歳旦祭


 ──────── 話は、十月十日、慰霊祭にまで遡る。




「…は?」
「何をすっ呆けた返事をしておる」
「…したくもなると思いますが」
 公的観点からであれば慰霊祭も滞りなく終わり、カカシの私的心情…つまり七班的観点からならナルトの誕生会も楽しく終えた深夜。
 急に火影邸に呼び出されたカカシは、三代目の発言に手にした杯を落としかけた。
「何も変な事は言っとらん。神事じゃからの」
「…神事、は構いませんがね。何でまたいきなり…」
「春、ナルトが下忍になった時に思ったんじゃ。ナルトが慰霊祭に参列出来たならば、忌上げとしても良かろうと。ちょうど十三回忌。問題もないしの」
「…忌上げは三十三年…て、そんな事はどうでも良いんですが」
 一人頷く三代目にカカシが深い溜息を吐く。
 …確かに今年は十三回忌。一つの節目と考えても構わないだろう。ましてや、他の被害者の事情はさておき、慰霊祭の主役と言っても過言ではない四代目は暗い行事より明るい騒ぎをこよなく愛していた人物で、特に季節の節目の騒ぎは大好きだった。それを考えれば、三代目の発言は理解出来ない事もない。
 更に、三代目の言葉通り、今年は特別だったのだ。
 ナルトが、慰霊祭に参列したのだから。
 実の父に依って九尾をその身に封じられ、本来なら英雄である筈のナルト。だが、人々の九尾に対する恐怖はそのナルトへの感謝に勝る。
 九尾を封じた四代目をこそ英雄とし、自身の意思とは無関係に九尾を宿されたナルトを迫害するという暴挙に出る程に。
 為に、ナルトは慰霊祭に参列出来なかった。その存在が九尾の恐怖を煽るが故に。
 だが今年は違ったのだ。多少の白眼視こそ避け切れなかったものの、理解者達に囲まれ、初めて参列出来たのだから。
 不謹慎かもしれないが、神妙な表情の中に隠しきれない嬉しさが滲み出ていたのを、カカシも三代目も胸の痛みと共に見ている。
 が、しかし。
「新年の神事と俺との関連性が解らないんですがねぇ」
 解りたくない、という言い回しは辛うじて避ける。
 下手な事を言って、墓穴を掘るのだけは避けたい。そう思っても罰は当たらない筈である。
「戦前よりの木の葉神社の神事を完全把握しておるのがお主しかおらんでの」
 さらりと嘯いた三代目にカカシの動きが完全に止まる。
「それは、廃止していた神事を完全に復活させるって事ですか…?」
 微かに眉を寄せ、怖々と尋く。
 木の葉の里の主神が祀られている木の葉神社。そこで執り行う神事は、初代火影が木の葉隠れ里を興す遥か以前から繰り返され、火の国でも類を見ない程複雑で歴史のあるものである。
 神職を火影が兼任するようになり、また大戦等の不幸でやむなく断絶していたが、それでも戦前までは毎月のように神事・祭祀があったのだ。
 それを復活させると言うつもりだろうか。
「そうじゃ。大戦前に廃止せざるを得なかった神事を十五年振りにの。…四代目に神事を滞りなく遂行させていたお主じゃ。何とでもなろう」
 当然の如く告げられる科白に脱力する。
 三代目の言葉通り、カカシは、火影ではないにも関わらず、師匠であった四代目に各行事を滞りなく執行させるべく、強制的に徹底教育を受けてしまった為、里で行われる行事全てに精通している。
 …言いたくはないが、歴代火影の誰よりも…である。
 とはいえ、それを執り行いたいと思った事は一度もない。見る方は良いかもしれないが、仕切る方はあまりに煩雑且つ繁雑で、面倒臭いのだ。
 しかし、三代目の口振りから察するに、これはもう決定事項になっているようである。
 気の所為に出来ない頭痛を感じ、一息に酒を煽る。
「…それは命令…ですか」
「そういう事じゃ。頼んだぞ」
──────── 承知」
 にんまり笑う三代目を前に、力なく頷いた。




「…祝詞奏上は三代目にやらせれば良い…。それから、玉串奉奠とお神酒、若水…」
 木の葉神社から持ち出した縁起や儀式資料を紐解きながら、カカシが必要事項を書き止めていく。省略されていた神事はさておき、かなり簡略化されていたとはいえ、新年の行事自体が廃れていた訳ではない。従って、作業的には楽な筈…だった。
──────── …っと、あれ?来年、式年祭…?」
 カカシの手がある一点で止まる。
 そこには、木の葉神社最大の大祭…二十年に一度の式年祭の事が記述されていた。資料に拠ると、式年祭は一度として途切れた事はなく、前回は今からちょうど十九年前に執り行われたとある。その時の祭司は三代目火影。記憶を辿れば、中忍になったばかりにも関わらず、非常にコキ使われたという苦い思い出が蘇ってくる。
「…うっそ。手順変わるじゃないの」
 低く嘆息すると、特殊神事の方の資料へ手を伸ばす。二十年に一度の大祭を控えた前年及び当年は神事・祭礼の数・煩雑さが格段に上がる。頭の中で段取りの組み直しを図りつつ、必要人員数を計算する。その間も、手は文献を捲り、視線は式次第の記述を追っていく。
「…カカシさん。お茶入りましたけど」
「ありがと。…イルカ、悪いんだけど、アンコとハヤテ、ついでにその付属品も呼んできて」
「?はい。何か、大変な事でも?」
「ちょっとね。…まぁ、祭司は三代目にやって貰うけど。ったく。見越してたな、アレは」
 如何に不幸な出来事が続こうと、式年祭だけは無視する訳には行かない。
 しかし、煩雑な儀式を取り仕切るのは面倒臭い。
 そこで、三代目はカカシに白羽の矢を立てたのだろう。
 ましてやカカシは、幼かったとはいえ、式年祭を主催側で経験しているのだ。三代目に適任と判断されてもおかしくない。更に言うなら、どんな状況でも決して手を抜く事がないのも、見通されているに違いなかった。


「カカシ?」
「カカシさん?」
 イルカの召集に応えて、アンコとハヤテが姿を見せる。その後ろに、カカシが付属品と言い放った二人…イビキとゲンマが付いて来ている。
「四人共そこで待ってて。──────── …巫女舞と稚児舞はこれで良い。神楽と連舞は…」
 振り向きもせず言い置くと広げた資料を片手に何かを書きこんでいく。四人は鬼気迫るその様子に言葉をかける事も出来ず、大人しく近くの椅子に座る。
 イルカに差し出されたお茶を一口飲み、息を吐いた所でアンコが口を開いた。
「…ねぇ、アレ、どうしちゃったの?」
「慰霊祭の終わった後でね、三代目に新年神事を任されちゃったみたい」
「ぅわー…」
 カカシを横目に眺めて天を仰ぐ。…新年までまだ三ヵ月近くあるとはいえ、充分に切羽詰った状態なのが判ったのだろう。ハヤテも表情を引き締め、更に、死んだ方がマシと言う程までコキ使われるだろう事が判ってしまったイビキ・ゲンマも顔色をなくす。
「…やっぱり足らない、か。ハヤテ」
「はい。芸能系に強い中忍・特別上忍・上忍をピックアップして、それを除いたリストをイビキさんに渡します」
「それと、年男の選出もしといて。それからアンコ。巫女舞と…」
「巫女舞?憶えてるけど、イルカのが上手いわよ?稚児舞は流石にわかんない」
 振り返りもせず、言葉少なに言うカカシに二人が応じる。尚、ハヤテに至っては、側のパソコンに向かい、既にリスト作成を始めている。
「イルカはダメ。別の事やって貰うから。とりあえず、サクラとヒナタ。明日からでも良い」
「…ん。判った。稚児は?」
「ナルトとサスケ」
「…なら、残りはお囃子ね。イルカ、今日はどうなってる?」
「三班合同演習。演習場に居ると思う」
「じゃあ、伝えてくる。ついでに今日から基礎、始めちゃうわ」
 小気味いい程にテンポの良い会話の後、気軽に頷いて部屋を出て行く。芸事の素養なぞないも等しい下忍を仕込むのは早い方が良いし、途中で三代目に正式な指名依頼書を作って貰えば、更に話は早い。
「イビキ。ハヤテにリスト貰ったら、この先の担当任務、全部組み直して。明日の朝には受付所に出せるように」
「…判った」
 リストに載っている以外の忍は使うな、という言外の科白を正しく理解した途端、くらりと目の前が暗くなる。ただでさえ、任務依頼は多く、また年末に近付けば近付く程に任務依頼は重なってくるものなのだ。それが、今年に限り『使えない』者が多数生じると言う。それなりの休みを確保しつつのローテーションを朝までに組み直すのは、文字通り徹夜の作業になるだろう。
「…ゲンマ、今から二日で囃し方を仕込むから。覚悟してて」
 正確には管絃、打ち物、謡までね。
 当たり前のように続けられて、ゲンマの銜えていた千本がカタリと落ちた。相手が冗談でこんな事を言う筈がないのはよく知っている。知ってはいるが、とても正気の沙汰じゃない。
 あんなモノは一朝一夕に修得できるモノではないのだから。
「げ」
「俺の仕事と交換しても良いけど」
「謹ンデ御辞退申シ上ゲ奉リマス。御随意ニ仕込ンデヤッテクダサイ」
 素直で正直な感想は、それを遥かに上回る穏やか且つ、にこやかな脅しにあっさり屈した。




──────── …ですので、三代目には十二月二十五日から斎戒潔斎をお願い致します」
「…ま、待たんか。イルカ」
「はい」
 淀みなく年末までの予定を告げるイルカに、三代目が慌てた声を上げる。
「ワシもか…?」
「えぇ。神降ろしの舞は祭司の義務ですからと」
 にっこり微笑むイルカには、悪意の欠片もない。しかし、その後ろで糸を引いてる人間の悪意…と言うより、意趣返し染みた意図を感じ、がくりと項垂れる。
「宜しいですか?では、申し合わせの日程ですが…」
 三代目からの言葉がないのを確認しつつ、この先三ヵ月分のスケジュールを伝えていく。一定の睡眠時間こそ確保されているものの、見事なまでに分刻みになっているそれに、三代目はぞっとするモノを感じてしまう。
「…カカシは」
「ゲンマさんと囃し方の打ち合わせです。明日中に修得して頂かないと間に合わないとか」
「…そうか」
 明後日の朝にはゲンマの面差しが変わっているかも知れないと、内心で青くなる。
 そう言えば、朝、執務室に現れたイビキは顔色が青を通り越して白くなっていた気がする。カカシに神事の段取りをを申しつけて、未だ一週間に満たないが、既にこの状態とは…。
 見込みが甘かった、と言う他はない。如何にプロフェッサーの異名を取る三代目と言えど、二十年の歳月は長い。ましてや神事そのものすら、ここ十数年停止させていたのだ。日々の生活にその煩雑さへの記憶が薄れていても仕方はない。ここに来て、漸く思い出した、と言うべきだろう。
 この先、自分に課せられる要件を思うと、つい立場も忘れて逃げたくなった。
「火影様におかれては、前回の式年祭でも祭司を務められてますし、特別な事は必要ないだろう、と申してましたけど」
「…そうかの」
 誇らしそうなイルカの科白に口の端が引き攣る。
 イルカの口調は、三代目ならなんでも出来るので、カカシは何の心配もしてはいない、と言う解釈から出ているのだろう。だがそれは、言葉を反せば前回の数少ない経験者なのだから、自力で完璧にしておけと言う、カカシからの脅しではなかろうかと、三代目は思う。勿論、その修習時間は今伝えられた過酷なスケジュールの中には入っていない。時間の確保も自分で捻出せねばならない。
「それと、今度の神事に必要な人選をしておきましたので、明日中に通達しておいてください。明後日には顔合わせを致しますから」
「…うむ」
 既に反論する気力も奪われ、申しつけられるままに頷く。ここで下手に抵抗して、神事執行の全てを放棄されては堪らない。
 世の中、年齢を問わず、怒らせてはいけない人間というのは居る。
 それを今更ながらに痛感してしまった三代目火影様である…。


kurocyi様リクエスト。『カカシ先生の素顔で舞』
まずは冒頭から。…どうなりますやら(笑)。


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