─────────── …憶えているのは、皆の辛そうな顔。悲痛な声。
謝って欲しい訳じゃ、なかったのに。
子供…まだ、下忍にもなっていなかった頃。
多忙でなかなか里に居付けなかった父は、里外任務に出る度に俺を火影屋敷に預けていた。火影屋敷なら、三代目は勿論、三忍や先生(…そういえば、弟子入り前から先生って呼んでたなぁ…)たちが頻繁に出入りしていて、俺が淋しい想いをしないだろうと思ったのかもしれない。
代わりに、離乳前後から網手に毒を盛られたり、這う前から先生達に修行もどきをさせられたり、まぁ、俗に言う英才教育を受けちゃった訳だが(体のいい玩具だったとも言う)。
「カカシ?アンタ何読んでるんだい?」
「んーん」
縁側で書物を広げていると、休暇中の網手に覗き込まれる。隠す必要もないので正直に見せると、呆れた声が降ってきた。
「なんだい、こりゃ。高等忍術書じゃないか」
「せんせーがじらいやにもらったの」
「…あぁ。読んどけって?」
「ん」
「で、それを何でお前が読んでるんだい?」
「せんせーがぽいしてったから」
先生は昔から、頭は良いクセに読書とか書類作成とかが大嫌いで。自来也に必読書を何冊渡されても完読した例がない(師匠の自来也と弟子の俺は活字中毒なのに)。大抵途中で放置して行くので、文字を覚えたばかりの俺がそれを拾っては片っ端から読んでいたのだ。
内容云々より、『自力で字が読める』という事実が嬉しかったんだろうと思う。読解に突っかかっては自来也や三代目に文字を習い(これがまた訊くままに教えてくれたんだよな)、どんな本でも貪るように読んだお蔭か、三歳になる頃には仮名から古代忍文字まで難なく読み解けるようになっていた。…まぁ、役に立った、と言うべきなんだろう。
「──────── …あのバカ…。それでお前が読んでたのか。何か、覚えたかい?」
「ん。これできる」
言いながら術の一つを指差し、長さの足りない指で印を結ぶ。少々時間はかかったが、無事に印を結ぶと自分が二人になっていた。術の成功に気を良くして、左右から綱手にくっついてみる。
「…影分身。ったく、出来すぎだよ、お前は」
「なぁに?」
くしゃりと頭をかき混ぜる網手を見上げる。まだまだ未熟だったのか、網手の手は、容易く本体を当てて見せた。
「猿飛先生…いや、じっちゃんに見せに行くかい?大蛇丸も自来也もいるだろうし」
「ん!」
くくっと笑いながら両腕に二人の俺を抱え、綱手が言う。
暇に任せて教えてくれる新しい忍術や体術を覚えては、三代目や他の保護者達に褒めて貰い、寝物語は忍の心得や火の意志を持つ歴代火影の逸話(一般には教えられない酷いものも含む)。手荒ではあったけれど、充分に大事にされていた。それが、俺の日常だった。世の中は平和とは言い難い時期に差し掛かってはいたけれど。木の葉有数の忍の行き交うこの屋敷は安全だと、誰もが知っていたし思っていた。
だから、油断があったのだ。
結束の固い木の葉と言えど、決して一枚岩ではない事を。
考え方や妬み嫉み…様々な要因が目に見えずとも横たわっている事を。
幼い俺は知らず、保護者達も…忘れ去っていたのだ…。
(ここ…どこ?)
ふと、肌寒い状況に目を覚まし、周囲を見回す。暗い空間。
憶えているのは、火影屋敷の庭。池の上を歩いてみようとしていた所までは明確に記憶している。曖昧なのはその後。視界を遮られ、口を塞がれ、両手両足を拘束され、そのままどこかへと連れて来られた。道筋は感覚で何気に憶えていたが、この場所が判らないと移動出来ない。
「かとんほたるびのじゅつ」
覚えていた火遁で小さな灯りを作り、改めて周囲を見る。…何かの器具が多くある、どこかの施設の中らしい。
『…ほう。既に火遁も習得していたか。重畳』
「だれ?」
『度胸も状況認識能力も問題ないな。流石は白い牙の息子』
「…」
どこかから響く声に集中する。室内で音が反響し、場所が特定出来ない。気配を探るのは、当時の俺には上手く出来ず、聴覚だけが頼りだったのだ。今まで知っていた厳しくもどこか優しい大人達とは違い、冷たく響く声音に内心怯えてはいたものの、父譲りのポーカーフェイスが役に立ったのか。内心を気取られる事はなかったらしい。
『ここは、暗部の養成所だ。君は今からここでその一員となるべく、訓練をするのだ』
「…かえれないの?」
『訓練をパスし、任務を果たせば帰れるとも。火影様はそう仰った故な』
「…じっちゃんが?ん。わかった」
『良い子だ』
状況把握なぞ、大して出来る筈もなく。
解ったのは、自分はこの声の主に誘拐されたらしい事と、命懸けの茶番に付き合わなければこの場所を出られず、家に帰れないだろうと言う事だけだった。
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