週末は恋人


 近くに響く、耳に痛い筈のチャイムを、どこか遠くに聞く。






「…また、サボっちゃった…」
 ぽそ、と呟くと、屋上の出入り口の上にある、給水塔の支柱を背も垂れに蹲る。
 身体の中から、ゆっくり腐っていく気がする。
 授業に出なくなって2週間。
 一番最初に、死んじゃうんじゃないかと思ったくらいにドキドキした心臓は、今ではほんの少し乱調になるくらい。
 何時見つかるか、叱られるかと、不安で不安で、時間が経つのが物凄く遅く感じたのに、今は気が付いたら夕方…放課後になっていたり。
 人間って、簡単に状況に慣れるんだな、と思う。
 ぼんやりと空を流れる雲を眺めながら、それすらもどうでも良い、と思う。


 なぁんにも、したくない。


 自分の好きだった世界は、大切にしていた世界は、イキナリ失くなってしまったから。
 夜中の電話。たった一本で、信じていたものがすべて、足元から崩れ去って行くのを体感してしまったから。
 それ以来、何をしてても楽しくないし、何をする理由も見出せない。
 イイコが楽しかったけど。
 イイコでいる理由もなくなってしまった。
 だから。
 悪い子になってみたい。
 そうしたら、また、楽しくなれるのだろうか?
 気が、紛れるのだろうか?


 でも、ね。


 それよりも。


 何をする気力もないのが本当。


 授業に出るのも、ご飯を食べるのも。
 眠る事だってしたくない。


 本当は、学校にだって来たくない。


 でも。


 それ以上に家に居たくない。


 だから。


 仕方なく学校に来て。


 友達にも先生にも会いたくないから、こんなトコロに隠れてる。
 人目に付かない、死角の隅。


 誰も来ないように願ってる。




 誰か来るように願ってる。




 くしゃり。




 足から離れた手に、紙が触れる。
 顔を膝につけたまま、音の方へ目を向けると。
「タバ…コ」
 バッグから零れた、見慣れた紙の箱。
 封の開いている箱の中には、淋しい残り数本と、おまけのようなライター。
 頭の片隅に、美味しそうに吸っていた、影。
「美味しいのかな…」
 ゆるゆると伸ばした手の中に箱を収めて眺める。
 以前、自分の前でこれを吸っていた人は、とても美味しそうにしていた。
 自分と違って、前々から授業に出ないような子達も、楽しそうに吸ってるのを見た事がある。


 自分は吸ったことないけれど。


 吸ったら悪い子になれるんだろうか?




 数少ないタバコを1本取り出して、ライターを構える。
 そういえば、どうやって火を点けるんだろう?
 口に銜えてるのは何度も見たけれど、どういう構造なのかは知らない。
 記憶を辿って、口に銜えたタバコの先に火を近付けてみても、思うような煙は出ない。
 訳が解らず首を傾げて、じっとりとタバコを見詰め、今度はそのまま火を近付けてみた。









「…吸いながら点けないと、上手くいかないよ」


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