俺たちの夢、関ヶ原
第四話 火を吹く、雑賀鉄砲隊!

     (1)
『         6/15/1612
 日本一の繁栄を誇っていた、港町〈堺〉。この大都市が、一昼夜にして灰燼に帰すなど
 ということを、一体誰が予想しえたであろうか。
 『関ヶ原』は日本の人々に、この上ない楽しみを与えると同時に、恐ろしい災害をもも
 たらす。この事実を、『関ヶ原』レポーターの私でさえ、一の谷氏の戦いによって初め
 て認識させらることとなった。
 その合戦、一の谷氏対松永氏、は〈堺合戦場〉にて行われた。観衆は五万人。
 松永氏の大名、ダンジョン様と呼ばれている久秀殿は謀略に長けた梟雄である。また、
 対する一の谷氏も、将軍を不意討ちによって倒して逆賊の悪評が高い。このため、合戦
 前日までに無数の密書や毒薬が乱れ飛んだであろうことは必定であった。
 しかし、合戦が始まってみると、予想に反して両軍の武将とも、極めて良好な健康状態
 で現れたのである。このため、戦いは純粋な市街戦となった。
 合戦は終始、我らが一の谷氏の優勢で進められた。松永氏は、予選二回戦で、優勝候補
 の大大名三好氏との戦で、かなり戦力が消耗していたのだ。
 これに加えて、一の谷氏が最初から神をも恐れない火攻めに討って出たのだ。住民数二
 万を越える日本経済の重要拠点、堺は一刻も経たない内に火の海となった。
 計算高く、即座に敗戦を悟ったダンジョン様は、いち早く本陣を撤収した。合戦の勝敗
 はこの時点で着いたのだが、燃え盛る業火の勢いはいや増すばかりである。逃げ惑う五
 万人もの観衆。財産を運び出そうとする商人たち。
 戦国から栄光期が続いていた、商都〈堺〉、『関ヶ原』のために廃墟と化す。
 火災の混乱のどさくさに紛れて、勝者である一の谷氏の武将たちが略奪を働いていた、
 という噂もある。が、彼らに従軍していた私はこれを確認していない。おそらくは、ダ
 ンジョン様が撒いた偽りの噂であろう。
 さて、かくして一の谷氏は準決勝に進出した。次の相手は鉄砲傭兵集団として名高い、
 紀州の雑賀衆である。相手にとって不足はない。この合戦の模様は、炎で髪を焦がしな
 がらもペンを放さなかったこの私が、次の『関ヶ原』レポートにてお届けする。読者の
 皆様は、首を長くして待っていて頂きたい!
  レポート ラッキー・ピシーズ
         シズガタケの砦にて 
 追記
 日本へと航海する船舶へ。堺港は炎上したため、当分は寄港不可。さらに湾を奥へと進
 み、神戸港へと向かわれたい。    』

 ここまで書き終えると、堺での火災で熱のためチリチリになった髪の毛を切って、夏ら
しい短髪になったロンドン青年は、腰掛けていた岩の上にペンを置いた。
 ここは、『関ヶ原』近畿地区予選〈ろ〉組みの準決勝が明日行われる、琵琶湖の北西に
位置する〈賤ケ岳合戦場〉。
 伊吹山地に設定されたこの山岳合戦場は、かなり広い戦場である。予選も後半になって、
大兵力同士のぶつかり合いが想定されるまでにならないと、使用許可は下りない。
 すでに、季節は梅雨が終わりもう夏である。一の谷氏の戦いがある時は、不思議と快晴
に恵まれてきた。梅雨らしく雨が降っていれば、堺も全焼せずに済んだであろうに。賤ケ
岳の頂上で、琵琶湖を見下ろす絶景にさわやかな感動を覚えながら、ラッキーは大きく深
呼吸をした。
 やはり、合戦は広い自然の中を駆け回るに限る。もう、市街戦はこりごりだ。これで、
やっと合戦らしい合戦ができそうだ。
 ラッキーは、日本に来て、初めて山々の風景を満喫して、爽快な気分であった。
「やぁ、ラッキー兄ぃ。機嫌よさそうだね」
 気が付くと、傍らに背の低い、少年武将が立っていた。
「今から偵察にいくんだけど、兄ぃにその気があったら、連れていってやってもいいゼ」
少年が、声変わりのまだ終わっていないカン高い声で、誘っている。
 生意気なキッドだ。年はたったの十六歳。ラッキーは、一の谷氏がなぜこのような年少
者に、栄光ある『関ヶ原』の武将を勤めさせるのか、理解に苦しんだ。
 僕がこの年の時分は、航海途中ナオ船の上でコキ使われていたのに。
「いかないのかい。この合戦場は、山の尾根の上に造られた沢山の砦の取り合いが、勝負
の鍵だゼ。見ておいた方が、良い記事が書けると思うけどナ」
 少年は無造作に伸ばした茶色の髪の中から覗く黒い瞳で、ラッキーを見上げている。
「心猿の言う通りだよ。ラッキーさん、行ってきたらどうだい?」
 脱兎がいつの間にか、ぴょーんと、跳んで現れていた。
「そうだい!早く決めないと置いてくゼ!」
 心猿と呼ばれた少年も、ラッキーを急かせるように足踏みを繰り返している。
 衣掛心猿、一の谷氏で最年少の武将である。役割は主に偵察。が、これまでのところは
将軍の太刀に殴られた以外、ろくに出番がなかったので、彼なりに焦っているのである。
「分かりました。では一緒に行きますデスね」
 ラッキーは、山歩きに備えて、脚の屈伸運動を始めた。海には馴染みがあるラッキーだっ
たが、山登りの経験はあまりない。
「よし。じゃぁ心猿、偵察は大事だけど、ラッキーさんも頼むよっ!」
「まかしときなよ、脱兎。そうと決まったら出発だイ、キーッ!」
 本当に子猿のような叫び声を発したかと思うと、心猿は頭上の木の枝に飛び付いた。
「ここの合戦場の砦を、全部見て回るよ。ラッキー兄ぃ、遅れるんじゃないゼッ!」
 叫ぶやいなや、心猿は枝にぶら下がったまま身体を前後に振って反動をつけた。そして
一気に前方五メートルの枝に飛び移る。さらに勢いが消えないうちに次から次の枝へと、
空中を跳ねて、かなたへと消えてしまった。
「オォ、心猿サン。待って下さい。私にはモンキーの真似は、できません!」
 ラッキーも慌てて近くの枝に飛び付こうとするが、全然届かない。
「しょうがないな、心猿は。オイラと違ってまったく落ち着きがないや」
 脱兎は、おかしそうに、ラッキーが樹に登ろうとする姿を眺めている。
「ラッキーさん、別に心猿みたいに猿飛びで行かなくてもいいんだよ。確実に地面を走っ
ていけば目的地には着けるよ」
「ひゅーっ、はぁ、疲れました。そうですね。脱兎サン」
「しかたがないから、オイラと行こうか」
「助かります、お願いしますデス」
「うんっ、じゃぁ行くよっ!」
 脱兎は明るくスタートの合図をすると同時に、ぴよーんと、七メートルは前方に跳んで、
下り坂にその姿を消した。
「ま、待ってくださーい、脱兎サン。オォ、ノー!」
 ラッキーは必死に後を追いながらも、こう考えずにはいられなかった。一の谷氏の武将
が人間離れしているのであって、僕の運動能力が劣っているのではないよな、と…。

 その精悍な顔は、地の色に加えて、日焼けしているために、さらに浅黒くなっている。
それが、彼が全身から発散している野生味を、さらに倍加させていた。
「儂らは、最初は各砦を死守する。砦の周りには逆茂木を張り巡らせた。尾根を登ってき
た敵が、ここで難渋しとるところを、鉄砲を釣瓶撃ちにして、討ち取る!」
 精力が漲る目で、聴衆を見渡す。彼の周りでは、武将たちが酒を飲みながら、足を崩し
て聞き入っている。
 ここは雑賀衆の本陣、〈賤ケ岳合戦場〉北方の行市山。そして彼こそは、紀州雑賀衆の
頭領、鈴木孫市である。彼の名は、鉄砲の名手としても名高く、この予選で、もうすでに
七十三の首を鉄砲で挙げている。
 かたわらの、鷹のように大きく丸く、見詰めるような瞳をした少女が尋ねる。
「それで、敵が崩れ立ったらどうするん?」
 薄い蜜柑色の肌が健康的に日に焼けている少女を、目をきらりと光らせて見やると、孫
市は、自信溢れる笑い声で叫んだ。
「そん時はいつも通りさ。好きなだけ追っかけていって、好きなだけ討ち取るのよ!」
〈おおーっ!〉
〈孫市にゃぁ、負けんぞ!〉
〈なんの、近畿の首取り番付の一番は俺のもんじゃ!〉
 頭領の宣言を聞いて、酔いも手伝い、意気が上がる武将たち。口々に叫び、わめき散ら
す。
「そぉらーっ、アタイもぶっ放すぞぅっ!」
 少女もいつのまに酒に手を出していたか、いい気持ちになっていた。彼女は鈴木孫市の
いとこである。
「ようし、七夕も頼むぞ」
 孫市が肩をポン、と叩いた。彼女、鈴木七夕も雑賀衆の一軍団を率いる武将である。
「アァ、孫市たちは四年前に近畿代表で『関ヶ原』に征ったけど、アタイはその時、まだ
子供やったからネ。年上の皆んなが、得意げに自慢ばっかりするのの聞き役になるのは、
もうあきたワ」
「そうさ、今度は七夕が『関ヶ原』に征くんや。そうして雑賀に帰ったら、うんと土産話
をしたれや」
「ウンっ!」
 七夕は、愛用の鉄砲をぎゅっ、と抱き締めた。
 空には月が、丸い。七夕はいつしか、その淡い光に包まれて、眠りについていた。

 夜になってしまった。ラッキーは心猿と脱兎を追って、尾根伝いに歩き通し、やっとの
ことで最初の大きな砦に辿り着いていた。一の谷氏の本陣から北東へ2キロの距離、大岩
山砦である。
「ここらで、お握りでも食べて一眠りしよう。夜に山道を歩くのは危険だから」
 ラッキーは母国語で呟いた。だから、言葉もスムーズに出て、ぎこちなさを感じない。
 空には大きな月が出ている。満月だ。脱兎サンに聞いたけど、日本では月には兎がいて
餅をついているそうだ。故郷に帰ったら、温かい夕飯を食べながら、父さんや母さんにも
話して聞かせてあげよう。いつの日か、僕が有名になって帰ったら…。
 ラッキーの頬を伝わる涙が、月影の下、青く光る。

     (2)
 山の尾根の合間から、すがすがしい朝日が一の谷氏の本陣に射込んできた。望羊が眠た
げに起き出してくると、すでに雪待がいた。一の谷氏の勝利の女神は、崖の縁に立って、
山の稜線から顔を出そうとしている太陽に向かって、目をつぶり、手を合わせている。戦
支度はまだしておらず、白い無地の小袖に金白色の帯を締めただけの軽装である。
 望羊は、雪待の銀色がかった髪が、朝の光の金色と混じって輝いている光景を、神聖に
思ったが、また光の中にくっきりと浮き立った彼女の姿に新鮮な色気を感じ、不覚にもど
ぎまぎした。
 雪待が、祈りを終えて振り返った。
「おはよう、望羊。よく眠れたようね。相変らずズ太い神経をしているわね」
「やぁ、雪待軍師殿も朝から戦勝祈願ですか」
「習慣なのよ。これをしないと負けそうな気がして…」
 雪待は照れて、いたずらっ子のように舌を、ペロンと覗かせた。
 その仕草も、いつになく妙にかわいい。俺は寝ぼけているのだろうか、望羊は不思議に
思った。が、ピンとくるものがあった。
「もしかして、雑賀衆を倒すいい策が、浮かばないのですか?」
「!」
 雪待が、ピクンと微妙に揺れた。図星のようだ。
「心猿と脱兎からの報告でね」
 雪待は一息置いて舌を湿らせた。話し方に、いつものなめらかさがない。
「雑賀衆は各砦に兵を籠らせて、厳重に逆茂木や空堀で取り巻いて、攻めて来る敵を狙い
討つ体制を整え終わっているそうなの。敵が待ち構えている砦を力攻めにしても、日没ま
でに陥とすのは難しいわ」
「すると、勝敗は判定に持ち込まれることになりますね?」
「そうなったら、散々鉄砲で撃たれ続ける私たちの方が絶対に不利なのよ」
「こちらから攻めなければどうです?」
「砦を過半数占領している雑賀衆に、軍配が上がるでしょうね」
 雪待は、彼女らしくなく、不安に震えている。
 このような、か弱い姿を雪待が見せるとは。望羊は、それを愛らしく感じた。いや、俺
も今日はなにか変だ。夢か? 嫌な予感がする。望羊は話題を変えることにした。
「そういえば、昨日偵察に行ったきり、ラッキーさんが帰って来ていないようですね」
「えっ、ええ。そういえば見ていないわね。大丈夫かしら」
「ひょっとして、遂に俺たちが負けそうなのを察知して、雑賀衆の陣に走ったとか…」
「まさか!」
 雪待が、少し怒ったように、ぷっと頬を膨らませて、望羊を見上げた。
 望羊は、いつものぼーっとした瞳の中に、いくぶん元気付けるような優しさを込めて、
雪待を見返した。
「ごめん、冗談ですよ」
 雪待の肩に、トンと手を回す。
「勝つのは俺たちですよ。『関ヶ原』に征くのは俺たちです。一の谷氏の武将の底力をナ
メないでくださいよ」
 雪待は、朝のまぶしい光を浴びながら、こっくりと頷いた。

 伊吹山脈を舞台とする〈賤ケ岳合戦場〉。早朝の肌寒い空気の合間を染み透るように、
ホラ貝の、ばぉおっという鳴音が響き渡る。それに合わせて一の谷氏と雑賀衆、両軍の兵
は礼を行っているはずである。『関ヶ原』近畿地区大会の準決勝が開始されたのだ。
 待ち兼ねたように鉄砲を撃つ乾いた音が、山々にこだまする。
 パン!パン!バパン!
「オォ、ノー!違います、違いますデス!」
 ラッキーが逆茂木に足を取られながら、必死の形相をして逃げ回っている。
 ここは、雑賀衆先陣の武将、土橋平次が守る大岩山砦。雑賀衆の最前線である。
 ここの見張り兵が、昨夜から月明りの元に、不審な人影を砦下に確認していたのだ。試
合開始まで待つように平次は命じた。合戦時間以外の戦闘結果は、判定の際に考慮される
得点にはならないし、下手をすれば反則をとられるからだ。
 そこで、ホラ貝の合図と同時に、鉄砲の一斉射撃となった訳である。
「私は怪しくないデス!ただの南蛮人なのデス!」
 ラッキーは涙を流し、鼻水を流し、逆茂木を擦り抜けるように逃げ惑っている。
 しかし、逆に銃撃は強まるばかり。
「たしか、一の谷氏の軍には南蛮人がいたはずや。京で将軍様を討つ手引きをしたらしい
で。大将の孫市が、京の町衆から直接聞いた話や、間違いはない。そうれ、討ち取って手
柄にせい!」
 平次が狂喜して下知した。
 雑賀衆の鉄砲の技量ならば、火縄銃は連発でないといっても、射撃間隔はほとんどない。
数組みの兵が交替で、整然と発射をしているのだ。
「助けてくださーい!誤解デス。うわっ、掠ったデス!」
 ラッキーは、船の上で鍛えられた機敏な動きで、銃弾を奇跡的に避け続けている。そし
て遂に逆茂木を乗り越えた。
「撃たないでーっ」
 至近距離から狙って来た鉄砲兵の腕を掴み、引き寄せて殴り付ける。
「この南蛮人、化け物か…。槍隊、早く掛かれやーっ!」
 狩りを楽しんでいた雑賀の将、平次は、百発百中の雑賀の銃撃を、踊るように躱しなが
ら迫り寄る南蛮人に、驚愕していた…。

「望羊、北東の大岩山砦の方から鉄砲の音が響いてくるよ!」
 脱兎が、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら本陣に駆け込んで来た。目を見開いてクリクリ
せわしく動かしながら、谷を越えた音のする方角を指差している。
「おかしいですね。まだこちらの兵は動かしていませんよ」
望羊が、不思議そうな顔をして陣幕から出て来た。後に雪待が続く。
「でも本当だよ。それになにか陣容が乱れているようだよ。だってほら、砦の周囲に立て
ている軍旗が何本か倒れてるよ!」
 脱兎は望羊に跳び付かんばかりにまくしたてる。
「本当ね、勝機かもしれないわ」
 雪待の鋭く見通す眼光が、敵の砦を観察する。
「じゃぁ、いきますか」
 と、望羊。
「勿論よ!麓の平地で待機させている両虎と火牛、それに心猿の軍も使って強襲を掛けま
しょう。脱兎、狼煙を上げて!」
 雪待の顔が、見る見る元の冷静な軍師の顔に戻っていった。そしてきびきびと命令を発
する。
「よしきた、オイラにまかせて!」
 脱兎が素早く駆け出す。
 こうなると、望羊はもうすることがない。いつもの如くぼんやりと、雪待の働きを見守
るだけである。
「やれやれ、今回も勝ちですね…」
 望羊は、かよわい雪待にも未練を感じたが、ひとまずは安心した。

 ラッキーは、雑賀衆の槍兵に包囲されても抵抗をやめなかった。頭の中が恐怖で混乱し
ていて、降伏する、という選択肢が思い浮かばなかったのだ。
 無我夢中で、日本人よりも高い背を生かして、敵から奪った槍をぶんぶんと振り回して
いる。
 と、突然ラッキーを包囲していた敵兵が崩れたった。
〈なんだ!火矢が飛んで来るぞ〉
〈敵襲だ!〉
〈しまった、防御にスキを生じたか!〉
 ラッキーには、何が起こったかよく分からなかった。視界に、見慣れた女性の姿が見え
たような気がした。銀色の髪…。
「ラッキーさん?ラッキーさんじゃないの!どうしてこの砦に?」
 雪待自らが攻撃軍を指揮してやってきたのだ。その雪待も、予測外の人物に会って、驚
いた目をしている。
「雪待サン、助けにきてくれたデスか…」
ラッキーは、安心感から力がストンと抜けて、雪待の方によろよろと歩みかけた。
 雪待は気を失いかけているラッキーを支えながらも、鋭く大声で指令を発する。
「話は後よ、ラッキーさん。火牛、敵の武将は倒したわねっ! よし、全軍引上げ!迅く、
急いで。敵の援軍が来るわっ」
 散々に打ち破った大岩山砦を後に、一の谷氏の精鋭三軍団は、潮が引くように素早く引
上げた。

〈七夕様、土橋平次殿の守る大岩山砦が炎上しています!〉
 兵の報告を聞いて、七夕は唇をキッと結んだ。
「ただちに援軍に出るわよ!アタイに付いて来な!」
 平次の軍は油断をしたわね。どうせ酒でも飲みながら、次の『関ヶ原』予選決勝戦のこ
とでも考えていたんでしょう。そんな軽い気持ちじゃ勝てへんわ。
 その時、七夕の横に、浅黒い筋肉質の巨漢がスッと立った。
「ははっ、見事にしてやられたなぁ!」
「頭領!どうしてここに?」
「まぁ、野生の勘ちゅう奴よ。胸が妙に騒いだんで、俺一人だけで駆けてきたんや。兵を
率いている暇がなかった」
 孫市は、劣勢にも関わらず楽しそうにしゃべっている。
「でもこれで判定勝ちを狙う作戦はあかんようになってもたな」
「頭領、どうするの?」
「七夕、せこい手はやめや、攻めるでっ! 敵を見たらなんでもええから撃ち倒せ!」
 孫市の大音声が発せられると同時に、七夕麾下の雑賀衆が走り出した。
 孫市は単身で来たので、軍団は七夕の一隊だけだが、音に聞こえた雑賀の鉄砲隊、日本
一の精鋭である。

 賤ケ岳砦の本陣で、望羊は今朝の悪い予感が真実になりつつあるのを知った。
「敵の先陣を倒して得点ではこちらが有利になったわ。あとは判定にもつれ込ますだけよ」
完全に元通りの軍師に戻った雪待が、微笑みかけてくる。
「つまり、あなたの本陣が破られなければ良いのよ。後の軍は下手に攻められて、失点し
ないように後方に逃がすわ」
「雪待、それはないよ…」
「日没まであと一刻、鉄砲隊と弓隊は全て貸してあげるわ。がんばって耐えてね!」

 望羊の本陣は猛烈な雑賀の射撃に耐えた。が、彼には夢の続きとしか思えなかった。

《対雑賀衆戦、僅差で一の谷氏判定勝ち》