風邪−2


 取り合えず用意するもの。
 タオル、洗面器、水、冷えたアイスノンに冷却シート。それから新し いシーツと着替え。喉渇いてると困るから、一応スポーツドリンクも。…薬はメシの後だから、 今は要らない。
 ぶつぶつ口の中で唱えながら、勝手知ったるコーネフ宅を漁る。散らかして、後で怒鳴られる事 はこの際横にド突いておく。押し付けられた手前、機嫌こそイマイチではあるが、それでも病人を 放ってはおけない。どうにか目的のものを全て探し終えると、比較的静かにベッドルームへ入って いく。
「…寝てるな。よし」
 メディカルルームで打たれた薬が効いているのか、帰宅時より遥かに穏やかな寝息に安堵の息を 漏らす。額から冷却シートを外し、静かに頭を持ち上げるとアイスノンを取り替える。凍っていた 所為で頭の据わりが悪いのか、身動ぎするが、起きる気配はない。落ち着いたところで新しい冷却 シートを額に貼る。
「なんか、暇だな。…看病なんてした事ねぇし」
 ベッドサイドの椅子に座り、顔を天井に向ける。耳たこのレクチャーを受けながら帰って来たし、 思いつくだけの事はした。しかし、それ以上は判らない。逆に、目の前で寝ている奴の方が兄弟も 多いし、余程世話は上手いだろう。
「うーん…」
 頭を掻き、何か暇潰しの出来るものを探そうかと視線を戻す。──────と、自分を見つめる 不機嫌そうな目とぶつかってしまった。
「──────…」
 熱がある所為で、顔はいつもより少し赤いし、常に冷たい薄蒼の目も少々潤みがちではある。あ る、が。だがしかし。
 不機嫌なのはいつも以上で。おまけに感情を隠す事無くダイレクトにストレートで。それがまた、 はっきり言って怖かったりする。
「…おはよ」
 内心ビビり、思わず逃げたくなる気分を無理矢理押さえつけて、声をかけてみる。どんな反応が 返されても、怖い。
「──────…」
 コーネフの口が動く。…しかし、それに音はなかった。
「え?」
 ポプランが聞き返すと、もう一度口を動かすが、やはり音がない。微かに、息苦しそうなかすれ た呼吸音がするだけである。
 不審そうに眉を寄せるコーネフに、ポプランが目を見開いたまま呟く。
「──────…お前…声、出ねぇの?」




 結局、スポーツドリンクで喉を潤しても、処方されていたトローチを舐めても、コーネフの声は 出なかった。
 口の中を覗いてみると扁桃腺が真っ赤に腫れ上がっており、これでは声が出なくても仕方がない と言えた。それどころか、食べ物も飲み物も飲み下し辛い位、痛いのではないだろうか。
「…39度。お前、よくこれで出勤したよなぁ」
 無理矢理に熱を測れば、立派な高熱。一気に上がったのかもしれないが、それでも体の調子はずっ と悪かった筈だ。よくもまぁ、ぶっ倒れるまで我慢したものである。誉められた事ではないが、思 わず感心してしまう。
「…ま、暫く寝てるっきゃねぇよな。このポプラン様がついててやっから感謝、するように」
 ほぼ力付くで布団に押し込む。その間、視線は絶対に合わせない。何故なら、睨みっぱなしのコ ーネフが怖いから。
 ぐいっ。
 そのまま部屋を出ようと立ち上がりかけるのを、コーネフが腕を掴み、バランスを崩される。椅 子に戻された刹那、首を捕まれ、視線が合わされる。
『とっとと帰れ。邪魔だ』
「そりゃダメだ」
『何で』
「だって、いちおー命令だしぃ。それに、皆が見張ってろって言うしぃ」
 目だけで文句を言ってくる相手に正しく答える。目さえ見ていれば、コーネフの言いたい事は理 解できてしまう。だいたい、なんてものではなく、100%。完璧に。ちゃんと会話が成立するの が判っていたからこそ、ポプランはずっと視線を合わせようとしなかったのである。…否、目すら 合わせなくても、解る。実は先刻の冷たい視線の内容も、正しく理解出来ている自信がポプランに はある。
 それの理由なんか、二人とも知らない。知りたくもない。強いて言えば、相棒だからだろう。本 人同士、嫌でも解ってしまうのだから、これはもう、諦めるしかないのである。
『お前なんかに看てもらいたくない』
「俺だって別に看たかねぇって」
『じゃあ帰れ』
「やだね。だってなぁ、まずアリスに桃缶渡されただろ?それからブルームハルトからはアイス。ヤ ン提督はバナナで、キャゼルヌ少将は奥さんお手製のボルシチ。…でも今は喰えねぇよな、これは。 後、リンツ中佐が蜂蜜で、それからアッテンボロー提督がゴールドラム」
 帰りしな、次々と渡されたコーネフへの見舞い品の数々を挙げ、言外に帰宅を拒否するポプラン に、コーネフが溜息をつく。その判断には、言い出したら聞かないポプランの性格を熟知している所 為もあるかもしれない。…いや、単に熱で疲れているだけかもしれないが。
 何はともあれ、取り合えず、滞在は許可されたらしい。
「じゃ、商談が成立した所で、病人食なんぞを作ってやろう」
『やめろ』
「だーいじょぶだって。アキヤマに米貰ったし、作り方も聞いたし、オカユ位作れるって」
『……』
 それが一番不安なのは、目ですら言いたくないらしい。ただただポプランを凝視する。
「それに、ムライ少将がウメボシとやらをくれただろ?大根湯ってのもくれたなぁ」
『…食いたくない』
「風邪に効くっつってたぞ。アキヤマと声を揃えて」
『………』
 食生活の面で、何故だか異様に気の合うらしい、異色の組み合わせに、コーネフが脱力する。それ を機にポプランがあっさり出て行く。
『──────!』
 今現在、持てる力の全てを出して枕をドアに叩き付けると、これから作られるであろう病人食への 現実逃避の為に、せめて背を向けて眠る事にした。







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