
そう、時は至れり、
我らがネコ耳さまの行方について語ろう。
シナイ大河の波のうねりに飲み込まれ聖水路を流されていった、
淡い髪と泣きそうな濡れた瞳をした、あの可哀想な少女の運命、
運命、運命について……
(カツラギお兄ちゃん、いいの、いつか消えるから)
いまこそ語ろう。
「拙者に語らせろ、ニコフ」
……誰だっ?!
『♪♪トーマスさまですぅぅぅ〜っ!』
最初に語りをさえぎった声のそのさらに後ろから男どもの一斉
唱和が、まるでバリトンの歌声のように、周囲の空気を震わせ
た。
トーマスさま? トーマスさまだとっ?!
カツラギの聖水路で、丸太に縛られ浮かんでいた可憐なるネコ
耳さまに襲いかかり、そのまま彼女とともに聖水路を濁流に飲
まれて流されていった、あの悪漢、ネコ耳さまキラーのトーマ
スなのかっ!
「そのとおりでござるっ、ぶくぶく」
ぶくぶく? そうか! ここは聖水路の果てのシナイの大河、
地上の人々が暮らす豊かな熱帯雨林の土地をたゆたう、母なる
流れの中なのか。
……さては、溺れているのではないのか、トーマス!
「ふふふっ、溺れておるぞよネコ耳さまにっ!」
『♪♪お兄ぃちゃ〜ん、お兄ぃちゃ〜ん、うふふふー!』
野太い声がハモってトーマスを称える。気色わるい。
「拙者が語ろうぶくぶく、ネコ耳さまの行方についてぶくぶく」
いや、それより本当に溺れそうだろ。ざぱーん!
うぉっ、な……波がっ!
ぶくぶく。
おしまい。
……それはともかく、
むかしむかし、あるところに一人のお転婆な少女がいました。
「ん? アタイのことか?」
少女は、白くて美しく長い髪をもっていました。
「それほどでもネェよ」
そしてさらに、少女は白くて美しく長い……げほっ。
「うるせーなァ、ちっとは黙ってろよ」
な、殴らないでください。げほ。
「フン」
唐突ですが、少女は困っていました。
「参ったヨなぁ、アタイとしたことが」
少女はお家の近くの河を渡って反対側にある、大きな森に遊びに
きていたのです。そしたら……
「いきなり戦争が始まっちまってヨぉ、びっくりしたぜ」
そして兵隊の人たちが撃った水砲のせいで、少女が渡ってきた橋
が砕けて落ちてしまったのです。
「無茶するよなァ。あ、火ぃ貸して」
あ、タバコ吸ってる。だめですよぉ。
「アタイって、お転婆だからさ、ははは」
……そういうのはお転婆とは言わないの。
「いいじゃん。こーんな可愛い娘が困ってんだからさー」
そうそう、その少女は困ってしまったのです。どこかに他の橋は
ないのだろうかと、少女は一生懸命に探しました。でもダメ。どこ
にもお家のほうに渡れそうな橋はありませんでした。
「ガッデムっ!」
……可哀想な少女は、とにかく困ってしまって、あぁ神さまどう
したらよいのと、河の上流を潤んだ瞳でじっと眺めました。すると、
どうしたことでしょう。河の流れに乗ってどんぶらどんぶらと、
「桃だねっ! アタイ好物なんだよっ、ピーチってさ!」
どんぶらどんぶらと、丸太に縛られ薄い水着をきて、そして頭に
はネコ耳をつけた女の子が流されてきました。どんぶら。
「……へ?? ひょっとして、マニア?」
マニアです。
「……」
可哀想なネコ耳の女の子は、大きな瞳に涙をいっぱい浮かべて流
されています。にゃ〜ん。
「ちっ、助けてやるか」
さっき、とおり過ぎていってしまいましたよ。残念ですな。
「おいおい……」
しかしその後すぐに、女の子を追いかけるようにして、またまた
何やら流れてきました。
「今度は何なのヨぉ」
お尻です。
「……へ??」
ぷかぷか、どんぶらどんぶら、お尻が一つと五つ、合わせて六つ
流れてきました。
「またマニアじゃないか」
いえいえ、ぜーんぶ男のお尻です。ダンケツです。それはそれで
マニアなのですけど。その六つのお尻は、ぷかぷか流れてきたかと
思うと不意に、岸辺に立っている白くて長い髪をもった少女の前で
止まりました。
「ぶほっ。お、お尻が! お尻がっ! アタイの前に並んで浮かん
でるぅ」
そう、水母(くらげ)のような六つのお尻がぷかぷかと、少女の
前に並んで浮かび止まったのです。その、お尻の直列現象を怖がり
ながら眺めていた少女ですが、ふといいことに気づきました。
「このお尻を橋の代わりにして、向こう岸まで渡っちゃえっ!」
少女はこの思いつきに夢中になりました。なんてワタシは頭が良
いのかしら、いえいえ、このお尻はきっと神さまが私のためにつか
わしてくださったのだわ。
「じゃ、いくよー。ぴょ〜んっと!」
少女の一歩目は、いちばん岸の近くに浮かんでいたお尻の割れめ
のちょうど上に、見事に着地しました。少女は自分の考えがうまく
いきそうなので、ちょっと嬉しくなりました。
……そのときです。
「はぅぅぅぅぅううううううう」
お尻がハウリングしたのです。はぅううううう、はぅううううう、
と、少女の足元のお尻が泣きだしたのです。少女はびっくりして、
思わず片方の足をお尻の割れめに突っ込んでしまいました。
「はぅぅぅぅぅううううううううううううううう」
お尻のハウリングがますます大きくなりました。お転婆な少女も
これにはびっくりです。そこで少女は優しく尋ねてみました。
「お尻さん、お尻さん、アタイの足の下のお尻さん。どうしてアン
タは泣いてるのさ?」
すると、少女の足の下に浮かぶお尻はぷりぷりしながら答えまし
た。
「拙者は『お尻さん』ではござらぬ」
少女はまたまたびっくりしてしまいました。
「お尻が喋った!」
じゃぁ話しかけるな。それはともかく、少女はお尻さんに名前と
住所、年齢、萌え属性を聞いてみました。
「拙者の名は……」
『♪トーマス、トーマス、ラララララー』
少女はさらにびっくりしてしまいました。他の五つの水面に浮か
んでいるお尻がとつぜん、ミュージカルのようなテノールで歌いだ
したからです。
『♪トーマスっと、トーマス五人衆、お出ましだよ〜』
トーマスと、トーマス五人衆らしいです。どうするの?
「フン、これはチャンスだぜっ」
少女は何やら、良い考えを思いついたみたいです。
「ねぇねぇ、トーマスさんとやら」
少女はお尻に猫撫で声で語りかけました。
「否っ! 拙者はもはやただのトーマスではござらぬ。ネコ耳
さまを慕う五人の部下を引き連れたいま、拙者は……」
「このままアタイを向こう岸まで運んでくれないか」
少女はさらに語りかけます。
「拙者はいまや、『ラ・トーマス』と成りにけりっ!」
「ねっ、いいだろ。ちょっとだけアタイを運んでヨ」
少女はぜんぜんお尻の話を聞いていません。それはそれで正解で
すけど。でもお尻さん、ちょっと怒ったみたいです。がばっと水面
を割って、お尻さんの本体が顔を出しました。いや、顔が出ました
からこっちが本体でしょうか。わけわかりません。
「げほげほっ。どれどれ、拙者のお尻に突っ立っている無礼者
の顔を眺めてやるとするか」
そして、お尻さんこと『ラ・トーマス』は、カエル泳ぎのような
格好で大きく息を吸い込みながら、くるりと首を巡らして、自分の
お尻に立っている少女のほうを向きました。
ごくり。
「……こ、これはしたり」
「な、なんだよぉ。なにジッと見てんだヨぉ」
お尻の男は、少女の顔、そして白くて長くて美しい髪のあたりを
すこし驚いたようにじっと睨むように真剣に見つめています。
「……そうか。こんなところでお会いするとは」
お転婆で勝気な少女ですが『ラ・トーマス』に睨みつけられて、
ちょっとたじたじとなってしまいました。お尻を踏んでいる本人と
目が合うのって、気まずいものだなぁ、と少女は思いました。
「な、なに言ってんだい。そ、それで、アタイを向こう岸に渡して
くれるのかどうなんだい!」
少女は強がって、すこし震える口ぶりでそう叫びました。
「……よろしかろう。しかし条件があるでござる。向こう岸に
渡してあげるお礼に、コクインを打たせて欲しいでござる」
「コ、コクインって……」
少女は何のことかさっぱりわからず、きょとんとしました。
「ほら、拙者のお尻をよくご覧あれ」
「お尻って……あっ!」
少女は水に浮かぶ足元のお尻をじ〜っと眺めました。そして気づ
きました。お尻に奇妙な形の文様が浮き出ていることに。
……その文様が干支耳さまを祭る聖家の文様であることを、少女
が知るはずもありませんでした。
……そう、その文様がすべての事の発端。聖家カツラギからネコ
耳さまを護るため、身代わりとなった古き良きトーマスが受けたコ
クインだったのです。
干支耳少女さましか受けてはならないコクインを御身に授かって
しまったため、トーマスは暗黒世界に堕ちてしまったのです。なん
という悲劇でしょう。
しかし、それは少女の知るところではありませんでした。
「コクイン? わかんないけどお安いごようだよ。じゃ、渡るねっ!」
そして白く長い髪のお転婆な少女は、ぴょんぴょんとトーマス五
人衆のお尻の上を、まるで浮石をジャンプする要領で、スキップし
ながら跳ねて駆けて、ついに向こう岸にあと一歩というところまで
きたのです。
「やったネっ!」
しかしそのとき、喜んで飛び跳ねている少女の背後から、苦悶の
悲鳴が聞こえてきました。
『♪ぐぁ〜っ、あっちっち〜』
『♪当方滅亡だよ〜』
『♪ネコ耳さまによろしく〜』
『♪楽しかったですよ〜』
『♪これにてお別れでございます〜』
赤くなったお尻が五つ、河を流れていってしまいました。
どうやら少女の吸っていたタバコが原因のようです。少女がお尻
伝いに飛び跳ねるたびに、タバコの熱い灰がトーマス五人衆のお尻
を直撃してしまったのです。
「まっ、いっか」
でも少女は気にもせず、うきうきしながら、向こう岸への最後の
一歩を踏み出そうとしました。そのときです。
「……許すまじ、ウサ耳さまっ!」
そうなのです。少女は白くて美しく長い髪と、白くて美しく長い
お耳をもっていたのです。
「アナタのお尻にコクイン致すっ!」
ラ・トーマスは、そう叫ぶやいなや、最後の一歩を踏み出そうと
した少女、いやウサ耳さまを乗せて、大河のなかほどまで泳ぎ戻っ
てしまいました。
これには勝気なウサ耳さまも泣きそうになってしまいました。
……でもトーマスは許しません。だって、ラ・トーマスですから。
「さ、潔くアナタのお尻を、我がコクイン機の前にお出しなさ
れ。さ、お晒しあれ!」
ウサ耳さまをとり囲んでいる大河の流れは、いまやラ・トーマス
の怒りを感じたのか激しく、激しく、波はざぶざぶと高く少女の白
くて美しく長い髪とお耳を濡らして、とても恐ろしくなっています。
勝気なウサ耳さまは、唇をきっと噛みしめて、震えていました。
「さ、お晒しあれ。その可愛いお尻に、我がコクインの裁きを
受けなされ!」
ウサ耳さまはきゅっと、目を瞑りました。悔しさに耐えていまし
た。
美しく長くて白いお耳が、ふるふると揺れています。
そしてウサ耳さまの手は、彼女のキュロットズボンに伸びて、細
くて白いその指が、みずからのお尻を出すためにズボンの裾を震え
ながら握りました。
「ちくしょー! するならしやがれっ! アタイのお尻にコクイン
しやがれっ!」
ぐっと歯を食いしばって、ウサ耳さまはズボンの裾を掴む指にぐっ
と力をこめました。そして可愛い白いお尻がぷるんとツォンナ世界
に晒されるかという刹那!
「そこまでっっっっつつつつつ!!」
大河に浮かび、その尻にウサ耳さまを乗せたトーマスの大音声が
響き渡ったのです。ウサ耳さまは思わずピクンと硬直してしまって、
ズボンから手を離してしまいました。
「……可憐な干支耳さまは、自分からお尻を出しちゃいけない
ぜ、ベイビー」
ウサ耳さまはポカンとしています。
「それが萌えってものさ。アンタは、突っ張ってるけど、まだ
まだだな」
ウサ耳さまはポカンとしています。
そして、ラ・トーマスは、ウサ耳さまを優しく対岸まで運んでく
れました。
「俺にはやっぱり、ネコ耳さましかいないぜ。ベイビー」
ウサ耳さまを優しい目で振り返ってそう言い残すと、彼は夕日の
沈むシナイの大河を、ゆっくりとくだっていきました。
彼の名は、ラ・トーマス。いや、善の心が蘇ったいま、彼はトー
マスに戻ったのです。その善の心は、ウサ耳さまを慈しむ気持ちが
もたらしてくれたのだと、誰が気づいたでしょうか。
トーマス、彼はまたひとつ大きく成長しました。我らがカツラギ
のまえに、いつかまた強力なライバルとして立ち塞がる日がくるで
しょう。
そしてウサ耳さまも、この優しきトーマスと触れ合って、ひとつ
のことを学びました。
「……タバコ、やめよぅかな」
悠久のシナイの流れが、夕日に染まり、トーマスをぷかりぷかり
と運んでいきます。岸辺ではその姿を眺める白くて長くて美しいお
耳をもった少女がひとり。くちゅん、と鼻をならしました。
一期一会、人は触れ合い、大人になっていくのです。
めでたし、めでたし。