初夢スペシャル
第ニ章 俺との想い出を、おしりに刻むのだぁっ!
俺の目の前には……眼鏡の男が立っていた。
その男は唖然とする俺を押しのけると、ずかずかと部屋の中に入
りこみ、聖水路に浮かぶネコ耳様の前で立ち止まった。
そして、彼女をじっと見つめ、一言つぶやいた。
「ややエッチですな」
『だ、誰なのだ…?』
「知らぬ! 隔離されている聖家を訪れることができる者など」
『カツラギ君、それは私のセリフだ…』
「だがナナシ司令、俺もこの男を知らぬのだ」
俺と伝声線の向こうのナナシ司令との会話が耳にまったく入って
いないかのようなその男は、ごそごそとコートのポケットからノー
トと木筆をとりだすと、悠然とネコ耳様のスケッチをはじめた。
水に浮かぶ丸太を抱いたネコ耳様の大きな目が、もじもじとその
男を眺めている。ちょっぴり不安の涙を浮かべて…もじもじ。
『何をしておるのだ、奴は?』
「描いているようだな」
『描いている? ネコ耳様をか?』
「……ああ」
眼鏡の男の手の動きは素早い。みるみるまにノートの中の木筆の
線は柔らかな、そして愛らしいネコ耳様の姿へと変化していった。
見事なものだ。
それにつれて男も佳境に入ったのか、身体をかがめてネコ耳様の
おしりに眼鏡をくっ付けんばかりにして、食い入るようにその脚の
曲線を観察している。観察しながらも手の動きはとまらない。
ネコ耳様は困ったような目をしながら、その脚をもじもじと動か
ている。ちょっぴり頬を染めて…もじもじ。
(はうぅ、カツラギお兄ちゃん…)
『奴め、ネコ耳様に萌えているのではないか?』
「なにっ、俺のネコ耳様だぞ! 萌える事が許されるのは俺だけだ!」
『しかし奴のあの動き、まさしく萌え描きではないか』
「……ナナシ司令」
『……なんだね?』
「まさか…、奴がモエモエ大王なのか?!」
『違う、それは違うぞカツラギ君!』
この時その男の口が、この部屋を訪れてから二言目を発した。
「師匠ですよ。そう呼ばれてます」
顔はこちらを向けず、その眼鏡目は今度はじっとネコ耳様の尻尾
を観察している。
「誰からだ?」俺は奴の背中ごしに質問をした。
「……トーマスからです」奴は背中ごしに俺の問いに答えた。
「この場所は? 聖家カツラギの部屋をなぜ知った?」と俺が問う。
「……トーマスからです」さらりと奴が答える。
『おぉ、マイン・トーマス……!』
伝声線の向こうでナナシ司令が絶句している。頭を抱えている姿
が目に浮かぶようだ。
(みゃーん、カツラギお兄ちゃん…)
そんな事はお構いなしに、眼鏡の男はパタンとノートを閉じた。
「さて、と」
そしてコートの内ポケットから何やら棒状のものを取り出した。
「ワンタッチのお時間です」
「……何だそれは?」
「刻印機です」
「……コクインキだと?」
「そうです。萌えた証(あかし)として刻印を致すのです」
「……誰にだ?」
「彼女ですな」
「……どこにだ?」
「尻尾の付け根ですな」
「……尻尾のツケネ?」
「すなわち、お尻ですな」
そう言うと、男はネコ耳様のおしりを刻印機の先でツンと指した。
俺の…俺のネコ耳様に触れたのだ! 奴は俺の逆鱗にも触れたとい
うことに気づいているのだろうか?! ネコ耳様のおしりは俺様の
逆鱗なのだ。
「うぉぉぉぉぉおおおおお、俺のほうが萌えているぜっ!」
眼鏡の男は俺様の興奮の叫びをまったく意に介さず、ポンとその
棒状のものを俺に手渡した。
「ならば、あなたがやるべきですな」
おしり用の刻印機をもつ俺、カツラギの手が…震えた。ぷるぷる。
ネコ耳さまのからだも、震えている。ぷるぷる。
その手を不安そうに見つめているネコ耳さまがいた。その部屋に、
じっと、背中むけに丸太を抱いて、その可愛いおしりが、ぷるぷる。
「さぁ、あなたに愛があるならば想い出を刻むのです」
俺の手とネコ耳様のおしりの震えが、シンクロしている。
「痛くはないのですよ。ハンコのようなものですな」
はうはうはう、俺とネコ耳様の呼吸が乱れている。はう。
「1年くらいで消えますから安心です」
……そうなのか?
ネコ耳様が、ちょっとホッとしたように息をついた
(カツラギお兄ちゃん、いいの、いつか消えるから)
そして彼女は、その小さなおしりをちょっと突き出した。
……それでいいのか?
……俺とネコ耳様の想い出が、
……いつか消えるのか?
……心に刻んだ想い出も……この愛も?
「うぉぉぉぉぉおおおおお!」
俺は叫んでいた。そして、おしり用の刻印機を振り上げた!
「俺との想い出を、おしりに刻むのだぁっ!」
その時っ! 開いていた戸口の扉から一人の男が駆け込んで来た。
「師匠ぅぅぅぅぅぅうううううううっ!」
「……おまえ、と、トーマスなのかっ」
不意をつかれた眼鏡の男は動揺の色をあらわにしつつ、己を師匠
と呼ぶ男のタックルを受け止めた。
……そして師匠と弟子の抱擁しばし。
それからトーマスと呼ばれた男は、聖水路に浮かぶネコ耳様をみ
ると陶然として呟いた。
「せ、拙者はこれほどまでに美しくも愛らしいものみたことが……
ま、まるで水に浮かぶナナハ神のようですぅぅぅぅぅ」
そしてキッと俺と手の中のおしり用の刻印機を睨んだ。
「ナナハ神さまに何ということを! き、刻むなら拙者に刻めっ!」
言うが早いか、トーマスは己のズボンをずりっと下ろし、その尻
を俺に向けて突き出したのだ。
……そして、おしりが震えた。ぷるぷる。
そのおしりを、じっと見つめる俺、カツラギがそこにいた。その
部屋でじっと、見つめていた、おしりを。ぷるぷる。
俺の部屋はいま、まさに熱い戦場だった。
「ナナハはこの戦場に存在する希望だから……傷つけさせはしない」
トーマスが呟いた、ニヒルにニヤリと笑いながら。
そして俺は…心の底から叫ばずにはおられなかった。
「俺のネコ耳様に、勝手に名前を付けるなぁぁぁぁぁつ!」