「…隊長うまーい。すごぉい」 鮮やかの一言に尽きる様なアキヤマの手際に、アリスが感嘆の溜息を漏らす。 人は見掛けに依らないとはよく言うが、外見と性格と家事能力にここまでギャップがあると、 驚きを通り越して感動してしまうものらしい。 何せ、アキヤマとアリスが到着した、つい1時間程前には荒れまくって目も当てられなかっ たコーネフ家が、今は見違えるように片付き(もっとも、本来は現状の数倍は綺麗らしいが)、 キッチンからは美味しそうな匂いまで漂って来ているのである。 それを全てアキヤマが一人で処理したのだから。 長年の付き合いのポプランはともかく、初めて見たアリスが感動するのも頷ける。 「…紳士の嗜みです」 鍋から目を放さず、ぼそりと呟く。 「じゃあ、俺は紳士じゃないってかよ」 「ええい!あんな障子の糊にもならんよーなシロモノを病人に食わす奴のどこが紳士だと言う んだ!しかもそれをコーネフが1口でも食ったかと思うと…」 不服そうな声を上げるポプランに、先刻まで流しに放置されていた謎の白い物体を思い出したら しい。ふるふると、折らんばかりに菜箸を握り締めるアキヤマの剣幕に、流石のポプランも一歩退 く。 そして、『ショージ』という謎の言語について質問したかっただろうアリスも、大人しく成り行 きを見守る。 「…仕方ないだろ。料理なんかした事ねぇんだから」 拗ねた口調に、アキヤマが深い深い溜息をつく。 「それ以前の問題だ。食わせる前に味見くらいしろ」 いくらバカでもそれくらい考えつく筈である。 どうせ、熱で味覚が麻痺してるんだから味見しなくてもいいだろう位にしか考えてなかったのだ ろう。それが解るだけに、怒りを通り越して諦めの心境になりかける。 ついでに言うと、普通、白粥程度は料理のうちに入らない。(全粥とか、五分粥とか考えなければ、特に) 「…アキヤマさん、怒ってる?」 「愚問!──────…ほら、コーネフんトコ届けんだから来いよ。通訳位は役に立ってくれねぇ と、割に合わんわ」 「わぁるかったなぁ」 「───────…漫才みたい」 言い合いをしながらキッチンを出て行く大人2人を呆然と見送りながら小さく呟く、アリスの意見 はそこはかとなく正しい。 『───────…で?まだ拗ねてんの?お前』 「別に!」 綺麗に空になったシリアルプレート(コーネフ家に茶碗はない)を凝視するポプランにコーネフ が声なく笑う。 『お前が料理出来ないなんて、今更じゃないか』 「どーせ、料理出来ねぇよ。だからって別に人生困る訳じゃなし!なんであそこまで言われなきゃ ならねんだよ!」 『…困ったくせに』 握りこぶしで力説するポプランに冷ややかな視線を突き刺す。 「う」 今回ばかりは不味い物体を食べさせてしまった自覚がある所為か、珍しくポプランが言葉に詰ま る。 『…ま、人間向き不向きがあるから』 「…なんっか腹立つなー」 慰めにもならない言葉に、本気で不満そうにコーネフにジト目を送る。…が、それはあっさりと 無視された。もっとも、通常でもいくら拗ねてみせたところで同情の一つもしてくれない相手である。 体調崩して人に気を使う余裕の全くないこの状況では、その結果は当たり前過ぎると言えばそこま でだ。 「──────────…ま、コーネフさん、声でないけど元気みたいだし。明日はキャゼルヌ 夫人のボルシチ食えそうだな」 俺が作るこたねぇや。 そう続けて、手元のポットからグラスにお湯を注ぐ。 シナモンスティックでステアした途端、室内に芳醇な香りが満ちた。 「…飲めよ。ホットバタードラム。先刻大根湯飲んでるし、これも飲めば汗かくぜ」 『────────…ん』 素直に受け取り、口を付ける。ポプランの料理に不信はあっても、カクテルの腕に不安はないら しい。 「蜂蜜はさぁ、レモンの薄切り漬けてるから」 『…ん』 軽く頷いて、グラスをポプランに渡す。 「もういい?」 聞きながら、条件反射とも言うべき自然さで渡されたグラスに口を付ける。どう贔屓目に見ても、 残した酒がもったいない所為だろう。 『…寝る。おやすみ。お前も余計な事してないでさっさと帰るか寝るかしろ』 それを当然のように眺め、肩を冷やさないようにと無理矢理掛けられていた上着をポプランの顔 にひっかけるとベッドに潜り込んでしまう。 「…ひでぇ言い草。ま、いいか。んじゃおやすみ」 背を向けて、寝の体勢に入ったコーネフに文句を言おうとして止める。どうせ何を言っても無反 応。それどころか、これ以上何か言ったら、どこに隠し持っているか判らない凶器を投げつけられ るのが関の山である。大人しく、押し付けられた上着を無造作に椅子に掛け、復活した際に怒られない様、一応食器を片手に部屋を出て行った。 コーネフの回復X-dayは、神のみぞ知る。 END |