「カカシぃ。ちゃんと飲んでいるか？」
「…飲んでるよ。ガイこそ、よくビール一杯で酔っ払い出来るね」
　上機嫌に背を叩いてくるガイに呆れた声をあげる。
　アルコールに弱い訳がないのに、同席するといつでもビール一杯で見事な酔っ払いになる相手に溜息を吐く。
　もっとも、素面でも高いテンションの彼に違和感は全くないのだが。
「何を言う。飲まれてこその酒だろう」
「…妙に説得力があるねぇ…」
　一般的には『酒は飲んでも飲まれるな』と言うのだろうが、彼らにそれは当て嵌まらない。
　酒の席を楽しむ為に、わざと（雰囲気に）飲まれるようにしていると主張するガイに苦笑してしまう。それでも、こういう席は基本的に嫌いじゃないので肩を竦めるに止まる。
「…で、アンタ何飲んでるの？」
「ジントニック」
「珍しいな。そんなモン飲むなんて」
「んー。サワーは店によって好みが出過ぎるし、甘過ぎるのもアレだし、トニックウォーターなら飲み慣れてるし、ちょうど良いかなって」
　甘さがない、とは言わないが、この程度なら許容範囲だと笑う。一流店で飲むそれとは流石に差があれど、予測範囲内なら構わないのも、また事実である。
「消去法で酒を選ぶなよ…」
　項垂れるアスマには悪いが、カカシにも舌の都合がある。
「この前まで国主様んトコだったから、日本酒と焼酎は食傷気味なんだよ。かといって、ここは洋酒揃ってないし」
「普通の居酒屋だからな…。それでも、日本酒と焼酎の品揃えは悪くないんだが」
　強いて言えばワインの品揃えは良いのだが、そういう気分ではないのだろう。
「充分美味しいから良いんだよ。物足らなかったら、ボトル頼むし」
「…あぁ。確かにメニュー揃ってるな。…ボトルは止めとけ。店が泣く」
「空にしたらどっちでも同じよ。…って、そんなに都で酒漬けだったの？」
　紅の視線の先には、回収が間に合わずに一塊になった空のグラスが雑然と並べられている。そこに、更にもう一つグラスを増やし、通りすがりの店員に追加を注文する。
　店員の顔が軽く引き攣っていたのは、四人揃って黙殺した。
「お好きだからねぇ。毎晩の如く御相伴に与ってたよ」
「…面倒くせぇ」
　深く吐き出される紫煙が、その場の者達の心境をダイレクトに物語る。
　カカシ自身は、いつも通りのおっとり穏やかな表情で何を考えているのか判り辛いが、実際、依頼者…それも最上級ＶＩＰとサシで酌み交す状況は、たとえ任務の一環であったとしても嬉しくないのが本音である。
　基本的に感情の揺れの乏しいとされるカカシですら、一時的に食傷気味に陥っていると言うのだから、その辺の心労は推して知るべきだろう。
「…あぁ。イヤ。折角のお酒が不味くなるじゃない。…それはそれとして、国主様と言えば、カカシ、あの時凄くタイミング良く帰里したわよね？」
「あの時？」
　嫌そうに頭を一振りすると、気を取り直して訊いてくる。
　息の詰まる酒席の話を聴くより、最近の笑い話の方が興味深いのは仕方がない。
「アンコ命名『受付所かーちゃん事件』」
「…いつの間に、んな名前が付いたんだ…」
　ぐったりするアスマに苦笑する。
「判り易くて良いわよね。でね？あの時のカカシ登場のタイミングが凄かったから、結構話題になってるのよ」
　先だって、受付所で披露された子供達主演の茶番劇は、真実を包括しているのを知ってか知らずか、最新の笑い話として里でよく話題に上っていた。
　中でも、助演男優賞張りの演技をしたと言うカカシは、その出演タイミングの絶妙さに更に話題を攫っているらしい。
「どこで」
「くのいちの間で」
「それなら俺も聞いたぞ。何やら三班合同で悪戯をしたとか。お前たちの弟子は面白いな」
「…悪戯ねぇ…」
　ガイの言葉に三人が苦笑する。
　ただの面白い悪戯で済ましてしまうのは、少し、気の毒な気がするのだ。
　あの時、子供達はかなり必死だったのだから。
「…ま、本気の悪戯か」
「度胸は測れたしな」
「確かにね。…て、違うわよ。ねぇ、あの時、偶然帰って来た訳？」
「紅は？どう思う？」
　逸れかけた話題を紅が戻す。それに意味深な笑みを浮かべ、逆に問う。
「え？そうねぇ…。ガイは？どう思う？」
「偶然だろう！あの時、カカシは都に居たのだろう？ならば、里の状況を知る立場になかったではないか。まぁ、弟子の仕出かした事に即座に対応した点は、流石は我がライヴァルだと思うがな」
　突然、水を向けられ、少し思案しかけるが、すぐさま回答を出す。
　確かに常識的に考えればガイの言葉通りである。
「…ん。まぁ、普通はそう思うわよね。でもさ、不自然な位のタイミングだったから」
　どこか釈然としない風情で、紅はグラスを空ける。間髪入れず次が注がれる辺りは、流石に気の置けないメンバーだけはある。
「アスマは」
「確率は半分てトコか。コイツ、手下に暗部がいるからな。城内で遭えば話題に上るかもしれないだろ」
「…手下って…」
「それはあるかも。他の忍ならともかく、イルカ先生の事なら、確実にナルトも関わってる訳だもの」
　面倒臭そうにカカシを見やるアスマに紅が頷く。
　カカシが噂を知っていたなら、子供達の悪戯に協力しても不思議はない。顔に似合わず、その程度には子供に甘いのを知っている。
　しかし、依然として疑問は残る。
「でも、やっぱり帰里は偶然だったの？」
「そう考えるのが自然だが…。実際どうなんだよ？」
　眉を寄せる二人を眺めつつ、緩く笑ってグラスを空ける。
　カラリと音を立てたグラスの中身は、いつの間にかカクテルではなく、ボトルを手酌に切り替わっていた。
「ちょっとカカシ」
　手にした青いボトルを取り上げ、詰め寄る。ここで逃したら、回答は得られない。
　その反応にくつりと笑い、素早くボトルを取り返す。
「…俺の行動に偶然はほとんどないよ」
　特に里内においては。
　そう続けて肩を竦める。
「基本的に何処にいても里の情報は入って来るし。ましてや家族の事はねぇ」
　柔らかい笑みのまま、さらりと告げられる内容に、一瞬の間を開けて、三人が噎せる。


　偶然がない。


　それは、全ての行為に意味があると言う事である。
「…じゃ、じゃあ、帰って来たのも…」
「勿論、帰った方が良いって判断したから、暇乞いしたんだぁよ。じゃなきゃ、まだまだ一ヵ月は拘束されてたんじゃない？」
　丁度、一段落着いた所だったのと、事が事だったので切り出しやすかった点はあるが、それがなければ未だに都に居た可能性は低くない。
「…マジかよ」
「カカシは国主様に気に入られているからな」
「…ガイ。そういう問題じゃないのよ」
　ズレた所で頷いているガイに突っ込みを入れつつ、気付けの為にグラスを空ける。
　この男は、あのママゴトの為だけに、上客に都合をつけて里に戻って来たと言うのだ。

　里の危機でもないのに。

「…偶然って言われた方が幸せだったわ」
「そお？でも、家族が困ってるの、放置出来ないじゃない」
「…あのな」
「ほら、おとーさんだし？」
「カカシは本当に弟子が可愛いんだな」
　豪快に笑うガイにアスマと紅が疲れた視線を向ける。
　誰もがガイのように大雑把な訳ではない。
「…偶然もないとは言わないけど。いつだってある程度は仕込んでるよ」
　三人の反応が面白いのか、いつになく上機嫌で言葉を綴る。
「例えば？」
「今日、俺に新規の任務が入らなかったのは偶然だけど、ここに居るのは偶然じゃないでしょ」
　ぴ、と指を立てる。
「…あ？」
「人生色々に行けば高確率で酒の誘いがある。嫌なら避ける」
「…あぁ。帰らず寄ったのが恣意ね」
　上忍の性癖とはいえ、帰りたければ帰っても良かった筈なのだ。待機番ではなかったのだから。
「そ。…で、アスマの選択肢は偶然だけど、予測の内」
「…確かにな」
　メンバーや他の要素を加味する以上、行き先の予測はある程度出来る。
　そして。
「ここを選んだのはカカシだろう。何か理由でもあるのか？」
「あるよ。知りたい？」
　楽しげに目を細めるカカシに、三人の応えは一つだった。