初夢スペシャル
第六章 タツ耳さまは気位がお高くてよ


 そして、この物語は、突然『終わり』を迎える。

 
『終わりニコフ』
 ナナシ司令のつぶやき。携帯伝声線からの小さなつぶやき。
「終わりましたな」
 眼鏡の男のささやき。
 夏の青空、萌えつきて、一人旅。


「終わっちゃったね、お兄ちゃん」
 ウキウキしながらバナナを食べているのはサル耳さまセガヤ。
 俺の可愛い妹さんだよ。
「それは違うよ〜ん。セガちゃ〜んったら〜も〜、ウニウニ」
 俺様の名は、カツラギ。ツォンナ世界を護る千年聖家の当主であ
り、さらに、俺の肩にちょこんと乗っているサル耳さまの小さなお
尻をうにうにと指先で撫でているお兄ちゃんだよ。

 俺の可憐なもう一人の妹、ネコ耳さま。彼女を探してツォンナの
森の中を幾千里も旅をした気分のまま、はや三日が経とうとしてい
る。
 ネコ耳さま、ネコ耳さま、ネコ耳さまぁぁああああああ!
 必ず、必ず君を助けてあげるよ……必ず。
 必ずっ……あれ、なんかいい匂いがする。
「うきっ? お兄ちゃん、どうしちゃったの? 怖い顔してるよ」
 サル耳さまの小さな手が、俺の頬をグリグリしている。その心地
よい感触で、俺はわれに返った。
 その明橙色の髪から萌えいずる、バナナ・シャンプーの甘い香り
が、俺の鼻腔をスパスパくすぐる。
 俺様の名は、カツラギ。ネコ耳さまをお探しして三日も旅をつづ
けている男であり、さらに、可愛い妹サル耳さまのお尻を撫でつづ
けているお兄ちゃんでもある。
 ツォンナのために旅して旅して、ネコ耳さまとお会いせず、はや
三日である。
「そんなことないよ〜ん。お兄ちゃん、セガちゃんといるだけで、
シ・ア・ワ・セなんだも〜ん」 
 俺がまたお尻をつつくと、うきうきっと喜んで俺の肩で飛び跳ね
るサル耳さま。それに反応してさらに彼女のお尻をつつく俺。
 男子、三日会わざれば……墜ちます。


 そして兵士は戦場へ戻っていた。シナイ大河の熱帯河岸地域、そ
の灼熱の中、それが兵士の現実だった。
 ……右肩にちょこんと座っていた明橙色の髪の小さな女の子。
 あれは夢だったのだろうかと思う。
 なぜだろう、あれからまだ三日しか経っていないのに、その出会
いは遠い昔、すべて終わったことのような気がしてくる。
 たとえて言えば、物語を読み終わって、パタンと本を閉じた瞬間
のように、あぁ終わったのだと。楽しかったけれど……けれど、こ
れは俺の世界ではなかったのだ、とふと気づいたときのように。
「終わりか……愚かな!」
 バシッと水砲の引き金をひくと、飛沫の彼方の河向うで敵の残存
兵がクルッと倒れた。その瞬間、敵兵の身体から空に散った赤いも
のが、虹のように、生命のかけらのように、キラッと光って散って
消えた。
 ここは戦場ではないか。終わりも始まりもあるものか!
「終わり無き世の目出度さよっ、と!」
 ここは戦場、俺は戦う兵士なり。殺し殺され時の運。
(腰に剣あり、胸に指輪あり)
 ふっ、愚かな。俺としたことが、なんという夢を語ったものか。
 胸に指輪あり、肩に女の子あり、か……カツラギよ、友よ。
 さらに水砲の引き金を引き続ける兵士。バシッ、バシッ。
 河向うには逃げる敵兵。少しの安堵。この戦は勝ったかもしれな
い。
 今日は生き延びることができたようだよ、俺。さてさて、追撃戦
はちょっと手を抜いてやるかな、と……。
 そのとき、敵兵の間の樹木が割れ、巨大な筒のようなものがゴト
リと姿を現した。そしてそれが激しく光った。
 ドガッ!
 ……宙に浮いた兵士の脳裏に最後に映ったのは、河向うの森の中
から迫りくる竜巻のような水流だった。


『終わらないニコフ』
 ナナシ司令のつぶやき。携帯伝声線からの小さなつぶやき。
「終わりませんな」
 眼鏡の男のささやき。
 ここは竜耳(タツミミ)さまの聖なる洞窟。
 聖家カツラギと同様にネコ耳さまを追った眼鏡の男とナナシ司令
は、十二妹妹(じゅうにメイメイ)さまのうち他の十妹神さまを手
分けをしてお訪ねし、情報を集めているのであった。
 分担した最初の四人の妹神さまへのご訪問は順調にこなした二人
であったが、それぞれ最後の一人の妹神さまで苦戦を強いられてい
る。
 そう、眼鏡の男が最後に訪れたのはここ、竜耳(タツミミ)さま
の聖なる洞窟。
「うん、できましたな。どうですかな?」
 眼鏡の男が一枚の絵を差し出した。その前に岩に座って頬杖をつ
いている金髪金眼のロングヘアーの美少女こそ、タツ耳さまであら
せられる。
 サル耳さまよりもさらに勝気そうなその両のお眼眼(おめめ)が、
妹神のなかでは一番背が高いとはいえそれでも小さく細身のそのお
身体と微妙にミスマッチでいて、それでいて抱きしめたくなるくら
い愛しい。

「タツ耳さま……?」

 一年交代の干支耳さまでない年は、洞窟にお住まいのタツ耳さま。
 そのお眼眼が眼鏡の男の絵をみつめているわ、さくらんぼをもぐ
もぐと食べながら。
 高貴なタツ耳さまは、さくらんぼがお好きなの。 
 その彼女の薄紫の唇がコロンと種をお皿にだしたの。
 高貴なタツ耳さまは、さくらんぼの種をプププッと飛ばしたりし
ないの。
 そして、ふあっとお口をお開けになったの。
 ブォーーーーッ。

 眼鏡の男は、燃え滓となった手元の絵(いまはただの炭だが)を
呆然と眺めていた。これで……これで七度目であろうか。
「もっとセクシーに、ね?」
 眼鏡の男は、プロであった。すぐに八度目の萌え描きモードへと
突入した。敗因は何であろうか。お尻は問題ない。手のセクシーさ
を出すのに五度のリテイク炎をもらった、そしてクリアした。
 次は……次は、胸か! お胸なのかっ!
 ぐぐっ、と身をのりだす眼鏡の男。萌えて一千年、ビキニ風のタ
ツ耳さまのお胸をじっと観察。むむむ、スレンダーなり。いや、眼
鏡の男としてはその位が好みなのだが、しかしセクシーを求められ
るからには少し膨らみを強調して……ふにっ。
「ああ、少し近づきすぎましたな」
 聖機である眼鏡がタツ耳さまのお胸にふにっと触れてしまったら
しい。うむ、なかなかよろしい。さらに萌えて描きますか……。
 ブォーーーーーーーッ。

 ブォーーーーーーーッ。
「エッチッチはだめよ、ね?」
 眼鏡の男の全身をウェルダンにしたタツ耳さまは、そう優雅にさ
さやいたの。
 タツ耳さまは気位がお高くてよ。


『終わらないニコフ』
 ナナシ司令のつぶやき。携帯伝声線からの小さなつぶやき。
 トリ耳さまを探して、あてどなくツォンナの聖地を彷徨っている。
 彼女は来年の干支耳さま、行方不明ではすまされまいよ。
「終わりませんな」
 眼鏡の男のささやき。タツ耳さまから九度目の炎を受けて、金髪
高慢少女に冷たくされるという新たな萌え境地を開眼しつつあり。
 ……萌えに道なし。


 そのころ聖家カツラギは、ツォンナの真ん中でバナナを食べてい
た。サル耳の妹神、セガヤさまと一緒に、もぐもぐと。
「でもね、セガちゃ〜ん。バナナ以外のものも食べないと栄養が足
りなくなっちゃうよ〜ん」
 ネコ耳さまを探して苦節三日。苦労のあまりオツムが足りなくなっ
てきたかもしれないカツラギであった。 
「んーん、セガったらお肉もちゃーんと食べてるもん」
 くりっとした眼でお兄ちゃんカツラギをみつめるサル耳さま、う
きっ。
「トリさんとか、大好きなんだもーん」
「へ〜っ、トリさんが好物なんだね。そういえば干支耳さまの中に
トリ耳さまっていらしゃるよね〜。会ったことあるの〜?」
 うきっ、とニッコリ笑うサル耳さま。あぁ、満面の笑顔。
「うんっ、大好きだよー!」
 そして彼女は可愛い舌でぺろっと唇を舐めたのでした。


 ……生きているのか?
 あぁ、熱い。太陽がこんなに熱いなんて。
 ぷかぷか、シナイの大河に仰向けに浮かんで流されながら、兵士
はぼんやりと考えていた。俺はやられたようだな、ふんっ、ちょっ
とドジってしまった。油断というやつだよ。
 ああっ、俺は流されていく、何処(いずこ)へか知らず。
 カツラギ、お前はしっかり生きてくれよ。頼むぜ、友よ。


 そのころ、友は堕ちていました、自覚もなく。


 ……堕ちているのか? 
 俺はカツラギ。
 ツォンナの真ん中で、バナナを食べる男。
 ツォンナの真ん中で、サル耳さまを愛でる男。
「そっかー、セガちゃんはトリ耳さまとお友達なんだね〜」
 サル耳さまは、うきっ、と不思議そうに眼をくりくりっとさせて
俺を見つめて、そして元気に笑ってくれたよ〜ん。
「えーっとねぇ。大好きだよー」
 そして彼女はまた、可愛い舌でぺろっと唇を舐めたのでした。


『つづく』
「それもまた善しですな、ナナシ司令」  
『それにしてもトリ耳さまは何処にーーーっ?』
「炎のお仕置きもまた善しですぞ、ナナシ司令」


 ……みんな堕ちてるの。