その日。訓練中に事件は起きた。 「おーい」 「よぉ」 一通りのトレーニングを終わらせたらしいアキヤマが、スタンドでコーヒーを啜っているポプラン に寄ってくる。シミュレーションのスコアと睨めっこしていたポプランがちらっと目をやる。結構真 面目にこなしたらしく、髪が額に張り付いていた。ポプランのすぐ横に立つと、汗まみれの髪を鬱陶 しげにかきあげ、何かを探すように目を動かした。 「なぁ、コーネフは?」 手早くコーヒーを注文し、足らないメンツの所在を尋ねる。常に…とはいかないまでもマメにつる んでいるだけに、一人欠けるとどこか物足りないらしい。 「ロードワーク中」 「ロードワークって…もっかしてあの騒ぎの中心?」 「あん?────────…確かに騒がしいな」 アキヤマの科白にスコアから視線を上げる。室内コースの入り口が妙に騒がしい。人だかりを形成 し始めたそこに、興味が湧かない訳がない。一瞬顔を見合わせると、同時に後ろ向きに紙コップをご み箱へと放り投げ、小走りに向かった。 「おらどけ!」 「なんの騒ぎだぁ?」 人山をかき分け、騒ぎの中心に滑り込む。ギャラリー全員の視線を追うと、コースの彼方に見慣れ た長身と小さな影。それに、抱えられた何か荷物。 「アリス!」 「コールドウェル!」 アキヤマとポプランがほぼ同時に影に声をかける。横を向いて走っていた小さい方がまずそれに反 応し、正面を向く。 「隊長!」 声か、それとも視認か、あまりにも反射的で判断がつかないが、小さな影は声と共に猛ダッシュで 二人の元へ駆け寄ってくる。勢いがあり過ぎて止まりきれそうにないそれをアキヤマが身を呈して止 めると、半泣きのアリスが見上げていた。 「どした?」 「あの、あのね、コーネフ少佐が…」 「コールドウェル!それ、どーしたんだよ」 アリスが答えるより早く、スピードを上げたコールドウェルが戻ってくる。その、大事そうに抱え られた異様にデカい手荷物を指してポプランが尋ねた。 「…目の前で倒れたんですよ。メディルーム…行った方が良いですよね?」 確認半分でポプランたちを見、それから微妙に周囲を顎でしゃくる。集まっていた者たちがざわざ わと覗き込み、それ以上前に進めないのだ。 「…聞くな。────────お前ら邪魔!」 手で散らすと、漸く通路が出来た。 「──────…風邪ですね」 「…あ、風邪…」 メディカルルームのベッドに寝かせられたコーネフを診ていた軍医があっさりと告げる。別に、そ れ程ひどい事を想像していた訳ではなかったが、意識不明の姿を目の前にしているだけにどことなく 拍子抜けした声が漏れる。 「よかったぁ」 気の抜けた野郎共を尻目に、アリスが素直な感想を述べる。心配そうにベッドを覗き、呼吸の浅い コーネフに幽かに眉を寄せる。苦しそうなのを見るのが嫌なのだろう。 「…で、どうします?」 「どう…って?」 軍医の言葉を聞き返す。普通、ここまでひどい患者は一日ないし二日は入院させるのではないだろ うか。 「連れて帰りますか?動かしたくなきゃ預かりますけど」 その代わり、起きた後は責任持てませんよ…と続け、質問の意図が通じなかった、察しの悪い相手 に改めて言い直す。 つまり、四六時中見張っていられる訳ではないから、目覚めたコーネフが許可なく病室を抜け出し ても責任は取りきれない、と言う事。 「あー」 「…コーネフだもんな」 「絶対抜け出しますね」 嫌過ぎる程、身に染みている確信。熱があろうがなんだろうが、意識を取り戻したコーネフは、必 ずここを抜け出す。それは、既に決定事項と何ら変わりがない。 大人しく寝かしておくには見張りをつける以外に方法はない…かもしれない。 「──────…決まりだな」 重い沈黙をアキヤマが破る。 「ポプラン。後は任せた」 「────────────────…はい?」 厳かに、重々しく、ポプランの両肩に手を乗せる。それにコールドウェルも、あろう事か軍医まで 大きく頷く。 「お前、コーネフの看病な」 「適役ですね。上の方には診断結果、看護必要と言う事にして差し上げます」 「本当は俺が看たい所なんですが、事務処理が滞りますし」 「じゃ、車回すから。アリス行くぞ」 ポプランの返答を待たず…と言うより、畳み掛けるように告げると、アキヤマはアリスを伴って車 を取りに行き、コールドウェルは丁寧にコーネフを毛布で包み込む。軍医は軍医で何やら提出用の診 断書を作成し始める。 その迅速な行動に、珍しく完全に取り残されたポプランがうめいた。 「…何で?」 |