「あの件は大変だったんだってねー」
「えぇ。今回はたまたま帰里と重なったから助けてくださったみたいなんですけど」
「…たまたまじゃないよ」
小さく吐き出す。
連れて来られた居酒屋で、営業用スマイルを張り付かせたまま杯を重ねる。話題は、どうしても先日の事件の話になってしまう。その辺は、当事者が同席しているのだから仕方がないとも言えるが。
それでも、カカシの帰里を偶然だと連呼されれば、静かに腹が立ってくる。
あのタイミングの良さが偶然の訳がない。
はたけカカシという人物は、元々が早め早めに任務を遂行するタイプの人ではあるのだが、唯一『火の国の国主』相手の任務だけは予定より早く切り上げた事はない。
上客であるのは勿論、木の葉が火の国の一部である為、暗部の任務と兼務していようとも相手の都合に合わせている。
それを、あの時は覆していたのだ。
予定外に早い帰里は、相手に無理を言った証左でもある。基本的に任務第一の人が、どんな手を使ったか知らないが、イルカの為だけに任務を切り上げてくれたのだ。
それを、『偶然』『たまたま』なんて言葉で済まされたら腹も立つ。
くい、とグラスを空けると、側の衝立に軽く凭れた。
「…あ、イルカちゃん疲れた?」
「そんな事、ないですよ」
側に寄られたのに気付かず、瞬間的に引き攣った笑顔を返してしまう。
気配には割と敏いのに気付かなかったのは、目の前の人物が気殺していたのと、居酒屋という場所の所為だろうか。
「そう?酒も進んでないみたいだしさ」
「飲んでますよ。お気になさらず」
「そう言えばさ、イルカちゃん、カカシに抱きついて泣いたんだって?」
「え?」
「後で何か言われなかった?」
「…何も…」
「あ、そーなの?」
「あー。あの時のはたけ上忍カッコ良かったですよねー。子供達の悪戯に調子合わせてくれちゃって」
「イルカ役得」
「…でも、次にカカシがタイミング良く出てくるか判らないしさ、次は俺指名してよ」
にこにこと近付いて来た相手を避けようと更に衝立に寄った刹那、イルカの背の支えが消え去った。
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