杞憂


「うわぁぁぁぁぁ!」
「大丈夫かー?」
 予期せぬ場所でのトラップ発動で宙吊り。
 そんな、暗部らしからぬ失態に別隊の一人が心配そうに声をかける。
「何で、こんな所にトラップがあるんだよ!」
「奥方様が、平均三日に一度のペースで超難度のトラップ増やされるから」
…マジデスカ
「…おう」
 発動したトラップに反応しきれなかった時点で、このトラップの作成者は判っていたのだが、それでも改めて言われると力から抜ける。
「明日になったら、また倍増すると思うけどな」
「げ」
「…あんなモン、連れて帰って来たお前らが悪い。お前ら今、不幸の先駆だからな」
 トラップから抜けるのを手伝いながら、淡々と続ける。
「…任務なんだが」
「…知ってる」
「俺達の所為じゃないんだが」
「それも、承知」
「…隊長は」
「最近、お忙し過ぎてまともに顔を合わせてないそうだ」
「…」
 知りたくなかった事実に項垂れる。
 暗部待機所周辺にこれでもかと張り巡らされたトラップは、木の葉最高のトラッパーの手による物。
 そして、それが増設されるのは、いつでも彼女が限界近くまでストレスを溜めた、その翌日。
 つまり。
 最近では、イルカの所に求愛者が訪れるのと、ピタリと合致している訳である。
 更に、それとイコールで結ばれてしまうのが、国主一家の下へ派遣されている暗部隊員の一時帰里な訳で。
 要するに、待機中の暗部隊員達から、都から帰里する同僚は不幸の予兆と認識されているのだ。
 もっとも、暗部全体としてはトラップ回避能力は上がるので、訓練と思えば良いだけなのだが。それでも、待機所に入るまで一切気を抜けない状況はいただけない。
「…なんとか出来ないかな」
「諫言しろよ。見込みないから諦めろって」
「…相手がいないから、まだ分はあるってさ」
 それとなく、木の葉への来訪を諌めてはみたが、笑顔で一蹴されたのを思い出す。先方に悪気がない分、性質が悪い。
「…いらっしゃるだろーが。相手」
「…ご本人の許可がないのにバラせるか」
「…あー。里内でバレる分には、然程困らないんだがなー」
「他里にバレると、狙われるの、奥方様だしなー」
「護衛つけても良いけど、あの方はご自身の価値を過小評価なさるしなぁ」
「…隊長次第?」
「…まぁ、報告はした」
 木の葉の住民は、何だかんだと愛里心が高く、また『忍者』という職業に対する理解も深い為、例え些細なモノでも、不利益な情報を他里に流す事は余所と較べて少ない。
 それ故、イルカの伴侶が一般に認知された所で大きな問題はないと、判断出来るのだが。
 里外の人間に知られて良いかとなると、なかなかに判断し辛い部分はあるのだ。少なくとも、敵に知られた時点で、その存在の利用価値の高さにつけ狙われる事は明らかである。
 その事に、本人が無自覚なのが一番辛い。
「早いトコ、この問題が解決してくれると良いんだが」
「…トラップ訓練で死者を出す訳にはいかないからな…」
 しみじみと肯き合う。
 日に日に難易度の上がっていく、芸術的なトラップを無傷で潜り抜けられるのは、木の葉広しと言っても、彼らの隊長であるカカシだけだろう。そして、難易度の向上は、設置者の様々なストレスに比例する。
 一日でも早く、日常に戻して欲しいと願うのも無理はなかった。


3← →5