『これは、食べ物か?』 「文句言うな」 『白粥一つ真っ当に作れないのか?』 怪訝そうな表情を隠す事無く眉を顰めるコーネフの目の前には謎の白い物体。粥と主張す るポプランには悪いが、米の原型は全く残っておらず、しかも、重湯と言うには比重が随分 と重そうなその物体は、どんな贔屓目で見ても粥には見えなかった。 言うなれば、糊。 現在、食欲の激減しているコーネフは、食べ物を見るだけでもかなりの気力を振り絞らな ければならないというのに。 目の前の怪しい物体は『栄養を取る』という義務感すらすり減らしてしまっていた。 「立派にオカユじゃねーかよ。アキヤマに教わった通り、米を水で煮たんだぜ」 『…本当に煮ただけか?』 「当たり前だろ。───────…あ、丁寧に混ぜた」 『───────…』 茶碗の中の物体を凝視したまま、一瞬思考が麻痺する。米の形を破壊した要因こそ判明した が、それに対して何か言う気力は出て来ない。黙ったまま、茶碗の中身を掬ってみる。 見た目はかなり悪い。 味も、味覚が麻痺していると言う以前に不味そうで。これを茶碗一杯食べるだけの忍耐は、当 然ない。 『……梅干は?』 藁をも縋る思いで、ムライに渡されたと言う梅干の所在を聞いてみる。ムライは、常識を絵に 描いたような人物だ。少なくとも病人の見舞いに変な物を持たせたりはしない筈である。そのム ライからの梅干と一緒であれば、もしかしたら半分位は食べられるかもしれない。いや、半分は 無理だろうか。 「あ。これ?」 言いながら、小さな陶製の壷を出す。中には大粒の自家製の梅干。仄かな梅の香りは、粥に視 線を向けない限り、微かな食欲を誘う。内心、安堵の息を漏らし、意を決して謎の糊粥と梅干を 口に含んだ。 「美味いか?」 コーネフの反応を見ようとポプランが顔を覗き込む。子犬が尻尾を振っているようにしか見え ないポプランにちらりと目を遣り、溜息と共に目線を落とした。 『────────────…不味い』 長い長い沈黙の後、口の中に広がる消しようのない不協和音に顔を歪め、箸を置く。それでも、 口に含んだ分だけは飲み下したあたりは流石である。 「あ。ひでぇ」 『酷くない。お前、自分で食ってみろ。俺は寝る』 あからさまに不愉快そうな顔を浮かべたポプランに、茶碗を突っ返すと、早々にベッドに潜り 込んでしまう。 「コーネフ!おい!こら!」 揺すって起こそうとしてみるが、こうなったコーネフは梃子でも動かない。小さく舌打ちして 諦めると、トレイを持って部屋を出た。 「…んなに不味いかな」 ドアを閉め、首を傾げながら粥を口に運ぶ。見た目は良くないが、病人でも食いやすいようにと 作った代物である。それも、このポプランさんが腐れ縁とは言え、わざわざ野郎なんかに。 「───────…」 一口噛んだ瞬間、否、舌に粥を乗せた刹那、見事なまでに顔色が変わる。筆舌に尽くしがたい珍 妙な味に、速攻、ドアへ体を反転させる。 「…コーネフさん、ごめんなさい」 ドア越しに頭を深々と下げ、小さな声で謝罪する。絶対に相手に届かないのは判ってはいたが、 回復後の報復を考えると、反射的に体が動いてしまったのであった。 「やっぱ、塩の代わりにアジノモトを入れたのはマズかったか」 「ねえ、隊長」 眉を寄せ、思いきりしかめっ面をして書類と格闘していたアリスが顔をあげる。 「何だ?アリス」 一応顔はパソコンに向けたままアキヤマが応じる。アリスの位置からでは真面目に仕事をしている ように見えるが、その実態はよく判らない。少なくともアリス自身は書類さんとさようならしたいら しい。穴だらけの報告書の上にあっさりとペンを置いてしまう。 「ポプラン少佐って、お料理出来るんですか?」 「出来ない」 「え」 コーネフを帰し、監視にポプランを副えた時点からの素朴な疑問をぶつけると、間髪入れずに戻さ れる。 「あの…」 「あいつがカクテル以外で真っ当に人の口に入れられるモンを作ったなんて記憶は、過去10年以上 の付き合いの中で1度もない。従って、多少レクチャーした位で白粥とはいえ病人食を作れるとは思 えん」 耳を疑い、聞き返そうとするアリスに畳み掛けるかのような、丁寧且つ致命的なとどめを放つ。そ の間、あくまで視線はパソコンから放さない。 「それって…。え、え────────!?」 「…ま、アリス。お前の料理といい勝負だろうな」 「それって、それって、病気のコーネフ少佐が死んじゃうじゃないですか!」 自分の手料理の失敗を思い浮かべたのだろう。アリスの顔色が段々蒼白になり、一気に紅潮して爆 発する。 派手な音を立てて立ち上がり、つかつかとアキヤマのデスクの前に立つ。眉を吊り上げたまま、両 手でデスクを叩いた。 「…だからぁ、人が珍しく真面目にオシゴトしてんだろーが」 ここではじめて顔をあげ、アリスに視線を合わせる。 「たいちょ?」 不思議そうに首を傾げるアリスに、ニヤリといつもの人の悪い笑みを浮かべる。 「これ終わったら見舞いに行くぞ。人間、1食くらい食べなくても死にゃあしないが、病人は栄養取 らなきゃならないから」 「…はぁい」 |