─────────── 三月十四日。それぞれのホワイトディ。
・お子様。
「ねぇねぇ、パパから、何か貰った?私、洋服買って貰ったんだけど」
「あ。私も。一日遅れだったのに。…ヒナタは?」
「守り刀」
「渋っ」
公園の東屋にホワイトディの戦利品を拡げて、クスクスと笑い合う。深夜、こっそりと置いておいた父親宛のチョコは、当日を待たずに何十倍にもなって返ってきていて。何となく、笑ってしまう。
「…で、髭からのお返しは置いといて…。ったく、お子様対応なんだから!」
「あはは。奢り券三十枚綴りだもんね。有効に使おう」
「アスマ先生らしいよね」
上忍師の一人目からは、お手製の『食べ放題奢り券(三十枚。一枚に付き三人有効)』。子供には食べ物を与えておけば良い、とか思っているのだろうか。でなければ、全く思いつかなかったのだろう。そういう所は野暮なタイプだ。
「まぁ、それはそれ。…で、問題は」
「ごめん。カカシ先生のだよね」
「凄い、可愛いよ。可愛いけど…」
大真面目な顔をするイノに、サクラが両手を合わせる。苦笑を浮かべたヒナタも微妙に困惑した表情になってしまう。三人の目の前には、それぞれ綺麗な螺鈿細工の施された小箱と、その中身。サクラにピンク、イノに赤、ヒナタに白の、珊瑚を使った華奢で可愛らしいアクセサリー。それも、画一的なモノでなく、ちゃんと各人に似合うデザインになっている。
「こんな高そうなアクセサリー!…ってだけならマシだったのに〜」
「…だって、カカシ先生、実用品が好きなんだもん。私だって『痴漢避けになる』って書いてなかったら気付かなかったわよ」
「ま…まさか、暗具になってるなんて思わない…よ、ね…」
そうなのだ。上忍師のもう一人、カカシからのお返しは『可愛いアクセサリー。ただし暗具仕様』だったのである。しかも、本人は任務で不在の為、式を使って届けられるという念の入れよう。返却出来る筈もなく、ただただ頭を抱えてしまう。
「…これ、さぁ。今の私達に似合うデザイン、なのよね…」
「…イノ。一人前になるまで取っとこう、てのはカカシ先生には効かないから。今、使いこなさなきゃ、ダメなのよ」
「…明日、紅先生に相談してみるね。三人で練習しよ…?」
可愛いデザインのアクセサリーは、大人の女には似合わない。今現在の彼女達でなければ意味がない。そこまで仕組まれてしまうと、もう、何も言えなくなる。
「それより、痴漢避けのレベルってどの位なんだろうね…」
「…暗具使う位の痴漢って判らないね…」
「…多分、使いようによっては上忍も撃退出来るわよ。くれたのがカカシ先生ってだけで効き目あるだろーし」
「──────── …。ね、ねぇ。このチョウジクッキー、結構イケるわよ」
「う、うん。キバくんの赤丸クッキーも美味しいよ」
「あ。おいし。ナルトクッキーも手が込んでるわよ」
とりあえず現実から目を背け、無理矢理話を変えるイノに他の二人も乗る。どんなに頭を抱えたって、文句を言ったって、お返しをくれた事自体が嬉しくて、誰からのも返却する気なんか、ないのだから。
「ねぇ」
「うん」
「やっぱり」
嬉しいよね。
頷き合う、女の子に灯るのは。
花も恥らう、可愛い笑顔。
・某所の恋人達。
「おばちゃーん。スペシャルクリーム餡蜜、おかわりねー」
「はーい」
「…どこに入ってるんだ、それは」
「ん?お腹。…でも、これで止めるわよ。後でお手製クッキーも食べるんだから」
「…そうか」
「二十杯食べりゃ、それなりに満足よ」
「…そうか」
漸くと満足してくれたらしい様子に内心安堵する。前日の内に銀行に行っておいたのは、どうやら間違いではなかったらしい。それでもまぁ、幸せそうに頬張ってる姿に絆されてしまうのだから、仕方がない。
花も霞む笑顔の見返りは。
甘栗甘特製、期間限定スペシャルクリーム餡蜜。一杯『五百両』也。
・恋人達の家・その一。
「ほら」
「あら、ありがと。珍しいじゃない?シェーカー振るなんて」
「…一杯目だけな」
「残念」
「飲みたきゃ、作ってやるが」
「じゃ、お願いしようかな」
真っ白なカクテルを指先で弾く。今夜くらいはこれだけでも良いかもしれない。ショットグラスに絡んだ貴金属の方が、おまけに見えてしまうのだから。
華すら褪せる、艶やかな微笑を口に乗せ。
「White Ladyなんて、似合わないわねぇ」
「…ほっとけ」
・恋人達の家・その二。
「美味しいですね」
「だろ?」
「どうしたんですか?」
「ガキ共に教えた、残り」
そんな事を言いつつも、嬉しそうに摘むのを見るのは、やはり、悪くない。
「…成程。でも、お店のよりずっと美味しいんですね」
「当たり前だ」
花にも勝る、微笑みと共に告げられる言葉に、笑う。美味いのは、当然。何故なら。
愛情の篭め方が違うのだから。
・某所の新婚夫婦。
「どうしたの?」
「…逆上せてるんです」
「湯あたり?そんなに温泉に浸かったっけ?」
「そうじゃなくて。ずっと一緒に居るから。カカシさんに」
「…え?」
「もう、ぽやぽやして、ダメ。帰ってもずっと、にやけちゃいそう」
「それは困る」
ふんわりと、蕩けそうに笑う最愛に、眩暈を起こしそうになるけれど。
「こま、る?」
「そんなに可愛くて綺麗な笑顔、他の男に見せるのは、ね」
薫り高い花以上に、余計な虫を惹き付けてくれるのは。
「勘弁してください」
・某居酒屋。
「…ふふ」
「何、食ってるんだ?」
「キバの手作りクッキー。アンタ等の奥さんも貰ったろ?息子達にさ」
「あぁ」
「面映い顔して食ってたな」
「俺らのは褪せたな、今回は」
愛息子の心の篭ったクッキーは、例え義理でも美味しくて。金額だけの、夫のお返しなぞ爪の先ほどの価値もない。
「って事は、だ」
「あの二人のも…」
ちらりと見遣るのは、一日遅れで娘からチョコが貰えた父二人。何やら難しい顔で唸っている。
「それはそれで喜んだみたいだけどな」
「ガキ共のクッキーも喜んだし、アスマのも喜んだらしい」
「何だ、問題でもあったのか?」
「もう一人のが凄かったらしいぞ」
「──────── …カカシ?」
「何だと思う?」
「さぁねぇ」
「暗具。くの一の」
「子供に?」
「ちゃんと年齢に合わせたデザインだったらしいぞ」
「今使えって?」
「だから唸ってるのか」
「…基本は自分の生徒の虫除けが目的らしいが」
「態々暗具作りの名人に特注したって」
「おいおい。いくら使ったんだよ」
「…過保護っつーか、親バカっつーか…」
「まぁ、良いじゃないか。花も咲く前に散っちまったら意味ないだろ」
「犬塚〜」
クスクス笑う、母で『女』に敵う術はない。友人であろうと、それは関係がない。
「『想う君は白き花』だったか」
「どっかの顔岩の口説き文句ね」
「あまりの白々しさに蹴り喰らってたな」
「バカだったからなー」
「まぁ、取り合えず」
「咲く花と咲いてる花と散る直前の…」
バキっ!
「──────── …とにかく花に」
「「「「「「乾杯」」」」」」
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