こっちの困った声に、にっ、と笑うのも、そりゃ、カッコ良いけど。
でも。
すっごく。
意地悪。
「うーみーのーさん」
リズムまでつけて、にやにや笑い。しかも、名字呼び。
…おうちではイルカって呼んでくれるのに。
本当、意地悪。
でも、さ。やっぱりお礼はちゃんとした方が良いし。
…し、仕方ない。仕方なく、だもん。
「…先生」
「ん?」
「ありがとうございます!」
ちゅ。
「…」
「…」
…し、したもん。緊張するから、ほっぺにだけど。でも、ちゃんと態度で表したんだから。
恥ずかしかったけど!
「…イルカちゃん?」
「…は、はい」
じと、と冷ややかな目がこっちに向く。
し、知らないもん。ちゃんと、したんだから!こ、怖いけど怖くない!
「誰がほっぺちゅーで許すって言った?」
ひんやり、冷凍庫な低音。う〜。怖い、よぉ。
「でも、感謝の気持ちだし!」
「言い訳なし!」
逃げようと、座り込んだまま後退りしたこっちの腕を掴んで、ぐい、と引っ張る。そのまま、どういう風にしたのか不明なまま、後頭部が床とご挨拶。
「…あ、あの、セン…」
「はい、黙って」
「ん───── っ」
抗議しようと口を開きかけたトコロを塞がれる。視界は翳ってしまって、条件反射のように目を閉じてしまう。ぬる、と口の中に何かが入ってきて、勝手に動き回る。
「ふぁ…ん、んん…」
息も上手く出来なくて、簡単に酸素不足になりかける。頭が白くなって、何も考えられないのは、多分、その所為。
熱くて熱くて、身体のどこかがゾクリとする。
怖くて、判らなくて、必死になって先生にしがみつく。緩く促されて、両手共、先生の首に回す。
意識が、ふわふわとどこかへ行ってしまう。
「…ぁ…」
暫くして(何分も経った気がする)、やっと自由にして貰った後、肩で息をする。足りなかった酸素を、いっぱい吸う。
同じ状態だった筈なのに、なんで先生は平気なんだろう?
肺活量の違いかな。
整わない呼吸のまま、軽く睨むと、先生の目が弓形になった。
「こーゆーのが、お礼。憶えておこうね」
ぺろりと唇を舐めて、にっこり笑う。
「…ち、違…と、おもっ…」
こんなのはフツーはしないと思います。
「…文句あるならもっかいするよ?」
「…ごめんなさい」
こんなの、何回もされたら死んじゃう。絶対。
何だか、よく判らない気分になるし。…あ、でも、お礼って言ってたから、勉強教わる度にこんな目にあうのかな。
…ちょっと、イヤかも。
「なぁに、考えてるのかな?」
「何でもないです」
「そ?まぁ、良いけど。小論はこれで良い?」
「あ、はい。判りました。一応」
「他に質問は?」
「ないです」
「ん。じゃあ、復習する?」
楽しそうに笑いながら言う。なんだか、悪い人みたい。
「小論文の?」
「お礼の」
「遠慮します」
「遠慮しなくて良いのに」
「やらしい顔しちゃ、ヤです」
そんな顔だって、カッコ良いけど。それとこれとは話が違うと思う。
「…イルカには、いろいろ課題が残ってるなぁ…」
「え?」
何の話?
それは…まぁ、色々勉強不足だと思うけど。先生みたいに頭良く、ないし。
「ま!段々教えてあげるよ」
「はぁ…」
楽しそうな先生に肯いて。
それが、近い将来の墓穴になるとは気付かなかった。
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