冬至


「南瓜と小豆粥は絶対。それから蒟蒻も良いんだっけ」
 ぱらぱらと本をめくりながら呟く。
 師走も早、半月以上過ぎ、今日は冬至。柚子に南瓜に小豆と、最低限必要な物は揃えたけれど。
 師走に入って尚、…否。師走に入って更に忙しく、それこそ寝る間もない人を思うと、根拠のあるなしに拘らず、『良い』と言われている事は全部やりたくなってしまう。
 中でも食事関係は…見逃す訳にはいかない。
 …放っておくと何日も食べずに過ごしかねないのだ、イルカの大事な大事な旦那様は。
 里外に居る時は仕方ないが、里内に居る時位、何とかしたいと思うのは当然である。季節の風習を納めた本の中に『冬至の七種』と言われる冬至の食材を見つけ、にっこり笑う。
「…お昼、ほうとうにしよ」
 ぽそ、と呟くと足りない食材の買い出しに出掛けることにする。ほうとうなら、七種の食材のうち、最低三種は使えるし、何より温かくて消化に良さそうだ。過労気味の人には最適だろう。




「カカシさん、お昼ですよ」
「んー」
 早朝から火影屋敷の書庫と書斎を往復している相手に声をかける。今日は、流石に子供達を休ませたようだが、本人はここ数ヶ月というもの、ずっと上忍師の仕事と上忍の任務、暗部の任務に火影からの用事と、多忙極まりなく、完全に休んでいない。
 一睡もしていない日、というのが既に何日続いているのか。あまりに怖くて考える事すら出来なくなって久しい。
「カカシさん」
「…今、行く」
 生返事にもう一度呼びかけると、読んでいた書物を閉じて頭を振る。集中していた為、頭の切り替えが上手くいかなかったのだろう。それでも一応、反応を返してくれた事に安堵する。
 するりと腕に手を回し、少々強引に食卓へ連れて行くと、上の方で苦笑しているのが判る。移動する手間が惜しいのかもしれない。それでも、食事は別の場所、と言う意思表示はしておく。
 何故なら、食事を書斎に持って行くと、調べ物をしながら食べるのは目に見えている。イルカとしては、食事の間くらいゆっくりして欲しいのだ。
 …どうしたって、真っ当な睡眠時間は諦めざるを得ないので。

「…アカデミーは」
 昼食を粗方食べ終えた所でカカシが不思議そうにイルカを見る。別件に集中していた所為で、イルカが傍にいた事に今まで疑問を持たなかったらしい。
「今年は早く冬休みに入ったんですよ。年末年始が大変だから。忘れちゃいました?」
 例年なら、今頃ちょうど終業式なのだが、今年は年末年始の行事と任務に里中の忍が借り出される為、アカデミーは一足先に休みに入ったのだ。教員達も、アカデミーの仕事を終えた順に休みを取り、交代で別の任務や役目に就いている。当然、イルカもその一人。今日は年末最後の休みなのである。
「…忘れてた。人手が足らなくてそうして貰ったんだっけ」
   …休みとは無縁なカカシでは、忘れても無理のない事なのかもしれない。バツが悪そうに頭を掻く仕草に苦笑して、薄い色の顔に手を伸ばす。
「…顔色、悪い」
 いつもよりほんの少し蒼い顔。
 ほんの少しこけた頬。
 目の下の、薄い隈。
 額宛と口布で顔の殆どを隠しているから、きっと他の者は気付かない。けれど、間近で見ている身には少し、辛い。
「ごめん」
「少しは休んで欲しいんですけど」
 謝って欲しい訳じゃないのは、きっと解ってるのだろうけれど。それでも謝罪が口をついて出る相手に苦言を呈してしまう。
 長所と短所は紙一重だから。
「ん。今日は夕方で止めるよ。明日から休めなくなるから」
「じゃ、お酒用意します」
「…そりゃ、任務も入れられないねぇ」
 真面目な顔で宣言するイルカに笑う。
 毒にすら耐性のあるカカシには、アルコールなんか全く効き目はないのだが。
 まぁ、気分の問題なのだろう。




「…聞いて良い?」
「はい?」
「今日の食事、何か意味あったの?」
「え?」
「いや、そういえば冬至だったんだなぁ…て」
 湯船に浮かぶ柚子の輪切りを弄びながら言う。
 カカシはすっかり忘れていたのだが、イルカはしっかり覚えていて、今日一日、柚子湯を始めとして色々としてくれていたらしい。
 殊に拘ったのは食事だろう。南瓜や蒟蒻をマメに口にした気がする。
「…冬至の七種って言うのがあるらしいんですよ」
「何?」
「南瓜、人参、蓮根、銀杏、金柑、饂飩(うどん)、寒天」
「へー。南瓜と蒟蒻は知ってたけど。後、小豆」
 冬至に食べると風邪をひかないと言われる南瓜や砂払いの蒟蒻、赤い色が災厄を祓うと言われる小豆粥くらいまではカカシでも知っている常識だったが。
 他の食材は幼い頃、食に煩い保護者の一人が言っていたのを聞いたような気がする、という程度である。
 更に、ここ数年は年末近くに里に居た記憶もない。実は、冬至の柚子湯すら数年振りのカカシである。
「ん、が二つ付く食材を使って無病息災を祈るんだそうです」
「…あぁ。『なんきん』と『うんどん』なのね」
 イルカの説明に一瞬首を捻ったものの、漢字の字面を思い出して納得する。昔の人はよくもまぁ、こじつけたものだ。妙なところに感心する。
「…アタリ。後、南瓜を唐茄子とも言った関係で、トの付く食べ物も良いらしいですよ。豆腐とか」
「凄いね。昼と夜で全部出したんだ?」
 今日のメニューを思い出してくつりと笑う。
 今日のメニューは。
 昼はほうとう(饂飩・南瓜・人参・蒟蒻使用)で、夕食は。
 ・筑前煮(蒟蒻・人参・蓮根使用)
 ・揚げ銀杏
 ・煮凝り(寒天使用)
 ・南瓜の煮物
 ・金柑の甘露煮
 ・ふろふき大根(柚子味噌)
 ・味噌田楽(豆腐・蒟蒻に柚子味噌)
 ・鰤の照焼
 ・けんちん汁(人参・蒟蒻・豆腐使用、吸い口は柚子)
 ・小豆粥
だった。なんと言うか、意地でも冬至に関連した食材を使用している辺り、苦労と思案の後が窺える。
「…ちょっと、頑張ってみました」
「美味かったです」
「それは良かった」
 神妙に言うと嬉しそうに破顔する。その笑顔に、ちょっとした悪戯心が湧き上がる。
「…すっごい愛情感じるよね」
「え」
 耳許に口を寄せると、水音を派手に立ててイルカが飛び退く。その慌てた反応が楽しくて、思わず肩を震わせかけるが、そのままポーカーフェイスを保つ。
「だって。全部俺の為デショ?」
 にやりと笑ってやれば、のぼせた訳でもないのに顔を真っ赤に染めていく。
 相変わらず、図星には弱い。
「…知りません!」
 頬を染めたまま、手近な柚子をカカシに投げつける。輪切りにした方ではなくて、飾りと称して浮かせてあった丸のままの柚子を使う辺り、結構冷静のようだ。
「こら。危ないよ」
「…全部捕っちゃうクセに、説得力ありません」
 笑って窘めても、拗ねた相手に効果はない。仕方なく、手を伸ばして構えた腕を掴むと、引き寄せて抱え込んでしまう。
「ズルい!」
「もし当たったら痛いでしょ。折角、柚子湯に入ってるんだから、融通利かせてくれないと」
「…興味ないのによくご存知ですね」
「常識の範囲ならね」
 冬至の柚子湯は、『冬至=湯治』『柚子=融通』をかけている。血行を良くし、そのビタミンが肌にも良いという柚子の薬効の他に隠されているゴロ合わせだが、こんな事まで知っているのはつくづく卑怯に出来ている人だと、イルカは思う。
 それでも、本人に言い当てられた通り、全てはカカシの為なのだから、イルカに勝ち目はないのだろう。
「…出たら、柚子茶を淹れて差しあげます」
 それでも、多少の意趣返しに甘い飲み物を提案してみる。子供の頃から常軌を逸した甘党が傍に居た所為で、甘いものの殆どがダメになったカカシには、それなりに効き目がある筈である。
「…甘すぎて飲めません」
 心底嫌そうに言う姿に、溜飲が下がる。
「カカシさんみたいに意地悪な人は知りません」
「こら」
 くすくす笑いながら、澄ましてそっぽを向くと擽りで反撃してくる。そんな、子供のような態度に声を上げて笑った。







「…あれ?」
「どうした?」
「どっかからイルカ先生とカカシ先生の声が聞こえた気がしたってばよ」
「気の所為じゃないのか?俺には聞こえなかったぜ」
「おれも聞こえなかったぞコレ」
─────────── …気の所為じゃろう(何をやっとるんじゃ、あの二人は…)」
 火影屋敷の浴場(風呂場と言うにはかなり広い)で、サスケ・木の葉丸・三代目と一緒に柚子湯を楽しんでいたナルトが、微かに聞こえた気がした大好きな恩師二人の声に反応する。
 だが、どうやら空耳だったらしく、他の三人に否定されて首を傾げながらも頷く。
「んー。カカシ先生、今日も任務だもんな…って、イテ!」
「…ヘタクソ。手ぇ洗って顔隠せ。洗ってやる」
 上手くシャンプーが出来ず、目に入ってしまうのを見かねたサスケがナルトの背後に立つ。
「うん。頼むってばよ!」
───── …おう」
 素直に笑って礼を言うナルトに、照れ隠しなのかぶっきらぼうに答えて髪を洗ってやる。それを、木の葉丸が羨ましそうに眺める。
「ジジィ〜…」
「おうおう。木の葉丸の頭はワシが洗ってやろうな」
「うん!」
 半泣きで見上げてくる孫に相好が崩れる。
「二人も今日は泊まってゆけ。一陽来復とは言うが、所詮、冬至冬中冬初め。一段と冷えておるからの」
「うん!」
「あ。はい」
 三代目の提案にナルトがにぱっと笑い、サスケが途惑いながらも応じる。その二人に懐いている木の葉丸も、シャンプー塗れの頭を振って歓声を上げた。


「…じっちゃん。いちよーなんとかってなんだってばよ?」
「…一陽来復。陰が極まって陽が帰ってくる事。つまり、幸運が向いてくると言う事じゃ。冬至は一年で一番日が短いからの。そう言うようになったんじゃろう」
「んじゃ、とーじふゆなかふゆはじめは?」
「以後、日が長くなるとは言っても寒さは一層厳しくなるからの。冬の半ばではなく冬の初めと思って準備せよ、と言う事じゃな」
「…よくわかんないぞコレ」
「俺もだってばよ」
「…そうかの(…イルカもカカシもコヤツらに何を教えておるのじゃ…)」
「…ウスラトンカチが二人…」


ナナシ〜様リクエスト。『冬至の柚子湯で一緒にお風呂』←夫婦とじーちゃん&子供達がそれぞれ(笑)
こんなトコロで如何でしょう…?
…要らないと言われても、困るんで、クリスマスプレゼントに受け取って頂戴。


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