言論の自由に関する一考
蛇足編


 その日、朝から上忍待機所『人生色々』の話題を浚っている出来事があった。
 木の葉隠れ里でも有力な大手出版社が発刊している情報週刊誌『ウィークリー木の葉』。その編集部のパソコンが、今朝、突然ウィルスに汚染され、尚且つ全データが抹消していたと言うのだ。
 もっとも、それだけなら噂にもならない。セキュリティの甘さが招いた事なら、それは自業自得。上忍たちの意識の端にも掛からない事だろう。
 しかし、である。

 それが暗部の手に因るらしい、ともなれば。

 真偽はともかく、噂になっても仕方がない。
 暗部の手が入る程の、どんな記事を、ネタを握っていたのか。
 興味を惹かれない上忍…否、忍はいない。
 暗部の秘密を暴いただの、三代目の昔の弱みを掴んだだのと適当な噂話に花が咲く。


 …やりすぎだぁよ。


 その様子を愛読書の隙間から眺めつつ、カカシは誰にも気取られないように嘆息した。
「…あ!カカシさん!カカシさんはどうだと思います?」
「ん〜?」
 噂話に興じていた若手の上忍が数人、カカシの許に寄ってくる。…年齢こそ近いものの、上忍歴の長いカカシはどうしても彼らの中では先輩格になってしまう。その、微妙な位置がベテランになりきれていない若手に気安さを感じさせるのか、意見を求められる事が多い。面倒臭いな、と思いつつもちらりと本から視線を外した。
「あの、ウィークリー木の葉事件ですよ!聞いたでしょ?」
「…あぁ。ウィルスに汚染されちゃって、大変って話デショ?」
 勢い込んで話してくるのに苦笑する。今回の事件は、余程、皆の琴線に引っ掛かるものだったらしい。
 無理もない。暗部絡みの噂など、滅多にあるものじゃないのだから。
「はい!…暗部の手が入ったとか言われてますけど、実際どうだと思います?」
「…ん〜。暗部が入った、なんて事はないと思〜うよ。たかが民間雑誌、無視しとけば良い話じゃない」
「そりゃ、そーですけど」
「きっと、誰かの悪戯だぁよ。そんなのに踊らされてると、後が大変よ?」
 くつり。
 揶揄うように告げるとのっそりと立ち上がる。そのまま片手をひらひら振りながら、その場を後にする。それをつい、人生色々に居合わせた上忍・特別上忍全員で見送ってしまう。

「…やっぱ、悪戯かな」
「カカシさんがああ言うんじゃな」
「ちぇー。賭け、チャラだよ。俺、火影様の弱みに賭けてたのに」
「俺、暗部の秘密」
「俺なんか、カカシさんの恋話」
「…それ、大穴過ぎて一口しか賭けたヤツいないって」
「…俺かよ」
「どっちにしろ、チャラだぜ、チャラ」
 カカシの去った後に残った上忍達は、肩を竦めて賭けの元締の許に向かう。この分では、午後にも噂は収束してしまう事だろう。







「…怒ってる?」
「怒って欲しいの?」
「ヤだ。だぁって、カカシの為にやったんだもん」
 暗部待機所の、既に定位置になっているソファに黙って座っていると、上目遣い気味にアンコが覗き込む。その横には所在なさげに控えているハヤテ。更には、今現在里に常駐している暗部の二個中隊。
「…まぁ。怒ってないけど。ヤリ過ぎ」
 拗ねて頬を膨らますアンコの額をペチリと打つ。額宛の上から、しかも殆ど力を入れてないのだから、音だけと同じだ。
「…お前らもね。あんな強力な結界張ったら逆にバレちゃうでしょ。あんまりアンコに乗せられるんじゃな〜いよ」
 呆れた口調でアンコたちの後ろに控えていた暗部隊員たちに告げる。暗部を束ねる者の叱責とも取れる言葉に、全員が項垂れて跪く。
 あの時。ウィークリー木の葉の女性記者がどれ程声を上げようと周囲が反応しなかったのは、アンコとハヤテ以外の暗部の張り巡らせた結界の所為だったのだ。
 恐らく、二人だけでも問題はなかったろうが、念には念を入れて、協力を申し出たのは彼ら自身。それが上司の失笑を買ってしまったのは、覚悟していたとはいえ少し、辛い。
「…でも、動いてくれたのは感謝してるよ。もうちょっと加減しなさいね」
 苦笑気味に続け、手で解散を促すと各自持ち場へと消える。
 カカシと、アンコとハヤテだけがその場に残った。
「か…カカシさん、あの」
「怒ってないよ。…ま、この記事に関しては俺でもハヤテに頼んだと思うからね」
 抹消前にプリントアウトしておいた記事をハヤテから受け取り、ざっと目を通すと意味ありげに笑う。
「…でしょ?それ、バレたらヤバいよね。だからちょ〜っと気合入っちゃってさぁ」
「いや。そっちは別に良いから」
 嬉しそうに言うアンコの言葉をさらりと落とす。
「え?」
「バレたらバレた時でしょ。昔より俺も力付けたし。どうせそのうち、バラさざるを得なくなるしね」
 仕方なさそうに肩を竦めるカカシにアンコとハヤテが首を傾げる。

 バレたら仕方がない。

 そう言い切る鷹揚さはまだ解る。元々、カカシという人間はそういう達観しているところがあるから。しかし、バラさざるを得なくなる…とは、どういう意味だろうか。
「何で?」
「子供出来たらどーすんのよ」
「あ、そっか…って、作るの?!」
「そのうち。…ま、話はそれじゃないでしょ」
 色めき立つアンコを軽くいなしながら、髪を崩さない程度に撫でてやる。思わず、猫が喉を鳴らしている時の様な、うっとりした表情を浮かべるアンコにハヤテが薄く苦笑する。
「では、わたしに頼むと言うのはどういう…」
 カカシの前の床に座り込んでしまったアンコと違い、立ったままで訊ねる。勿論、ハッキングの腕をカカシの依頼で行使するのに異存がある訳はない。
 だが、その記事の中で、カカシとイルカの関係以外に何が気に入らないのか。
 そこが判らないのだ。
「あぁ、うん。ここ。ここの文章」
 言いながら指し示す部分にアンコと二人、覗き込む。そこには、こう、書いてあった。

そして更なる攻撃に晒されようとしたちょうど其の時、後から捜索に加わった暗部に発見された。
容疑者が致命的な一打・・・風魔手裏剣を投げたのだが、暗部によってその軌道は逸らされ、急所は外された。
暗部は怯む容疑者を直ちに逮捕、事件は終結した。


「…あの、ここのどこが…?」
 文章自体におかしい所はない。二人は訳も判らず顔を見合わせると、カカシの顔を窺う。
「オカシイでしょ。…確かに俺は風魔手裏剣の軌道は逸らしたし、威力も削った。だけどね?」
 微妙に不機嫌な声を出すカカシにますます頭の中に疑問符が湧く。事実には違いない筈の記事。それのどこが気に入らないのか。
「ミズキをボコったの、ナルトなのに。俺がやったみたいに書かれてるじゃない。…もー、勘弁して欲しいよね、そんな適当な取材されちゃあね。イルカの応急処置しながら見てたんだけど、本当に頑張ってたんだよ。多重影分身なんて、印も複雑だったからね。いつか教えるつもりでかなり簡略化させて書いといたんだけど、ちゃんとマスターしてたしね。あんなに頑張ったのにこんな扱いじゃ、俺もイルカも納得いく訳ないでしょ」
 そんな重要な事、何故見逃していたのか…と続けるカカシに二人が脱力してしまう。
「…お兄ちゃん、それ、絶対違う…」
「…カカシさん、それ、かなり親馬鹿な発言なんですね…」
 ちょっと、かなり頑張っちゃった自分達の行動が、どこまでも報われない虚しさに涙が誘われる。しかし、それもまたカカシらし過ぎて、脱力しながらも安心してしまう。
 きっと、それは半分本音で半分ゴマカシ。
 自分達が下手に落ち込まないように。
 そういう、人。
 アンコとハヤテは視線を合わせてくすりと笑う。
「ごめん、カカシ!何でも言う事聞くから許して?」
「わたしも、何でもしますから、そこを見落としていた事、許して貰えますか?」
「じゃあ、二人に一つずつ、良いかな?」
 申し訳なさそうにカカシを見詰める二人にくつりと笑って。
 楽しそうに口を開く。
「まずアンコ」
「うん」
「…いくら、油断してたからって、下忍程度の瞳術に掛かるなんて三忍の名折れ。…自来也捕まえて、イチャパラ外伝の原稿、二日以内に仕上げさせる事。原稿料と印税は、全額、里に入るように裏工作しとくから」
「オッケー」
 悪戯っぽい笑顔でアンコに言いつけると、嬉しそうに頷く。
 天下の三忍の一人を、大義名分の下、苛められるのだ。喜ばないアンコではない。
「わたしは?」
 重要案件を任されたアンコを羨ましげに眺め、向き直る。刹那、カカシの笑みが深くなった。
「ゲンマ、半殺し。…ハヤテが居るのに、下忍の女に騙されるなんてねぇ。…地獄見せてあげなさい」
 優しくハヤテの頭を撫でながら、穏やかに楽しげに剣呑な事を言い出すカカシに一瞬ポカン、としてしまうが、ゆっくりと笑み崩れていく。
「はい!」
 実際、あの記事を読んでほんの少し不快な気分を味わったのだ。アンコが痛い目に遭わせるといっていたので黙ってはいたが。
 それを理解してくれた事に心から嬉しくなる。
「…虫の息でも良いですか?」
「良〜いよ」




「パックン、さんきゅ。後でカカシに特上の骨貰ってね!…さ、自来也サマ、ゲ・ン・コ」
 パックンの協力で自来也を発見したアンコは、幸せそうに自来也へ向けて蛇を放つ。
「うむ。書き上がるまで、いつでも探索してやろう」
 パックンも仲間の忍犬たちと共に自来也の逃げ道を塞ぐ。更にその周囲を、自来也のイチャイチャシリーズを発行している木の葉隠れ里最大の出版社、木の葉書店の編集者にボランティアで貸し出された暗部(イチャパラ愛読者多数)が取り囲む。
「…ち、ちょっと待たんか!」
 逃げ道が見つからず、自来也の顔色が変わっていく。
「だぁ〜め。カカシが読みたいって言ってるんだも〜ん」
「へ、蛇を這わすな!」
 ウキウキと及び腰の自来也の背中に蛇を這わせ、ついでに口寄せ用の巻物も取り上げてしまう。
「ほらほら、は〜や〜く〜」
「っぎゃあああああ!」
 雑巾を引き裂くような悲鳴が、某花街の一角に響き渡った。




「…ま、待て、ハヤテ。話せば解る!」
 何の説明もなく、ハヤテに刃を向けられたゲンマがギリギリで避ける。それでも微かに掠めたのか、銜えていた千本が真っ二つに叩き切られる。
 …斬鉄…
 その切れ味に冷やりと背筋が凍る。…下手をしたら重傷では済まないかもしれない。
「逃げちゃダメなんですね。まだ、切れ味を試す日本刀は二十振りは残ってるんですね」
「俺で切れ味を試さなくてもだなぁ…」
「依頼された方の厳命なんですね」
「…誰だ、その鬼は…」
 ぴくり。
 ゲンマの放った一言で、穏やかな笑みを浮かべていたハヤテの表情が変わった。
 口角を引き上げ、妖艶、と言える程の微笑を見せる。
「あの方への悪口は、いくらゲンマさんでも許さないんですね…」
 その一言で。ゲンマにはこの極悪な依頼をした人物が判ってしまう。
 そして、この空間を断ち切った結界を張ったのが暗部であるという、その理由も…。
「さ。覚悟して欲しいんですね」
 にっこり。
「…っ…!!」
 声にならない、断末魔の悲鳴は、結界に阻まれて誰の耳にも届かなかった…。




「こ〜ら。安静にしてなきゃダメでしょ」
 台所に立とうとするイルカをカカシが止める。そのまま、背中の傷に触れないように、ひょいと腕の上に縦に乗せてしまう。
「…もう、大丈夫ですよ。痛みもなくなったし。そろそろアカデミーにも行きたいし」
「だから、家では安静でしょ?まだ、入院中って事になってるんだよ?」
「でも、カカシさんが綱手様連れて来てくださったから、殆ど完治してるし」
 応急手当も適確で、その上、行方不明の筈の木の葉随一の医療忍、綱手まで探し出して一時的に連れ帰ってくれたのだ。流石に傷は残ってしまうようだが、殆ど完治してしまったと言って良い。もう、そんなに気を使われなくても良い筈なのだ。あんまり大事にされても困ってしまう。
「だぁめ。ナルトがちゃんと下忍に合格するまでに完全に治して貰わないといけないんだからね」
 ナルトが下忍になれるかは、カカシの出す試験に合格するか否かに掛かってはいるのだが。合格した時にはイルカに飛びつくのが目に見えている。その時に怪我が完治していない状態では困るのだ。
「心配性過ぎ〜」
「当たり前でしょーが!」
「…もう。…ところで、ハヤテとアンコちゃんは?今日辺り遊びに来ると思ってたんですけど」
「ちょっと、頼み事。…明日には戻ってくるよ」
「…?なら良いですけど。…ナルト、合格してくれるかなぁ?」
「…さぁねぇ」




そういう訳で、ナナシ〜様の作品に蛇足をつけさせて戴きました(笑)。
ナッシが喜んでくれればそれで良い!!


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