俺たちの夢、関ヶ原
第十一話 『関ヶ原』対武田、雪待同盟

     (1)
 一の谷氏の全軍が、火の玉のように今川軍に突入し、その一万二千の兵を瞬く間に蹴散
らした。
 首も取り放題である。特に両虎とラッキーは、大漁であった。奪った首印は、自分の腰
に付けた袋に入れるのだが、それがもう満杯になりかけている。
「しかし、私たちの目的は、雪待サンの奪還デスね!」
 ラッキーは、首取りに夢中になり過ぎないよう、自分に言い聞かせるように、高らかに
叫んだ。
「ラッキーさん、遠慮せずに、首を取りまくっていいんだぜ。それが、ラッキーさんの本
当の目標だろ」
 両虎は、生き生きとした目で、武田軍がいる方向を眺めている。
「この調子だと、雪待もすぐに救出できそうな気がしてきたぜ。だから、俺も自分のやり
たかった事をやるさ。俺は『関ヶ原』を楽しむ!」
 両虎の脳裏に、幼い頃、六馬と駆け回った時の思い出が、淡く映った。
「これで、いいんだろ。六馬、今どこにいるんだ。早く一緒に暴れようぜ…」

 一の谷氏の軍が、現在上杉氏と激闘を繰り広げている武田氏を攻めるには、ひたすら北
上すればよい。が、その間に立ち塞がる東軍の諸大名の陣を、撃破していかねばならない
のだ。
 まず、一つ。今川氏を潰走させた。そして今また、新たな敵が迫り来た。
「望羊、望羊。次の東軍の敵が来るよ。杏葉の家紋を描いた旗印だよっ!」
 北方を、透かすように眺めていた脱兎が、敵接近の警報を発した。
「その家紋は、大友氏ですね。九州地方大会を観にいった雪見が、大友氏には、怖いほど
強い武将が一人いると言っていましたね。さてさて、どうしましょうか…」
 望羊は、にやけながら、ふんと、考え込んだ。
「雪待、どうもまた、正面攻撃はできそうにないですよ。正々堂々としたまともな戦は、
あなたが帰ってきてから、やってください…」

「オーノー!どうして私が縛られなければいけないデスか。望羊サン、脱兎サン、やめて
くださいっ!」
 ラッキーは不幸だった。
 一の谷氏の軍に対して、北方から九州代表大友氏が向かって来るのが、斥候にでていた
脱兎によって確認された。そこで望羊が、一の谷氏の武将たちを招集して、なにかごそご
そと密談をはじめたのだ。その時、ラッキーはたまたま、脱兎と交替で見張りに付いてい
て、それに参加できなかった。
「えぇっ、望羊、あれをやるのかよ。子供だましじゃねぇか」
「僕は面白いと思うけどなぁっ!」
「あんな策は、合戦物語のような、作り話の世界だけの、机上の空論ですよっ」
「だけど、相手は九州の田舎武将ですよ。本州の大名の区別などつかないと思います。う
まくいきますよ」
「大友氏は、貿易港を押さえている。かなり情報通だと、思うが…」
「まぁ、やってみましょう。ただ、一つ問題があります。一の谷氏で一人だけ姿が知れ渡っ
ている有名人がいるのですよ」
「それは、問題だよな」
「でしょう?」
 この一連の会話に続いて、密議に加わっていた五人の視線が一斉に、ラッキーに注がれ
た。そのあと、突然に取り押さえられて、縛り上げられたのだ。
「さぁっ、皆んな着替えてください。幸いにして、今川の軍装はラッキーさんと両虎のお
陰で、沢山転がっていますからね。おっと、幟も忘れないでくださいよ!」

「オーノー!こんな小人数であの大群に突っ込むデスか。やめてください。私の縄を解い
てくださいデス!」
 望羊を始めとして、一の谷氏の軍団が、真っ正面から九州の猛き兵団に突っ込んでいく。
ラッキーは、縛られて、棒に吊されて、二人がかりで運ばれていた。彼の背中には、なに
やら文字が書かれた紙が張られている。
 棒を担いでいるのは、両虎と火牛だ。眼を伏せて、黙々と歩んでいる。その前を望羊が、
両虎と火牛を監督するように、ときたま後ろを振り返りながら、進んでいる。
 大友軍が、迫る。勢いが凄まじい。まさに、敵の大将首をとるまでは、後には引かない
気迫である。
 そしてあと数瞬後に大友軍は、一の谷氏の集団と接触する。望羊たちは、目線を伏せ、
緊張を隠す。
「くるなよぉ、ここで攻められたら、全滅だぜ」
 両虎の、一人言が、風に流れされてラッキーの耳にも届いた。
 ラッキーも、自分の置かれている状況はしばし忘れて、神に祈った。だが、祈りを捧げ
ても、敵である東軍が、一の谷氏を眼前にして見逃すとは考えられない。
 両軍、ついに先鋒が接触した。
 だが、こない!攻撃してこない。いや、それどころか、黙って会釈をして、そのまま擦
れ違ってしまった。
「これは全体、どういうことなのデスかっ!」
 ラッキーが、大声で両虎に尋ねた。
 両虎は、担いでいたラッキーを吊した棒を下ろすと、その頭をぼこっ、と殴った。
「もっと静かにしてくれよ。ラッキーさんは捕虜なんだ。俺たち今川軍に捕獲された、西
軍の武将なんだぜ」
「嘘デス、一の谷氏じゃないデスか!」
 と言ったとたんに、ラッキーはまた殴られた。
「悪りぃけど、命が賭かっているんだ。当分おとなしくしておいてくれよ」
 両虎は、ラッキーの口を手で塞いで、囁きかけた。
「つまり、東軍の今川氏に、西軍の一の谷氏全軍が化けようって、寸法なのさ。そして、
大友氏をやり過ごす…」
 その時、指揮官用だろうか、旗差物を立てた輿が、望羊たちに近付いてきた。屋根付き
であり、十人くらいの兵に担がれていて、周囲は槍を持った強兵に固められている。
「待たれぃ!」
 雷のような響きをもった声が、その輿にのる人物から発せられた。法体をしているが、
眼は炯々としていて、一流武将のそれである。睨み付けて相手を萎縮させるような眼光だ。
 うっ! 一の谷氏の諸将は、五体に電流が走るのを感じた。
「二ツ引両か。確かに今川氏の幟をお持ちのようだが…」
 法体の武将は、丸に二本線の家紋を描いた幟に視線を注いでいたが、それをラッキーに
移し、じっと見入った。
「我らは、南方に西軍の新手が現れたと聞き、成敗に向かわんとするもの也!」
 一語一語に気魄がこもっている。
「それならば、すでに我ら今川家で打ち倒しました」
 望羊の声は、この武将を恐れて震えている。
「そうでしたか、それは結構でありますな。我らは手柄を立て損ないましたな。わはっ、
はぁっ!」
 電雷のような笑い方をする。
「それは、捕獲した武将ですかな。南蛮人のようだが、強か兵になりそうですな。」
 と言うと、法体の武将は、輿をまた進めるように命じた。
「ではこれにて御免!」
 望羊たちは、まだ震えが治まらない体で、無理やりに前進しようとした。が、すぐにそ
の足は止まったのだ。
〈ぐぎゃーっ!〉
 断末魔の叫びが響いたのだ。今川氏の家紋をつけた幟を持った兵が、先ほどの輿を守る
槍兵に串刺しにされている。
 法体の指揮官が、その兵の襟元を改めるよう命じ、首印を取らせた。そして、それを手
に取って確かめる。
「ムーンッ!これは今川氏の兵にあらず! 西軍の一の谷氏の兵である。推参なりっ!」
 一の谷氏の武将たちは、魂が飛ぶ思いをした。
「しまった、ばれましたよ!逃げましょう」
「だから、こんな思い付きだけの策は嫌だったんだぜ!」
 望羊、両虎と火牛は、ラッキーを縛ったまま置き捨てて、逃げ出した。敵の軍中からの
脱出である。肉体が散るような必死の思いで走った。
 今川兵に扮していた一般兵たちも、それとほぼ同時に、北を目指して一目散に走り出し
ている。
 交差した二つの軍が、敵と味方だったという事が、唐突に認識されたのだ。その場は、
とっさに理解できなくて行動力を失った大友氏の兵に、一の谷氏を追おうとする同じ大友
氏の兵がぶつかって、しばし混乱状態となった。
 一の谷氏の兵はとにかく息の続く限り、急行で逃げる。また大友軍は進軍方向を、南か
ら北へと反転させての追撃である。混乱からなんとか回復しかけても、すぐには一の谷氏
の離脱に対応できなかた。
「ムーンッ!眩怪なりっ!」
 法体の武将は、無秩序に動き回る味方の兵に邪魔をされて、速やかに輿を反転させるこ
とができず、唸りをあげている。
 ラッキーは、敵である大友兵があちらこちらへと迷い走る中に、縛られて棒に吊られた
まま取り残されていた。
「望羊サーン、酷いデスよーっ!」
 いくら叫んでも、望羊たちは戻ってこない。もとより一の谷軍は逃げ足が速い。もうす
でに、遥か彼方に遁走しおおせているのであろう。
 敵中である。大友兵に襲われても、この状態では抵抗もできない。ラッキーは絶望を感
じた。頭に血が上っていき、碧眼が充血してくる。
 その横を、ようやく反転を完了した輿が、部隊の混乱を収拾しながら通りかかった。輿
に乗る法体の武将が、目敏くラッキーの存在を捕えた。眼光鋭く、その上に注ぐ。
「その南蛮人を血祭りにあげよっ! 大友氏の鬼道雪と呼ばれる我を謀った一の谷氏は、
許さん!」
 命令と同時に、数本の槍がラッキーに向けて繰り出された。
 ラッキーは恐怖で頭の中が空洞となった。その空洞が、光る槍の穂先が迫るにつれて、
爆発的な生への執念で埋まっていく。
「ガーッド!」
 ラッキーが、全身のバネを瞬時に生かして身を捩ると、槍は奇跡的にラッキーの身体を
外れ、縄をぐさぐさっ、と断ち切った。はらりと縛めが解け、ラッキーの身体は行動の自
由を回復した…。

     (2)
 「風林火山」の旌旗が〈大関ヶ原合戦場〉にはためく。これは、『関ヶ原』の風物詩の
ようなものであり、合戦愛好家に言わせれば。「風林火山」の旗を見ないと、『関ヶ原』
は始まらない、という事になる。
 もちろん、「風林火山」は強豪武田氏の旌旗である。そして、その武田氏の本陣では、
かの『関ヶ原』史上屈指と言われる合戦の達人、武田信玄が、どっしりと構えている。
 その本陣の近くに、小さな陣幕が設けられていた。軍師の控えの間である。
 中には、眼光だけが際立って鋭い醜男と、雪のような銀白色の長い髪をもつ、若い美し
き娘がいた。
「我がお館様、信玄公についていけば、軍師として間違いはない。一の谷氏などという、
志を持たぬ弱小大名などとは、比べ物にならぬほどやりがいがあるずら」
 男は、武田氏の伝説の軍師、山本勘助である。その一眼で、娘をじっと見詰めている。
「武田家、そして信玄公は、天下を目指しているのだ!」
 娘は、一の谷氏の囚われの女軍師、天神雪待。ここまで無理やり運んでこられた時には、
縄で縛られていたが、もう今はすべて解かれている。必要がないからだ。
 武田氏の本陣から、雪待一人で脱出する事は不可能である。合戦の混乱を待ちそこに付
け入る、という手も考えられるが、まず、期待はできない。なぜなら、武田信玄軍の本陣
は、いかなる時でも、山の如く不動だからである。
 また、武田氏は過去数年間、敗北を知らない。
「だから、お主も信玄公に仕えぬか。お主なら十分に勤まる」
「山本勘助ほどの神算鬼謀の軍師がいれば、もう十分でしょう」
 恨みの籠った眼をして、俯いていた雪待が、ようやく口を開いた。
「なんの、俺一人では、大した事はできんずら。その証拠に、今日も上杉氏ごときを倒せ
ずにいる」
 勘助の言葉は、だんだんと自嘲ぎみになってきた。
「お主には軍師としての才能がある。しかも美人だ」
 勘助の目が、羨むように、雪待に注がれる。
「信玄公の寵愛も受けるずら」
 雪待は背筋がぞっとするのを感じた。
「ざ、残念ですけど、私は信玄公の軍師になるつもりはないし、ましてや側室なんてまっ
ぴらですわ」
 その瞬間、勘助が鞘に入ったままの太刀で、雪待の腹部を激しく一突きした。
「ぐふっ…」
 雪待の息が一瞬、止まる。眼の端に涙が滲む。
「否はないっ!。今日の『関ヶ原』で、我ら武田氏は一の谷氏を撃破するずら。負けた大
名家に属する娘は、勝った大名が好きにできるというは常識なれば、お主は信玄公のもの
ずら」
 勘助が、厳しく言い放った。
 雪待は、信玄公に好きにされるつもりはなかったが、このままでは今晩にでも現実とな
ろう。それを想像すると、冷静な雪待もさすがに戦慄するほどの恐怖を覚え、背中に冷た
い汗が流れるのを感じた。
「それは、古い考えだわ。負けた軍の女が戦利品になるなんて…、ぐはっ」
 雪待の抗議は、勘助から二突き目で遮られた。
「拙者は本陣に戻る。夜までに覚悟を決めておけ」
 勘助は、胃への衝撃で咳こんでいる雪待を、冷ややかに見下ろした。
「安心せよ。お主が、信玄公の一番の気に入りになるよう、拙者が裏で工作するずら」
 勘助が去った後、雪待は一人で、無限の不安を感じていた。自分の倍の年齢をもつ信玄
公の、お気に入りになる事など、想像するだに恐ろしかった。
「望羊、早く助けに来て…。私を見捨てて、いつものように逃げたりしていないでしょう
ね…」
 雪待は、望羊の性格を考えると、こちらの方も、果てしない不安を感じずには、おられ
なかった。

 砂塵が舞う中を、悲鳴を残して兵も空を舞っていた。九州最強を誇る大友軍が、一人の
武将に崩されかけているのだ。
「ガーッデーム!」
 咆哮を上げながら、狂暴兵ラッキー・ピシーズは、他の雑兵を薙ぎ倒し突破し、ついに
十余人の強兵が守る輿を目がけて突っ込んでいった。
「この立花道雪に、単身で向い来るというのか!」
 輿に乗る武将、九州地区予選で強豪龍造寺氏を撃破した道雪は、一歩も後退することを
許さず、迎撃を命じた。
 しかし、ラッキーの方も以前のラッキーではない。自分で制御できるレベルを更に越え
て、パワーアップした狂暴兵なのだ。
 立花道雪の輿の前面は、さらに修羅場と化した。
「これは、餌をやった方が、良いかもしれんわい…」
 大友軍は、半崩壊状態である。
「よし、南蛮の化物を幕府軍に誘導する! これでは撤退もできん」
 道雪は東進を開始した。

『そらあお』に揺られながら雪見は、一心に飛び行く景色を注視している、青雲色の髪を
靡かせ、済んだ目をした若武者を、呆然として見上げていた。
 六馬! 六馬は不安で混迷した私の心を、一直線の行動力で振っ切ってくれたわ。でも、
このまま行けばあなたも私も、死ぬわよ…。雪見は、六馬に身を委ねながらも、薄っすら
とこのまま武田陣に突入することに、戸惑いを感じていた。
 六馬は、雪見の眼の中の、不安の色に気付いた。が、流れる前方の景色を見詰めたまま、
元気な大声で言い放った。
「なぁ、『そらあお』っ、君も雪待抜きで、この〈大関ヶ原合戦場〉を駆けるのはつまら
ないだろう。皆んなで、走るんだよな! 皆んなで楽しく戦うんだよなっ!」
 六馬は、風に短髪を踊らせている。その瞳には不安の影などなく、秋の陽を映して爽や
かである。
 雪見には、もう何も怖れはなかった。ただ、疾風のような『そらあお』の上で、胸の鼓
動が熱く、速くなっていくのを感じていた。
 そうよ、もう何も怖れはしないわ。
 私の『関ヶ原』は、今から始まるのよ。
 雪見の、六馬を掴む手に、力がこもった。武田軍対上杉軍の戦闘地点は、もうすぐであ
る。
「ようし、一の谷の騎馬隊、最大戦速で突撃だぁ!行こう、『そらあお』っ」
 六馬が叫ぶやいなや、応えて『そらあお』も、ぐっと加速をした。翔ぶように駆け、幻
となる。
 それに続いて、乗り手をもたない雪見の愛馬『はつはな』と、六馬が率いる一の谷の騎
馬隊も、地響きを立てながら、駆け抜けていった。

〈動いたっ、松尾山の毛利氏が動いたぞっ!〉
〈どちらだっ、東軍か西軍か、どちらに襲いかかるのだっ!〉
 『関ヶ原』で激闘を繰り広げている大名はもちろん、まだ参戦していない大名たちまで
もが、その報を耳にした瞬間、緊張で硬直したであろう。
 〈大関ヶ原合戦場〉最南端に陣していた毛利氏の大軍が、戦闘に参加すべく山を駆け降
りたらしい、というのであるから、当然の反応であろう。ことによっては、合戦の帰趨を
決しかねないのだから。
 そして、驚愕したのは一の谷氏の諸将も同じであった。
「なんだこりゃ、大友氏が追撃してこずに、代わりに毛利の軍が来やがったぜ!」
 両虎は『虎牙の剣』で、武田氏の騎馬兵の首を擦れ違いざまに薙ぎながら、南方から迫
り来る一群の兵団を視界の端に認めた。「一文字に三星」の旌旗は確かに大毛利氏である。
 火牛は炎を発する奇剣、『牛王の太刀』を振るう手を休めた。
「くっ、せっかく武田氏の横腹を突けたという時に、敵味方が分からない勢力は迷惑です
ね」
 望羊が、唇を噛む。そう、彼らは大友氏の追撃がなかったため(それがラッキーの活躍
のためとは知らない)、そのまま武田軍を南方から横撃する事に成功していたのだ。
 しかし今、未知の新鮮な兵力を有する毛利氏が、背後から追い付いて来たのである。
 その先頭を駆けるのは、指揮官自身らしい。それが、行く手を遮る兵を、問答無用無差
別に踏み潰しながら望羊に迫った。
「ひっ!」
 望羊は、武田兵をあしらうので精一杯だ。
「だめですか…」
 望羊が観念したその時、毛利の将は、望羊を斬る代わりに、彼に呼び掛けた。
「ねぇ、アンタ、一の谷氏の武将だろ? 雪見はどこで戦っているのさ」
まるで、道を尋ねるような気軽さである。
「ゆ、雪見ですか?」
 望羊は、正面の武田兵を軍配で殴り倒してから、振り向いた。トビ色の髪が視野に入っ
た。意外にも少女武者だ。
「雪見は別行動をとっていますが」
「そうかい。じゃぁ、雪見にあったら伝えてよね。雪待さんを助けるために、毛利の早緑
が来たってねっ!」

 夢を見ているようだ。六馬は、自分の憧れの武将と並んで馬を駆っていると思うと、胸
がはち切れそうになった。
 その武将は、兜に白絹を巻いて、太刀をしごき、烈迫の気合いをもって武田の兵を斬り
薙いでいる。
「謙信公、上杉謙信公ですねっ!」
 呼び掛けられた、鋭気を迸らせている武将は、六馬の姿を認めると、月毛の愛馬を近付
けてきた。
「そなたは、以前に会った一の谷の将であるな! 味方と相なったな」
 謙信は、自分の太刀を、六馬の槍にカチンと合わせた。
「は、はいっ!」
 六馬は感激で、眼を潤ませている。膝に乗せている雪見の事は失念したかのように、謙
信と共に闘いだした。
「六馬、六馬ぁ」
 袖をくいくいと引いて、雪見が、槍を凄まじい早さで繰り出している青年の注意を引こ
うとする。
「うんっ? あっ、雪見ぃ! ごめんよ、すっかり君と一緒にいる事を忘れていたよ。そ
うだね、雪待を助けなくっちゃ!」
「いかがいたしたのだ?」
 謙信が聞き咎めた。六馬が事情を話すと、興味深く頷いた。
「信玄のやりそうな事よ。よし、では我自らが先駆けとなり、信玄めを一騎打ちにて、成
敗してくれるわ!」
 叫ぶなり、謙信は武田陣の奥へと月毛の馬を駆って入った。
 呆気にとられつつ六馬もすぐに続いた。
「僕たちも突入だっ! 行くよーっ、雪見っ!」
「うんっ、六馬!」