ハウスセンゴク
第四章 めぐりあい、本能寺っ!

 時はまさに戦国の世、ハウスセンゴクと呼ばれているこの国では、合戦が絶えない。僕
が侍大将として勤めている織田家は、その動乱の中で、破竹の快進撃を続けている。大敵
であった今川義元を桶狭間の合戦で破り、その勢いで『ノブナガ劇場』を制圧したのだ…。
「ははっ、まったくもって順調ではないか。これで次の選挙は安泰であるわい」
 豪快に笑う織田議員信長公は、側に数人の目つきの鋭い大男を侍らせ、のけぞりながら
床机に座っている。
 信長公は『ドリームドラッグ』に冒されながらも、議員としての記憶がまだ残っている
のか、時々現実世界で使われる単語を発する。が、本人はその矛盾にまったく気付かない
ようだ。僕は、信長公にこのことを指摘するのは控えている。信長公は怒りっぽいのだ。
機嫌を損ねて処刑宣告でもされたら、即座にゲームオーバーになってしまう。そうなった
ら、家康を討つことができないじゃないか!
 信長公の前には、重臣たちが居並んで、あぐらを組んでいる。重臣は、『ノブナガ劇場』
に参加している与党議員とNPCで構成されており、比率はだいたい半々である。そして
桶狭間のシーンで特別な手柄を立てた僕も、その中に入っているのだが、他の参加者、つ
まり財界の人々、芸能人や野党議員は、全滅したのか、またはただの兵卒にされたのか、
ここにはいない。
「信長公ともあろう御方が、『ノブナガ劇場』程度で満足されるとは、ふふん、まったく
意外ですな」
 信長公の左側、僕の正面であぐらを組んでいるのは家康、すなわち虎威先生である。内
侍さんのかたきであり、かつハウスセンゴクの入場者を、『ドリームドラッグ』によって、
奇妙な世界に叩き込んだ張本人だ。家康は、桶狭間の合戦後に織田家の同盟国となった徳
川家の当主なので、味方陣営の武将である。このため、僕は手が出せないでいるのだ。悔
しいが、もし家康に襲いかかっても、その前に光線槍を持った護衛兵に、たちまち斬り殺
されるだろう。
 それをいいことに、この世界の家康は態度が大きく、まるで神のように振る舞っている。
「こらっ、家康ならもっと謙虚にせんか。調子が狂うではないか」
 僕も同意見だ。家康はひたすら堪え忍ぶものだと、相場が決まっている。虎威先生はそ
れに合わせる気はさらさらないようだが。
「あなたも信長なら、もっと志を大きく持つべきですよ、織田議員さん」
「うむっ、ではどうしろと申すのだ。票につながるならば、法案として国会に提出してや
らんでもないぞ」
 信長公は、前よりもいっそう背をのけ反らせながら、家康を舞扇で差して問いかける。
(ちっ、中途半端に現実世界の記憶が残っているな。『ドリームドラッグ』の効果も完璧
ではないのか。それとも、これが政治家の執念なのだろうか…)
 家康が、小声で吐き捨てるように毒づいたのが、僕の耳に入ってきた。
 しかし、信長公の方は、戦国時代と現実が頭の中で混ざっているということさえ認識し
ておらず、奇妙な言い回しを続けている。
「どうした、我が織田家のためになる案があるならば、存分に申すがよい。なんなら公約
にいれてやってもよいぞ」
「ふふん、世界は広いのですよ、信長さん。そろそろ、外にも目を向けるべきではないで
すかな」
「外の世界、か…」
 なんという事だ。家康は、『ドリームドラッグ』を吸って戦国時代の兵隊になりきって
いる『ノブナガ劇場』の参加者を、ハウスセンゴク統一にに向けて、解き放とうというの
か。
 広大なハウスセンゴクは、その敷地自体が行政区画上も一つの町になっている。戦国時
代をテーマにつくられたハウスセンゴクは、そこで楽しんでいるのが現代人だからこそア
ミューズメントパークなのであって、そこを頭の中が戦国化した人々が横行闊歩すれば、
きっと悪夢のような戦国世界になってしまう。そうなれば、いくら僕があがいても、事態
の収集は困難だろう。
 だが、こんな僕の心配をよそに、信長公はすっかり家康の提案に魅入られた様子だ。
「よし、私は決めたぞ。天下に布武し、ハウスセンゴクの覇王とならん! 家康、高牙、
存分に働いてもらうぞ」
「ははあっ!」
 自分の言葉に酔って興奮し、舞扇で膝を激しくぴしゃりぴしゃりと叩いている信長公の
前で、家康は恐れ入って平伏をする。僕も慌ててそれにならった。
「では、征けっ! 臣従する者は許し、逆らう者は皆殺しにいたせ」
「御意のままに」
「これで我が党、もとい、織田家も安泰だな、はははっ…!」
 僕と家康を含めた重臣たちは、信長公の高笑いを背中で聞きながら、席を立った。天下
統一を目指しての出陣に、人間もNPCも欣喜雀躍している。
 そのとき、家康が僕にすっと寄ってきて、囁きかけた。
「君が死んでいなかったとは、驚きだったよ。ふふん、しかしどうだ、私の薬の威力は。
若干改良の余地はあるが、皆、戦国の世を心から楽しんでいるではないか」
 僕は家康を、すなわち虎威先生を睨みつけた。何が戦国の世だ、アミューズメントパー
クを混乱に陥れる、マッドサイエンティストの所業ではないか。
「どうとでも言うがよい。その判定は、テレビ中継の視聴者が下してくれるさ」
 しまった! そうだった、この『ノブナガ劇場』は、現実世界の日本全国に、実況中継
されているのだった。
「まあ、君も織田家の重臣になったことだ、お互いこの前のように、私闘をやらかすわけ
にはいかなくなったな。この際、協力しあって、戦国の楽しさを全国のお茶の間にアピー
ルせんかね」
 横目使いでにやりと笑う家康に、僕は即座に反論できなかった。確かに、戦国の世をこ
うして体験するのは、愉快だ。僕も『ドリームドラッグ』の影響を少し受けているのだろ
う、まだ戦いたいという戦闘欲の火が、体の奥で燃えている。
 でも、この方法はアミューズメントパークの良識を逸脱しているのだ。アパ研の皆んな
は戦死してしまった。おそらく武神教授も、姿が見えないところから判断すると、桶狭間
でやられたのだろう。
 内侍さん、教えてくれ、僕は、どうすればいいのだ…。愛用の槍をきりりとしごきなが
ら、僕は唸っていた。

〈怖いのかい、高牙君。こんなことでびびるなんて。アパ研の名誉はどうなったの?〉
 僕は、兵を率いて『ノブナガ劇場』を出る時、内侍さんの声を聞いたような気がした。
心の中で、いまは亡き内侍さんが、ポケットに手を突っ込みながら、僕に微笑んでいた。
おや? 内侍さんは、光線鉄砲で家康に撃たれて気絶しているだけではなかったか。だめ
だ、僕も幾分、『ドリームドラッグ』のせいで、戦国と現実の区別がつかなくなっている。
〈こうなったら、とことんハウスセンゴクを楽しみなよ!〉
 心の中で内侍さんが、無責任にけしかける言葉が、僕を鬼神に、修羅にした! アパ研
の栄光のために、そして内侍さんの期待に応えるためにも、僕の槍働きでハウスセンゴク
を制圧してみせる、という情熱が沸き上がってきたのだ。
 そうさ、ここでうんと手柄をあげて出世し、家康よりも上席の重臣となれば、『ドリー
ムドラッグ』の解毒剤を渡すように命じることができるではないか。これで、僕が出陣す
る理由はできた。自分でも、多少は勝手な解釈だと思うが、戦がすべてのこの世界では、
心を武士にしなければ生きていけないのだ。
 皆の者、僕に続けえっ! 家康に遅れをとるなよ。僕は信長公から頂いた采配を、天高
く揮い、部下のNPC兵に向かって叫んだ。
 狂騒と大混乱が、『ノブナガ劇場』がある合戦ゾーン地域で、暴れ回った。そこには、
中継カメラから送られてくる映像によって、『ノブナガ劇場』内部で何か異変が起こった
ことには勘づいたものの、実況レポーターまでもが戦国化したために情報が得られず、不
審と興味をもちつつ待機していたテレビ局のスタッフが大勢いた。その彼らを突然、戦国
の嵐が襲ったのだ!
 『ドリームドラッグ』が散布されたのは、『ノブナガ劇場』内だけだったらしい。外に
いた人々は、ごくまっとうな現実世界の思考回路をもっているようだ。それが、いきなり
飛び出してきた槍兵に追い回され、パニックに陥っている。
〈ぜ、全国のお茶の間の皆さん、わ、私たちは今、信長の兵の襲撃にあっていますっ! 
信じっ、られません、ぐはっ…〉
〈たた、助けてくれ。通じないのかぁ、なら、助けてでござるぅ。ぎゃおっ!〉
〈真実の報道に、敵なし! さらば、妻よ…、むほっ…〉
 逃げ惑う人、命乞いをする人、そして潔い人と、さまざまの最後を演じながら、哀れな
テレビ局のスタッフは、織田軍団によって撫斬りにされた。僕が命じたのだ。彼らにはし
ばらく眠ってもらわなければ、『ドリームドラッグ』の宣伝を、全国に流し続けることに
なってしまう。それでは、虎威先生の思うつぼだからだ。
 合戦ゾーンの制圧は、瞬く間に完了した。倒れている人々の、僅かに痙攣した姿を眺め
ながら、副将NPCの報告を聞いていた僕の心は、不覚にもすっきりしてしまった。自分
の意外な好戦性に驚いていた僕は、戦国グッズ店の前に翻る、兜を描いた旗に、ふと目を
とめた。
 スタンプ設置所か、せっかくだからな、と呟くと、僕は副将の声を聞き流しながら、兜
の旗の下まで歩いていき、懐から通行手形を模したガイドブックを取りだし開くと、ポン
とスタンプを押した。
 まずは、合戦ゾーンを切り取ったぞ、内侍さん、これでいいですよね。天色の光の向こ
うに内侍さんの顔が見えるような気がして、僕は光線槍を見詰め、問いかけていた。

 僕と家康の無類の戦働きによって、織田家の領土は、急激に拡大していった。織田議員
などのために奮闘するのもしゃくだったが、家康がなかなかに頑張るので、それ以上の手
柄を立てるために、僕も戦場を駆け回らねばならなかったのだ。
 それに加えて、僕の心は、今では戦いに喜びを覚えていた。光線槍の柄についている討
ち取りカウンターの数字は50を越え、ガイドブックには、『茶の湯博物館』を含んでい
る戦国文化ゾーン、『琉球航海体験館』がある世界と戦国ゾーンのスタンプが加わった。
 そして、織田家に対抗する敵は、ついにただ一か所に押し込められたのだ。ハウスセン
ゴクの最奥部に位置する『オオサカ城』に!
「信長公、いや織田議員の下知は、城に籠る者は皆殺しにせよ、だ」
 隣に馬を進めてきた家康、つまり虎威先生が、険しい目をして重い口調で告げた。僕を
除いて、今ハウスセンゴクで何が起きているのかを正しく認識している、唯一の人物であ
る。また、内侍さんのかたきでもあり、この世界の神だとも高言していた虎威先生だが、
なぜかその表情は暗い。長く続いた戦の疲れだろうか。
「私は、織田議員を甘くみていたようだ。さすがに実際の政治の世界で、与党の幹部にま
で成り上がっただけのことはある。この戦国世界でも、瞬く間に独裁者となり、全権力を
掌握してしまったよ」
 前方の『オオサカ城』を眺めながら話す虎威家康は、あなたこのアミューズメントパー
クの中では神の力をもっているのではなかったのですか、との僕の問いに、自嘲ぎみに答
えた。
「もう手がつけられんよ。下手に逆らえば、家康である私でも、光線太刀で打ち首にされ
てしまうさ、ふふん」
 では、その覇王と化した信長公の命令に従って、テレビ局スタッフの生き残りや売店の
従業員など、頭脳が戦国化していない多くの一般人が、必死の思いで逃げ込んだ『オオサ
カ城』に、僕の軍団は攻め入らなければならないのか。いくら僕が戦に心をときめかして
いるとしても、それはさすがに気がひける。
 そうだ、解毒剤だ。虎威先生から『ドリームドラッグ』の解毒剤を奪い取ることが、僕
の目的だった。それさえあれば、織田家の兵になりきっている『ノブナガ劇場』参加者を、
正気に戻すことができるのだ。
「それが、もう私の手元にないのだよ。織田議員め、解毒剤の入った壺が、奴の戦国化し
た目には、茶の湯で使う名物茶器に映ったらしい。ふふん、無理やり召し上げられてしまっ
たよ」
 なんだって! では、どうすることもできないのか。
「ここはおとなしく、奴の命令を聞くしかあるまい。『オオサカ城』に籠った人々には気
の毒だが、城を枕に討ち死にしてもらおう。なに、難攻不落といわれた大坂城を模しては
いるが、ハウスセンゴクの『オオサカ城』は、中が戦国美術館だったり時代劇セットだっ
たりして、防御能力はほとんど無い建物だ。ふふん、陥とすのはたやすいさ」
 手綱を引き絞りながら、虎威先生が言い放つ。ひょとして、先生までもが戦国化してい
るのではないだろうか、と僕は疑った。僕には、これ以上、無抵抗の一般人を斬ることな
どできない。
「光線武器で、苦しみ悶えながら処刑されたいのか。いやなら信長公の指図に従え。城に
いる人々を、一般人と思うな、一揆勢と思え。ふふん、現に、戦国化した『ノブナガ劇場』
参加者やNPC兵の目には、そう見えるらしいからな」
 そう言う虎威先生の態度は、すでに家康に戻っている。でも、相手が一揆ならば、殺し
てもいいのか。僕は、槍をきつく握りしめながら、権力の恐ろしさに身震いをしていた。
 そのときである。背後で数十頭の馬の嘶きがした。どっどっどっという、地面を蹴って
馬が疾駆してくる音が、響き渡る。
「武田軍が、攻めてきました!」
 伝令兵の、恐怖を帯びた悲鳴が、耳に届いた…。

 どこにこれだけの軍団が隠れていたのだろうか。僕たちに攻撃を仕掛けてきたのは、戦
国時代に甲斐・信濃、現代の山梨県と長野県を根拠地として、大勢力を有していた、武田
信玄の軍隊だった。その『風林火山』の幟と、精強な騎馬軍団は、名高い。
 完全に奇襲を食らった織田軍団の前線は、武田騎馬軍団の突撃によって、大混乱に陥り、
いいように蹂躙されている。味方、敗勢濃厚だ。
 僕は自分の軍団を反転させ、反撃に向かうべく、声高に叫び、采配を揮り下ろし、そし
て、馬を駆けさせた。配下のNPC兵たちが勇ましい雄叫びをあげて、僕に続く。
 正直に言って、武田軍団の襲来は、僕にとってありがたかった。無抵抗の一般人が籠る
『オオサカ城』を攻撃するのを、延期せざるを得なくなったからだ。攻め寄せる軍隊が敵
ならば、僕は喜んで戦うことができる。
 また、楽しめそうだ。心底ではすっかり戦が好きになっていた僕は、馬に揺られながら、
心を弾ませていた。
 敵の兵力はさほど多くはなく、全軍がNPC兵で構成されているらしい。だが、戦闘力
の高い、上級NPC兵が多いようで、味方の織田軍は懸命に防戦してはいるが、押され気
味だ。
 ついに戦場に到着した僕は、忠実な赤馬を操り、敵の騎馬を目掛けて突っ込んだ。反攻
の開始だ、突撃だ! 擦れ違いざまに、渾身の気合いをこめて、槍を繰出すと同時に、敵
の騎馬武者の槍から伸びたオレンジ色の光線が、頬を掠めるのを感じる。僕の槍は正確に、
馬上の敵の胸に吸いこまれ、天色の光線が鎧の中に消えていった。駆け去ると、背後でど
すりという音がして、ああ、やったんだなと振り返らずに知ることができた。
 僕は歴戦を経て、すっかり槍の扱いもうまくなり、今では古今無双の豪傑の働きをして
いる。さすがの武田兵も、このような僕を避けているようなので、僕は一気に、敵の本陣
を突くことにした。戦の流れを観察し、敵の薄くなったところを見極めると、そこへ向け
て馬を疾駆させた。立ち塞がる兵がいても、僕が槍を一払いすれば沈黙する。
 そしてついに、僕は武田信玄の本陣への突破に成功したのだ。そこには、無数の風林火
山の幟がはためき、そして中央には、床机にどっしりと腰かけて、軍配を握り締めている、
信玄がいた。
 あっ、あの信玄は…、武神教授ではないか! まだ生きていてくれたのか…。僕は敵陣
に入り込んでいることも忘れて、教授の前で、呆然と立ちつくしてしまった。よかった、
と心から感じ、目からは滂沱と涙が溢れてくる。
「これは、高牙君ではないか。よく生き残れたのう、あの弱虫の君が。うむ、逞しくなっ
たようじゃな」
 馬から転がりおりた僕を、武神信玄教授は、いつくしみを込めて、やさしく抱いてくれ
た。
「よくやったぞ。だがな、わしらの戦いはこれからが本番じゃ」
 教授が僕の両肩をぐっと掴み、真剣な面持ちで、目を覗きこんだ。
「虎威先生の狂った野望を食い止めねばならん。そのために、わしは急いで、長篠の合戦
のシーンのために『ノブナガ劇場』で用意されていた武田軍団のNPCを掻き集めて、反
撃の機会を待っていたのじゃよ」
 僕は涙を拭って、なんとか笑顔を作りながら、教授に質問をした。長篠の合戦といえば、
織田信長の鉄砲隊が、武田騎馬軍団を壊滅させた合戦ですね、でも、その時はすでに武田
信玄は死んでいて、息子の勝頼の代ではなかったでしょうか、と。
「よく知っておるな。その通りじゃよ、高牙君。信玄に扮したのは、単にわしの趣味じゃ
わい。そんなことはどうでもいい、今せねばならんことは、虎威先生を倒して、『ドリー
ムドラッグ』の解毒剤を手に入れることよ」
 僕は、身体がぴくりとして、一瞬だけ躊躇したが思い切って、解毒剤が信長公の手に渡っ
たことを、教授に告げた。
「な、なんと…、では、家康である虎威先生を成敗しても、無駄だというのか…。しまっ
た、しくじったわい!」
 教授が、呻いて悔しがった。僕と同じことを考えて、家康を倒すために挙兵したのだが、
事態の収集という目的を果たすには、信長を襲うべきだったのだ。教授も、僕がさきほど
味わった無念を感じているのだろう。
 ズドドドッ!
 そのとき、空気を震わせる射撃音が轟いた。教授と僕ははっとして顔をあげ、戦場に顔
を向ける。前線から、満身創痍の武田軍の伝令兵が、駆け転んできた。
「おぅ、織田信長の鉄砲隊の一斉射撃で、お味方は壊滅状態でござりまするぅ…」
 力尽きて、伝令兵は地面に崩れ落ち、動かなくなった。そして、その後ろから、敗走し
てくる武田兵を追撃して、織田軍団の兵たちが怒濤のごとく殴りこんできた。
「お、おのれ、信長ぁ! こうなれば、高牙君だけでも生き延びよ。さぁ、わしを斬るの
だ」
 教授は、首を前に垂らし、僕の槍をもつ腕を引っ張った。いったい突然、何を言い出す
のだろう。
「敵の総大将、武田信玄と一緒にいれば、君までもが襲われるぞ。早く、その槍でわしの
首を取り、織田兵の疑いを晴らせ。そして、君の手柄にするのじゃ!」
 そんな、僕にサークルの顧問である教授を殺せというのか…。そんなことは、できやし
ない。
 殺気に満ちた槍兵たちが、僕たちがいる本陣に迫ってくる。織田軍団の総力をあげた、
大部隊だ。いかに戦経験を積んだ僕でも、太刀打ちできないだろう。
 頭が混乱してつっ立っていると、突然に教授が、僕の槍の天色の光線穂に、自分の身を
投げた! 僕が止める間もなかった。
「うぐっ、わ、わしが開発した光線槍だが、き、強力すぎるな。し、痺れるわい、改良せ
ねば、ハウスセンゴクの客が驚くな…」
 僕のもつ光線槍に串刺しになりながら、教授が口元を歪めて、微笑んだ。
「うぐっ、い、生き延びて、信長を討てよ…」
 手足を痙攣させながら、教授はずるりと、うつぶせに倒れ落ちた。
 ぼ、僕が教授を斬ったのか…。殺してしまったのか!
 虚脱状態の僕を、副官NPCが見つけて、歓喜しながらやってきた。
「大手柄でござりますな、信長公もさぞやお喜びになりましょうぞ」
 なんてよくしゃべるNPCだ、本当にロボットなのだろうか。教授をこの手で殺して、
なにが手柄だ、なにが信長公だ! 心の底からマグマが吹きだし噴火をおこすがごとく、
僕の怒気が爆発した。信長め、許さん!
 僕は、腰に差していた采配を手に取ると、さっと大空高く、彼方へ向けて揮い、大音声
をあげ、全軍に号令した。
 本当の戦は、これからだ。敵は、本能寺にあり!

 物見の兵をだして偵察させたところ、信長公は本当に、本能寺にいた。正確には、ハウ
スセンゴクの施設で、特殊な映像技術によって、織田信長が部下の明智光秀の謀反に遭い
討たれた本能寺の変の模様を、映画劇で再現して観せてくれる、『本能寺ドリーム』館に
信長公はいたのだ。『本能寺ドリーム』館は、実際の本能寺を模した建物で、なかなか見
事なつくりなので、織田議員はそれが気に入り、本陣を移したのだろう。
 僕はただちに、配下の兵を全て率いて、その『本能寺ドリーム』館を急襲した。都合の
良いことに、信長公はハウスセンゴク統一を目前にして奢り油断したのか、護衛兵はほと
んど連れていなかった。僕は、反乱軍の総大将であるにも関わらず、真っ先に突入した。
「む、謀反なのか? 誰だ、誰が私に逆らうのだっ!」
 信長公こと織田議員が、信じられないといった表情で叫んでいる『本能寺ドリーム』館
の中は、特殊映像の上映の真っ最中で、レーザー光が紅蓮の炎のようにに輝き、熱い炎風
までもが吹き荒れている。
 織田議員が侍らせていた屈強の側近も、多勢の反乱軍に取り囲まれ、絶叫を残して、こ
とごとく討ち死にしていたので、信長公の問いに答えるものはいなかった。だから、代わ
りに僕が教えてやった、高牙という侍大将でござります、と。
「高牙? 私の前でびくびくしておった、あの軟弱な学生かっ。」
 そうだった、僕は『ノブナガ劇場』では織田議員の威圧感を恐れて、声もでなかったの
だ。そして今、自分が死に直面していることを知った織田議員は、さすがに肝が座ってい
て迫力は衰えていないのだが、その信長公に僕は堂々と槍を突きつけている。
「戦国を闘い抜いて、強く、逞しく成長したというのか…。ならば、この私が討ち果たさ
れても、しかたがないな」
 信長公は覚悟を決めたのか、どすりとあぐらを組み、腰の小刀を引き抜いた。
 僕が、強くなったって? そうなのか、と思うと、胸の鼓動が激しく鳴り響き、目頭が
熱くなった。『本能寺ドリーム』の映像もクライマックスを迎え、織田信長が好きだった
舞の「敦盛」を吟じる声が、BGMで流れ始めた。
(人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を受け、滅せぬ者の有
るべきか)
「夢幻か…、そうかもしれんな。うぐっ…」
 ふっと呟くと、織田議員、いや信長公は、小刀を腹に突きたて、自害した。おそらく、
光線武器で切腹をした、最初の人間だろう。
 ゆめまぼろし。僕は『ドリームドラッグ』が現出させた幻の戦国世界に戦い、そして今、
全てが終わった。ゲームをクリアしたのだ。だけど、この天色に輝く槍は知っているさ。
たとえ夢の世界だろうとも、その中で僕は立派に生き、心に自信をもつ、強い男になった
のだということを…。

 『本能寺ドリーム』館が、炎上している。NPC兵が映写室にも乱入して、暴れ回った
のかもしれない。僕が、建物から脱出して外から眺めていると、『本能寺ドリーム』から
紫煙が噴き上がり、上空が紫色に染まっていった。
「あれは『ドリームドラッグ』の解毒剤だよ。入れ物の壺が燃えて、大気中に乗って舞い
上がったのだな。じきに解毒剤はハウスセンゴクに満ち、皆んな正気に戻る」
 いつの間にか、家康を演じていた虎威先生が僕に並んで、空を見上げていた。
「ふふん、これで安心だよ」
 そう、もう戦国の世界は終わりだ。槍よ、よく活躍してくれたね。さぁ、最後の一太刀
だ。僕は、槍をきりりとしごいた。
「な、何をするっ、やめろっ!まだ君は狂っているのか…、ぐほっ…!」
 こうして僕は、内侍さんのかたきを討ち、戦国の世の幕をおろしたのだった。

「くはぁ、俺は満足だね。存分に太刀をぶん回して、敵を斬りまくってやったぜ!」
「戦国は、奥が深いでござる。それがしは修行し直して、再戦を期すといたそう。臥薪嘗
胆でござる」
「高牙君、よくやってくれた。ハウスセンゴクに平和が戻ったわい。うむ、さすがわしの
学生じゃわい」
 本能寺の焼け跡前に、生き返ったアパ研のメンバーが集まってきた。いろいろと酷い目
にもあったけど、みんなハウスセンゴクを心から楽しんだようで、表情が輝いている。
「さて、日も暮れてきたし、そろそろ帰るとしようか。わしは早速、光線武器の安全レベ
ルの確認をせねばならんしな。君たちもハウスセンゴク体験レポート、来週中の提出じゃ
ぞ」
 武神教授たちが、荷物をまとめて、出口に向かう。だが、まだ内侍さんの姿が見えない。
まだ、気絶しているのでは…。
 僕が教授たちに、内侍さんがいないと声をかけようとしたその時、前方からからからと、
乗り合い馬車が走ってきた。
「高牙君、教授、待って! これに乗って帰りましょう!」
 内侍さんだ! よかった、生きて再び会えるなんて、なぜだか信じられない。
「一人、五百円でさぁ、旦那」
 御者ロボットに料金を払って、僕らは場所に乗りこんだ。
「これは、楽だわい」
「本当は、中でハウスセンゴクの職員が寝てたのですけど、じゃまだから半ば廃墟になっ
た『ノブナガ劇場』に捨ててきたんです。それにしても、高牙君」
 内侍さんが、僕の方を向いて、じっと見詰めた。
「いい顔になったじゃないの。これで君も、立派なアパ研のメンバーね!」
 僕は泣けてくるくらい、嬉しくなって、思いっ切り明るい表情をし、笑顔で内侍さんを
見詰めかえした。
「よし! ではアミューズメントパーク研究会の凱旋を祝し、勝鬨をあげるぞっ!」
 古今無双のアパ研の猛者を乗せた馬車の中に、えい、えい、おう、の勝鬨が高らかにこ
だました。

 後日談。翌月におこなわれた国会議員の選挙は、空前の投票率を記録した。切腹パフォー
マンスの与党織田議員と、ハウスセンゴクでの与党の非道ぶりを糾弾する野党佐久間議員
が、選挙戦を盛り上げたのだ。
 武神教授と虎威先生の方は、ハウスセンゴクの再建で、大忙しの様子である。
 そして、僕はといえば、お化け屋敷巡りの訓練と称して、毎日山吹先輩や、馬耳さんに
無理やり怪談を聞かされて、悲鳴をあげている。そして、それを楽しそうに内侍さんが眺
めているのだ。
 ああ、アパ研に、栄光あれ!

                〈了〉