─────────── 三月上旬。
「あー!カカシ先生見つけたってばよ!」
任務直前に人探しをしていると、逆に奇襲を受ける。
飛び掛ってきたナルトを苦笑半分抱き止め、頭を掻き混ぜると嬉しそうに笑う。
「どうしたのよ」
「皆で探したってばよ!」
くしゃくしゃとナルトの頭を撫でながら周囲を見遣ると、おなじみの新人下忍の少年達。
「あのさ、あのさ、お返しなんだってばよ!」
「お返し?」
「…バレンタインのだ。ホワイトデーの」
ナルトの、全く言葉の足らない発言にサスケがフォローを入れる。それでも多分に言葉は足らないのだが、カカシにはなんとなく解ってしまった。
「ホワイトディの何が聞きたいんだ?」
「ほわいとでーって、バレンタインよりいっぱいお返しするんだってばよ。何がいーかなって」
「…アスマと紅姐さんは参考にならなかったんだ」
「買うにしても物が判らない」
「教えてくれると嬉しいです」
「予算はあんまないんだけどよ」
「もう、カカシしか残ってない」
困った顔で言ってくる子供達に内心で頭を抱える。金に糸目をつけないなら、年齢を問わず『女』の欲しがる物くらいデータとして知ってはいるが。このメンツを相手に、可愛い可愛い彼女達が喜ぶ物となると別である。
「そうだねぇ…。三倍返しが基本だったっけ?」
「それ、どれ位か判らないってばよ」
泣きそうな表情のナルトに、困惑しきった仲間達。あまりに微笑ましくて、全員纏めて甘やかしたくなる。
「…サクラたちの三倍、労力使うってのは?」
ふと思い付いた事を口に乗せると、全員が期待を顕わに食らいついてくる。
「キャンディ・マシュマロ・クッキー、ホワイトディのお返しには色々あるけど。クッキー位ならお前らにも作れるんじゃない?」
苦笑半分言ってみれば、ぱあ、と顔を輝かせる。余程困っていたらしい。
「三倍になるってばよ?」
「サクラ達がチョコを作ったより、三倍は大変だろうな」
「それなら良いか。…なぁ、作り方知ってる奴いるか?」
「知らねー。…確かねーちゃんが作ってたけど、絶対、教えてくんない。それに、ねーちゃんとかーちゃんにも返さねぇと」
「カカシ、は」
「─────────── …教えたやりたいのは山々なんだけど、これから任務」
藁をも縋る表情、と言うのはこんな顔の事を言うのだろう。必死なサスケ達の言葉に申し訳なさそうに断りを入れると見事なまでに意気消沈してしまう。
あまりの項垂れ方に溜息を一つ吐くと、手近な頭をくしゃりと撫でてやる。
「代わり、と言ってはなんだけど、な。特別講師と場所、提供してやるよ」
「─────── …っつー訳で、今からクッキー教室を始める」
任務に出る直前のカカシに案内された、火影屋敷に隣接した異様に大きい屋敷の厨房で少年6人がエプロン姿で大人しく待っていると、非常に複雑な表情を顔に張り付かせた特別上忍が二人、入って来た。
真っ白な割烹着姿も目に鮮やかな、不知火ゲンマ・森乃イビキである。
「…ゲンマとイビキのおっちゃん」
「おっちゃん言うな」
「料理出来んの?」
「不本意ながら、昔パティシエの任務やった事があるんだよ」
「…まぁ。色々とな」
さり気なく子供達から視線を逸らしつつ、二人が答える。忍としての経験値と、恋人の嗜好故に菓子作りまでマスターしてしまったのは、果たして良かったのかどうか。取り合えず今回は凶と出たらしい。
出立直前のカカシに捕まり、反論を許さない、隙のない笑顔で言いつけられたのは、子供達の料理教室。勿論、無償の上、期限はホワイトディ前日まで。依頼者のカカシは今日から二週間ほど単独任務で里外なので、無視しようとすれば出来ない事はないかも知れないが、…後が怖い。
在・不在に関わらず、絶対に逆らえない自分達が只管悲しくなった二人である。
「ふぅん。…で、どーすりゃ良いんだ?」
「…まず、材料。今日のトコロは俺が用意したが、明日からは自分達で持って来い」
言いながら、ゲンマが作業台に広げたのは小麦粉・卵・砂糖・バターである。
「取り合えずは基本の型抜きクッキーな。秤を使って正確に分量を量るんだ」
小麦粉をぶちまけないか、バターをすっ飛ばさないか、内心不安になりつつも、イビキが引き摺ってきたホワイトボードに分量を書き込む。…なんとか、第一の工程は無事に終わりそうである。
「じゃ、次は卵を割って卵黄と卵白…あー、黄身と白身に分ける」
言葉を直しつつ説明し、工程を進めていく。途中、いくつもの卵がぐちゃぐちゃになって仕方なく別の料理の化けたり(化かしたのはイビキ)、ナルトとキバが篩っていたはずの小麦粉を頭から被ってくれて量り直したり、室温のバターが上手く扱えなくて火遁で溶かそうとするヤツが出たり…。想定内外問わず、アクシデントは数限りなく起こり続け、どうにか焼き上がったのは日も暮れた頃だった。
「ま、取り合えず食ってみ」
「「「「「「いただきます!」」」」」」
オーブンから出した様々な形のクッキーを、粗熱を取った後、ざらりと皿に盛り、子供達に渡す。興味津々の顔で手を伸ばし、頬張る姿に思わず苦笑してしまう。
「あ」
「お」
「ん」
「結構」
「イケる」
「美味いってばよ」
予想より上手く出来ていたのだろう、顔を見合わせて頷き合うとどんどん手が伸びる。見る間に子供の腹に消えていくクッキーにイビキとゲンマが肩を竦める。
「明日も、これと同じの作るからな。慣れたらちょい難しいのとか教えてやる」
「材料は書いておいた。明日は自分達で用意して来い」
講師二人の言葉に、クッキーを頬張ったままうんうん頷く。
ホワイトディまでまだ日がある。女の子達にあげても問題ない程度の代物が作れるまで上達するかどうか…。少年の意地をかけた勝負は始まったばかりである。
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